ミシュガルドを救う22の方法
8章 正義の地下組織
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「まあ、いっか。どーせヒマだし」
メゼツはボサボサ赤毛の少年に引っ張られるまま、大交易所を練り歩く。黒髪の少年とツインテールの少女もそれに続く。
「オレの名前はフリオ・パオ。正義の地下組織ブラックホールのリーダーさ!」
「正義なのに地下組織なのか?」
「じゃあ、正義の秘密結社!!」
それも正義っぽくないなとは思ったが、まあガキの言うことだ。メゼツは大人しく自己紹介した。
「俺はメゼじゃなかった、イーノ。こいつらはシャルロットとルーだ」
メゼツは自分がエルフの幼女になっていることを思い出す。
「俺はケーゴ、ブラックホールの武器鑑定特命全権大使だ」
分不相応な宝剣を腰に差した少年が言う。
「あっ、ケーゴ。オレよりカッコいい肩書はダメだって」
先ほどから指で作った「」の間から深緑の幼い目がメゼツをじっと見つめていた。ケーゴがこのツインテの少女を紹介する。
「こっちはドワール・ルドラ。ブラックホールのお絵かき最高評議会委員長だ」
「だーかーらー、リーダーよりカッコいい肩書は禁止なの」
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円形の城塞と内部の入り組んだ都市。原住民の遺構を再利用して建てられたため、このような複雑な形となった。甲皇国入植地ガイシの話である。
甲家の開放政策によってSHWやアルフヘイムの亜人までもが混在するようになり、毎日のように争い事が起きるようになった。このガイシ東門のそばにおいて、今日もいさかいが繰り返されている。
「また貴様か! ジュリアナ・ワーク!!」
銀色の髪を振り乱し、甲皇国女性士官服を着た女顔の男が重機に臆することもなく乗り込んできた。髑髏の飾りの下には、大きなふくらみがふたつ、キュロットにもうひとつのふくらみがある。
再三の勧告にも関わらず、ジュリアナと呼ばれた重機の屋根に立っているSHWの富豪は基礎工事を止めようともしない。
「この土地はミシュガルド鉄道の用地として、正式に買い取りましたのよ。あなたにとやかく言われる筋合いはありませんわ」
「ガイシに近すぎる。工事の音がうるさいと住民から苦情も来ている」
甲皇国の整備開発局局長であるジュリア・ヴァレフスカは、この名前も職域も似ているジュリアナとことあるごとに対立していた。
「これは異なことをおっしゃいますわね。ガイシに近くなければ駅として要をなしませんわ。せっかくワタクシがガイシと大交易所を結ぶように路線を延伸して差し上げるのに」
「地上げ屋め。そんなこと、誰も頼んでいない」
ふたりの意見はいつも通り平行線をたどっていたが、予期せぬ事態が工事を止めた。工事を止めた黒い全身タイツの男が、ジュリアナにそっと耳打ちする。
「遺跡を掘り当てちまいました」
SHWにとって遺跡は観光業の要、ジュリアナは一転して工事を中止する。
ジュリアにとっては美しい自然もそうだが、遺跡を壊すことにも反対だ。
永遠に交わることがないと思われたふたりの意見は思わぬ妥協点に着地した。
その日のうちにエルフの考古学者が呼ばれ、発掘作業が開始されることになる。
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陽気が心地よく、南風が大交易所に潮の匂いを運んでくる。一見すると平和な街並みだが、不穏な影は潜んでいた。
「迷子のお知らせです。10歳ぐらいの男の子、リッター・エコロ君が迷子です。緑色の髪と目、長袖の白い服に白い半ズボン……」
合同調査報告所から繰り返し放送が流れているが、気に留める者は誰ひとりいない。皆自分のことだけでせいいっぱいなのだろう。
人気はあるのに開拓者たちの家は閉ざされ、ヒソヒソ声だけが聞こえる。
「甲皇国の入植地ガイシでまた爆弾テロだってよ。獣神帝は倒されたんじゃなかったのかよ。こっちに飛び火しなきゃいいが」
「アルフヘイムのテロ組織、エルカイダの仕業じゃないの。なんだって、オツベルグ邸のトイレや、カール邸のキッチンなんかを爆破したのか謎だが」
通りかかると、息を潜め居留守を決め込む。フリオには面白くない。遊び相手を探して、うろうろしたが仲間はいっこうに集まらない。フリオは待ち切れず提案する。
「骨亜大聖戦ごっこしようぜ。オレ、傭兵王やる」
戦争の影響がこんなところにも。それとも戦争ごっこができるほど平和になったということだろうか。
「じゃあ、俺がダンディ・ハーシェルで、ドワールはシャムね。三剣士の誓いだ」
負けじとシャルロットが参戦する。
「では、私は雷撃の姫君役だな」
「そんな奴出て来ねーよ。あと、アルフヘイム側ばっかじゃん。ケーゴは甲皇国のメゼツ役してよ」
自分の名前とアルフヘイムの英雄たちの名前が並べられて、高鳴るメゼツの鼓動。
「えー、やだよー。カッコわりーよ。アイツ片乳首出てんじゃん」
「いや、メゼツもカッコいいと思うぞ」
嫌がるケーゴを諭すメゼツ。何が悲しくて自分のフォローをせにゃならんのか。子供は残酷である。
「そんなに、いうんだったら自分がやれよ。乳首出せや、オラ」
「上等だ。やってやらぁ」
服をはだけるメゼツを、シャルロットは止めもせずワクワクしながら見届けている。赤面するケイゴ。イーノの体をストリップの危機から救ったのは、2人の闖入者だった。
「待ちなさい、マセガキ。今日という今日は許さないんだから」
「そんなぁ。母乳を飲ませてって言っただけなのに」
白い帽子の子供を大の大人の女性が追い回している。左手は帽子が飛ばないように押さえながら、右手には杖を握っている。白魔導士見習いといったいでたちだ。
追いかけ回している女戦士は露出度の高いビキニアーマーに両刃斧、エロ担当といった格好だ。名前が似ているシャルロットが、ハイランドの騎士シャーロットだと教えてくれた。
「ホワイト・ハット、こっちだ。秘密基地に逃げ込むぞ」
ホワイト・ハットと呼ばれた青髪の子供もフリオの遊び友達だったようで、宿敵のシャーロットからいっしょになって逃げる。
「うわー、トロルがくるぞー」
鬼の形相で迫りくるシャーロット。
「コロス。誰がトロルよ。私は人間だー」
コの字型のクランクを曲がりまこうとするも、大人を振り切れるはずもない。入り組んだ路地も、ついに行き止まりとなった。ケーゴが慣れた手つきでマンホールのふたを外す。フリオが迷わず飛び込み、手招きする。
秘密基地とはどうやら、この中のことらしい。なるほど地下組織とはそういうことかと納得して、メゼツはハシゴを降りた。中は大人なら頭をぶつけるほど天井の低い下水道で、マンホールの隙間から漏れる外光しか見えない闇の世界だ。ケーゴはカンテラの代わりに電子妖精を取り出した。目に優しくない光が、半径5メートルばかりを照らす。
こいつら、親はどうしたんだ。孤児? ストリートチルドレン? メゼツは煩悶する。
無明無音の空間だからか、5メートル先からの足音がやけにはっきりと聞こえる。メゼツは近づいてきた何者かに向かって構えた。電子妖精がすぐに分析する。
「足音から歩幅を解析。子供です。心音の不安定なリズムから、プロの迷子リッターと予測します」
はたして不安げな緑色の瞳で、リッターが顔を現した。
フリオが下水道の中で留守番していた最後の仲間を紹介する。
「こいつはリッター。迷子になってたから、仲間に入れてあげたんだ」
「いや、家に帰してやれよ」
メゼツのまともな指摘は流される。
「今度は冒険ゴッコしようぜ。新しい遊び場を見つけたんだ」
「へい、へい」
レンガ造りの下水道の中を電子妖精が先導し、下水道のことを知り尽くしているフリオが案内する。地下迷宮を探検する冒険者の気持ちなのだろう。メゼツも年甲斐もなくワクワクしていた。何歳になろうが、男って奴は変わらない。シャルロットもノリノリで冒険者役に興じ、ルーが相手している。リッターだけが心細そうに、メゼツのマントを引く。
別の光源が影を何重にも映し出していた。遠くで何故か猫の鳴き声まで聞こえてくる。子供たちはだんだん気味が悪くなって、口数も少ない。リッターもマントをギュッとつかんで離さない。
遠くのほうに光を見つける。電子妖精の光とは違う自然な光。夜の虫のように子供たちは光に引き寄せられていく。よく考えれば、子供たち以外に下水道の中に人がいるはずもない。それでも闇から逃れようと近づく、怪しい光に導かれるままに。
天井が急に高くなる。外光を取り入れるためかクリスタルでできているようだった。光の中に特徴的な耳をした影が見える。近くに来ると大勢の人間の息づかいが感じられた。
そこから壁の様子が様変わりして、レンガ造りから切り出した石をパズルのように敷き詰めた壁になっている。明らかに2種類の壁は造った民族、文化が違うといえそうだ。
石造りの遺構は半ば土砂に埋もれており、もろ肌脱ぎになった労働者たちによって表土がかき出されている。
「クリスタルの天井のこことここも崩落している。まったく価値のわからぬSHWのバカのせいで」
鍛え抜かれがっしりした体格のおじさんが、イライラしている学者風の女エルフをなだめた。
「アルステーデ・アズール先生。遺跡の名前は何とします?」
アルステーデはクリスタルの天井越しに見える空に目を細める。
「決めた。青空地下室遺跡と名付けよう」
おじさんたちが鋤のような道具で表面の土を薄くはいでいくと、土の下に隠れていた赤く染みついた跡が浮かび上がる。縦に長い楕円の上に5つの小円。メルカトルが測定してみると、25メータープール程の面積はある。あまりに大きいために足跡のような形と理解するまでには時間を要した。
「メルカトル、あんたミシュガルド計測の旅にでかけたんじゃなかったか」
懐かしい顔に会い、メゼツはつい話しかけた。しかし、メルカトルのほうはウンチダスじゃないメゼツに会うのは初めてである。
「誰だか知らんが、いろいろあったんだよ。いろいろね」
メルカトルはメゼツの心無い言葉によってミシュガルドを歩測して回ったが、距離が伸びたり縮んだりする現象によりさらに自信を失っていった。その後は謎のボールを探したり、遺跡発掘のバイトをしたりしているらしい。
「これこれ、君たち入ってはいけないよ」
アルステーデが通せんぼする。
「ここを通らないと新しい遊び場にいけないんだ。通してよ」
フリオは待ち切れず足踏みする。
「悪いが発掘されるまで、ここは通行止めだよ」
「そんな。どれくらいかかるの」
「そうだな。完掘まで2か月といったとこだね」
ケーゴが気落ちしたフリオを慰めた。
「ま、今回は諦めようぜ、リーダー」
フリオがうつむいていた顔を上げると、満面の笑み。
「俺たち冒険はまだこれからだ。さっき猫の鳴き声がしたとこを調べてみようぜ」
リーダーに振り回され、ブラックホールのメンバーたちは下水道の探検ごっこを続行した。鳴き声は聞こえないがこんどはガラガラヘビの警戒音のような気味の悪い音が聞こえる。
「ホントに行くの?」
「ダイジョーブ! ヘーキ! ヘーキ! きっと猫か何かだよ」
子供たちの予想を裏切り、暗がりから出てきたのはキメラだった。頭はライオン、体はヤギ、尾は蛇の魔獣である。
「ほらな、ネコだったじゃん」
フリオがキメラの頭だけを見て判断する。
「ホントに猫か、これ」
ゴーグルで表情はわからないが、電子妖精のディスプレイには(´・ω・)の顔文字。
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「甲皇国は餓死寸前のキメラです」
「何デヤネン……」
ロウはトクサの言葉の意味がよくわからなかったため、ボケたのかと思い礼儀としてツッコんだ。
丙家監視部隊。その名の通り、丙家を監視するために乙家が密かに結成した非合法組織。ロウもトクサも監視部隊の中でも特に重要な任務に就いていた。トクサは覚の妖でもある。人の心を読む特性は監視にはうってつけだった。そのため甲皇国を離れることはない。全世界に張り巡らせた監視カメラで、トクサ邸の地下室からモニター写る人間の心を片っ端から読んで情報収集している。
ロウは影法師の妖である。50歳ぐらいでこの部屋の中では一番若い。トクサの護衛と裏切り者の始末が彼の仕事だ。普段はトクサの影に身を潜めているが、こういう話し相手を務めるときなど影から首だけ出している。
無口なロウでは話が続かない。トクサは給仕しているメイド服の少女に話しかけた。
「ハシタ、あなたは分かりますよね」
ハシタと呼ばれた少女は鵺の妖で、見た目に反してロウの2倍以上生きている。おどおどしながらトクサに聞き返した。
「ごめんなさい、私もちょっと。どういう意味ですか?」
「かつて乙家と丙家はまったく別の国の王家でした。それから甲家が骨大陸を統一するのですが、甲皇国に組み込まれた2家はナンバーツーの座を争うようになります」
「甲乙丙家を3種類の動物の合成されたキメラに例えた感じ?」
「はいはい、ちょっとお待ちを……」
結論を急ぐハシタを手で制し、トクサは話を続けた。
「それだけではありません。キメラはそれぞれの動物の食性が合わず、何も食べられず最後には餓死すると言われています。同じように乙家と丙家では経済基盤が違いすぎるのです。乙家は南部の農地を基盤にしているので、アルフヘイムと交流して農業技術を上げたい。丙家は北部工業地帯を領有しているので、武器を開発し戦争で消費し続けたい。だから乙家と丙家は争い続けるんですねぃ」
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「……モローおなかすいてるのかな? エサは何がいいのかな?」
ドワールがキメラを抱きながら言う。子供たちはキメラにモローという名前をつけて可愛がり、モローのほうも子供たちに懐いていた。
「猫なんだから肉とかだろ」
それぞれ荷物から食べれそうなものを探す。フリオは拾ったナイフしか持っていない。ケーゴのカバンはポケット鑑定事典とかいうポケットに収まりきれそうもない分厚い書物しか入っていなかったが、ポケットに干し肉が入っていた。ドワールはスケッチブックと水彩絵の具など画材のみ。ホワイト・ハットの水筒はからっぽだった。
フリオはナイフで干し肉を細切れにしてキメラに与えてみた。
「食べない。そうだ、体はヤギだから紙なら食べるかも」
ドワールは大切なスケッチブックを惜しげもなく1枚破り、キメラの前に差し出した。が、キメラは顔をそむけるばかり。
「あれ? そういやリッターは?」
遠巻きに見ていたメゼツがマントの違和感にようやく気付く。
「電子妖精!!」
ケーゴが電子妖精に捜索させるが、いつのまにか1キロ以上離れてしまったようで見つけることはできなかった。
「何ボサッとしてんのよ! さっきの大人の人に助けてもらおう、急いで!」
「は、はいッ!」
ドワールにせかされて、ブラックホールは走って発掘現場まで戻った。
「いない」
「くそっ、いなくていいときはいるくせに」
大人たちの姿は影も形もない。日が傾き、今日の作業は終了してしまったのだろう。青空地下室遺跡は夕焼け地下室遺跡に変わっていた。
「そうだ、これで新しい遊び場にいけるじゃん」
「ダメだよ。リッター君を探さなきゃ」
「でも、新しい遊び場のほうに大人もいるかも」
発掘現場を通り抜けると、またすぐ景色が変わる。今度は天井に大きな穴が開いて吹き抜けになっていて、そこからガイシの城壁を見上げることができた。その下が円形の人工池になっていて、それを覆うようにたらい型の格納容器が包んでいる。マトリョシカのような構造だ。人工池からは四方八方へ放射状に溝が延びている。溝はたらい型の格納容器のアーチから外に出て、タコ足のように張り巡らされた水路に続いている。甲皇国の魚人奴隷たちが水車と堰によって管理しているが、大雨や洪水のときなど水があふれ浸水しそうだ。
敷石技術から見て古代ミシュガルド文明のものと推定される。ガイシはこの遺跡の上に作られた町だ。というのもこの地下貯水場をそのまま利用していた。
「ね、ここすごいだろ」
「下水道よりはキレイでいいけど」
心配顔なドワールが生返事で返した。
手分けして大人を探すが、今度はケーゴが脱線する。ねっとりとした粘液のまとわりついた大きな卵をどこからか見つけて拾ってきた。きっと異世界を含めたとしても、一番大きそうな卵だ。ダチョウのタマゴよりも大きなそれを、ケーゴはモローの前に差し出した。しっぽが蛇なのだから食べるかも知れないと思ったのだが、やはり食べない。大きすぎる得体の知れない卵を警戒している。
「ニャー、メー、シャー」
甲皇国とアルフヘイムは獣神帝暗殺の共同作戦以後、急速に接近した。だが誰もが融和政策を望むわけもない。アルフヘイムとの協調路線では丙家の存在意義はなくなる。焦った丙家は自国入植地ガイシに対する自作自演のテロで、世論を欺こうとしていた。
まるでピエロだ。目の周りのメイクのことを言っているのではない。髪を逆立て、ケバい羽毛と肋骨服をまとった男が自分の役割を自嘲した。いつだって自分は汚れ役だ。丙家の傍流でひとり魔法を研究する人間に、理解者がいるはずもない。だから、あえて風変りな格好をして、人を寄せ付けなかった。手柄を上げて、自分を認めさせる。そのためならテロだろうが自作自演だろうが、なんだってやってやる。
貯水池で遊びたいために「大人がいる」と適当なことを言ったフリオは、水路に手を突っ込んでいる見るからに怪しい風体の大人を見つけた。
「ほんとにいた」
「なんだガキか。脅かしやがって」
「リッターっていう緑色の髪の男の子知らない、おじさん」
「おじ……まあいいや。うーん、知らないなー。それより、喉が渇いているんじゃないかな」
おじさんは急に慇懃な態度に豹変し、集まって来たブラックホールの子供たちに瓶入りのジュースを配り始めた。
「よせ。飲むな」
「そっか。知らないおじさんから物をもらっちゃダメだよね」
「そうじゃねー。聞いたことがある。同じ丙家にウルフバード・フォビアとかいう水を爆発させる魔法使いがいると」
「そうだよ。なんだ、知ってたのか。知らなきゃ、痛いと感じる間もなく弾けられたのに。残念だなあ」
ウルフバードは少しおどけて、恐ろしい事実を肯定した。
「いいだろう。おれが相手になってやる」
即座に臨戦体制に入るメゼツを見て、ウルフバードは確信した。オレのことも知ってるみたいだしこいつが一番ヤバそうだ。惜しみなく切り札を切る。
「ボーイイーター!!!」
水路が波立ち、イルカのように飛び跳ねた魚人がメゼツの首筋にかみつく。
「なんだ、こいつは。伏兵?」
不意をつかれたメゼツはウルフバードから目を放してしまった。十分な準備の時間を得たウルフバードは、水路から水球をつかみだしてメゼツに向かって投げつける。爆発音が反響し、水路が沸騰したかのような水柱が立つ。
爆風が晴れると、そこには弾き飛ばされぼろきれのようになったメゼツの姿があった。
頼りにしていたメゼツが瞬殺され、シャルロットは動揺する。もう子供たちしかいない。年長者の自分がしっかりしなければと思うが、体は硬直して動かない。
「あぁああああああ!! がぁ!!! うがあああああ!! あああああああ!!!!」
子供たちを見て言葉にならない声を上げながら、ボーイイーターが狂喜して襲い掛かる。
「怖い、こっち来ないで」
ボーイイーターはそれ以上近づけなかった。素直にいうことを聞いたわけでなく、モローが頭突きでそれを阻んだから。ウルフバードが次の目標をモローに定め、水球をつかみ出した。
「今だ。くらえ!!」
「なに?」
ずっとスキをうかがっていたケーゴの宝剣から炎が放たれる。ウルフバードは防ぐ術がなく、持っていた水球に誘爆し水柱が立った。
「やったか」
魔法に対して偏見のある甲皇国では、当然ウルフバードを正しく理解している人間は少ない。すべての水を爆破できると、よく誤解された。そんなことができるなら、甲皇国はおろか世界一の魔法使いになっている。人間は70パーセントの水分により構成されているのだから。
ウルフバードはエルフたちの魔法理論を理解しているわけではなかった。そもそも魔法理論は学者によって説がまちまちである。魔法は魔素と呼ばれる素粒子によって引き起こされるという説と魔力と呼ばれる波動によって引き起こされる説が主流らしい。精霊を媒体とする点では共通していて、使いたい魔法属性の精霊に魔素を送り込むことによって発動する。精霊は不安定を嫌い、受けた魔素を魔法の形で放出して安定しようとする。おおざっぱに言えば、これが魔法理論である。
ウルフバードは見たこともない精霊など信じられず、独学で魔法体系を再構築した。それによると水には爆発しやすい部分とそうでない部分があり、爆発しやすい部分を濃縮することこそがウルフバードの魔法の神髄だった。
ウルフバードは持っていた水球に誘爆する直前、とっさに水球を散らすことによって直撃を免れていた。とは言え爆風で羽毛が飛び散り、全身にかすり傷を負っている。
「へえ、その宝剣。中距離戦もできるんだ」
「そんな、外した」
ケーゴは構わず続けざまに宝剣の炎を放った。ウルフバードは水球を水路に叩きつけ、水柱で壁を作ることによってすべて防ぎきる。ブラックホールを包む絶望感を変えようと、リーダーが口を開いた。
「こいつらはオレが止める。そのスキにみんなをつれて逃げろ、ケーゴ」
「フリオ、無茶だよ」
「む……無茶じゃない。オレはリーダーだからな」
ドワールが咳払いをひとつ、場を鎮める。
「ごほん。お絵かき最高評議会委員長として命じます! フリオ君、あなたは誰よりもこの地下迷宮を知り尽くしてるよね。脱出して助けを呼んで来て。私たちはフリオ君を待つ」
「分かった。絶対に助けに行く」
フリオは自分の使命を自覚し、もと来た道を走り出す。わき目も振らずひた走る。
「結構肝座ってんなあ」
ケーゴはドワールの意外な一面を見た気がした。
「それは……こんな時代だからね」
そう言って微笑むドワールはケーゴの目にどこか悲しく映った。
( ;∀;)
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「ここどこだろう……道に迷っちゃった……」
リッターは半ベソかきながら、真っ暗な地下道を進んでいる。
「だれか助けて~」
返ってくるのはやまびこばかりだったが、しゃべっていないと暗闇に押しつぶしてしまいそうだ。
「お家に帰りたい」
「誰かいるの」
カンテラを照らして近づいてきたのはブラックホールの天敵、シャーロットだった。よほど心細かったのだろう。リッターはシャーロットの胸に飛び込んだ。
「おっぱいやわらかい///」
マンホールがずれていることに気づいて、シャーロットは執念深く下水道まで追いかけてきたのだった。子供たちを見つけたらひーひー言わせてやろうと思っていたが、今は母性を刺激され優しくリッターを抱きしめる。
「まったく、こんな危険なとこで遊んで」
ふたりは途中で助けを呼びに来たフリオに遭遇し、合流して仲間たちの待つ地下貯水場へ急いだ。
OTL
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「少しでも時間をかせがなきゃ」
ケーゴによる宝剣を使ったグミ撃ちは、実を言えば一定の効果を上げていた。ウルフバードの魔法は無限ではない。また濃縮された水球を作るのには時間がかかる。だからウルフバードはあらかじめ濃縮しておいた水球を水路の中に隠しておいたのだ。爆発する水としない水を区別することができるのは自分だけな以上、最高の隠し場所だった。が、その数は少なくなってきている。宝剣の炎をかわすための無駄撃ちは控えたい。持久戦は不利と悟ったウルフバードは勝負を決めるため、両手に水球を握る。
疲弊していたのはケーゴもまた同じだった。次の攻撃を凌げるだろうか。
ウルフバードは水球を投げる体制に入ったが、途中で手を止めた。
「そんな馬鹿な! 本当に戻って来た!」
「オレは仲間を見捨てない。リーダーだからな」
仲間のもとに駆けつけたフリオはそのままの勢いで間合いを詰める。ウルフバードはたまらずボーイイーターを呼び戻すが、リッターの連れてきたシャーロットがそれを阻む。
「リッター。良かった、無事で」
「シャーロットさん!ケンカばかりしてたのに、助けてくれるの」
「まあ、あんなに頭下げられちゃね」
「それは言わない約束だろ!」
シャーロットを見たボーイイーターはひるみ、苦しみ始めた。
「あ……ああ……う……」
「む。あなたも人をオークみたいに怖がって! 許さないんだから!」
シャーロットは両刃斧を柄についたおもりでてこにして振り回す。ボーイイーターは発狂しながら水路を泳いで逃げていった。
「フッ……おとといおいで」
「まだだ、まだ負けてねえ」
やぶれかぶれになったウルフバードが水球をばらまく。激しい爆風で、近づくことができない。
「母乳が飲みたい……誰か母乳を下さい」
ホワイト・ハットの真っすぐな青い瞳がシャーロットを見据える。
「こんな時に何を」
「こんな時だからこそです。我は旧き吸血鬼。赤き血と白き乳あらば、あの程度の敵蹴散らしてくれる。血を渡すか母乳を渡すか、選択を汝に託す」
ホワイト・ハットの口調が途中で大人びたものに変わる。どうやら冗談を言っているわけではなさそうだ。
「母乳なんて出ないし、血でもいいのよね」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。僕のおっぱいマッサージを受ければ」
すっかりもとの口調に戻ったホワイト・ハットは物陰にシャーロットを連れ込む。
フリオは右足に巻いた鞘から短剣を抜く。ウルフバードが投げつけた水球を殴りつけるように短剣で切り裂いた。水滴が飛び散り、ぱちぱちと弾けて傷口を開く。濃縮した水球を拡散させることで威力を殺している。考えてやっているわけではない。仲間を守りたいという正義の心がそうさせた。
「どうやら、あのウルフバードって人はあまり接近戦は強くないらしい。近接戦闘ができないからあの魚人を護衛につけたのよ、きっと」
「フリオ君でも倒せるってこと? 」
ついにウルフバードに肉薄したフリオはでたらめに殴りつけた。
シャルロットの予想通りウルフバードは至近距離の戦闘であっけなく敗れ去った。
「ちょっと、戦闘終わってるじゃないの」
服装を整えながらシャーロットが熱い息を吐く。
「じゃあ、このおっぱいはもったいないから、モローにあげましょう」
ホワイト・ハットは水筒のふたにしぼりたてのミルクを注ぐ。モローは恐る恐るふたを舐める。やがて鼻を突っ込んで飲み始めた。
「すごい。モローが飲んでる」
「おっぱいは人類の宝です」
「でも、どこにミルクなんてあったの?」
ケーゴの素朴な疑問にシャーロットは耳まで赤くなった。
子供たちがモローに夢中になっている間に、ウルフバードは地を這って逃げようとしていた。
「あんたなんだろ、ガイシの爆弾テロって」
メゼツがウルフバードの首を押さえつける。
「てめえ生きていたのか」
「あいにく、この体は魔法に耐性があるようでね」
ウルフバードは観念した。メゼツの中に同じものを感じたからだ。汚い仕事でも進んで請け負う強さを。
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┃>殺す ┃→最終章 世界を救う4つめの方法 へすすめ
┃ ┃
┃ 見逃す┃→最終章 世界を救う5つめの方法 へすすめ
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