Neetel Inside 文芸新都
表紙

少女は英雄を知る
過去編5 解散

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 さらに時が過ぎた。


 後に聞いた話で分かったことだが、クロス五気聖の内、二人はカラトが一人で倒したらしい。
 そして、クロス五気聖を倒したという話は、瞬く間に各地に広がっていった。そのこともあって、スクレイ軍主力である十人は、全土に知れ渡ることになった。

 やがて中央にて、その十人に権威を持たせようとしてか、ある名が呼ばれるようになった。

 スクレイの十傑、と。





 北の城塞での戦いの後、クロス軍の主力は完全に撤退したようだが、まだ国境付近に、いくつか部隊が残っているようだ、それが、どういう意図を持っているのか分からない。
 とにかく、それに対応する為の部隊を配置しておかなければならないようだ。

 カラトとフォーンは次に、敵軍に踏み荒らされた地域の保全と支援に動いた。十人は再び、それぞれの部隊を率いての活動を始める。
 特に、ユーザ軍に踏み荒らされた地域は、酷い有様だった。その地域を回っている時にカラトが見せた苦悶の表情は、初めて見る顔だった。

「まるで、初めて戦場を見たって顔だな」
 ダークは、冗談混じりに言う。
「まあ、想像はしていたけど……想像以上だったなって」
「クロスとの戦いで、しこたま殺したってのに、何を今更」
 言うと、カラトは力なく笑って、視線を外した。
 どういう意味の反応なのか分からない。
「ダーク、ちょっと時間あるかな」
 しばらくして、カラトが言った。
「なんだ?」
「人に会いに行こう」
「人?」
「ボルドーさん」





「退役されるとは、本当ですか?」
「ああ」

 小高い丘の上だった。夕焼けが、辺りを照らしている。
 ボルドーが、その夕日の方を見ていた。服装は平民が着るもので、少量の荷物を背負っていた。偃月刀は見えない。

「まだまだ、あなたの力をお借りしたいのですが」
 ボルドーは、少し口元に笑みを浮かべた。
「これからは、お前達若い者が国を作っていくのだろう。それには、俺のような古い人間がいたら目障りになるだろう」
「そんなことは」
「お前達に関しては、心配はしていない。俺がいなくとも、そんなに問題になるまいさ」
 間。
「それに、俺はもう疲れた」
 カラトは、少し俯いた。

「今まで、本当にありがとうございました。俺の我が儘に付き合って貰って。あなたが居てくれたから、俺たちはここまで来れたのだと思います」
「礼を言わなければならんのはこちらの方だ、カラト。あの時、俺は死のうと思っていた。しかし今は、こうして生きていて良かったと思っているよ」
 再び、笑む。
「お前を見ていると、人の大言や夢想も馬鹿にできないと、つくづく思うな」
 言葉を続ける。
「お前達が作る国というものを、遠くから見させてくれ。それが、俺の新たな生き甲斐だ」
「はい」
 カラトは、深々と頭を下げた。

「じゃあな、ダークよ。無愛想なのはお互い様だが、もう少し、愛想をよくしろ。そうすれば、お前はなかなかもてそうだぞ」
 ダークは、鼻で笑う。
「カラトを、支えてやってくれ」
 言うとボルドーは、振り返って歩き始めた。

「ボルドーさん」
 カラトが、一歩前に出る。
「いつかもしも、どうしていいか分からないような問題にあったら、その時は、相談に行ってもいいですか?」
 その言葉に、ボルドーは口元を綻ばせた。
「こんなじじいでいいのなら、いつでも来い」

 そう言うと、片手を上げて、歩いていった。










 数ヶ月が過ぎる。
 ダーク達は、オレンジという町の近くで野営をしていた。
 仕事は、相変わらず変化はない。さすがに、飽き始めてきていた。中央の政は変化だらけだろうが、関心がないので一切内容は聞いていない。
 いつの間にか、慣れ始めているのだろうか……。
 少し物思いにふけり、ダークは空を見上げた。
 風が出てきていて、雲行きが怪しい。雨が降りそうな天気だった。
 ダークは、何かを肌で感じていた。何かが起こりそうな予感がする。
 ただ、これを誰かに言う気はない。言葉にできるものでもない気がするのだ。

 ダークは、カラトが使っている幕舎に入った。
 カラトは、椅子に座り腕を組んでいた。
「また、何かお悩みか」
「うん」
 カラトの目が、こちらを向く。
「ちょっと、中央との連絡が滞ってるみたいで」
「フォーンか?」
「最初は、フォーンだけだったんだけど、今度は都の辺りが全部」
 言うとカラトは、首を傾げた。
「まあ、それでも二日ぐらいだからね。たまには、こういうこともあるかなって」

 少しして、幕舎の外から声がかかる。入ってきたのはシーだった。
「ありがとう、カラト。お陰で、研究のための資金と設備を中央で用意してもらえることになったわ」
 カラトが笑む。
「何言ってるんだい。君の功績があってのことじゃないか。お礼を言われるほどのことはしていないさ」
「そんなことない」
 シーは、少し微笑んだ。

「じゃあ、すぐに発つんだね」
「うん」
 もう一度、カラトは笑った。
「実は、始めは来てほしくなかったとか思っていたんだ。だけど、本当に君がいてくれて助かったよ、シー。ありがとう。研究頑張ってくれ」
「何か成果を上げたら、真っ先にカラトに報せるね」
「ああ、楽しみにしてるよ」





 日が沈み、雨が降り始めていた。
 風も伴った、予想以上の大雨になってきている。

「ボルドーさん、西の方に行ったみたいだね」
「タスカンじゃないのか? 何故だ?」
「いろいろと思うところがあるんだろう、きっと」
 ダークは、カラトと話をしていたが、それが途中で止まった。
 幕舎の外、雨音に混じって音が聞こえた。
 複数の人間が、走っている音だ。急いでいることが分かる。
「なんだろう?」
 言うと、カラトは立ち上がる。
 すると、幕舎の中に何人かが飛び込んできた。
 全身ずぶ濡れになった、グレイとコバルト、それと数人の兵だった。
 全員、張りつめた顔をしている。
「どうした?」
「カラト、すぐに来てくれ!」
「何があった?」
「都から、人が来たんだ!」
 話ながら、カラトは幕舎を出る。ダークも追いかけて出た。

 大雨の中を走る。やがて、野営地の隅の辺りに設けられている幕舎にたどり着いた。
 何人か兵の姿が見える。その場所だけが、緊張したような雰囲気に包まれていた。
 カラトに続き、ダークも幕舎に入った。
 正面に長椅子があり、そこに座っている壮年の男が視線を上げた。泥まみれで雨にも濡れているが、全身に血の跡があることが分かった。手当てをされている最中のようだ。
 見たことがある顔だ、と思った。確か、フォーンの部下の中の一人だった気がする。

「カラトさん、すいません!」
 入るなり、男が叫んだ。
「何があったんですか?」
 男は、荒く呼吸をする。
「都が、都が」
 カラトは、男の前で腰を落とす。

「も、戻ってきた王族の一派に占領されました」

 カラトの目が、大きく見開かれた。




     

 男の話を聞いた。


 都に突如、国外に脱出したはずの王族の一派が現れたのは、今から三日前だという。
 王族の一派の動向は、注意をはらっているはずだった。しかし、彼らの都への接近は、まったく気がつかなかった。彼らは、ある程度の武装集団を抱えていたが、都の兵力に比べれば大したことはない。
 彼らは、すぐに王宮になだれ込んできた。そこで小規模な小競り合いが起こった。しかし、カラト派側が優勢だった形勢は、すぐにひっくり返ってしまう。
 こちら側の内部に、始めから複数の内通者がいたということだ。内部から崩壊した都の部隊は立て直すことができなかった。主力は、ほとんどが十傑の元にいるのだ。
 王族の一派は、瞬く間に王宮を掌握してしまった。
 そしてカラトとフォーンに協力した者達は、権力の悪用という理由で、有無を言わさず殺されていった。
 フォーンの部下の一人であった男は、すんでのところで難を免れて、命辛々逃げ出したという。
 その後、都がどうなったかは分からないらしい。フォーンがどうなったかも分からないという。

「カラトさん、皆さん、すぐに逃げて下さい。王族達は、皆さんを密かに抹殺しようとしています。あいつらにとって、皆さんの存在は邪魔なんです。しかし、真正面からは戦えないから、密かに暗殺をしようとしているんです」
 男は、泣きながら、息も絶え絶えにそう言った。
「……大丈夫です。我々なら、大丈夫です」
 カラトが、男の肩に手を当てて、低い声で言う。
「よく、逃げ延びてきてくれました。都の状況が分からないままだったら、王族達に騙されたかもしれません」
「カラトさん……」
「とにかく、今はゆっくり休んで下さい。ここは、安全ですから」
 男は、体を震わせて俯いた。





「すぐに、都を取り返しに行こう!」
 グレイが声を上げた。
 カラトの幕舎である。グラシアも来ていた。これで、今この近辺にいる十傑は全員だった。残りの四人は、少し遠方にいる。
「私たちが掌握してる軍を使えば、十分に勝てる。それに、なんたって私たちがいるのだから」
 グラシアが言う。
 言われたカラトは、フォーンの部下からの話を聞いた後、ずっと黙っていた。表情は、明らかに落ちている。
「どうしたんだよ、カラト?」
 コバルトが言った。
「もう少し……」
 呟くように言う。
「もう少し、情報を集まるのを待とう」
 他の三人は、不満そうな顔をしたが、カラトに従った。

 数日が経つ。
 やはり、都が乗っ取られたのは間違いないようだ。カラトとフォーンが、事実上擁立した王は、生きてはいるようだが、王族の一派に完全に従っているようだ。
 そして、都にいた民衆は、一応に王族側に靡いたという。それどころか、各地にいた役人や兵士も、王族側に従い始めているという。
 その話を聞いた三人は、信じられないといった顔をした。
「くそがっ!」
 コバルトが地面を蹴った。
「どうなってやがる!? 何で、この国を救った男じゃなくて、この国を滅茶苦茶にした奴らに靡いていくんだよ」
「始めから、心の底では私たちに賛同してくれていなかったのかもね」
 グラシアが言った。
「というより、大きい流れがあれば、どんなものであろうと乗っかる。それが民衆なのかもしれない」
「なんで、こんな状況で平気でいられるんだよ」
「平気なわけないでしょ!」
「戦おう、カラト!」
 グレイが言った。
「ここの兵達は、絶対に私たちを裏切ることはない。相手がどれだけいようと、この軍が負けるはずがない」
「五日も待てば、他の四人も合流できる」
「戦おう!」
 もう一度言う。
「……駄目だ」
 カラトが言った。
「ここで俺たちが軍を起こしたら、血で血を洗う内戦になってしまう。大戦をしたばかりのこの国で、そんなことをやってしまえば、今度こそ国が滅びる」
「向こうから、仕掛けてきたんじゃないか」
「それでも……駄目なんだ」
 沈黙する。
 全員が押し黙った。










 その後。
 カラトは、軍を都の方向に少し動かした。そして、使者の遣り取りを王族側に要求した。
 話し合いである。
 カラト達の暗殺は不可能だと分かった今、激怒した十傑に攻め込まれることが、一番怖いはずの王族は、それを呑む。
 そこで、数日に渡って使者の遣り取りが何度か行われた。
 内戦をしたくないカラトは、全面的に譲歩をした。それにより、話し合いは進み、いくつかの取り決めができた。
 一つは、王族側による十傑といわれた十人に対する攻撃行為を今後一切しないことだ。それが違反された場合は、残りの十傑が王族側に対しての、なんらかの報復を行う。その代わり、王族達の実権を事実上許すということになる。
 二つ目は、軍の退役を望む者は、無条件で退役を許すということだ。そのかわり、軍を抜けた者は、その後内政に関して一切の干渉をしない。
 それらの取り決めを、協定と呼んだ。

 それらが終わった後、カラトは軍の、十傑の解散を宣言した。










 夕日が見える。
 オレンジの町だった。
 もう、十傑の元にいた軍はいなくなっていた。それぞれ、軍を抜ける者続ける者に分かれて散っていった。
 特に、カラトに共感して集まった者達は、泣いている者が多かった。
 フォーンの消息は分からないままだった。使者で王族側に消息を聞いても具体的な返答はない。都での戦闘の後の混乱の為だ、ということらしい。
 王族の一派が、都を掌握した際に、真っ先に殺されたという噂があるだけだった。
 結局、十傑の他の四人も合流する間がなかった。
 ダークは、前方に視線を向ける。
 カラトの後ろ姿が見える。その後ろに、グレイ、コバルト、グラシアが立っていた。
「……ごめん、みんな」
 少しして、カラトが言った。
「約束したことが、果たせなくなって」
 沈黙。
「本当に、すまない」
 再び、沈黙。
 誰も何も言わなかった。
 そのまま、暫く。
「……カラト……これからどうするの?」
 グレイが言った。
「分からない」
 カラトが言う。
「ただ……しばらくは、戦うことからは離れたいな」
 言うと、北の方角を向いた。
「それからは、それから考えるよ」
 そう言ってから、しばらくして、じゃあ、と言った。
 そしてカラトは、北に歩いていった。
 三人は、ただ呆然と、それを見送るだけだった。
 ダークも、同様だった。








       

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Neetsha