Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルドを救う22の方法
2章 真の勇者

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「さっすがミシュガルド。ヘンな奴ばっかだな」
 大交易所はSHWの管轄ということもあり、人間と亜人が混在する国際都市の様相を呈している。甲皇国の水を飲んで育ったメゼツには、この野放図で開放的な空気は毒だった。
 手作りのマントを巻いた人間の子供と犬面の亜人の子供たちがイタズラな笑みを浮かべ走り回り、スタイルのいい女戦士が大人げなく本気で追いかけ回している。兎面の亜人はOL風の女性を「お嬢さん、私とモフモフしませんか」と口説いているようだ。お腹に魔物のような口がある少女は木陰で昼寝をしている。
 メゼツはうんちを仲間にしなかった代わりに、ガザミのつてで傭兵を雇った。赤い髪と目の熱血漢で、とりあえず荷物持ちをやらせている。胸当てと膝当てのみの軽装だから、素早い身のこなしで槍を振るって活躍するだろう。ハイランド騎士を自称しているジョワン・ヒザーニヤという男だ。
 ハイランドというのは東方大陸の中央、ハイランド高地に位置する小国家である。東方大陸は山が海にせり出し、農耕可能な平地が少ない。ハイランドも軍用馬の輸出と国を挙げての傭兵家業で国民の口を賄う他なかった。ハイランド騎士団などと言うが傭兵ギルドと言ったほうが内実を表すだろう。
 あと3人程強い奴を雇って、森で獣神帝の奴らを捜索する。それと俺自身も戦えるように魔法でも覚えるかな。メゼツは魔法タバコをくわえ、思案しながら歩いた。
 魔法タバコはエルフが作り出した魔道具だが、魔法の素養がない人間でも吸うことができる。エルフや亜人は大っ嫌いだが、戦争中に覚えたコレだけはやめられなかった。
 アレク書店という本屋を見つけて、くわえタバコのままで魔導書でも売ってないかと中をのぞいてみる。
「兄さん?! 」
 最愛の妹メルタの声とは違った落ち着いた女性の声。そもそもメルタは兄さんとは呼ばない。メルタとは違うと知りつつも、悲しいかなメゼツの体は声のするほうに向いていた。
 カウンターの店員の女性は銀色の髪を後ろに束ね、着ている服よりも白い肌をしている。茶色いエプロンには名札が付いていて、ミシュガルド店店長ローロと書かれていた。ずいぶんと若い店長さんだ。
 ローロは人違いと分かり、寂しそうに紫色の目を伏せた。
「ごめんなさい。兄さんの好きだった銘柄の魔法タバコの匂いがしたから」
「好きだった? 死んだのか、そいつ」
「違うの、兄さんは行方不明で」
 メゼツの縁起でもない一言を打ち消したくて、ローロは人にめったに話さない兄のことを吐露した。
「10年前、兄さんは冒険者になると言って家を出たの。それきり音信不通だけど、きっとどこかで生きているはず。見かけたら教えてください」
 10年前ならば、甲皇国がアルフヘイムに上陸する前だろう。どこかで聞いたような話だ。しかしメゼツの生前の記憶は薄ぼんやりとして、あてにはならなそうだった。
「分かった、見かけたら知らせる。でだ、本買いに来たんだけど、魔導書ってある」
 ローロはすぐに気持ちを切り替えて、二人は店員と客に戻った。
「ごめんなさいね。今は軍縮、軍縮で強力な魔導書は発禁処分になってるの。実用書のコーナーに入門書が一冊だけ残ってるだけ」
 メゼツは実用書のコーナーの上から二段目の棚に、『家庭で役立つお手軽魔法レシピ』というタイトルの本を見つけ手をかけた。同時に小さな手が重なる。
「あっ」
「べ、別に私は魔法くらい使えるから、こんな本いらない」
 手を引っ込め、少女は本を譲った。
「俺だって、必要ね~わ。お前にやる」
 つい、強がってしまったメゼツ。引っ込みがつかなくなって、「いらない」「お前にやる」の譲り合いは、数十分に及んだ。
「とうとう漆黒のプリンセス、シャルロット・キャラハンを怒らせてしまったようね」
 メゼツはシャルロットと名乗る少女を観察した。
 細い黒髪は膝下まで達し、黒いリボンと黒いブレザーに黒ニーソ、なるほど漆黒のプリンセスといった格好だ。円らな瞳だけは満月のように、漆黒の中からこちらを見返している。手に持つのは1メートル程の草刈り鎌で、服装も合わせて冒険者のいでたちではない。
 しかし油断はできない。うんち相手に苦戦したのはついこの間のことだ。かわいい少女に見えて、若獅子のような実力を秘めているかもしれない。ここはミシュガルドなのだ。
「くっ、右手が。離れなさい。あなた命拾いしたわね」
「は? 」
 シャルロットは右腕を押さえてうずくまった。どうやら戦闘は避けられたようである。
「ミシュガルド七英雄に名を連ねるこの私が。情けないことだ」
「なん……だと……」
 正直初めて聞く単語だったが、メゼツはシャルロットの強さを確信した。二人目の仲間に相応しい。
 一部始終を目撃していたシャルロットの従者ルーは後に語る。
「あんなにノリのいい人は初めてでした。シャルが水を得た魚人のように生き生きして、厨二病を発症していました。女の子以外のライバル出現は想定外です」

     

 甲皇国駐屯地、ミシュガルド調査兵団総司令部。ホロヴィズ将軍の顔は恐鳥の髑髏の仮面に覆われ、身には黒いローブをまとっている。将軍というよりかはまじない師のような格好だ。ホロヴィズ将軍はボディーガードを引見していた。
 中折れ帽にサングラス、裸の上に紫色の法衣という怪しげな男が紹介する。
「私は催眠術師のレイバンと申します。そして、この少女こそが催眠術によってどんな命令にも絶対服従するボディーガード、アルペジオです」
 緑色の髪の長いポニーテールの少女がコクリとうなずく。黒い軍服に不釣り合いな華奢な体は、守る側よりも守られる側にしか見えない。
 ホロヴィズの不安を察したのか、レイバンは言い訳した。
「まだ最終調整を終了しておりません。このサングラスを付ければ完成となります。さっ、アルペジオ。このサングラスをかけなさい」
「嫌です」
 アルペジオの拒否にレイバンは慌てる。ホロヴィズの横に控えている伊達眼鏡をかけたシュエン少年は、桃色の髪で三ツ編みにしたり手遊びしていた。シュエンが秘書官の仕事を思い出し、ホロヴィズの不信感を代弁する。
「絶対服従してないよね」
 シュエンの指摘にレイバンはサングラスは諦め、別の命令をすることにした。
「そんなことありません。証明してみせましょう。アルペジオ、エッチなことをしなさい」
「嫌です」
 結局、アルペジオの実力を見るため別の任務が与えられた。メゼツの極秘任務に対する助っ人である。メゼツの転生は甲皇国上層部しか知らないトップシークレットであるため、アルペジオには単にウンチダスを守れと命令された。
 シュエンは以前にゲル・グリップ大佐が「ホロヴィズ将軍は自分の息子に甘すぎる」と言ったことを思い出した。冷酷な鉄骨将軍も人の親なのだと。

     

 メゼツは魔法の入門書を読んだが、戦闘用の魔法がまったく載っていなかったため読むのをやめた。「包丁を研いだり、鉛筆を削ったり便利」と書かれていた、物をとがらせる魔法だけ覚えてみたが使う機会は来るのだろうか。せめて鎧だけはとオーダーメイドで板金甲冑フルプレートアーマーにした。胸には皇国勇者勲章を付け、見せびらかす。
 動物学者とヒーラー役の看護婦を雇い、すぐに樹海に分け入って探索を開始した。そこで大人一人を丸呑みできそうな口を持つ、巨大なイソギンチャクのような魔物の群れと遭遇する。
「ローパーよ。あまりかわいくはないわね」
 探検服を着た動物学者のズゥ・ルマニアはがっかりしている。
「よしシャルロット、そのローパー殺しちゃってオーケーだ」
「ふっ、まだその時ではない」
 シャルロットは何かと言い逃れをして、一向に戦闘に加わろうとしないで従者のルーと遊んでいる。
「ぐっ、うわー」
「どうしたヒザーニヤ」
「膝をくじいてしまった。どうやら俺はここまでみてぇだ」
「なんでだよ。くそっ、使えねえな。ガヤ、膝を治療してやってくれ」
 ピンク色の白衣を着たガヤ・ラ・エキストは首を横に振る。
「ごめんなさい。私、膝だけは専門外なの」
「なんだよ。ちっ、使えねえ。おい、ズゥ。高い金払ってんだから、ちっとはお前も働け」
「学者だし。非戦闘員だし」
「お前の雇用費用が一番高かったんだぞ。普通は一番強いと思うだろうが」
 口喧嘩を始めた二人を2匹のローパーが触手で絡めとる。メゼツの体を持ち上げ、下でローパーが大口開けて待っている。メゼツは落とされたが、口には入らず地面にぶつかって跳ねた。メゼツに巻き付いていた触手がいつの間にか斬られている。2匹のローパーを舞うように刺突剣レイピアで突き刺す軍服の少女が、メゼツを守っていた。
「無事ですか? 」
「俺はフルアーマーウンチダスだから大丈夫だ。お前は誰だ? なぜ助ける? 」
 メゼツの問いかけに少女は洗脳前の記憶が頭をかすめた。だがそれ以上思い出そうとすると、頭痛がそれを阻んだ。
「くっ……頭がっ……! 私、アルペジオはあなたを守る。それがホロヴィズ様の命令だから」

     

「待て。返しやがれ」
 馬頭の3メートルを超す獣人が追いかけてくる。4人の女エルフたちは、木々を交わしてジグザグに逃げていく。森で暮らすエルフたちにとって、この樹海は有利に働いた。
 馬頭は戦斧の刃先を握り自らの手のひらを傷つけ、そこから滴る血を蒔いた。すると血のしずくはムクムクと膨れて手のひらサイズほどの大きさになり、角の生えた黒い魔獣の姿となって襲い掛かった。
「今なら宝玉を返した奴だけ助けてやるぜ。他の奴らは皆殺しだがな」
 馬頭は青筋を浮きだたせ鼻息荒い。飢えた魔獣たちがイナゴのようにパーティーに群がる。
「クルトガ先輩、何匹ぐらいいけそうですか」
 冷静な口ぶりと眼鏡のせいで、ラビット・フォスイレイザはよく実年齢以上の扱いを受けることがある。しかし、傭兵団ペンシルズに入ったのは戦後で、他の二人と同じで実戦経験に乏しい。
「10匹は私が相手する。ラビは残りを引き付けて、そこにフロストとイーノちゃんが魔法で追撃」
 赤い服を着たクルトガ・パイロットの胸元には緑色の宝玉が揺れている。クルトガは逃げ出してしまいたかった。しかし、この中でただ一人自分だけが戦中に実戦を積んでいる。普段は誰かに頼って生きてきたが、今は頼られる立場だ。
 軽装と片手剣を活かした素早い剣撃で、あっという間にクルトガは魔獣の群れを斬り伏せた。斬られた魔獣が元の血だまりへと戻る。
 ラビットが残りの魔獣をなんとか抑えていたが、もう限界だ。
「フロスト、早く魔法を」
 緑のマントに身を包んだフロストは氷の結晶を模したタリスマンを押さえながら呪文を詠唱しているが、なかなか魔法を放たない。ラビットは諦めて、青いマントに身を包んだ召喚士の幼女を見た。
「イーノ、今だ」
 イーノが魔獣に杖を向け、召還魔法を放つ。
 召還されたのは陸生の魚人、マン・ボウだった。
「また、マン・ボウだ。マン・ボウしかっ、マン・ボウじかでない゛。なんでぇえ゛~」
 マン・ボウは魔獣の一撃を受けるとビターンと横たわった。呆然とするイーノに敵がせまる。クルトガが横っ飛びに跳躍し、着地したときには残りの魔獣はすべて斬られていた。
「役立たずでゴメンなさい」
 イーノは唇を噛みしめた。クルトガは「イーノちゃんは可愛いからいいの」と言うが何のフォローにもなっていない。
 本来イーノは優秀な召還師だった。アルフヘイムでは森の精霊や炎の精霊を使いこなした。しかし、なぜかミシュガルドに来てからというもの、マン・ボウしか召還できなくなってしまったのだった。
「血の使い魔をかたずけるとは、なかなかやるな」
 馬頭はむしろ喜々として戦斧を構える。
「私の勘だがアレはヤバい。逃げよう。なあに、煙玉の残弾なら心配無用だ。え? 戦うの? 」
 クルトガは血気にはやる若い団員たちに引きずられ、しぶしぶ作戦を立てた。
「静かに近寄って背後からブスリ作戦だ」
 新米3人がおとりとなり、クルトガは逃げると見せかけて背後に回り込む。急ごしらえの稚拙な作戦だったが、馬頭には十分と結論した。実際に似たような作戦で、パーティーは宝玉を奪い取ることに成功している。その成功体験が4人の目を曇らせていた。
 クルトガは後退し、木の裏に隠れる。茂みを伝い、這って迂回し後ろをとる。
「赤服のエルフは逃げたか。ふん、仲間に見捨てられたようだな」
 馬頭が3人に戦斧を振るう。かかったと確信したクルトガが背後から躍り出る。クルトガの皮ベルトを吊っていた鎖がかすかに鳴った。反射的に馬頭はノールックで後ろ蹴りを食らわす。見事にみぞおちにめり込み、クルトガは泡を吹いて昏倒した。
「こいつ、強い」
「血の使い魔を束ねる俺様が使い魔より弱いとでも思ったか」
 もはや戦おうと言うものはいなかった。しかし逃げるにも気絶しているクルトガを運んでいてはすぐに追いつかれてしまう。
誰かが捨て石となり、この場に留まり時間かせぎをするしかない。
 イーノが足手まといにはならないと馬頭を食い止める役を引き受ける。
「置いてなどいけない。イーノは召還魔法のスランプ中じゃない」
 反対するラビット。
「たった今治りました。行って下さい。このままではどの道全滅です」
 迷っている時間はない。
「必ず助けを呼んで、戻ってくるから」
 フロストは決断し、煙玉を投げた。

     

 アルペジオの活躍によりローパーは残り一匹となっていた。
「待って。あの口は捕食に使うものではなさそうね。ローパーの生態が知りたいから、誰かあえて口の中に入ってくれない」
 ズゥのとんでもない要求を受けて、メゼツは仲間たちを見渡した。
「くっ、右手が」
「膝が」
「頭が」
 メゼツはローパー要員を求めてガヤと目を合わせた。
「私、伝説の膝医を知ってるから、ヒザーニヤを後送するわね」
「えっ、でも俺、膝くじいてるから動けないって」
「なんでそこで膝を屈するのよ。大丈夫、膝はまだ片方残っているわ」
 ガヤがヒザーニヤに肩を貸す。
「畜生、俺の膝よ、持ってくれ。行こう、伝説の膝医の所へ」
「そいつが聞きたかった」
 ガヤとヒザーニヤは戦線を離脱し、森を出て大交易所に向かう。仲間たちは「あいつらうまいこと逃げたな」と見送った。


 入れ替わりにエルフの一団が森の奥から駆け込む。女ばかりのそのパーティーは、すでに一戦交えた後の様子でくたびれている。赤い服を着た仲間を背負っている眼鏡をかけたエルフが、息絶え絶えに口を開く。
「人。助かった。私は傭兵団ペンシルズのラビット」
 安心して緊張の糸が切れたのか、ラビットはぐったりと倒れこんだ。緑のマントを着たエルフが話を継ぐ。
「私はフロスト。仲間が獣神帝の一味に襲われています。ご加勢いただけませんか」
 獣神帝の勢力を捜索していたメゼツには断る理由はなかったが、一つだけ問題があった。
「お前らエルフじゃん。アルフヘイム人の言うことを甲皇国人が聞けるか! 」
 雑多なメゼツの仲間には、甲皇国軍の軍服を着たアルペジオがいる。それを見るなりフロストは膝をついた。
「そんな」
「待ってくれ」
 赤い服を着たエルフが腹を押さえながら立ち上がっている。
「クルトガ、平気なの? 」
「確かに甲皇国人がエルフを憎むのも分かる。私が逆の立場でも断っただろう。タダで助けてもらおうとは思わない」
 クルトガは首から下げていたネックレスを外した。緑色の宝玉が光っている。それをメゼツの首にかけた。
「その宝玉は獣神帝の居城に入るための鍵。それをよりにもよって甲皇国人に渡すなんて」
 フロストが非難し止めようとするも、クルトガの信念は止まらない。
「仲間の命に勝る宝などない」
 その信念は戦中で止まっていたメゼツの魂をほんの少しだけ揺り動かした。
「ズゥはクルトガとラビットの看護、フロストはシャルロットとアルペジオを敵のところに案内してやってくれ」
 メゼツは加勢するとも、しないとも言わず、ただてきぱきと指示を出した。
「すまない、いや、ありがとう。すべてのエルフになり代わり感謝する」
「礼はいい。それよりも敵の居場所を詳しく教えてくれ。イメージできればテレポートで飛べるんだ」
 クルトガもこの樹海の地理に詳しいわけではない。目印のない森の様子をイメージできるほど詳しく説明することはできなかった。そこでメゼツは仲間の姿を詳しく伝えてもらい、イメージすることにした。
 イーノという名前で、見た目は幼女だが凄腕の召喚士。今はスランプ中で、マン・ボウしか召喚できない。ウェーブのかかった青髪、赤目。へそが見えるほど大きく開いた青い服、短パン、その上に青いマントを羽織り、先端に赤い水晶玉の付いた簡素な杖をかざす。
 イーノが敵と戦う姿をメゼツはイメージし始めた。

     

 煙玉の煙幕が晴れていく。イーノの小さな肩が震えている。
「ほう、仲間のため捨てがまりとは、いい根性だ。名前を聞いておこう」
 馬頭は一騎打ちできることに喜んでいる。
「召喚士イーノ・チチルノ・ハカナック」
「俺様は獣神将がひとり、ロスマルト。嬉しいぞ人間ッ! さあ!! 命を削りあおうぞ!! 」
 先ほどのクルトガの不意打ちがフェイントになって、ロスマルトはうかつに動こうとしない。敵が警戒しているうちにイーノは呪文の詠唱終わらせ、杖の先に魔力と強い意志を込めた。
 今ならばできる気がする。長いスランプはきっと今のためにあったに違いない。
「我が訴えに応じよ。零落した古き破壊神よ来たれ」
 普通はここでスランプから立ち直り、強力な召喚魔法で大逆点するところだ。しかし、現実はそんなに甘くはない。召喚されたのはマン・ボウだった。
「まだ私じにたくな゛い゛ぃぃ~」
 イーノは恐怖を払うようにマン・ボウを召喚し続けた。こうなったら人海戦術だ。魔力の続く限りイーノはマン・ボウを増やし続けた。
「魔法のレベルを下げて、数で勝負するのか。つまらん。興がさめた。死ね」
 ロスマルトが戦斧を振るうと、その風圧だけでマン・ボウはバタバタと倒れた。足止めにもならず、マン・ボウをすり身にしながらロスマルトが迫ってくる。
 イーノは残る全魔力と生命力を杖の先に込めた。おそらく、これが最期の召喚となるだろう。
「我が訴えに応じよ。忘れ去られた古き創造神よ来たれ」
 太陽が覆い隠され、二人の上に大きな影を落とす。
「やっぱり、私役立たずだー。でっかいマン・ボウ……」
 巨大なマン・ボウが空から落ちてきて、二人を押しつぶした。


 同時刻、フロストが首から下げていたタリスマンが砕け散った。アルペジオたちは不吉なものを感じ、先を急いだ。


「まさか、遅すぎたのか」
 テレポートで先にたどり着いたメゼツは、巨大なマン・ボウの下敷きになったイーノを助け起こした。体にはぬくもりが残っていたが、心音は完全に停止している。
 もしメゼツが少しも迷わなかったら、助けることができたかもしれない。メゼツはちっぽけな自分を恥じた。何が勇者だ。メゼツは皇国勇者勲章を胸から外した。
 仲間を助けるために、非力ながら全力を尽くしたこの幼いエルフこそ真の勇者だ。メゼツは小さな勇者の胸に勲章を付けた。


「やってくれたな、エルフの小娘」
 ロスマルトが怒り狂いながら巨大マン・ボウを突き破った。
「何、仕留め切れてなかったのか。イーノの願い、俺が引き継ぐ」
 メゼツはロスマルトの目前に短くテレポート、体当たりで奇襲をかける。ロルマルトはすぐに反応し、間合いの長い戦斧を離し、カウンターで拳を突き上げた。
 メゼツの体がゴムまりのように跳ねて、木にぶつかって止まった。ウンチダスはそこら中に転がっているマン・ボウとさして変わらないほど弱い。本来なら今の一撃でも致命傷のはずだったが、ロスマルトが消耗していたため免れた。
「お手柄だロスマルト。このメスガキ、全身が器じゃあないか。予備パーツとして使えそうだ」
 聞いたことのない声。仲間が助けに駆けつけたわけではなさそうだ。とすれば、敵。最悪だ。しかも音もなく、いつの間にかイーノの亡骸を抱きかかえている。相当の実力者に違いない。
「ディオゴ、何が手柄なもんか。俺はまだ自分の宝玉を取り返してねえ」
 ディオゴと呼ばれた青年は茶髪に浅黒い肌の美男子に見えるが、人間の耳とは別に兎の耳が左右2本づつ生えているところを見ると、黒兎人族と呼ばれる兎人系とコウモリ系の混血種の亜人のようだ。右の兎耳の先だけちぎれている。
「それは貴様の問題だ。獣神帝に正直に話して搾られるんだな」
 ロスマルトは獣神帝がディオゴのような得体のしれない男に、宝玉を与え居城への出入りを許していることに不満だった。
「いいことを思いついた」
「気に入らない俺を殺し、宝玉を奪う。顔に出すぎだ。勘違いするんじゃあない。俺たちコルレオーネファミリーはお前らとだけ同盟を組んでいるわけじゃねえんだぜ。返り討ちにしてやってもいいが、負けた理由を連戦のせいにされるのは御免だ」
「ほざきやがれ!! 」
 ディオゴは犬でも呼ぶように手招きした。
「今なら俺の宝玉で共に帰還できるが、どうする」
 ようやくたどり着いたアルペジオらがロスマルトを取り囲む。
「次から次へとわいてきやがって。ちっ、今日のところは従ってやる。だが傷が癒えたら再戦だ」
「ケラエネの宝玉よ。俺たちをアルドバラン城に誘え」
 ディオゴが水色の宝玉をかざし叫ぶと、水色の光が2人を包み込み、ディオゴが抱えるイーノごと天に向かって飛んで行った。

     

 メゼツたちはアルフヘイムのアーミーキャンプに招待され、集会所でイーノ救出作戦を練っている。メゼツは今更イーノがすでにこと切れていたと言い出せずにいた。さらにメゼツをイラつかせたのは、エルフたちが信用しきってキャンプの中を案内したことだ。無防備すぎる。メゼツはキャンプの見取り図が書けるように頭に叩き込んだ。
 ティータイムに紅茶とチーズタルトでもてなされ、メゼツはすっかり油断していた。
「諸君、救出作戦を前にはっきりとしておきたいことがある。正体を偽っているものがいる。あまり考えたくはないけど、この中にスパイがいるんじゃないのか」
 クルトガがこう言い出したとき、少し安心していた。メゼツほどスパイに向いてない人間もいない。つい本音を漏らしてしまうし、人を騙すことに耐えられる精神は持っていなかった。ここでバレれば楽になれる。密かに期待した。
「私は仲間を疑いたくない」
 フロストがぎこちなく答える。
「そんなこと言って、自分がつるし上げられるかもと戦々恐々としてたりしてな~♪ 」
 メゼツはバレても良いという気持ちだったので、かえって疑われずにすんだのかもしれない。
「バレてしまっては仕方ないわね」
 フロストが立ち上がる。緑のマントを脱ぎ棄て、緑の制服が露わになる。
「3特の制服」
 いち早くラビットが気づく。
「そう、魔法監察庁第3種摘発課・特定魔法取締監察官フロスト・クリスティーよ。はい動かないッ3特よ! あなた達を特定魔法の不正使用により連行しますッ」
 クルトガはすでにフロストがどういう人物かつかんでいるらしく、落ち着いて自分のチーズタルトを差し出す。
「ここにもうひとつチーズタルトがあるんだが」
「不正使用の上に買収ですか。私の願いはただ一つ皆が正しく魔法を使うこと……チーズタルトください!! 」
 フロストは嬉しそうにチーズタルトをほおばる
「でも今回だけですよ。タリスマンが砕け散るほどの強力な召喚魔法は軍縮条約違反ですから」
「どういうことだ? 」
 メゼツの問いにクルトガが代わって答える。
「3特のタリスマンは魔法力を吸収する魔道具なんだ。イーノの召喚魔法はすべてタリスマンに吸収されていた」
 和やかな雰囲気が一転する。メゼツがテーブルを蹴って立ち上がり、フロストを怒鳴りつける。
「同じエルフの仲間だろうが。なんで足を引っ張るマネをすんだ!!! 」
「私は自分の仕事をまっとうしただけです」
 フロストは言い返したが、言葉には迷いがあった。
「ちっ、なんで俺が怒ってんだよ」
 居心地が悪くなったメゼツは大交易所にテレポートした。


 あいつらエルフが悪いんだ、そう自分に言い聞かせながらメゼツはアーミーキャンプの見取り図を作成する。この見取り図と報告書、緑色の宝玉を小包にして、父であり総司令官であるホロヴィズに送って判断を仰ぐつもりだ。
 決心が鈍らぬうちに伝書鳩屋に持っていく。
「ハガキ(鳩)は1ガルダ。速達(鷹)は3ガルダ。小包(エピスモー)は7ガルダです」
 ちづると名札に書かれている店番が丁寧に説明してくれた。
「よっ、大将。うちの方が安くて速いでー。6ガルダでえーよー」
 商売敵のエルフの運送屋が営業をかけてくる。
「また、エルフかよ」

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┃        ┃
┃>運送屋に頼む ┃→3章へすすめ
┃        ┃
┃ 伝書鳩屋に頼む┃→5章へすすめ
┃        ┃
┗━━━━━━━━┛

       

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