Neetel Inside 文芸新都
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水月
目覚めはどうか花畑で

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本日の創作テーマ/モチーフ/お題は、


『人間』『の花』
#本日の創作テーマモチーフお題
https://shindanmaker.com/594972



『目覚めはどうか花畑で』



 一番美しい自殺方法はビニールハウスの百合の花畑で眠るのだと聞いた事がある。
 百合が出す毒が充満して死ぬのだったか、酸欠で死ぬのだったか、
 具体的な死因は忘れてしまったが、そんな方法で死ねるものか、と思った記憶がある。
 三十年生きてきて、ふと思ったのは生き過ぎたな、ということだ。
 大卒の二十代前半で死んでおけば良かったのだ、
 そしたら百合など用意しなくても美しく、儚く、鬱屈した若者ということで許されただろう。
 この年になれば、死にたいなど不用意に口に出せず、
 自殺などしたら過労死か、まともな大人ではないということになる。 
 事実まともな大人ではないのだが。
 切欠は何だったか思い出せないが、私はずっとずっと死にたかった。
 すぐにでも。
 ただ勇気が無かっただけなのだ。
 怖そう、痛そう、苦しそう、そんな単純な感情からだ。
 そして、また切欠は何だったか思い出せないが、自殺を実行しようと思ったのだ。
 大学を卒業し、アルバイトと株で食いつなぎ、
 カーテンを一度も開けぬままのアパートで芋虫のように生活する自分に
 この先何の楽しい事も無いと決定的になったからかもしれない。
 人生ずっと低空飛行、踊り場、心電図で言えばゼロ。
 とにもかくにも、わからないが死にたくて、死ぬ事を実行したくて、
 アルバイトを辞め、部屋の物を捨て、部屋を引き払い、高級ホテルに数泊の予定を入れ、
 金を残してどうすると死に装束のために好きなブランドの服と下着、
 グローブ・トロッターのスーツケース、ルブタンの靴を買い、美容院とエステに行き、身奇麗にした。
 たった今は化粧をしている。
 そうホテルの鏡台で死に化粧をしているだ。
 この後、酔い止め薬を砕いた粉末をヨーグルトやプリンに混ぜて食べるのだ。
 一箇所で沢山買うと怪しまれるから何軒かドラックストアを回った。
 死ぬ前にそんな徘徊するはめになろうとは、死ぬ直前の飯がヨーグルトなんかになるとは思わなかった。
 錠剤を潰すというのは意外と骨が折れる。
 普通に叩いても全く割れず、フードプロセッサーで粉々にした後にすり鉢で完全に粉にした。
 これがまた結構な量で、オブラートに包んで再度小分けにしようとしたのだがそれでも量が多いので、
 結局半分はネットで見たヨーグルトやプリンに混ぜる方法に変えた。
 化粧は最後に普段使わない色の濃いグロスをのせて終わりだ。
 これから食べるので落ちにくい新商品のグロスにした。
 死ぬまで落ちなかったら、あの世から化粧品会社に賞賛を送ろう。
 少しずつ身体が熱くなってきた、薬の効き目を良くするためにアルコールも摂取している。
 今まで味わった事のない高級日本酒は、とろりと舌と喉を滑って胃を発火させる。
 これからホテルの花屋に行って百合を揃えるのだ、百合と一緒に何か合わせてもらってもいい。
 今の季節なら百合は揃っているだろうし、きっと高級なホテルならある程度の品揃えは備えているだろう。
 よく知らないけれど。
 化粧品を片付けて、厚めのトレンチコートを羽織って部屋の外に出る。
 このコートは百年持つんですよ、何十年も可愛がってあげてください、
 とお店の連絡先とお手入れ方法が載った冊子を渡してくれた店員の顔が思い浮かぶ。
 何十年も生きる気力など、とうに残っていない。
 少し酒が回ってしまったのか、ふかふかした絨毯にピンヒールがめり込んで歩き辛い。
 初めて履く靴だ、汚い道路を歩かない用の赤い靴裏、血の様だ。
 バランス感覚が崩れている。
 エレベーターに乗るとホテルマンの人と乗り合わせて、その人に花屋はロビーのフロアですか、と尋ねる。
 彼は同じ階だが、棟が違うので連結通路が違うと教えてくれて、そのフロアの数字を押してくれた。
 笑顔を返されたので笑顔を返しておく、
 どうだ、さっきまで死に化粧をしていた出来立ての綺麗な顔だ。
 エレベーターを降りると絨毯は無くなったのでヒール音を気にしながら、連結通路を渡り、
 違う館に入って館内案内を確かめると花屋を目指した。
 外国人観光客や年のいったおじさんおばさんが笑っている横で、真っ直ぐと花屋に向かう。
 こういう時、地図を素早く読める能力は役に立った。
 思っていた以上に花屋は小ぢんまりとしていて、人がそれなりに居た。
 それでも素早く店員の人が寄って来て、百合といくつか見繕ってください、とお願いした。
「お好きなお花や、ご予算の予定、アレンジの希望などございますか」
「好き、な花は無いんですけど、百合も含めて三十本くらい頂きたいです。花束で。アレンジはお任せします」
「お祝い事でしょうか」
「はい、友人の新しい門出です」
「それはお目出度いですね、ご用意させて頂きますのでこちらの札をお持ちください」
 札を受け取って花屋を見回る。
 カーネーションにスプレー菊、何故か桃や桜もあった。
 桃なんかまだあるのか、と無理矢理花を開かされたような枝を見る。
 生き辛いね、お互いに。
 生まれるところを間違えると。
 お客様、と声をかけられて札など無駄だったことを知る。
 渡された花束は黄色の紙に包まれ、金色と白のリボンが巻かれていた。
 百合は思っていた白百合ではなくピンクの派手なもので、華やかだった。
 仏花だとでも言えば良かったと後悔するが、そう言うと怪しまれそうで押し黙る。
 百合と薔薇となんだかよくわからない紫色の花、もしかして菫、と菜の花。
 とても綺麗ですね、と笑うと、メッセージカードお付けになりますか、
 と押し花が散りばめられたカードを見せられた。
 そのままで結構ですと言って部屋のカードキーを渡して清算をした。
 花をベッドにばら撒こうと考えていたけれど、何だか面白くなってきて、
 花束を花嫁さんのように抱えていこうと計画変更する。
 神の嫁になります、みたいな。
 花束を入れた紙袋を持って部屋に戻る。
 さて、本格的に死にますか。
 部屋の扉を閉めると何故かぼたぼたと涙が零れ落ちてきた。
 死ぬのになんと面倒臭いことだ。
 どうでもいい、面倒臭い、だるい、なんでもいい、結局は生きていたくない。
 目を開けて世を見たくない、
 耳を立てて音を流れ込ませたくない、
 鼻で匂いを感知したくない、
 口を動かして咀嚼も呼吸もしたくない、
 身体を動かしたくない、触れたくない。
 臓器も器官も、全て全て動かしたくない。
 生産も消費もしたくない。
 原子レベルで分解されて消滅したい。
 最後の晩餐を作ろう、準備をしよう。
 ベッドを整えて、花束を紙袋から出してヘッドサイドに置くと、
 冷蔵庫からヨーグルトとプリンを取り出した。
 いつもの癖で安いものを買おうとして思い直して一番高いものにした。
 プリンは有名どころのお高いやつ。
 全て高いものを買いそろえるなんて普段どれだけ私はみずぼらしい生活をしていたんだろう、と苦笑する。
 蓋を開けて薬の半分をかき混ぜて、一口食べる。
 ざらっとした触感が残っていて、結構な量で頑張ろうと思う。
 頑張ろう、笑える、人生頑張りたくなくて死ぬのに、死ぬのを頑張るのだ。
 一口ずつ口に運びながら偶に日本酒に口付ける。
 ひんやりとした毒物が唇に触れて、緩やかに喉を通り抜けていく。
 砂時計の砂みたいに、蛇口から桶に溜まる水みたいに、一定速度で胃に溜まっていく毒。
 早く、早く消化して欲しい。
 ヨーグルトと日本酒の組み合わせは存外悪くない。
 私自身ツマミはあまり食べないもので、今別に不快感は無い。
 ただ涙が目から零れ落ちてきて、化粧は落ちつつあるだけだ。
 何が悲しいのだろう、
 何が寂しいのだろう、
 何が、
 何が不満なのだ私の眼球よ、脳よ、感情回路よ。
 悲しがるような思い出が私の人生にあったか、
 寂しがるような人間関係が私の人生にあったか、
 死ぬ事を不満に思うような遣り甲斐が私の人生にあったか。
 無いだろ。
 無いだろ、無いから死ぬんだろう。
 こんな人間性がこんな社会では不釣合いで、合わなくて、生きていく才能が無いとわかっているんだろう。
 厭世的な考え方ではない、私が厭なのだ。
 私自身が、周りではなく私自身を、私が嫌なのだ。
 もう少しで薬を食べ終わる、この後一気にオブラートに包んだ薬を四包飲み込んで、日本酒を飲む。
 素敵だ、最後のこのやり方、死に際は私は私を少しは好きになれそうだ。
 ねぇ泣かないでよ私、だってもう終わりだから。
 好きになって死にたいのよ。
 本当はもっとさっと飲めればいいんだけど、そんな薬は手に入らなくて。
 あと怖くて。
 意気地なしで。
 死ぬ場所も死に方も死に様も、考えると多方面に迷惑がかかって。
 でもこっちに出てきて良かったね、生家のある向こうよりこっちの方が死にやすい。
 都会は死ぬための場所だ。
 孤独で、無関心で、即物的で、成果主義で、機械的で素晴らしい。
 薬の包みを日本酒で流し込む。
 流石に日本酒の量が多くて喉が熱い。
 温かいな、最後の最後で私の身体は温かい。
 眠くなってきたのを必死でベッドに登る。
 あと少しだけ、あと少し、花束を持つだけ、少し頑張れ腕。
 花を腕の一部だと思おう。
 さぁ、これで、一生、目が、覚め、ません、よう……に……。

       

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