Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
10/6〜10/12

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 日曜の昼下がりの芝生広場は平和の象徴だ。中でも賑やかさの中心となっているのは、3人の幼稚園児と思しき子供たちだ。昼寝タイムの直後なのか最も元気のあり余っている時間帯なのだろう、大人からしたら気が狂ったのかと言わんばかりの大声を上げてキャアキャア走り回っている。
「次なにやる?」
「台風ごっこ!」
 一人の児童がそう叫ぶと、他の二人は身ぶり手ぶりでもって台風を表現し始めた。
「ビュービュービュー、ビュービュー」
「ザーッ、ザザーッザザーッ、パラパラパラパラ」
 風役の方は身体を押したり引っ張ったり、雨役の方は全身を使って雨の激しさを表現したりとかなり本格的(?)だ。残った本人はは片手で帽子を抑えるような恰好をして、もう片方の手を握って胸の前に当てた。
「こちらしずおかけんおまえざきです! かぜがかなりつよくなってきました! あめはさっきにくらべてよわくなってますが、まだつよいです。しずおかちほうだいによりますと、さいだいふうそくは100めーとるぐらいです」
 なるほど、『台風ごっこ』というのは台風の真似をするだけでなく台風中の出来事の真似をすることまで含むのか。舌足らずながら見事なパロディである。母親と思しき女性は少し恥ずかしそうだ。
「あ! みてください! たいふうのおとうさんとおかあさんがやってきました!」
 リポーター役の子がそういうと、雨と風をやっていた二人が一旦離れて、遠くから今度は普通の人間の恰好をして歩いてきた。雰囲気からして、ポケットに片手を入れてもう片方は口のそばでせわしなく動かしている方がお父さん役、内股で歩きながら片腕をバッグを持つように曲げているのがお母さん役だろうか。二人はレポーター役の後ろにいくとそこに誰かがいるかのような調子で怒り始めた。
「こら18号! こんなにあばれてものをこわしたりして!」
「ひとさまにめいわくをかけるなっていったでしょう! あやまりなさい!」
 二人が怒るにしたがってレポーターは帽子を抑える手を下げ、上を見上げるような仕草を始めた。どうやら台風が去ったらしい。
「ごらんください! たいふういっかのかいせいです! おとうさんとおかあさんにしかられてたいふうがちいさくなっていきます! しずおかけんおまえざきしからちゅうけいでした」
 周囲から抑え切れない笑い声が漏れ出してくる。今度は母親役の子供の母親が恥ずかしさに顔を真っ赤にしている。

     

「ではこちらの浴衣に着替えていただいて、更衣室から砂浜までおいで下さい。頭が砂で汚れますのでこちらのタオルを枕代わりにお使いください」
 受付で渡された浴衣は青地の布に白い柄がついたそこそこ厚手のしっかりとしたものだった。破れやすいだろうからしっかりしたものを使うのは当然と言えば当然だが、汚れとか大丈夫なのだろうか。そんな心配を見越したのか、受付嬢が気を効かせたように言われてしまった。
「大丈夫ですよ。毎回キチンと洗濯していますし、砂が残らないように丁寧に確認していますから……」
「あ、いえ、なんかすいません……」
 しまった、顔に出ていただろうか。恥ずかしさに逃げるように受付を去り、私は地上の更衣室へと向かった。

 着替えて砂浜に降りると、テントの屋根に囲まれた場所が見えた。中を覗くと、幾人もの観光客が砂の中に埋まり、目を閉じて気持ち良さそうな顔だけを突き出している。昨日水族館で見たハゼの群れを思い出した。
 私もハゼの群れに混ぜて貰おうと近くへ行くと、係員と思しき屈強なお兄さんが、心配そうに穴を覗き込んでいる。
「駄目だ、返事がねえな。掘り起こすか……あ、お客さんすいません、今ちょっとたてこんでまして……もう少しだけそこで待っとってもらえますか?」
「分かりました」
 私は軽く会釈して了解の意を示し、様子を見守った。どうやら砂風呂の中に引っ込んでしまって出て来ないお客さんがいて、それを掘り起こそうとしているらしい。あんな大量の砂を上から被せられて動けるというのも凄いが、ただでさえ熱くて息苦しいのに更に中に潜り込んで、しかも出て来ないだなんて恐ろしい話だ。心配で様子を見ていると、スコップで慎重に砂をかき分けていたお兄さんが大声を出した。
「おお、見えた見えた!」
 そう言うと手に持っていたスコップを投げ出して穴の中に顔と手を突っ込む。「駄目だ、砂が邪魔だな……スコップいるわこれ!」の声。スコップ? さっき放り出したところではないか。判断ミスに苦笑しながら私はスコップを拾うと、穴の奥に差し出した。
「どうぞ」
「おう、これはどうも……ってこれさっきのシャベルでねえか! 俺が欲しいのはスコップですよお客さん!」
「え、これスコップですよね? シャベルはもっと小さい奴で」
「は?」
「え?」
 その時穴の奥から声がした。
「どっちでもいいから助けてくれえ……」

     

 山の中腹辺りまで来ると人の痕跡のようなものはほとんどなくなって、森の中は鳥と獣の楽園のようになる。登るのも降りるのも尋常でない体力を消耗するが、だからこそ隠れて何かをやるには最適だ。前にも使った座るのに手頃な岩を探して腰を下ろすと、背負っていた荷物の中から楽譜を取り出した。
 大変な道程をわざわざ荷物まで持ってやってきたのはちゃんとした理由がある。ここで歌の練習をするのだ。
 王宮から歌唱演奏の禁止の御触れが回ってきたのは今から1週間ぐらい前のことである。亡くなられた前の国王は大層お歌が好きで、王宮からいつも鼻歌や童歌が聞こえてきたという話が下町には広く知られていた。ところが代替わりされた元皇太子様(と街中で呼ぶと不敬罪になり兼ねないのでこういう場所でしか言えない)の方はその歌に大層おかんむりだったようで(実際、結構な音痴だったという噂も聞いた)、その結果この国では大っぴらに唄うことが出来なくなってしまった。
 私は歌が好きだ。これまでも忙しい合間を縫って時間を作っては好きな曲の歌詞や音程を密かに書き留め、休みの日に一人で練習したりしていた。人前で唄えないのに歌の練習というのもおかしな話だが、歌いたいのだから仕方がない。今となってはこうして山の奥で唄うしかなくなってしまったが、代わりに囀る鳥の鳴き声とハモるのがちょっと楽しくて、もう何度も歌いに来ていた。
 私の楽譜の広げるのを見てか、鳥の囀りがかしましくなってきた。目を上げれば上に張り出した木の枝に列を成して止まっているのが見える。山で唄うようになって初めて知ったのだが、ここの鳥は不思議なことに人の歌に合わせるかのように鳴き始めたり鳴きやんだりする。まるで私の歌を理解しているかのようだ。或いは私のことを仲間の鳥だと勘違いしているのかもしれない。
「はあ、こんなに懐かれてるんじゃ、そのうち鳥になっちゃったりして」
 すると頭の上からこんな声が聞こえるではないか。
「そうだぞ、あんまり歌ってると鳥になっちゃうぞ」
 私がびっくりして上を見上げてもそこには鳥が鈴なりで止まっているだけである。鳥の言葉が分かるなんて。まさか本当に鳥に近付いているのか。
「おや、私の声が聞こえたのか。鳥になるまでもう少しだな」
「う、うそだ。そんなこと信じない」
 強がりで言った台詞だったが、頭の上からは意外そうな声が響いた。
「あれ? もうバレちった」

     

 食事を終えてから部屋に戻って一息ついていると、なんだか外が騷がしい。
「なんだろう」
「なにかあったのかな」
 ホテルの窓越しに様子を確認してみる。相変わらず通りは人でごった返していたが、混雑は昨日と比べて明らかに酷くなっているような気がした。道端の露店の数も増えているようだ。
「あ、見て!」
 彼女が指さした方向を見ると、デコレーションされた路面電車の上で国の伝統衣装を来た人々が踊りを披露していた。耳を澄ませば松囃子も窓越しに聞こえてくるようだ。
「お祭りかな?」
「行ってみよっか」
 僕らは予定を変更して見物に出掛けることにした。

「うわ、なんだこりゃ」
 見渡す限り人、人、人の海。背伸びしても電車はおろか見えるのは黒い頭だけだ。近寄ろうにも考えることは皆同じで、押しくら饅頭が苦手な僕は早くも閉口してしまった。
「全然見えないし、部屋戻る?」
 聞いてみたものの返事がない。はぐれたのかと慌てて振り返ると、彼女は脇に並ぶ露店を眺めているのだった。
「どしたの。なんか欲しいものでもあるの」
「見て」
 彼女はそれだけ言うと店の前に置かれた箱の中を指さした。言葉で説明せず指さすのは彼女の癖だった。
「懐かしいな」
 僕はそうとだけ返事をした。それはカラーひよこだった。天然では絶対にあり得ない、ケバケバしい蛍光色に塗られた雛鳥だ。見れば、人の海の中で泳ぐ子供たちの中にも何人か、赤や青の毛をした小鳥を手に抱えたり籠に入れたりしている者がいる。日本ではとんと見なくなったが、この国ではまだお祭りと言えばカラーひよこなのだろう。
「欲しい?」
 そう聞くと、彼女は少しだけ首をかしげておかしなことを言った。
「でも、お腹あんまり空いてないしな」
「食べるの? 健康に悪いと思うけど」
「健康に? そりゃ色は毒々しいけど、ああいうのって着色料そんなに沢山は入ってないよ」
「そういうものなのかな」
 確か最近のカラーひよこは毛を染めるのではなくて、卵の中に着色料を直接注射するのだと聞いたけど。
「それに、焼き立てだからきっとおいしいよ」
「焼きたて?」
 彼女の言うことが分からなくなった僕は並んでいるひよこたちをもう一度よく見てみた。そして気付いた。そこに並んでいるのは福岡銘菓だということに。
「ひよ子か」
 そう呟いた僕を彼女は軽くたしなめた。
「違うよ、ここは福岡じゃないから」

     

「申し訳ありませんお客様」
 後ろから呼び止められた男は怪訝な顔で振り返った。
「どうした? 金なら払っただろう」
「へえ、確かにお代金は頂戴しました。しかしですね」
 店員は自分の頭を指さすジェスチャをした。
「言うのを忘れとりましたが、その頭はなんとかしていただかないとまずいです」
「この髷がどうかしたのか」
「どうかもそうかもございません。ついこないだのお触れで、髷を結われている方は原則お店にお通し出来ないことになったんで」
「なんだと? そんな馬鹿なことがあるものか」
「ところがそれがあるんでございます。近頃この辺りじゃあ傍若無人の乱行を繰り返す任侠の者が沢山現れるようになりまして。手前どものところでも色々と悪さをされて閉口しておりました」
「つまり何か。その阿呆どもが髷を結っているせいで、俺もそいつらの一味だと思われているということか」
 男が凄んで見せると、店員は震えながら縮み上がった。
「め、滅相もございません。手前どももそのような決め付けをしているわけでは。ですが何分、決まりというのは守っていただかなくては。体裁というのもあります」
「しかしいくら決まりと言っても、この髷は俺の故郷の正装であり誇りだ。切るわけにはいかん」
「切っていただかなくては困ります。任侠も同じ言い訳を使いますので、それと区別するためでございますから。それにその腰に下げられている刀。奴らも刀で武装し、有事にはそれを抜いて人を斬ると聞いております。髷だけならともかく、こうも共通点が多くては、お客様の主張を簡単に容れるわけには」
「俺はそんな狼藉を働くような乱暴者ではない! これ以上侮辱するようなら、うっかり手が出ることになるぞ」
「そ、そうやって誇りを根拠に怒って脅しにかかるところもそっくりです!」
「貴様ー!!」
 男は怒りに任せて刀を抜くと、近くにあった衝立を一閃の元、切り捨ててしまった。
「お、お……こうやって物に八つ当たりするところまでそっくりだ……」
「フン、話の分からぬ店だ。もうよい、俺が出ていけばいいのだろう」
「あ、お客様、頂いた代金は御返しします」
「要らぬ! 全く不愉快な店だ」
 ドシドシと音をさせて去っていく背中を見ながら、店員は呟いた。
「ああやって怒って出て行ってしまうところも、金を置いていくところまでそっくりそのまま。本当に違う国のお人なのだろうか」

     

「小説が書けないんです」
「そうなんですか。これまでは書けてたんですか?」
「はい。最初のうちは普通に書けてたんですけど、最近は全然駄目なんです」
 深刻な表情で嘆く相談者を見ながら、カウンセラーは優しく頷いた。
「なるほど。どういう風に駄目なんですか?」
「以前にも不調の時はありました。けれど、寝たり身体を休めたりしてリラックスしていると、目の前になんというか……神様? みたいな存在が現れる感じがするんです」
 相談者の目付きは真剣そのもので、ふざけているようには感じられない。もっともカウンセラーの方はこういう相談者には慣れているようで、大きな反応はしない。肯定することも否定することもなく話を続けていく。
「その神様が小説を書くのに役に立っているということなんですか?」
「はい……自分で言っててもおかしな感じがするので、多分夢なのかな? と思うんですが……とにかくそれを見ていると、色んなインスピレーションが湧いて、また書けるようになるんです」
「なるほど。今はそうじゃないんですか?」
「そうです。なんというかこう、寝ても何も出てこないんです。夢を見てない状態というのが一番近いんですけど……本当に何も出てこなくて、毎日苦しい苦しいと言いながら書いています」
「そうなんですか……。苦しいけど書き続けているのはなぜなんですか?」
「書かなければ自分が駄目になってしまう気がするんです。書いていてもあまり良くなる感じはしないんですが、辞めてしまうと本当に何もなくなってしまう気がして」
「なるほど、そうなんですね」
「こうして話を聞いてもらっているうちに元気が出てきたような気がします。今なら何か降りてきそうです」
「それは良かった。今日は書けるといいですね」
「でも、ここを離れるとその感じが去ってしまうような気がします……そうだ」
 相談者は突然身を乗り出した。
「今からここで寝るので、僕の前にちゃんとインスピレーションの神が現れてるかどうか確かめてくれませんか?」
「え? ここでですか?」
「そうです。お願いします」
 カウンセラーが止める間もなく、椅子に座った状態で相談者は目を閉じる。ほどなくぐうぐういびきが聞こえてきた。
「困ったな……あと5分で次の人なんだけどな……」
 カウンセラーはしばし迷ったのち、「よし」と軽く頷いて紙とペンを手に取った。
「何文字ぐらい書けば満足してくれるかな……1000字ぐらい?」

     

 会場一面にズラリと並ぶケージ。中に入れられているのは保健所で保護された野生動物やペット達だ。犬猫から大きなものはヘビ、アライグマ、小さなものはハムスターやセキセイインコに至るまで、種類を問わず様々な動物が並べられている。
 安易なペット飼育に警鐘を鳴らす運動は各所にあるが、保健所における殺処分の件数は中々減少しない。そんな現状を打破しようと、NPO法人と保健所が共同で里親探しのイベントを開催する運びとなったのだ。入場は無料となり、入口でペット達のカタログをもらった家族連れやカップルが目当ての種類の動物が並ぶ列を眺めて物色していく。
 だが、何といってもこの里親募集イベントで特徴的なのは、動物の方ではない。
「なんでもします……だから赦してください……」
「お願いです……ここから出して……」
 ケージ内のペット達を見比べている家族たちにそう訴えかけているのは、ペット達のケージの真横に設けられたケージに入れられた人間たちだ。彼らはいずれも保健所が保護したペットたちの元・飼い主である。保健所の掲げる『ペット遺棄ゼロ』運動の一環として確保・収容され、飼い主としての再教育を受けた。
 人間たちのケージの周りに集まっているのは犬、猫を始めとした動物たちだ。いずれも保健所における選抜試験をくぐり抜けた選り抜きの優秀な元ペット達である。彼らはケージの中に閉じ込められた元飼い主の中から自分に合った理想の飼い主を選んで保健所を独立していく。
「この人いいわね。お仕事は何?」
 ある一匹の狐が目を止めたのは一人の男性のケージ。足元の資料には再教育試験をトップクラスの成績で通過したことを示す「A」の文字が印刷されている。
「商社マンですね。学生時代に猫を飼っていましたが、就職後に世話の時間がなくなり捨てたようです」
「そう。じゃあほとんど家にいないわけね……気に入ったわ。彼まだ空いてる? いただけるかしら」
「ちょっと待ってくださいね……大丈夫です。まだ希望者いませんね」
「拾ってくれるんですね! ありがとうございます! ありがとうございます!」
 コメツキバッタのようにケージの中で土下座を繰り返す男を見ながら、狐は冷たく呟いた。
「馬鹿な人。ただ私が保健所の処分を免れるために用意される仮の飼い主ってだけなのにあんなに喜んで。あれなら部屋に分身を置く必要すらなさそうね」

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha