Neetel Inside ニートノベル
表紙

ヒーロー裁判
1話目(前編)

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「都心でも山沿いは一部雪が降るでしょう。車を運転の際は路面情報を確認してください」
 東京から新潟へ出張のため高速道路を移動中の男、村山はそのラジオを聴き苦笑いした。夜の11時、つい先ほど降り始めたはずの雪がすでに視界を白く包む。かろうじて確認できる速度規制の看板は50キロを表示していた。
 いつ速度規制から通行止めに変わり下道へ放り出されるか。そうなれば今日中の到着どころかホテルのチェックインすら出来ない。
「移動するなら深夜にしておけ」

 村山は眼鏡をずらし、目頭を指で押し込みながら上司からのありがたい助言を思い出した。社内の喫煙所でのこと。
「週末の移動は、祭りだのイベントが多いからな。向こうはシーズンってやつだから。渋滞に巻き込まれたくなかったら悪いことは言わん。深夜に動いとけ」
 なるほど、と聞きいれてみた結果がこれだ。とはいえ「散々な目にあった」などと言えば、大笑いしてさらに気分良くしてしまう人間なのを村山は知っている。考えるほど苛立ちが増すばかり。

 ふと車に搭載されているナビゲーションに目をやると、先の道路情報が更新されている。いよいよ通行止めになったようだ。
こんな山中で下道に降ろされてはたまったものではない。少し考えた後、村山は最寄りのサービスエリアへ避難することにした。

 自動販売機とトイレだけの閑散とした駐車場に車を停め、車内から周囲を見渡す。数台のトラックが同じ事情なのか、同様に停車している。ガソリンが十分に残っていることを確認し、村山も覚悟を決めた。今夜は車中泊だ。

 トイレを済ませ、飲み物を調達した後、車のトランクルームを開く。一週間分の着替えなどを詰め込んだキャリーケースを担ぐとそれを助手席に置いた。どんなにエアコンで社内を温めても窓や隙間からの冷気が体を染みるように冷やす。寝具の代わりになるものを探した。

 ケースの中を探っていると、村山はふと周囲の異変に気が付いた。車内からも微かに見える高速道路。その景色全体を青、紫、赤の順に繰り返し染めている。村山はしばらくぼーっと見ていたが、その意味に気づき我に返った。3色が点滅するライト。これの意味を知るのは村山に限ったことではない。多くの人間がその意味を知っている。

 慌てて、ナビゲーションの通行止めの表示を見直す。通行止めの区間の間に先ほどの3色が縦に並んだアイコンが国旗のように表示されている。
 雪が通行止めの原因ではなかったのだ。

     

「はい、今回の分」
 昼下がり、都内の大手チェーン展開する喫茶店の一席で男女が向かい合い座っている。
 女性はビジネススーツに、丁寧に結った長い黒髪。童顔のため新人社員のようにも見える。『相手が相手』ならば商談中に見えただろう。

 テーブルに置いた封筒を前方へ滑らせる女性に対し、男は迷彩のジャンバーにジーンズ、ウェーブする髪に無精髭。異様に日焼けしたその肌も含め、常人ならば近寄りがたい存在。
男は差し出された封筒が彼女の手から離れる前に勢いよくそれを手に取る。
「大谷、これは足元見すぎてるんじゃねえか?」
 女性をジロリと睨み、見た目通りの太い声で威嚇した後、人差し指で封筒の中身を出さず上下に動かしている。
 それに対して大谷は天を仰ぎ、表情で精一杯に呆れたと表現してみせる。

「あなたの実績はもちろん評価されてきたわ」
「きた、か」
「そう、評価されてきた、よ。いい? 川口さん。もう状況が昔と違うのよ。確かに10年前はこんな事態になって世の中大荒れだった」
「俺はそんな中、最前線でやってきた。今もそうだ」
「言ったでしょう、時代は変わったの。今は後釜もたくさんいるし、先に知名度を上げた人たちはスポンサーを付けたり、より評価されるために組織化したり」
「ああ、なるほど。歌を歌って踊ってか。全く笑えてくるぜ。木村もそれを望んでいたわけだ。で、気に入らなくてお前みたいなガキを」
「主任は今でもあなたの昔の活躍をよく話す。――少なくとも彼はあなたを誇りに思ってる」
 川口は顎肘を付きガラス窓から外の景色を眺める。そんな川口を見て大谷は何度か溜息交じりに声を掛けようとするが言葉は出なかった。

 沈黙の中、大谷は自身のバックから書類を取り出しテーブルに並べた。
「次の依頼だけど、内容を説明してもいいかしら」
川口が視線と顎先でそれに答えると大谷が続けた。
「先に担当したチームが取り逃がした相手。実際のところ、取り逃がしたというのは体のいい表現でほぼ返り討ち。三人掛かりでね」
「情けねぇ」
 舌打ちする川口を睨み付けながら大谷は続けた。
「三人の負傷具合などから継続は不可、このまま長期化すると割れている根城も変えられてしまうかも」
「どんなやつなんだ?」
「ソーシャル型、普段は擬態して暮らしてる。職を転々と変え、狩りに成功した場合は成果物を根城へ運ぶ。それもかなりの距離を移動するのが特徴ね」
「厄介なやつだな。用心深い上に賢い」

「半年以上追いかけて用意周到に計画したにも関わらず返り打ち、だからね」
 大谷は腕時計に目を向けながら続けた。
「更に詳しいことは概ね書類に記載されているから目を通しておいて。受ける受けない問わず、明日までには連絡を頂戴」
レシートを取り席を立つと大谷は思い出したように振り返り追い打ちをかける。
「器物破損は最小限、人命救助は最大限。少なくともこれは守って頂戴。マスコミだろうと一般人を殴るなんて以ての外だから」
 指差しながら指摘する大谷を川口は書類を見つめながら手を上げて見送った。

     

 村山は社外へ出ると耳を澄ませた。それは目の前を照らす各色とともに人工音が混ざっているのを期待したわけではない。
 そもそも、音を発生させるようなことは無いことも知っている。あれはあくまで邪魔をしないようにという意味合いが強いのかもしれない。
 それよりも村山はこれから起こる事態が『まだ他人事』のエンターテイメントであるかのように期待感が強まっていた。しかし、わずかに吹く風の音以外に期待した何かは今のところ得られなかった。

 車内に戻ると地図が表示されたナビゲーションを操作し、ラジオに切り替えた。いくつかある方法の一つで、携帯電話のGPS機能を有効にし、国営のアプリケーションを実行すると指紋認証画面が表示される。親指を数秒押し当てるとラジオバンドが数字で表示された。
 国は十年前のあの日からそれに対応する法の整備が急務となった。その一つとして、彼らが活動する場合、緊急放送として特定のラジオバンドで周辺の民間人へアナウンスされる。この様に非常に回りくどい公開については賛否両論あるが、事前に察知されることを警戒した上で、なるべく多くの人たちに配慮した有効策であるという。

 ラジオを調整し終えると村山はコーヒーを片手に耳を傾けた。

「現在、周辺で討伐行動が開始されています。周辺の民間人は外出を控えて下さい。また、周囲に異常を感じた場合、これから申し上げるダイヤルにご連絡ください」

 何度か繰り返し聞いた後、村山は少しがっかりした。以前防災訓練のテスト放送として流れていたのを友人と聞いたことがあったが、内容は全く変わらず新鮮味に欠けた。彼の好奇心は収まるどころか、更に高まっていく。
アナウンスされている番号を控え、電話を掛けてみる。が、話し中。掛け直しても同様であった。
 
 期待感だけが置き去りに高まっていく中、村山はお役所仕事だと憤慨した。ハンドルを握り指でノックする。いよいよ出来ることが限られてくる中、彼はその行動を取るべきか悩んでいた。

     

 夕刻、作戦域に向けて川口は自身の車を走らせていた。

「今回は時間通り到着しそうね」
 耳に装着する小型無線機から既に大谷の不機嫌さが伺える。
「仕事はきっちりこなしてるんだ。少しくらいは勘弁しろ」
「それだけじゃないでしょ。毎回、作戦の出鼻挫いて自家用車で移動するなんて普通――」
「分かった、分かった。それは後で聞く。それよりもこっちの質問が重要だ」
「――どうぞ」
「まず、今回の相手のことだ。あー、これ何て書いてある、『くじら』か?」
「『しゃち』よ」
「鯱か。すげーな、海洋界の王者じゃねえか」
「別に強さでつけられた名前じゃない。社交性や計画的な狩りの仕方からね」
「いいぞ、その調子で答えろ。確かにこいつについてるランクは低い、たった星2だ」
「今じゃ信憑性がない。現に3名が――、これは前も話したでしょ。あくまで過去のデータから算出されたにすぎない」
「その通りだよな。じゃあ過去のデータになぜそのヒーロー3名撃退の件が含まれていねえんだ。作戦自体は分かる」

「―――それは」
「深夜在宅中を狙った急襲作戦、流石正義のヒーロー。そして失敗、お見事、ヒーローの鏡」
「茶化さないで」
「じゃあそっちも誤魔化すな。その中身はどうなった? 一人は未だに意識戻らず、だが残りの2名は『復帰に向けて調整中』、書いてあるぞ?」
「話さないのよ」

「誘惑か?」

「それは、あなた達に限ってあり得ない。知ってるでしょ? それに本部だって何度もテストして白だった」
「ますます分からねえ。情でも移ったのか。肝心の部分が空白じゃ、警戒のしようがねえよ」
「正直なところ、あなたの経験則が今回は一番頼りになるかもしれない」
「っは、うまくまとめやがって。じゃあ報酬は倍だな」
「じゃあ、こっちが『大目に見てる分』先に清算してもらわないとね」

 車は高速道路を降り、まもなく到着する作戦本部に向けて進む。

     

 村山は必死で現在に至るまでの過程を整理していた。
車のアクセルを踏み、ゆっくりと駐車場を出る。警戒隊に見つかったとして、それで詳しい状況が聞き出せればそれでも良しと思ったのだ。サービスエリアと本線の合流を出たところで後方を見ると3色ライトが微かに路面に反射しているのが分かる。移動警戒中なのか、豪雪のため距離感は掴めなかった。

 雪が入ることを気にもせず運転席の窓を開けて周りに変化がないか集中した。

 数分経過したろうか、一向に変化はない。
もしかすると自分のいる場所は作戦域の端、全く影響がない場所だったのか。思考を巡らせていると天井からギシリと鉄の歪む音が聞こえた。
 
 天井から運転席の窓に目線を移そうとした瞬間、途端に視界を失い上半身に強い圧迫を覚えた。
後のことは思い出せず今に至る。

「こんばんは」
 目の前には小柄な少年が上半身を横に傾け、長髪をゆらしながら挨拶している。紺色のブレザーを着ているせいか学生にも見える。身綺麗な容姿と屈託のない笑顔から、混乱していた村山自身も警戒心が自然と消えていくのを感じた。

 村山はソファから身を起こし、今度は現状を整理しようと努力した。
「あの、ここは?」
 声が裏返っての質問に村山自身が恥ずかしそうに頭をかく。

「ここは僕の別荘だよ。『特別な日』に来ることにしてるの」
辺りを見渡す村山に少年は答えた。少年はテーブルの上に食器を並べ、入念に遠くに離れて配置を確認したりと忙しそうにしている。
 村山が周りを見るとコテージの中、というより古く丁寧に管理されている家具と、火の光だけで明るく彩られた全体はまるで童話に登場する民家のようだと思った。

「君みたいな、若いのに、ご両親が用意してくれたとか?」
「ううん、違うよ。僕が僕自身で用意したんだよ。村山さん達みたいに両親はいないもの」
 両親がいない、しかしそれ以上にこちらの素性が分かる相手に村山は緊張する。
「俺の名前、どうして?」
「ごめんなさい。勝手に財布の中、見ちゃって」
「ああ、そうか。まあ、それなら仕方ないな」
 作業を止め、村山へ丁寧に頭を下げる少年に不思議と悪い気はしなかった。

「ねえ、写真の人。奥さん?」
 再び作業を続ける少年が次の質問を考えている村山より先に尋ねた。
「ああ、去年ね。でも出張ばかりで中々一緒にいられないんだ。その上共働きなのに家のことは全部任せちゃって」
「そう、それは寂しいね」
「今度長い休暇をもらって旅行にでも連れて行こうと思ってるよ」
「うん、そうしてあげるといいよ! ねえ、他人同士が家族になるってどんな感じなの?」
「ええっと、難しいなぁ。一緒にいたいと思える、とか? 君には、その――」
「村山さんが言うような関係なら少し前までいたよ。もう死んじゃった」
「あ、――その、なんていうか」
「気にしないで、会えない訳じゃない」
「そうだね。きっと君を守ってくれていると思う」
 少年はふと手を止め村山を見つめると、にっこりと微笑んだ。

 しばしの沈黙に耐えかねた村山は質問を続けた。
「その食卓は何のために?」
「大切なお客様が来るんだ。もうそこまで来てるかも」
「ああ、俺はてっきり」
 照れ臭そうに自身の頭を撫でる村山を見て、少年は両手を一度叩いた。
「いけない! ごめんね村山さん。お腹空いてる? 何か持ってくるね」
「いや大丈夫だよ。食欲は無いんだ。でもこんな夜中に尋ねて来るなんて変わっているね」
 村山が時計に目をやると深夜2時を回ったところだった。
「あの人たちはこんな時間帯の方が良いと思ってるみたい」

 村山は確信するのが恐ろしく、押し殺していた質問を口に出すことがないまま解決する予感がした。
「良いって、何が?」

「僕を殺すのに」

       

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Neetsha