Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルドを救う22の方法
10章 運命の輪

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 ときに運命というものは、最もそれを望まない者に人々の望んでやまないものを与えるらしい。
 不本意ながら皇帝の座を射止めたカールは八省卿を留任させ、更迭されたホロヴィズの後任は当分空席とするむねを布告した。
 甲皇国本土では新皇帝即位のニュースでもちきりで、毎日がお祭り騒ぎだ。
 カールの父フォルカーが隠れ住んでいる山荘にも、呼んでもいないのに祝いの客が引きも切らない。表向きは。
 無下にもできず、フォルカーは客間に通しもてなす。
 やわらかなソファーに埋まるように腰掛けた小男は祝辞をのべると、いやらしい笑みを浮かべながら本心を垂れ流した。
「まったくうらやましい。皇帝の父親になる気分とはどんなものなんですかな」
 眼鏡の奥のフォルカーの目は、疲れと焦りで混濁している。
 この国は老いて朽ちつつある。
 カールが帰国すれば、今目の前にいる小男のような得体の知れぬやからが近づいてくるかも知れない。
 老骨にたかるネズミのように。
 眉間に深いしわを寄せ、フォルカーは小男を追い出した。
 もう家族を失いたくない。
 皇位継承レースに進んで身を投じたカールの母は暗殺されている。
 妻を失ったフォルカーはもともと内向的だった性格も災いし、病的なまでの人嫌いになった。
 山荘に引きこもり、嵐が通り過ぎるのを待った。カールが帰ってこないことを祈りながら。
 

     

 メゼツに任務を与えた前皇帝は倒れ、父も無役となった。メゼツは任務から解放され、もはやスパイの真似事をする必要はない。うんちに自分が甲皇国のメゼツであることを明かした。うんちはそのことを知っていたが、メゼツが自分から話してくれたのがよほどうれしかったらしい。対等な関係になるために、ヤーの大社長の頼みでメゼツを監視していたことを正直に話した。メゼツは気にも留めず、今まで通り今日も酒場へと繰り出す。
 明るく振る舞っているが、突然命を与えられ、突然自由を与えられ、メゼツは持て余している。ミーリスの酒場に入りびたり、電子妖精ピクシーをから再生されるヤーの音声を聞いているうんちにくだを巻く。
 カウンターにもはや何杯目か知れないジョッキが置かれる。
「これで最後にしときよ」
 ミーリスが親身になって言う。
「いーだろー。金はあるんだから、なあ」
 メゼツは右隣に座るうんちに同意を求めるが、ミーリスと同じことを言われてしまった。
 ミーリスは金については心配していなかった。ただメゼツの飲み方がいつもと違い、どこか危うく感じていた。危ういと言えばメゼツの左隣の客もそうとう酔っている。
「俺はよー、海の男なんだ。なーにが悲しくてこんなクエストをやらなきゃいけねーんだよ、チャイ!」
 チャイと呼ばれたのはさらに左に座ってミルクを飲んでいた少年だった。青い髪に小麦色の肌の少年が慰める。
「まあ、まあ。客船をボロボロにしちゃったんだから、クエストで稼ぎましょう、セレブハート船長! 船を買うためにも、仲間を解放するためにも」
 セレブハートとメゼツは以前会ったことがある。隣り合って座っているのに、両者とも泥酔していて互いに気付かない。
 メゼツは木製ジョッキに満たされた黄金色に輝く酒を喉をならし飲み干す。
「なーに、まじめぶってんだー。ぎゃはは」
「メゼツさん、邪魔しないでくださいよ」
 電子妖精ピクシーから再生されるヤー社長の音声メモは東ミシュガルド鉄道の敷設権を取得しただとか、保険に線路の幅を甲皇国の線路と変えているといったメゼツにとって退屈な内容だった。
「そう言えばミシュ鉄の総裁から面白い話を聞いたよ」
 ヤーの音声は続ける。
 1つの路線では10人の保線夫が作業している。
 別路線ではふたりの保線夫が作業している。
 ふたつの路線は分岐器のところでひとつの路線に合流し東側に長く伸びている。
 今東側から暴走列車が迫ってきている。このままではひかれてしまう。
 他の保線夫たちはまったく気づかず、気づいたのは分岐器のところで作業しているあなただけ。
 分岐器は10人の保線夫がいる路線に切り替わっている。あなたなら分岐器をふたりの保線夫の路線に切り替えますか?
 といった話だった。
 うんちは悩んでいたが、答えを出せずにいた。メゼツは考えているのかいないのか、ジョッキの中の泡をただ眺めている。
 ヤーはそんな状況を見越していたのか、フォローを入れた。
「この問題に正解はないんだよ。迷うことは悪いことじゃない。だから大いに悩んでほしい。考える時間があるうちに」
 ヤーは問題に新たな切り口を与えるためにふたつ例を出した。
「例えばこの問題、もともとふたりの保線夫側に分岐器が切り替わっていたら、分岐器をわざわざ変えたりしないだろう。実質的には同じことなのに、行動は変わってしまう。例えば路線夫の代わりにマニフィック・フルール(食紅としても使われる食用の花)が置いてあったらどうだろう。きっとマニフィック・フルールがふたつの路線にためらわず分岐器を切り替えることができるだろう。合理的な判断をする権力者は国民の顔がマニフィック・フルールに見えているんだろうね」
 SHWの大社長の言葉とは思えなかった。ヤーはまるで大きすぎる権力に戸惑っているかのようだ。
 ヤーの話の余韻を破り、酒場に似つかしくない軍靴の音が鳴り響く。酒場の入り口は丙武軍団に固められ、兵たちがささつつする花道を大柄な幹部が歩いてくる。一歩一歩踏みしめるたびに、ジョッキの酒が揺れる。揺れは次第に大きくなり、ついにはこぼれた。
「英雄のなりそこないが。あわれだな」
「俺に構うな、丙武!」
 丙武は大げさに腕を広げて、多くの勲章をつった軍服を見せつける。
「今の俺はミシュガルド派遣軍すべてに号令できる立場だ。お前に命令する。海軍を任せられる人材を探して連れてこい」
 丙武は全軍に号令できる立場と言ったが、すべてを掌握しているわけではなかった。それは、ペリソン提督に袖にされたため、海軍の人材を欲したことからもうかがえる。
「丙武の兄貴よー。俺の役割はもう終わったんだ。別の奴をあたりな」
 まさか従軍時に良くしてやったメゼツからも断られるとは思ってもみなかった丙武は、射抜くような視線で睨む。
 メゼツは気にもとめず酒を飲み続けている。
 丙武がメゼツの椅子を蹴り飛ばすと、あれほど騒がしかった酒場が静まり返る。
 ミーリスは店に来る荒くれものの扱いに慣れていて「ケンカなら外でやりな」と啖呵を切った。メゼツは立ち上がりミーリスのいるカウンターの前に多めに代金を置く。
「ちょっと」
 ミーリスが困るのも気にかけず、丙武軍団がたむろする酒場の入り口へ。
「いいんですか?」
 うんちが後を追う。
 丙武が指をならすと、入り口をふさいでいた丙武軍団は道を開けた。入り口から機械人形が兵隊に引かれてくる。広い肩幅は入り口を通り切らず、無理やり通って入り口を破壊してしまった。
 修羅場を幾たびも潜り抜けてきたミーリスもこれには青ざめる。
 ずんぐりとした機械人形の中には少女の顔が見える。
 メゼツの義妹、メルタだった。
「どうだ? 凝った趣向だろ。気に入ってくれたか? 俺に協力しといた方がいいんじゃないのかー、メゼツぅー」
 丙武のおどしにメゼツは一気に酔いが醒めた。
「お兄様? ホントにお兄様ですの?」
 ウンチダスに憑依しているメゼツのことを、丙武はメルタに話していた。しかし丙武が新皇帝を傀儡とし、父ホロヴィズを失脚させたことは知らせていない。
 メルタは無邪気に義兄との再会に興奮し、周りの兵士を振り回している。
「大丈夫です、メゼツさん。人質に取られてる妹さんの方がどう見ても強そうです」
 メゼツはうんちの献策が耳に入らないほどうろたえていた。
「ああぁあ、どうしよう。メルタがー!! 早く海軍の人材を探さなきゃー!!!」
 酒場の重い空気をぶち破る、空気の読めないひとりの酔っぱらいの叫び声。
「おれはミシュガルドの発見者なんだぞ!! なんでこんなみじめな仕事しなきゃいけねーんだよ」
 チャイがあわててセレブハートの口を塞いだ。
「いたーーー!!!!」
 メゼツはぐでんぐでんに泥酔しているセレブハートに指をさした。
「メゼツぅー、テキトーこいてんじゃねーぞー」
「いやマジだって。こいつの戦い方をまぢかに見たから間違いねーって」
 本人の了承抜きで勝手に海軍の人材として登用されそうになっている。セレブハートはろれつの回らぬ口調で一言いってやった。
「俺を雇いたきゃなー、皇国貴族の地位を約束しろよバカヤロー」
「そんなものでよければくれてやろう」
 丙武は気前よく酔っぱらいの戯言に首肯する。
「セレブハートさん、しっかりしてください。これはチャンスですよ」
 耳打ちするチャイの言葉で、セレブハートは思い出したように条件を付け加えた。
「あと、今やってるクエスト手伝ってー」
「そっちじゃない!」
 チャイは酔いの醒めないセレブハート足を思い切りふんずけてやった。
「いだっ、分かったよ、もー。甲皇国が抑留している船乗り仲間を解放してやってくれ。それが条件だ」
「それと」
 さらに条件を重ねようとするセレブハートに、メゼツは呆れていた。
「まだあるのかよ。存外欲深だな」
「それと、ミシュガルド半分よこしやがれ!!!」
 メゼツとチャイはせっかくまとまった交渉がお釈迦になると心配したが、無用だった。
「ハッハッハ、男子たるものそうでなくっちゃなあ。気に入った。貴様が海軍を率いろ」
 丙武はセレブハートのおとぎ話のような提案に対して、おとぎ話のように応えた。切り取り次第にせよと。
 

     

 メゼツはヤーから商談を持ちかけられ、小銃2万5000丁、小銃弾420万発、中古汽船(排水量700トン)を買い入れた。これでセレブハートの海軍はどうにか後備一個師団相当の戦力を保有するに至った。
 新海軍の初仕事はテレネス湖の探索の予定だ。丙武を含む陸戦隊5000名が海軍支援のため駐屯地を出発した。


「さすがね。テレネス遺跡に人職人人が潜伏しているという情報をリークして、丙武を駐屯所から引き離した。鬼のいぬ間に何を始めるのかしら?」
 駐屯所の客間を改装して設けられた皇帝執務室に、乙家の次代を担う令嬢が訪ねてきたのは丙武出発の翌日だった。
 皇帝カールは相変わらずのシーフのような軽装で、八部卿から上がってくる書類を決済している。
 カールは入り口に赴いてククイの車いすを押す。
「あら? 皇帝に車夫のような仕事をさせてしまって、痛み入りますわ」
 ククイがいたずらっぽく笑った。
 カールは侍従たちに目配せし、席を外させる。華美な装飾の皇帝執務室に、控えめな礼装のククイと皇帝らしからぬ格好のカールだけの二人きりとなった。
 カールはククイの問いに答える。
「皇帝は君臨すれども統治せず。皇帝の権限の一部を甲皇国本国の閣僚に移譲してしまおうと思うんだ」
「なぜかしら? あなたなら本国を平和なまま発展させることができるのに」
 ククイが責める。
「買いかぶりすぎだよ。本国の遠隔統治なんて不可能だ」
「じゃあ、本国に凱旋すればいいじゃない」
「それはもっと無理だよ。本国で孤立することになる」
 カールは笑いながら言うが、その笑いはどこか乾いていた。
「ミシュガルドから人材を引き抜いていけば……」
 ククイはもっと自分を頼るようにと言いたかったが言葉にならなかった。
「そうなるとミシュガルド派と本国の留守番組とが派閥抗争する未来しか見えないな」
 ユリウスにはアウグストを筆頭に傭兵騎士が付き従っている。エントヴァイエンにはライオネルを隊長とする親衛隊がいる。ミゲルにはハナバたち丙家監視部隊が。カールには背景となる組織が何もなかった。
 だからこそ丙武はカールを傀儡にすることができたと言って良い。
「本国の経営はユリウスに任せよう。当面はエントヴァイエンとミゲルも加えた三頭体制が望ましい」
 ククイは黙して語らず。
 カールにとって、幼馴染のククイとの付き合いは長い。何が言いたいのか分かってしまう。
 丙家の支持するユリウスに権力を移譲することを恐れているのだと。
「再び戦争になるわ。無垢な庶民は飢え、従順な兵士は死ぬ。孤児と寡婦だけを残して」
「何も変わりはしないさ。お飾りの皇帝が名実ともにお飾りになるだけで」

     

 丙武率いる5000人の陸戦隊はタルタル樹海を踏破し、銀の河を遡上。テレネス湖畔までたどり着いて、すぐに天幕を設営し始めた。
 よく訓練された兵たちによって天幕は昼食ができる前に次々と建てられ、40日分の資材の搬入にとりかかる。
 テレネス湖遺跡に潜伏している人職人人は人体を蘇生させる秘儀を持つという。丙武はメゼツの性格をよく知っている。メルタの体を治せるかもしれないと知って、飛びつかないわけがない。メゼツは協力するしかなかった。


 ここが遺跡探索の拠点になるのかと、メゼツは腹ごしらえしてから視察する。視察団にはうんち、メゼツを心配してついてきたメルタ、メルタ推薦の女武士、SHWの回航委員として派遣されてきた女剣客などがいた。紫の瞳の女剣客を、別の紫の瞳の女武士が注意深くみつめている。
 向こう岸が見えず一見海のようなテレネス湖を眺め、自分たちの船を探す。湖は静かに澄んだ水をたたえている。
「船はどこにあるんだ?」
「これです」
 女剣客が事務的に手渡したのはビンに入った船の模型、いわゆるボトルシップだ。
 メゼツはSHWに一杯食わされたと思い、傍らのうんちに確認した。
「親父はこーいうの好きそうだけど……SHWは俺たちが乗る船を用意できなかったのか?」
「だから、SHWは信用できないのである!!」
 怒りに燃える紫色の瞳が女剣客を睨みつける。当事者よりも怒りをあらわにしている灰色髪の乙女に、メゼツは見覚えがあった。
 戦時中に見た、あの目だ。
(名前はたしか、ハレリアだったか?)
「あんた、名前は?」
「小生は、ハレリ……じゃない、ゼトセ! ゼトセである!」
(他人のそら似か)
 戦時中に出会ったのはアルフヘイムだ。ミシュガルドにいるはずがない。
 ゼトセと女剣客が口論を始めたため、メゼツは考えることを中断せざるを得なかった。
「まずはこの船の説明を聞いてくれませんか。それでも罵倒するなら、この猪鹿蝶チギリがお相手いたします」
「話し合うそぶりを見せておいて、だまし討ちをする魂胆である。汚い! さすがSHW汚い!!」
 一触即発のふたりの間に割って入り、うんちが口を差し挟む。
「口で説明するよりも実際に見てもらいましょう、チギリさん」
 チギリはボトルシップの入ったビンを湖に投げた。
 ビンを割って飛び出した船は見る間に大きくなり、テレネス湖を波立たせる。
「このビンは魔法ビンといって、物を小さくして保管できるSHW謹製のマジックアイテムなのです」
 自信たっぷりに説明するチギリに、ゼトセはバツが悪そうに謝った。
「今回は小生の誤解だったのである。すまない」

     

 遺跡の財宝を積み込むことを考慮してか、船に一日分の食料だけが積み込まれた。200名の丙武軍団と100名の船乗りが乗り込み、湖中央から突き出ている遺跡に向かって船出する。
 今までいろいろありすぎて深く考える時間なんてなかったから、船に揺られながら海を眺めていると、ついつい自分は何のために生きているのかメゼツは考えてしまう。
 いったい何が面白いのか、メルタはそんなメゼツの横顔を眺めている。


 船尾のほうではゼトセがSHWの青年に付きまとわれていた。
「俺はフラー。人間だよ、アンタと一緒だな☆ 君の名前は?」
 褐色に焼けた肌、肩甲骨まで見えるほど肩が開いた服、背中には大きなスリット、いかにも遊び人といった風貌だ。
「SHWの者に名乗る名などない!」
 ゼトセに振られたフラーはめげずにターゲットをチギリに変えた。
 フラフラとチギリに近づき、舐め回すようにチギリを観察している。チギリの今日の着物の柄は牡丹に蝶とあでやかだ。 ショートな髪をかき上げて、左耳の上に髪留め代わりの櫛を挿している。
「あの、あんまり見ないでくれます? そんなに着物が珍しいんですか?」
「よぉ、そこのお嬢さん、お茶しない?」
「エッチな人は嫌いです!」
 フラーはチギリにも一刀両断に断られてしまった。


 船長のセレブハートはというと、さっきから甲皇国より釈放した船乗り仲間のドバじいさんと激論を戦わせていた。
「だからミシュガルド発見したときのこと思い出せって!!!」
 艦橋にいるセレブハートの声が甲板まで響く。なんだかまとまりがつかなそうなので、メゼツとメルタも船首から艦橋に移ることにした。
「ウンチダスの旦那ぁ! あんたも何とか言ってくれ。このジジイはミシュガルドの謎を知っているハズなんだ」
「爺さん、あんたもミシュガルドの第一発見者なのか?」
「わしゃ、な~んもしらん」
 ドバはしらを切っているのか本当に知らないのか同じ言葉を繰り返す。
「お兄様、あまりおじいさんを困らせたらかわいそうですわ。」
 メゼツはメルタの言葉に従い、矛先をセレブハートに転じる。
「あんたもミシュガルドの発見者なんだろ。何か知らねーのかよ」
「いや、セレブハート島を発見したときはドバじいさんといっしょに祝杯を挙げていてね。べろんべろんに酔ってたから、よく憶えていないんだ」
「わしゃ、な~んもしらん」
「おまえらよー」
 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたが、メゼツはセレブハートがミシュガルド大陸を島と呼ぶことには違和感を感じた。
 そのことを問いただすと、セレブハートとドバは顔を見合わせる。
「だってなー、ありゃーどー見たって……」
 謎の核心を爆発音が遮った。
「まさか、また魔物か?」
 その答えは艦橋に駆け込んできたチャイ少年によって、すぐに明らかになった。
「船長大変だ!!テロです!!!」
「エルカイダ!」
 艦橋を出てセレブハートたちは爆発音のした左舷を直に見る。横っ腹に大穴が開き浸水が始まっていた。ドバ爺さんは水夫を指揮して、浸水した船倉から食料とハンモックを甲板に運び出す。魚人による爆弾石を使った自爆テロはなおも続き、船の周りに数条の水柱が上がる。
(おかしい。直撃がいやに少ない。ハッ!)
「これは陽動です。湖畔の拠点に戻りましょう」
 全員がうんちの策に賛同したが、客室から遅れて出てきた丙武によって一蹴された。
「このまま強行する」
 メゼツは丙武の性格をよく知っていた。戦時中に食料が滞った際に、亜人の肉を食らって生き延びた男である。40日分の資材を守るため引き返すだとか、船の食料が1日分しかないといった説得は通用しない。1日で遺跡を攻略しろと言うだけだろう。
 結局は丙武の意見が通った。


 湖畔から煙が立ち昇っている。エルカイダの本隊によって拠点が襲撃されているのかもしれなかった。
 セレブハートの神がかった操船によって、船はのろのろと遺跡に到達。はしけを渡して丙武軍団だけが上陸した。
「丙武の奴、自分たちだけで財宝を独り占めするつもりだな!!」
 セレブハートたちはテロリストの襲撃から船を守るので手一杯で、丙武を追うことができない。
 ついにしびれを切らしたテロリストたちが船に侵入してくる。 
 浅き者ども。遠浅の海に生息していたため、いつしかそう呼ばれるようになった魚人だ。禁断魔法による海の汚染で住処を追われ、難民化してミシュガルドに渡った。一部はエルカイダの傘下に入ったようだ。
 ケロイド状にただれた鱗、粘液に濡れた哀れな姿。けろけろけろとその鳴き声はどこか悲しい。
「戦争、戦争は変わらない」
「たかし様には陽動するだけと言われたが、このまま船を沈めてしまっても構わぬのだろう?」
 陰気な浅き者どもの中にもお調子者はいる。お調子者は船の機関部に爆弾石を投げこもうと仲間たちを伴い機関室に侵入した。
 お調子者が爆弾石を振りかぶると、機関部の影から躍り出たチギリによって一瞬で三枚におろされてしまった。爆弾石が床板に落ちる前に、セレブハートがキャッチする。
「ま、待ち伏せだとー!!」
 ゼトセが薙刀を振るい負けじと死屍累々を築き上げると、チギリは見せつけるように華麗に敵を討ち取っていく。
「おい、フラー。女の尻に隠れてないで、お前も戦え!」
「戦うのは得意じゃないんだよなぁ……」
メゼツとフラーが手を下すまでもなく、船内の敵は一掃されてしまった。
「小生のほうが敵を多く倒した!」
「私の方が敵を倒すのが早かった!」
 共通の敵が消滅し、ゼトセとチギリがケンカを再開する。メゼツはこの2人には手を焼いた。
「お前らは、もー。めんどくせ~から河原で殴り合って決めろ! お前強いな、お前もなってなれよ~!!」


 テロリストたちは慌てて水の中に逃げ込んだ。しかし、まだ撤退したわけではなかった。
 船の周りにはまだテロリストは潜んでいる。こちらからうかつに仕掛けることもできず、戦闘は小康状態に陥った。
 甲板の上から眺めると湖は凪いだ海に似て沈黙している。
「俺に良い考えがある」
 早く丙武に追いつきたいセレブハートは、水中のテロリストを一網打尽にしてみせるという。
 火薬袋に先ほど拾った爆弾石入れ、空中に投げ放った。
「みな、耳を塞げ!」
 セレブハートは火薬袋に向けて小銃をあてずっぽうに三発打った。三発目が袋をかすめ爆発が起こる。轟音と爆風が巻き起こり船が大きく揺れる。すると二十数匹の半魚人が白い腹を見せて上がってきた。
 音は空中よりも水中のほうが伝わりやすい。水中を駆け抜けた騒音が浅き者どもを脳を揺さぶったようだ。
 船が傾き、荷物が甲板の上を滑る。水夫たちを巻き込みながら雪崩をうって落ちてゆく。
 フラーは騒音によって平衡感覚を失いながらも、とっさにゼトセの腰を左手で引き寄せてかばいながら、もう片方の手で船外に放り出されたチギリの手つかみ引き戻す。あわやもろともに滑落しそうになったが、ふわりと3人の体は宙に浮く。フラーの背を割って飛び出したコウモリの翼が羽ばたいている。フラーの翼は小さくて飛ぶことはできないが、揺れが収まるまで滞空してやりすごすことはできた。
「コウモリ族だったのか?」
 フラーの翼と獣耳を見て、チギリが聞く。
「バレちゃったかー、あはは」
 船の揺れは静まった。ゼトセがまだ震えているので、パニックが収まるまでフラーが肩を抱く。ゼトセは息を整えながら、必死で何かを伝えようとしている。
「違う……の……セレブハートさんが……船から……落ちて……」
 確かに船上にセレブハートの姿はない。船が揺れたときに落ちたらしい。
「大漁、大漁」
 みなの心配をよそにセレブハートの勝利宣言が聞こえる。
 メルタが指差した水面にセレブハートが浮かんでいた。
「どうよ、これがおれの実力だ」
 セレブハートが水面から顔を出して叫んでいる。今日のMVPは自分が無事であることをアピールしているのか、何かにひっぱられるように海中に潜った。海底に巨大な影が見える。
「セレブハートさん、たちの悪い冗談はやめて、そろそろ上がってきてよ。セレブハートさん、セレブハートさん……」
 チャイの声は最後には悲鳴に変わっていた。さすがに長すぎると思ったチャイは今にも海に飛び込もうとしていた。
「いけない、メゼツさん抑えてください。チャイくんまでに引き込まれます」
 うんちに言われるまでもなくメゼツは、後ろからチャイに抱きつくようにして止める。チャイは感情にまかせて泣き喚いている。
「嫌だっ。離して下さい。セレブハートさーーん。セレブハートさーーーん」
 うんちが背中から語りかける。
「それで良いんです、メゼツさん。これ以上犠牲を増やすわけにはいきません。妙な気を起こしてはいけませんよ」


 船に残るのは危険と判断し、全員で遺跡に避難することになった。
 ドバの指示により、短艇が降ろされ、水夫たちは身一つで乗り込んでいく。短艇は積載量の限界をとうに越えた。それでもドバはメゼツたちが乗るまで待ってくれている。
「乗るんなら早くせんか」
 メゼツはチャイの手を引く。心の中でしかたないんだと納得しながら。うんちの言うことはいつも正しかった。確かに間違っちゃいない。これ以上犠牲を増やすわけにはいかない。
「こんなの納得できませんよ」
 メゼツの心を見透かすようなチャイの言葉が、痛いところに突き刺さる。メゼツは腕から逃れようとするチャイに目で訴えた。
 もう止めたりしない。だから二人でいっしょに行こう。
 メゼツとチャイは船端に足をかけ、心中でもするかのように、抱き合ったまま入水した。
 兄を追ってメルタも短艇から飛び込む。
「メルタ・水中形態、トランスフォーム!」
 説明しよう。メルタの鋼のボディには空海陸(格闘)それぞれに特化した形態に変形する機構が施されている。メルタの水中形態は丸みを帯びたパーツが流線形に変形することにより、水深200メートルの水圧にまで耐えることが可能だ。最大速度は20ノットだが、メルタはやればできる子なので30ノットは気合で出せる(ホロヴィズ談)無浮上で連続36時間潜水可。武装は三連装の魚雷発射管が左右にひとつずつ。
 ゼトセとチギリはほぼ同時に飛び込んだ。ふたりを追ってフラーも湖に潜る。



 湖の中は思った以上に暗く、流れも速い。死角ができないようにチャイと背中合わせになってセレブハートを探すが、こう暗くては見つけられない。動いているものを視認するのがやっとだ。
 魚拓にしたら半紙からはみ出そうな大きさの魔物の群れが列を作っている。淡水マン・ボウだ。するどい聴覚を持ち、溺れている獲物を見つける習性をもつ。とすれば、この列の先にセレブハートがいる可能性がある。頼む、無事でいてくれと祈りながらふたりは魚群を追う。
 チャイは心配させまいと平気な顔をしているが、そろそろつらいはずだ。すでに1分以上潜っている。
 息継ぎのために戻ろうとしたメゼツの手をチャイが引っ張る。首長竜にくわえられ海底を引きずられるセレブハートの姿を、ついに捉えた。
 この首長竜はテレネス湖に眠る伝説の巨大生物、テレッシーなのかもしれない。テレッシーには500万VIPという破格の懸賞金がかけられている。こんな事態でなければ、生け捕りにしたいところだ。
 セレブハートは湖底にある岩礁の中に引きずり込まれた。息継ぎに戻っては見失うかもしれない。
 チャイはテレッシーを魚よりは水棲ハ虫類に近いと踏んだ。だったらテレッシーもどこかで必ず息継ぎをするはずだ。あの岩礁の中に息継ぎできる場所があるかもしれない。これは賭けだ。ふたりはテレッシーを追って、邪魔なマン・ボウを切り刻みながら岩礁の中へと入った。


「ぷはー」
 水面から顔をだしたチャイがめいっぱい息を吸う。湿った古い空気が、今は森の澄んだ空気のように美味く感じる。
 この岩礁の中は空洞になっていて上のほうには空気が溜まってる。ちょうどビーバーの巣のような構造になっていた。しかしテレッシーの巣にしては、人工的な跡が見られる。例えば内壁、自然にできたとは到底思えない御影石の垂直な壁には、びっしりと文字とも模様ともつかない記号が彫られていた。ただでさえ読めないのに、記号は虫が食ったようにところどころ欠けている。かつて遺跡だったものを魔物が巣として利用しているのだろう。
「あれ、何かな」
 何かを見つけたチャイがメゼツの背をつっつく。振り返ると、石造りの祭壇にマン・ボウや浅き者ども、水夫の死体が並べられている。
 獺祭だっさいという言葉がある。カワウソが捕った獲物を並べる習性を、何かを祭っているように昔の人には見えたのだろう。それに似ている。まさか、本当に何かに捧げているわけではないと思うが。
「セレブハートさん!!」
 うなじから血を流しているセレブハートをテレッシーが祭壇に並べる。チャイはいてもたってもいられず飛び出す。メゼツは今度こそチャイを止めた。様子を見たほうが良い。メゼツはセレブハートのかすかに上下する胸を指し示した。目は瞑っているがまだ息をしている。
「でも、でも。生きているならなおさら助けないと」
 チャイは泣きながら哀願した。メゼツは首を振る。
 罠の可能性がある。先に周りを調べるべきだろう。
 まずは壁面のそばに何やら茶色の細長い物体を発見した。匂いは臭い。テレッシーのフンだろうか。
「まったく。無茶をして。もう怒ってないですから、私の話を聞いて下さい」
「ウンコがしゃべったーーー!!!!」
「ウンコじゃありません。うんちです」
 聞き覚えのある声だ。このうんちはあのうんちだ。一緒に旅を続けてきた仲間だ。他のウンコと見間違うはずがない。
「うんち!!来てくれたのか!」
「私だけじゃありませんよ」
 メルタ、ゼトセ、チギリ、フラーが水面から次々と顔を出した。
 仲間たちが駆け付けたというのにチャイは不安そうな目をしている。きっとメゼツもそういう目をしていたのだろう。うんちが何か隠し扉でもないかと率先して壁面を調べる。
「だめだ。壁には継ぎ目がないし、壁面に彫られた文字も解読不能。魔方陣が使われているところを見ると、古代ミシュガルド人の遺跡だということはわかるんですけど」
「……はウコン、ゴフン夫婦めおと神によってミシュガルドに封印されることになるだろう。従う4匹の聖獣は墓守となり……」
 うんちがすっとんきょうな声を上げた。
「ゼトセさん、まさか読めるんですか!!」
 ゼトセは古代ミシュガルド語の研究の第一人者ハルドゥ・アンロームの娘であり、父の研究を見て育った。ハルドゥが行方不明の今、古代ミシュガルド語を解読できる数少ない人間といっても過言ではない。
 うんちが大声でしゃべったせいでテレッシーの巨大な蛇の目に睨まれる。
 長い首をうんと伸ばして、大口を開けて近づいてくる。
 後ずさって壁際まで追い込まれるメゼツたち。その中から1歩前に踏み出して、チギリが刀を抜いて構えた。
「セレブハートさんを早く助けに行ってください。ここは私が引き受けます」
「ひとりで戦うつもりであるか!?」
「私ならひとりで十分です。大物喰いジャイアントキリングの猪鹿蝶チギリとは私のことだ!!」
 確かにチギリは巨大生物ハムスターLv80を退治したことがあったが、テレッシーはハムスターLv80よりも二回りも大きい。 チギリの放った斬撃はテレッシーの肉を割ったが、骨を断てなかった。怒りに我を忘れたテレッシーが首を鞭のようにしならせて、チギリを跳ね飛ばす。
「ウヒャヒャ。オレのかわいい化け物。それ、死体、違う。生きてる」
 テレッシーを諭して止めたのは、顔にツギハギの入った質素ななりの女性だった。
「ああなたは人職人人!」
 ゼトセは以前ガイシ地下で人職人人を探したことがあり、そのときにメルタとも出会った。その縁で今回の探索にメルタが是非にと推薦している。
 一行はゼトセのいうことを疑うわけではなかったが、目の前の怪人物が人を蘇生できるということをどこかうさん臭く感じていた。しかし、その戸惑いはすぐに払しょくされることになる。
「かわいい化け物、痛い? すぐ治す」
 テレッシーの傷を撫でていた手を止め、人職人人の手が空を切る。するとテレッシーの首がずるりと切断された。壊れたおもちゃのようにテレッシーは横倒しになり、動かなくなる。
 あまりの衝撃にメゼツたちは絶句した。
「きれいはきたない、きたないはきれい」
 人職人人は呪文を詠唱しながらテレッシーの死骸を繋ぎ合わせた。するとどうだろう。首の繋がったテレッシーはむくりと起き上がり、斬撃の傷は消え何事もなかったかのようにペロペロと人職人人の顔を舐め始めた。
 蘇生術は疑うべくもないが、人職人人のエキセントリックな行動に、メゼツは警戒して身構える。
「よせ、ウンチダス。その人は悪い人じゃないと思うぜ」
「セレブハートさん!」
 壁に手をつきながら歩み寄るセレブハートへ真っ先にチャイが駆け寄る。
「お前ホントにセレブハートか? いっぺん死んでそいつに生き返らされたんじゃねーだろーな?」
 セレブハートは首に巻かれた包帯を見せて、普通に治療されたということを示した。
 メゼツは警戒を解き、今回の旅の目的を果たそうと試みた。
「あんたのその蘇生術を見込んで、頼みがある。このメルタの体を生身に戻してやってくれないか」
「嫌」
 人職人人は即答した。
「俺の態度が気に入らなかったんなら謝る。だから……」
 人職人人は首を振った。
「みんな、最初、蘇生、感謝する。でも、そのうち、コレジャナイ、チガウと言う。オレ、迫害される。また、逃げ隠れすることになる」
「そーか。まあ、無理にとは言わねー」
 

「誰か来る」
 フラーが獣耳をひくつかせて何かを聞き取っている。
 その時、祭壇左側の御影石の壁が霧のように消え、招かれざる客が現れた。
 黒い鎧の騎士が亜人の集団を率いている。
「まずいぜ。ありゃあ、過激派組織エルカイダの幹部だ。特にあの紫の布で顔を隠したエンジェルエルフ、ニツェシーア=ラギュリがやばい。一見いい女だが、アイツはクレージーだ。いい女だけど」
 フラーが元情報屋らしいところを見せるが、興味がないせいか男の幹部の情報は持っていなかった。代わってうんちが情報を補足する。
「あの黒騎士は精神的支柱と言われていて、エルカイダのトップです。つまり奴らにとっても人職人人を重要視していると思われます。そして一番気をつけなければならないのが、あの太った男、ドン・キングたかし3世です」
 モヒカンに丸いサングラスの汗っかきのその男は、亜人しかいないエルカイダの中でほとんど唯一の甲皇国の人間だった。だった、過去形である。肉体改造を繰り返し、ついには亜人と変わらない力を手に入れた。突如エルカイダに忠誠を誓い、今では軍師の地位まで昇りつめている。
「デュフフWWW汚物は消毒だー!!」
 たかしは腰から伸びた機械をうんちに向けると、圧縮された水流ジェットを放水した。
「臭っ、匂いが混じって臭っ」
 はじかれて床に転がるうんちをたかしがつかむ。グローブをつけているとはいえ、指先は穴あきになっている。たかしはものともせずにうんちをつかみ、人質にした。
「デュフフWWW抵抗するとこいつつぶしちゃうでゴザるよ」
「テロリストどもの要求に応えてはダメです。私に構わずに戦ってください」
 メゼツたちは武器を置く。抵抗せずに荒縄で全員しばられた。
 作戦がうまくいき黒騎士はすっかり上機嫌だ。
「いやあ、君たち皇国海軍はよくやってくれたよ。このエルカイダに泳がされているとも知らずにね。テレネス湖だけに」
 場が凍り付く。沈黙に耐えられなくなった黒騎士はテレネス湖に泳ぐがかかっているなどと説明しだす。
「そんなことより、蘇生術だ!!」
 黒騎士はニツェシーアの持っていた布袋を開いた。中から出てきたのはメゼツのよく知る人物だった。
 短髪に切りそろえられた茶髪、目元や体中に施された魔紋、それはメゼツ自身に他ならない。
「お兄様!?」
「メゼツさん!!」
「おちつけ、メルタ、ゼトセ。俺はここにいるんだからこれは精巧に作られた人形かなにかに決まってるぜ」
 ゼトセには特にショックが大きかったようだ。かつて戦時中に自分を救った恩人が肉人形のようになってしまっている。もしゼトセが冷静だったなら、メゼツの発言から、このウンチダスこそがメゼツであるともう少し早く気付いたかもしれない。
「おい、お前。何で俺、メゼツの人形なんて持ってるんだよ」
「こ、これはアレよ。趣味? そう、趣味よ」
 ニツェシーアは明らかに何かを隠している。
 フラーの耳がまた何かの音を捉えた。兵隊が軍靴を鳴らす音。
 黒騎士が人職人人に交渉しようとしたとき、今度は祭壇の右側の壁が霧消し、丙武軍団が現れた。どうやらテレネス湖中央の遺跡と繋がっていたようだ。
 黒騎士がメゼツに刃を突き付ける。
「おっと、動くな! 抵抗すれば殺す!!」
「殺せよ、そんな役立たず」
 丙武は構わず黒騎士を取り押さえて、あっさりと生け捕りにしてしまった。
「黒騎士様!!」
 ニツェシーアがスリットからガータベルトに隠したナイフ引き抜き助けに入るが、傷ひとつつけることができない。
「残念! 亜人の攻撃は効かないんだ」
 代わってたかしが身軽に飛び出し、水流ジェットを放水した。
「亜人の攻撃が通らなくなる身体不可侵の神性持ち。人間の拙者の攻撃なら」
「通ると思ったか? 神性が効かなくても、そんなヌルい攻撃、効くかよ!」
「デュクシ!!コポォ」
 丙武は次々とエルカイダ幹部をとらえ、亜人の戦闘員たちも丙武軍団に壊滅されてしまった。
 丙武軍団は軍隊というよりもならず者の集団だ。エルカイダとの戦闘を終えると、略奪した宝石、金品をめぐって取り合いを始めた。
 セレブハートは丙武に媚びるように笑いかけ、敬礼する。
「俺のお宝の分け前は?」
「あるわきゃねーだろ。俺たちを出し抜いて、先回りするような奴に」
「先に出し抜いたのはそっちだろ!」
「言ったろ。切り取り次第だって」
「畜生……ミシュガルドは俺が見つけたんだ、半分くらいくれたっていいだろうが!」
 丙武はセレブハートの叫びを無視して、人職人人に歩み寄った。
 左腕の義手を外し、人職人人に自分の欠損した体を見せつける。
「これを治せ」
「嫌」
 人職人人は食い気味に答える。
「断るなら、殺すぞ」
「アヒャヒャヒャヒャ。私、殺す? 誰、治す?」
 丙武のドスの利いた脅しにも人職人人はまったく屈しない。
 メゼツの縄をほどき、丙武は交渉させることにした。
「丙武の兄貴よー。俺は一度断られてるんだぜ。無理だよ」
「とにかく褒めろ。ご機嫌をうかがえ。メルタの体を治して欲しくねーのかよ」
 メゼツは人職人人を見つめて、褒められそうなところを探す。
「ガ」
「が?」
「ガイコツの髪飾りがおしゃれデスネ」
 フラーはこりゃダメだと頭を押さえる。他の仲間たちも同様にあきらめかけていた。
 一方、丙武軍団の中にはメゼツの発言にうなずくものがちらほらいる。甲皇国のセンスからすればメゼツの発言は妥当なものらしい。
「このウンチダスの頼みだけ、聞く」
 人職人人は気をよくしている。メゼツのことをすっかり気にいってしまった。
「さすがにそれはチョロすぎやしないか?」
 百戦錬磨のフラーだったが、もはや女心が分からなくなってきた。


 人職人人がメルタの体を蘇生する準備にとりかかる。人職人人が使う蘇生術、コーリングは体の一部でも残っていれば、完全に再生することができる。体の大半を失ってしまったメルタを、キレイな体に戻すことが。
 メゼツはメルタを祭壇に寝かせ、何もかもうまくいくと励ました。
 準備を終えた人職人人がメゼツに最後の試練を突き付ける。
「何してる? 生きてると再生できない。殺せ」
 人職人人が使えるのは蘇生術だけだ。テレッシーの傷を治したときも、一度殺してから蘇生して治している。
 メルタを治すためにはメルタを殺さなくてはならなかった。
「メゼツぅー。自分の手で殺せないなら、この丙武お兄さんが義手を貸してあげよう」
 丙武が左の義手を差し出す。メゼツはそれをウンチダスの左肩に装着し、丙武の兵から剣を借りる。
 これで自分が直接手を汚したわけではなくなる。だが、本当にそれでいいのだろうか? 殺せば生き返せるとはいえ、一度は死の苦しみを味あわせることになる。殺して生き返すか。殺さずに機械の体のとして生かすか。
 メゼツはいつかヤーに出された問題を思い出していた。あのときは自分がそういった岐路に立たされることなど思いもよらず漫然として、考えなかった。もっと真剣に答えていれば、悩まずに済んだだろうか。分からない。
 分かっているのは、どちらを選んでも自分は後悔するだろうということだけだった。
「お兄様。私、お兄様だったら怖くない」
 メルタは震えを押し殺して、自らの体を差し出した。
「大丈夫だ、メルタ。痛いのはほんの一瞬だからな。それでキレイな体に戻れる」
 ためらい傷を負わせて苦しめないように、メゼツは思い切り刃を振り下ろした。
 滴る血。
「だめだ。できない。俺にはできない」
 むりやり途中で止めたため、メゼツの肩からは血が滲みだしていた。
「おやおや、人間は不思議だねぇ。殺して、完全に、蘇生させる。なぜ、やらない?」
「メゼツの腰抜けめ! せっかくお前の体もあることだ、ならばお前自身が実験台になれよ」
 丙武がニチェシーアからメゼツの肉人形を取り上げる。
「やめて、その体は愛しい、あの人の……」
「デュフフWWWニツェシーア氏、その気持ち分かるでゴザるよ。拙者も1/1フィギュアを捨てられそうになったときそうなったコポォ」
 ニチェシーアはまるで我が子を奪われた母親のように取り乱している。
 メゼツは突如、自分のもとの体を取り戻すチャンスを手にした。
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┃               ┃
┃>体を取り戻す        ┃→11章へすすめ
┃               ┃
┃ ウンチダスのままでいいです ┃→13章へすすめ
┃               ┃
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