Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
3/31〜4/6

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「礼ちゃん、見て。あの子また来てるわよ」
 おかわりを注ぎに来たマスターに言われて、私はカウンターの方を向いた。例の男の子だ。見た目は中学生ぐらい。一人で本を読んだりノートを広げて問題集を解いたりして過ごしている。ここはとりわけ高いわけではないが、それでも中学生男子にとっては痛い出費だろう。
 いや、本当は知っている。知っているというか、分かるのだ。本と手の隙間からちらちらと覗く目、私のそばを通る時のわざとらしい顔のそむけ方を見れば、彼の来店が何を意味するかぐらいは。
 私はショタコンじゃない。でもこうして好意を向けられてみると、悪い気はしないものだ。ちょっとサービスのつもりで彼に目線を送ったり、意味ありげに微笑んだりすると、面白いぐらいに反応してくれる。わざと店が混んでるタイミングを狙い、彼の隣で話しかけることまでやったりした。ハニカミながら応答してくれる彼のかわいさに、私はすっかり夢中になった。今から思えばゲーム感覚に近かったと思う。
 ところがある日を境に突然、彼は来なくなってしまった。お金がなくなったのか? それとも、私のやりすぎで彼がヘソを曲げてしまったのだろうか。
「礼ちゃん、大丈夫? 最近心ここにあらずよ」
 最近ではマスターにそんなことを言われる始末。いかんいかんこんなでは、もっとしっかりしなければ。
 すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して店を出ようとレジに向かう。ドアを開けたら、外から男の子が飛び込んで来た。ドアを内側に開いていた私はちょうど彼を手を開いて受け止める形になる。レジに立っていたマスターが口笛を鳴らした。
「ど、どうしたの? そんなに慌てて……そういえば最近会わなかったね?」
 震えそうになった声を抑えて努めて冷静に応対する……したつもりだ。彼は私を見上げ、顔を真っ赤にしながら懐に手を入れ、小さな包みを取り出した。
「これ……」
 差し出されたものを受け取る。手と手が触れるときに、緊張してるのがバレないかとひやひやした。
「……手紙?」
「はい。こんなこと、お姉さんに頼むのは失礼なんじゃないかってずっと悩んでたんですけど……勇気を持って一歩踏み出さないと、何も変えられないかなって」
 妹宛の手紙を握りしめて呆然とする私に向かって彼は言った。
「どうか、僕に妹さんを紹介してください。お願いします」

     

 昔むかし、ずーっとむかし、ある村に、じさまとばさまが住んでおったそうな。
 じさまは山でしばかりをしておったが、ある時から腰を悪くしてずっと寝込むようになった。ばさまはじさまの介護をしながら、毎日洗濯や料理の家事をこなし、じさまが出来なくなったしばかりまでするようになったと。
 そんなある日のこと、ばさまが川で洗濯をしておると、川上からどんぶらこどんぶらこと大きな桃が流れてきた。その桃の中から玉のような赤ん坊が産まれたからさあ大変。介護と家事で手一杯のばさまは赤ん坊を育ててくれる家を探したんじゃが、鬼が暴れ回ってそこいらじゅうを荒らし回るこのご時世にそんな余裕のある家があるはずもない。結局、赤ん坊を桃太郎と名付け、じさまと一緒に育てることにしたと。
 桃太郎はすくすくと成長していったが、じさまの腰は一向に良くならん。桃太郎はあっという間に大人になったから、そんなに手間がかかることもなかったが、それでも子育ては子育て。じさまの介護まで含めると、年取った女手にはやはり大変だったのじゃろう。桃太郎が元服する頃には、ばさまの目は落ち窪み、頭の毛もまともには結われんようになって、見た目はまるで山姥同然。じさまとどっちが病人か分からんほどであったと。
 さて大人になった桃太郎と言えば、じさまとばさまの献身的な教育が実を結んだか、大層優しくて気立てのよい丈夫になった。となれば、是非とも鬼退治に行って欲しいというのが皆の正直なところ。しかし桃太郎は首を縦に振らんかった。鬱病のばさまと寝たきりのじさまを残して鬼ヶ島には行けんと言うんじゃな。とはいえ事は村の一大事。村の衆は相談した結果、ばさまとじさまに桃太郎を説得するように頼むことにした。
「桃太郎はじさまとばさまが気になって鬼退治に行けんいうがじゃ。けんど、鬼ヶ島に乗り込めるほどの男は桃太郎しかおらん。ばさま、なんとかしてけれ」
「分かった。じっちゃとわしとで、上手くやるすけ」
 ばさまはあっさり頼みをきいた。しかし翌日、村の衆は自分たちのしてしまったことに否が応でも気付かされることになった。
 二人は心中してしまった。じさまは胸を包丁で突かれて、ばさまは梁で首を吊って死んでおったそうな。じさまの枕元には、「老い先短い二人はここで死ぬので、桃太郎は後腐れなく鬼退治に行くように」と書かれておったと。

     

 屋根裏部屋に開けられた窓から外を見ると、ヤツらが徒党を組んで歩き回っているのが見えた。相変わらずの凶暴っぷりで見つけた人は老若問わず手当たり次第に襲っている。男女も問わないところを見ると知能はやはり低下しているようだ。そもそも知能が低下してなかったらこんな事態になっていないわけだが。
 犠牲者の方を観察していると、最初は「ギョッ」とした顔をする者が多いが、あからさまに逃げだそうとする奴は少ない。一応ネットでなるべく炎上するような感じで2ちゃんねるとかtwitterに投稿したのだが。とはいえ、見た目で危険と判断するのは難しいだろう。なんせパッと見は普通の人と変わらないのだから。
 やはり元を断つしかない。最初怖くてこうして逃げてきたが、今でもあそこからは大量の「ゾンビ」が湧き続けている。外の反応を見る限り、世間が事態を把握して本格的な対策を取るようになるまではまだかかるだろう。そんなには待っていられない。世間がヤバいのもそうだが、そんなの待ってるうちに俺が死んでしまう。意を決して屋根裏部屋から外に滑り出ると、果たしてそれはまだ「ゾンビ」を産み出していた。
 分子合成型二次元実体化装置・第三試作機。紛れも俺が作り、俺がスイッチを入れたその機械からは、プリセットされたエロゲのヒロインの肉体が産み出され、部屋は女の裸で埋まっている。彼女たちは一見するとただの裸の女性だが、顔は虚ろで目に光はない。
 俺が装置に近付くと、ヒロインたちの顔が一斉にこちらを向く。彼女たちの呟きがユニゾンして部屋にこだました。
「チンポ……チンポ……」
 彼女たちの突撃をなんとかやり過ごして装置まで辿りつこうとするが、一体交わしそこねた奴が後ろから俺の腰に取りついた。抵抗もむなしく引き倒され、ズボンとパンツが引き裂かれる。クソッ、あと少しでスイッチに手が届くのに。
 こうなった理由は分かっている。淫乱要素の設定をミスったのだ。彼女たちに知性はない。ただのチンポを狂ったように求めるだけの「チンポゾンビ」なのである。「チンポゾンビ」に捕まれば最後、男は残らず精を絞り尽されテクノブレイクして死に至る……。
 ハッ、いいさ。どうせ死にそうだった命だ。俺が腹上死するのとスイッチを押せるのとどっちが早いか勝負だ。俺はこれから始まる快感との戦いに悲壮な決意を固めた。

     

 世界が終わるという予測は地震学者によって為されたらしい。全世界的な同時多発性地震、それにともなう巨大津波。大陸の内部なら大丈夫かと言うとそうでもなく、今まで何もなかったところに火口が生まれて大噴火が起きるんだとか、それによって火山灰でスノーボールアースになるとか。まあ理屈は分からないが、とにかく地球は滅びるんだそうだ。
 俺はと言えば、電話をしようと携帯を取り出してアプリを立ち上げると同時に着信画面。別れた妻だった。
「……もしもし」
「もしもし。元気?」
「……ああ」
「そう……」
 しばらくの無言。
「……あのさ」
「……なんだ?」
「そっち……行っても、いいかな」
「……」
 まさか同じ理由でまさに電話を掛けようとしていた、とは言えなかった。黙っているのを否定と捉えたのか、彼女が言葉を繋ぐ。
「せめて世界が終わるまでは、誰かと一緒にいたいじゃない」
「……そうだな。いや、どうせなら俺がそちらに行こう」
 ようやくそれだけ絞り出した。
「いいわよ。どうせ男やもめで部屋も汚いんでしょう? ついでに掃除とか洗濯とかしてあげるし」
「世界が終わる日に掃除なんかしたってしょうがないだろう」
「ああ、そうね……ごめんなさい、なんかまだ実感が湧かなくて」
「謝るようなことじゃない。誰だってそうだ」
 それにしても、まさか同じことを考えていたとは。同居してた時はあれほどソリが合わなかったというのに、意外にも程があった。別居しても夫婦は夫婦ということか。

 彼女は全然変わっていないように見えた。いや、心持ち綺麗だった、かもしれない。その日我々が語り合ったことは、ここに書き連ねるにはあまりに恥ずかしすぎる内容なので、多くは晒さない。ただ、その夜は久々に人の温もりを感じながら眠った、ということだけは書いておこう。勿論翌朝、滅びていなかった世界で昨晩の恥ずかしさに悶え苦しんだことは言うまでもない。写らなくなっていたテレビも復活し、世界は何事もなく回っているなかで、我々だけが変化に取り残されたかのようだった。
 妻(と呼んでいいのやら)がシーツを身体に引き寄せながら呟いた。
「もう、電話なんて掛けるんじゃなかった……」
 こんな時に考えることまで同じか、とは言えなかった。

     

 親父さんは相変わらず無口だったが、俺が詰問すると窮屈そうに閉店を認めた。
「歳なのは分かりますけど、急過ぎますよ。なんでいきなり」
「お前に言われる筋合いはない」
「いやいや、親父さんからしたら未熟者だと思いますけど、俺だって一応二十歳越えてますし……親父さんさえ良ければ修業させて欲しかったぐらいで」
 うっかり口を滑らせると、親父さんは胡散臭そうに顔を歪めた。
「お前、大学どこだ」
「W大ですけど」
「あーやめとけやめとけ。勿体ない」
 俺は少しカチンと来た。この人は大学名にかこつけて、適当なことを言って有耶無耶にしようとしている。逃がしてたまるか。俺は言った。
「そこまで言うなら俺に一ヶ月ください。月末までに一つ親父さんの技を盗んでみせます。もし俺が出来たら、正式に弟子にとって、ここを継がさしてください」
「いいだろう」
 完全に勢いだったし、認められるとも思っていなかったが、意外にも親父さんは首を縦に振った。「そう簡単に俺の技が盗めてたまるか」とは言っていたけれど。
 その日から、俺の修業生活が始まった。

 俺には勝算があった。懇意にしてるラーメン屋のオーナーに出汁の取り方を教えてもらっていたのだ。麺打ちは店独自のものだし一朝一夕でなんとかなるような世界ではないが、出汁は料理で共通の部分もある。もし親父さんのかえしを1%でも再現出来たら、出汁と合わせて認めてもらえる可能性はある。
 俺は必死に働いた。厨房での雑務は勿論のこと、これまでのバイトでやっていた注文取りや掃除なども手を引くことは許されない。それこそ目を回さんばかりの忙しさと言えたが、自分で決めたことだ。弱音を吐いたり、逃げることは許されなかった。

 そんな風に一ヶ月を過ごして、最後の営業が終わった夜。俺は親父さんに観察されながら、鞄から用意してきたかえしと出汁を取り出した。麺は打てないので親父さんの打った残りを使わしていただく。親父さんの前に器を出すと、緊張しながら沙汰を待つ。

 親父さんの手がゆっくりと動き、汁をすする。そして吐いた。
「お前馬鹿か。なんで鶏ガラで出汁取った?」
「あ」
 慌てて持ち込んだ出汁を確認する。持ってきたのは俺の取った蕎麦用ではなくてラーメン屋で貰った出汁だった。
「ラーメンがやりたいんだったらヨソへ行け」
 親父さんは器ごとシンクに投げ込んで厨房を出ていく。俺は何も言い返せずに、ただその背中を見ていた。

     

「里崎、今日来る?」
「んーどうしよっかなー。横井さん来るって?」
「いや、彼女はもう全然無理。取りつく島もないわ」
「じゃあパスだな」
「そう言うなよ。横井さんはいねえけど代わりに労務や秘書課の可愛い子が来るらしいぜ?」
「わりぃけど、用事あんだよね。横井さんの為なら覆る予定でも他の子じゃあ無理だわ」
「ハイハイ。お前頑固だもんなー、誘う甲斐ないわーマジで」
 今西が去っていったのを見て、俺はそっと溜息をついた。今西も悪い奴ではない。むしろいい奴の部類なのだが、そのいい奴成分がこうして飲み会方面に発揮されるのは勘弁して欲しいと俺はいつも思っていた。今はなんとか交わしているが、二課のマドンナが今西の攻めに屈したらいよいよ俺も危なくなるだろう。イヤな想像を振り払うように「お先に失礼します」と席を立った。

 チャットルームに入る時に今でも手が震えることがある。初めの回はいつだって、少しの緊張と、たくさんの興奮に満ちているのだ。
>> エンガワ:ピッタリ時間通り!
>> 大天使:いつもギリギリですんません^^;
>> ようこう:お仕事忙しそうですもんね。仕方がないですよ
>> 大天使:仕事もだけど、飲み会の誘いがねー。角が立たないように断るの大変で
>> エンガワ:別にきっぱり言えばいいやん
>> 大天使:なんか上手い方法ない?
>> ようこう:私は別の絶対参加しない人を引き合いに出して、「その人が出てこないと行かない」って言ってます
>> 大天使:それ、まさに俺がやってる奴www
>> ようこう:えええwww
 ようこうさんとは特に気があった。話が合うだけでなく、生活リズムも合うのか、セッションで一緒になることも多かった。
 もし、ようこうさんが横井さんだったら、という妄想を時々する。厄介な飲み会を二人でフケてセッションに一緒に興じる、知らず知らずにそんなことをしていたのだとしたら、それは最高に面白いだろう。
 だがまあ、妄想は妄想のうちが一番楽しい。だから俺は答え合わせはしないことにしている。ようこうさんもそこは踏み込んでこないので、俺の幸せな妄想空間は守られていた。
>> TRF@GM:それじゃ揃ったんで、始めていきましょー
 GMが開始を宣言して、セッションが始まった。

     

 その男は大層天邪鬼だった。誉められるとなんでもやる気をなくして止めてしまうのである。
 「運動神経がいいね」と言われたら、運動部を退部。「頭いいね」と言われてからは、一切勉強しなくなった。「笑顔がいいよ」と言われてからは笑わなくなった。
 そんな彼だから、引きこもりとなって日がな一日寝て過ごすようになるまで、そう時間は掛からなかった。「機械に強い」と言われてからはパソコンもケータイも触らなくなったらしく、本当に何もせずにいるようだ。
 親は一計を案じた。つまり、やって欲しいことと逆のことを誉めればいいのである。引きこもることを、学校をサボることを、何もせずに無気力でいることを誉めて誉めて誉め殺してやれば、息子は更生するであろうと。
「ずっとそこにいて欲しい」「部屋から出ないように頑張るんだぞ」「一つのところに居続けることを極めるなんて素晴らしい」「機械を全く弄らないのも素敵」「勉強も運動も全然しないなんてカッコいいぞ」
 思いつく限りの駄目なこと賞賛を続けていく。この時の様子を見かけた男の姉は、閉ざされたドアに語りかける両親に早い痴呆が出たのかと思い、一瞬気が遠くなったそうだ。

 翌日、男の部屋の扉が開くのを見て、母親はホッとした。うまく行くか不安で寝られず、ずっと部屋の前で待ち続けていたのだ。
 ところが、いつまで待っても開いたドアから息子が出てこない。不審に思って中を覗いてみた母親は仰天した。男は部屋の敷居の上に立っている。部屋から出てもいなければ入ってもいない位置だ。驚いたのはそこではない。
 男の身体は左右に分裂しようとしていた。まるでアメーバかスライムのように、真ん中から二つにちぎれて、片方は部屋の中へ、もう片方は部屋の外へ出ようとしてるのである。
「あ、あんた……なに? どうしたの?」
 途端に男の左半身がぶるぶると震えて、口が二つに分裂を始める。分かれた口の片方が言った。
「やりながらやらないためには、ものが二ついるんだよ」
 喋った口がボトリと床に落ちる。母親は悲鳴を上げた。
「他の口は今後喋らないから、会話はこの口を介してね。ああそうだ、耳も付けておかないとね」
 もはや人ではない存在にしか思えないほど原形が崩れてしまった息子が身体を次々に切り離し、変形させていくのを、母親はただ恐怖のうちに見続けることしか出来なかった。

       

表紙

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Neetsha