Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
9/15〜9/21

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「……というのが、僕の考える海に行くメリットとなります。ご清聴ありがとうございました」
 弟がそう結んでぺこりと頭を下げると、兄が聞いていられないという感じで鼻で笑った。
「なんだ、あれだけ時間があったのにその程度のアピールしか出来ないのか? やっぱり海は駄目だな」
「そんなに言うなら兄ちゃんも早くアピールしてよ」
「言われなくてもするわ。んじゃあ続きまして、山のアピール行きます」
 兄は自信満々の様子で弟をパソコンの前から押し退けるとこちらに向き直った。プロジェクタ代わりにテレビ画面に映し出されていたプレゼンテーション資料が切り変わる。
「俺からは山へ行くプランとそのメリットの説明をさせていただきます。まず……」
 無地に文字が並んでいた弟のシンプルなプレゼンと違い、ワードアートありアニメーションありのゴテゴテしたプレゼンだ。多分小学校の情報の授業でやり方でも覚えたに違いない。情報の担当の先生のセンスが壊滅的だとネットにリークしなければ……そこまで考えて父親は頭を振った。違う、そうじゃない。
 そもそもこの状況はなんだ。なぜ俺は休日の朝から叩き起こされてこんな話を聞かさせられている? そして、なぜ俺の息子たちはパワーポイントを操って企画提案会議みたいなことをしているんだ?
「お父さん。聞いてる?」
 兄がプレゼンの手を止め、鋭い質問を飛ばす。父は慌てて答えた。
「ああ、もちろん。山は涼しいし、レクリエーションの幅が広いんだろ?」
「その通り! 泳ぎたくない人が海に行かされるとやることがほとんどないけど、泳ぎたい人が山に行かされても川で泳げる。山は人を拒絶しない! ここが山と海との大きな違いです」
「えー、でもそれ違うじゃん! 川で泳ぐのと海で泳ぐのとも違うし!」
「どこが違うんですかー?」
 喧嘩がヒートアップしそうだったので父は慌てて割り込んだ。
「はいはい、そのへんにしとけ。山のプレゼンはもう終わりか?」
「うん、おしまい」
「ねえお父さん、海にしよう? 海が良かったよね?」
 兄が頷くと同時に、弟が右手に縋りついてきた。兄も負けじと反対側に回ってアピールする。
「おい、それはずるいだろ! お父さん、やっぱり山だよね? プレゼンでは山の方が良かったでしょう?」
 両側から振り回された父は堪らず叫んだ。
「あーもう五月蝿い! ワガママ言うならどっちもなし!」
 最初からこう言えば良かった、と父は思った。

     

「お前なんか、産まれてこなければ良かったのに!」
 激しい女の怒鳴り声と、続いて鋭い平手打ちの音が貧民街に響き渡った。子供は頬を抱えて、母親と睨み合っている。この家では日常的な光景だ。
「失礼するぞ。今の怒鳴り声はここから聞こえたのであっているかな?」
 突然ドアが開くと呑気な声がして、外からドヤドヤと人が数人入ってきた。先頭に立つ男は貧民街に似合わぬ豪奢な身形をしている。母親はその顔に見覚えがあった。この近辺に住む大富豪だ。富豪は親子の様子を見て取ると、従者に向かって言った。
「ふむ、丁度いい。確かこないだ空きが出たところだったな?」
「左様にございます。まだ欠員は埋まっておりません」
 富豪は子供に近付くと、ひょいと抱えて脇の従者に渡した。
「ちょっと、突然何を……」
「この子供、儂が買おう」
「なんですって?」
「『買う』と言ったのだ。小間使いが一人入り用でな。要らぬのであろう? だったら儂が買っても何も問題はあるまい?」
「で、ですが」
「何? 惜しむか? あれほど怒鳴りつけ、叩き、疎外し続けていた存在を欲しているというのか?」
 富豪は心底疑問に思った様子で尋ねるが、母親は答えられない。富豪は軽く溜息をついた。
「自らが望んで手にしたものであれば、もっと大事にするべきではないのか? 少なくとも私はそうするぞ。人であれ物であれ、私の金で買ったものは全て私のものだ」
 母親はやはり黙っていて答えない。富豪が何か更に言おうとした時、従者が一人やってきて富豪に耳打ちした。
「何? ……なんと、そうか。それは補充せねばならんな」
 富豪はちらりと母親を振り返った。
「お前、仕事は?」
「……ありませんよ」
「ならばちょうど良い。お前を乳母に雇おうかと思ってな」
「え?」
「この小僧の相手をする乳母が足らんのだよ。使用人とはいえまだ子供。お前なら気心もしれておろうし、多少の扱い方に心得もあろう。勿論、暴力は厳禁して厳しく監視するがな」
「……いいのですか?」
 母親が青天の霹靂に目をぱちくりさせてながら聞くと、富豪はなんでもなさそうに言った。
「いいも何も都合の問題じゃ。いい乳母を探すのは骨が折れる。ならこちらで乳母から育てるしかあるまい?」
 うちで働くメイドには子育ての先輩が沢山おるから、分からんことがあったら聞くといいぞ。そういうと富豪は子供の手を引いてボロ家を出ていく。母親は慌ててその後を追った。

     

 地鳴りのような振動と衝撃音が道路に響き、土煙が上がる。人々が這う這うの体で逃げ去った後の交差点には、鬼のような仮面をつけた屈強な男が一人仁王立ちしていた。
 男は傍らに停車していた乗用車を手に取った。そのまま片手で発泡スチロールの箱のように持ち上げると仮面の前に運ぶ。途端にメコメコと奇妙な音を立てて乗用車のヘッド部分が内側にめり込んでいく。めり込みはどんどん大きくなっていき、乗用車はそのまま消えた。
「ぬはははは、美味い美味い! やはり3万もの部品で出来た工業製品だと付喪神の量が違うわい!」
 そう上機嫌で怒鳴ると、男は次の獲物を物色し始めた。その様子を遠くのビルの屋上から二人の男が見守っていた。片方は双眼鏡を覗き込みながら不安気に口を震わせ、もう一人はよれよれの白衣を着て眼鏡を押し上げている。双眼鏡の男が呟いた。
「このままでは国中のものが食い尽されてしまいますぞ……」
「ふふふ、まあ心配なされるな。米俵を用意すればよい」
「米俵?」
「そうだ。米一粒に何人の神様がいるか知ってるか?」
「ええと、昔ばあちゃんから聞いた話ではたしか88柱とか……」
「奴の言葉を聞いたろう。アイツはモノを食っているのではなく、モノに宿る神を食らっている。自動車部品なら1個につき1柱で約3万柱。だが米俵には米粒が約270万粒ある」
「つまり……270万*88で2.4億近くもの神が!?」
「実に乗用車8000台相当だ。これだけ食わせれば奴も満足するだろう」
「なるほど! 早速運ばせます」
 双眼鏡の男が携帯で手短に指示すると、部下たちが現れて米俵を運んでいく。それを見届けたのち、二人は再び向き直り、固唾を飲んで事態を見守った。
 フォークリフトやヘリの宙吊りで次々に『鬼』の回りに落とされる米俵。
「なんだこれは……? 差し入れか?」
 『鬼』はその一つをひょいとつまみ上げる。次の瞬間、米俵はなくなっていた。
「足りん足りん! 米俵一俵には6柱しかおらんのだぞ! こんなので足りるか! もっと食わせろ!」
「先生! 話が違いますよ! 先生……先生?」
 先ほどよりも激しい勢いで暴れ回る『鬼』に慌てた男が双眼鏡から手を離して後ろを向くと、白衣の男の姿は既にそこにはなかった。地面に脱ぎ捨てられた白衣には、『当てが外れた! メンゴ』と書き置きが貼りつけられている。
「チクショー、あの男!」
 双眼鏡の男の言葉が虚しく木霊した。

     

「おかーさん、回覧板ー」
「あー、ハンコ押して回しておいて」
「はーい」
 引き出しを探ってシャチハタを探す。板を開いて中を覗くと、近所に住む家の名簿がリストになってずらりと並んでいる。うちの名前はどこかな。見つけて判を押そうとした時におかしなことに気付いた。
「おかーさん、この名簿抜けがあるよ」
「えーほんと? 前に回った時はちゃんと全部合ったと思うけど……変えたのかしらね?」
「うちの名前はあるからそのまま押していい?」
「いいわよー……あ、ちょっと待って」
 母がストップを掛けるのが遅かったおかげで私は既にハンコを押してしまっていた。
「えー押しちゃったよ。何かあるの?」
「んーちょっと気になることがね……」
 少しムカッとしながら尋ねると、お勝手から母がやってきて回覧板を取り上げた。「そういえばそろそろあの季節なのよね……」と呟きながら周知告知をめくって読んでいたが、途中で手が止まった。
「あーやっぱり……あんた間違えたのね……そっか……はあ、どうしよう……」
「何よ? 私なにか間違えたの? え、そんなに悪いことなの……ねえ、教えてよ!」
 母は「もっと早く気付いていれば」とか「でも押したの本人だしな……」とか思わせぶりなことばかり呟き続けている。イライラした私は母に詰め寄った。
 母は突然の大声に驚いた様子でしばらく口をパクパクさせていたが、やがて何も言わないことに決めたらしく、傍目には落ち着きを取り戻した。
「なんでもないわよ。あんたのハンコ押した書類の下に本当の名簿あったわよ? 全くそそっかしいんだから」
 「私が持ってくからもういいわ」。そういうと母は私の手からシャチハタを取り上げてお勝手に下がっていた。
 嘘だ。あれほど取り乱しておいてなんでもないわけがない。それに突然私から回覧板を取り上げたのも妙だ。明らかに私が押した判子が何かまずいことを引き起こしたのだ。とはいえ、一度ああなった母から事態を聞き出すことはもう出来ないだろう。となれば、取れる手段は一つしかない。私は財布を引っ付かむと「ちょっと買い物行ってくる!」と叫び残して家を出た。

「あった」
 隣の家のポストを探ると、回覧板はそこにあった。母も手渡しは出来なかったらしい。早速取り上げて中身を確認する。さっき撞いた判子は……これかな?
 その書類には「今年度例大祭実行委員のお願い(ご了承頂ける方は捺印をお願いします)」と書かれていた。

     

「今日はどうされました」
「はい……私、雨女なんです」
「はあ」
「昔はそんなことなかったんですよ? 小学校の時の運動会でもいつも晴れでしたし、中学の部活の大会も、高校の修学旅行だっていつも晴れでした」
「そうですか……」
「ところがここ2、3年おかしいんです。ちょっとどこか遠出しようとすると必ず雨が降るようになってしまって……」
「あのお姉さん、来るところ間違ってないですか? ここは外科ですよ?」
 白衣を来た医者が呆れ顔で言うと、女はきょとんとした。
「そうですか? こちらで治していただけると聞いてきたんですけど」
「治りませんよ。ていうか、雨女を治すってなんですか」
「おかしいなー。でも私の友達は確かにここで治してもらったって言ってましたよ? その人は今はもう晴女で……」
「そう言われましても……何かの間違いじゃないですか?」
 医者は心底困った様子で女を見た。真面目な顔を見る限りひやかしやおちょくりで来ているわけではなさそうだ。医者は一つの仮説に思い当たった。彼女は別の疾患に罹っており、来る科を間違えたのではないだろうか? 例えば精神科、とか……。知り合いの精神科医の顔が思い浮かんだ。
「間違いありません! ここで治してもらったって! 何が理由かまでは分からなかったみたいですけど、ここなのは間違いないって!」
「落ち着いてください。さっきも言いましたが、私にはさっぱり心当たりがないんですよ……」
 今にも掴みかかりそうな勢いの女を押し留めて、医者は思案した。これ以上関わってもしょうがない。知り合いに紹介状でも書いておこう。
「取りあえずお力になれそうな知り合いの医院を紹介しますので、今日はお帰り下さい。特にこちらから付けられる診断や出せるお薬もありませんので……」
「……そうですか。分かりました」
「それと、これはお薬出さない患者さんに差し上げてるものです。最近暑いですから」
 医者は戸棚から飴玉を一つ取り出した。それを見た瞬間、女は目を輝かせた。
「こ、これだ! そうかこれだったんだ! 先生、お騒がせして申し訳ありませんでした。ありがとうございます!」
 挨拶もそこそこに診察室を出ていく女と入れ替わりに入ってきた看護師が医者に聞いた。
「あんなにはしゃいで、あの患者さん、何かいい事でもあったんですか?」
「いや、他の医者を紹介しただけだ。ああ、あと塩飴を渡したかな」

     

 貴重な有給を消費して登る山はやはり良い。まだまだ初心者なので本格的なところには行けないが、整備された登山道を登っていくだけでも結構な運動になるし、一つ一つの景色、感覚がまだまだ新鮮で、心身が研ぎ澄まされていく感覚がある。
「ふう……6割ぐらいは来たかな?」
 懐から地図を出して確認する。この山の山頂へは既に何度も登っているが、この登山道に来るのは初めてだった。多少なりとも慣れてきたこともあり『上級者向け』と書かれたコースに来てみたのだが、日頃の運動不足が祟りあっちこっちで転びそうになるわ水筒の水の減りが予想以上のペースで無くなりそうになるわで大変だった。
 幸い地図によればこの近くに川があるらしく、今はそれを探していた。そこで水を補給すれば山頂まで持つはずだ。疲れた身体で流れの急な川に近付くのは危険だが、観光ガイドによれば水を汲めるように溜池のような場所があるらしい。つくづく親切な山である。初心者向けという話も頷けるというものだ。
「ええと……ここか? ……ここだよな?」
 目的地に到着し辺りを見渡してみるが、目指す川が見つからない。これでも地図の通りに進んできたはずなのだが。地図の読み方を間違えたのだろうか。もう一度確認しようと地図を見た次の瞬間、不思議な音が聞こえてきた。
 最初は寺の鐘の音かと思った。このぐらい開けた山であれば寺が近くにあっても不思議ではない。しかしその音は鐘の音よりもずっと高音で何度も何度も連続して同じリズムで鳴っている。寺の坊主が叩くのではこの速度は出せまい。カンカンカンカンと断続的に鳴り響く様は、そう、まるで踏切の警報機……。
 コツン、と頭に何かが当たった。見てみると、黄色と黒の縞模様に塗られた長い竿のような棒が上から落ちてきている。いや、落ちているのではない。降りているのだ。触ってみると軽く硬質な、それでいてゴムのような弾力で指や手を押し返してくる。そう、まるで遮断機のような……。
 遠く右から地響きのような音が聞こえてきたかと思うと、地面が静かに揺れた。警報機の音が一段と高くなった気がした。音の方向へ顔を向けると、壁のような水が眼前に迫っていた。後ろっ飛びに飛んだ次の瞬間、さっきまで立っていた場所は激しい鉄砲水の通り道となっていた。地面に背中から激しく叩きつけられながら、私は顔に僅かにかかる水飛沫を感じていた。
 この山、開けすぎだろ……。

     

 予約していた映画の回が一つ遅かったせいで暇潰しを強要された俺たちは、ゲーセンに向かったメンバーと別れてスポーツやボウリングが出来るステキな施設に来ていた。
「何やる? 色々あるけど」
「んー、来たはいいけど……どれもあんまり気分じゃねえな」
「おいちょっと、これ見ろよ」
 フロアマップの地下部分。ワンフロア丸々ブチ抜かれたスペースには『モグラ叩き』と書いてある。いくらなんでも普通のモグラ叩きが地下のワンフロアを占拠してるわけがない。俄然気になった俺たちがそのフロアまで降りていくと、だだっ広く開けた空間と普通のレジカウンターに座るスタッフがそこにあった。
「いらっしゃいませー。モグラ叩きをご利用ですか?」
「え、ええ、まあ……」
「こちら料金はお時間による前払い制となっております。30分・1時間・3時間・フリータイムとなっておりますがどのコースをご利用ですか?」
 俺は他の連中を振り返った。皆興味はなさそうだな。
「とりあえず30分で」
「ではこちらのハンマーをどうぞ」
 スタッフは奥からビリヤードのキューみたいな大きさのハンマを取り出してきた。槌の部分は枕ほどの大きさの木製で、結構重たい。
「なんか、デカくないですか……?」
「こちらのモグラ叩きは、通常のゲームセンターにある筐体などと異なり、フロア全体がモグラの出現フィールドとなっております。その大きなハンマーで全身を使ってモグラを叩きまくって、ハイスコアを目指してくださいね!」

 結局30分かけてフロア中のモグラを叩きまくった俺たちは、信じられないぐらい疲れ切って集合場所に到着した。
「なんかめちゃくちゃ疲れてるな。何やってたん?」
「モグラ叩き」
「なんだそりゃ。モグラ叩きでそんな疲れるのかよ」
「やってみれば分かるよ」
 ゲーセン組は信じていない風だったが、説明する気にもならない。
「それよかさっきゲーセンで面白い話聞いたぜ」
 話題を変えようと思ったか、別の一人が声を潜めて言った。
「あそこのラ○ワンって、昔の墓地の上に立ってるんだって。深夜になると地下の方から踏み付けにされた亡者たちの怨嗟の声が響いてくるから、肝試しに最適らしいぜ〜」
「怪しいなそれ。深夜とか店閉まってんじゃん」
 そう返しながら、俺はさっき叩いていたモグラの姿を思い浮かべていた。そういえばアイツら、モグラっていうよりちょっとゾンビっぽい感じだったなぁ。

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha