窓から差し込む日の光、時刻は6時。
命を持たない人形は眠りを知らず、依頼の品を繕い続ける。
未明に突然持ち込まれた紺のケープは元の気品を失う事なく、卸し立てのような姿になっていた。
「デュノー、入るよ!!!」
ノックもそこそこに、声の主は部屋へ飛び込んできた。
「あぁ、ルレットさん、こんばんは」
「もう朝だよー!?おはようございます、だよ!!」
「そうでしたか。では改めて、おはようございます。」
早朝であるにも関わらずルレットと呼ばれた少女が部屋へ入ってきたのは、この人形が眠らない事を知っているからだ。
よほど伝えたい事があったのだろう、その目は煌々と輝いている。
「実はねぇ、お客さんを連れて来たんだ!!」
紹介されて部屋へ入ってきたのは、魔術の杖を右手に携えた、髪の長いエルフの少女。
あどけないその顔は、何かに怯えているようだった。
聞けば、フィロメナというこのエルフの少女は、ミシュガルドへ訪れる最中、奴隷商に囚われ、辛うじて逃げ出して来たのだと言う。
幸いにも杖は取り戻せたが、元着ていた服は奪われたまま、やむを得ず奴隷の服を着ているが、このままではすぐに見つかってしまうだろう、との事であった。
「私も服が作れる、って言ったんだけどねー。」
ルレットは不満げにこぼす。フィロメナは首を振って答えた。
「…だって貴方の服、すっごく目立ちそう…」
「あっ、皆の注目を集められる、ってことでしょ?いいんじゃないの?」
「私、見つかりたくないんだってば」
少女たちの押し問答を聞きながら、機工人形はふと、まだ誰も袖を通していない服がある事を思い出していた。
自分と同じ機工人形で、メイド姿の彼女へ。何か通じるものがあるだろうかと友好の印に渡そうとしたが、すっかり断られてしまい着る者の居ない服だ。
「少し、待っていてください。」
小一時間ほどで手直しを終え、仕上がった服を彼女に渡す。
時刻は7時半、新しい服に身を包んだ彼女が、少し気恥ずかしげに試着室から出てくる。
「よくお似合いですよ。」
「こんな…こんなの、貰っていいの?」
「はい、誰も着る事が無くなってしまいましたから。」
機工人形が優しく微笑むと、エルフの少女は俯く顔にかかる髪を少しかき上げはにかんだ。
ルレットは拗ねているのか、糸車で糸を紡ぐでもなく、つまらなさそうに弄っている。
「ワタシはこれの仕上げにかかりますね。」
椅子に掛けた仕上げの途中のケープを手に取り、機工人形は再び作業に取り掛かった。
フィロメナは何の気なしに部屋を見渡す。時計と、糸車と、毛糸と、布と。見渡す限りの服、服、服。
一体この人形はいつからここにいて、服を作り続けているのだろう。
目覚め始めた街の人々のざわめき、鳥の歌声を聞きながら。安心と共に訪れた眠気をこらえて、彼女はぼんやりと考えていた。
流れる穏やかな時間の中。
それでも冷たく響く、誰にも聞こえる筈のない警告音声。
『エルボット=デュノ=ウォードガレオ、稼働停止まで残り11ヶ月です。』