扉の外に一歩出た瞬間、示し合わせたかのように肩先にポツポツと冷たいものが滴り落ちてきた。
「うげ」
慌てて軒先まで小走りに戻る。後から出てきた友人たちにぶつかりそうになる。
「っぶね、何してんだよ」
「すまん、雨降ってきた」
友人たちは顔をしかめた。
「げー、マジかよ」
「トラジローなんも言ってなかったぞ」
「傘ねえわ」
口々に文句を言いながら顔を突き出して空を見上げる。登校時に見えていた青空はびっしりとした厚い雲に覆われ、鉛色のヴェールの向こうに隠された太陽の光は影も形もない。降ってくる雨粒はしっかりとした大きさをもって地面に濃い黒丸を描き、みるみるうちに地面までも暗く染めていく。どうやら、当面は止むこともなさそうだ。
「仕方ない。春雨じゃ、濡れていこう」
なるべく聞こえないように呟いたつもりだったが、喧騒と会話の狭間に放った言葉は生憎と想像以上に皆の耳に響き渡ったようで、気付けば友人たちは揃ってこちらに顔を向けていた。
「な、なんだよ。こっち見んなよ」
慌てて虚勢を張ってはみるもののもう遅い。
「春雨って何?」
「お腹でも空いたんか?」
「OLみたいやな(笑)」
「うるせえ! 食い物のことじゃねえよ!」
ニヤニヤ笑いから逃れようと先陣切って外に飛び出す。家まで自転車で全速力で15分ぐらい。残念ながらびしょ濡れ確定だが、詰襟が濡れて困るのは俺ではないから問題ないし、俺は馬鹿だから風邪とか引かない。取りあえず駐輪場まで一気に突っ走るぞ、そう思って強く地面を蹴った次の瞬間、頭と上半身に何かがぬるりと振りかかってきた。
雨とは微妙に異なる湿気を含んだ毛布のような重さと、間違えてシャンプーをかけ過ぎてしまった時のようなぬめぬめしい感触。頭の上と首や肩から感じる不快さに、思わずその場で跪きそうになる。なんとか両手で顔や頭を払い拭うと、べちゃりと冷たい音がした。上の方と後ろの方から遠く声がそれぞれ聞こえてきた。
「ごめーん! 手が滑っちゃった! 大丈夫?」
「ハハハ、欲しかった春雨じゃん。良かったな!」
「家庭科部か? あとで御礼言っとけよ!」
俺は静かに笑った。くだらない。あまりにもくだらなさすぎて笑えてくる。文句を言うのも馬鹿らしいほどだ。この後に及んで何も言うまいとも思ったが、それでも胸の内で一つだけ突っ込みを入れざるを得なかった。
いくら手が滑っても窓から春雨は放り投げないだろ。