Neetel Inside 文芸新都
表紙

少女は英雄を知る
対決2

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 空気が違う気がした。


 ペイル達一行は、クロス国の都にいた。
 始めは、人の多さ、建物の多さ、密度の高さに唖然としたものだった。
 ペイルは、王女軍の本隊から離れた後、予定通りウッドに向かった。カーマインに、事の次第を伝えると、クロスへの案内の件を、すぐに引き受けてくれたのだった。
 それから、国境を越え、北東に向かい、数日して都にたどり着いた。
「本当にありがとうございます、カーマインさん」
 道中、何度目かの、お礼を言った。
「いえいえ、私も王女殿下やルモグラフ様のお役にたてることならば、頼まれずともやりたいので」
 カーマインは、そう言った。
「それに、私の知識や情報が、本当に役にたつかは、まだ分からないのですよ」
 それも何度か聞いた言葉だった。ペイルは、今までの経緯を思い出す。

 正式な使者として、まず相手にこちらを認知してもらうために、すでに何度も人を先行して送っていた。数日して、ようやく返答が届いたのだ。それまでは、きわめて危険な道中だったということになる。
 都まで、あと少しという所で、迎えの者が数人待っていた。その後は、彼らに案内をされて、都の中に入った。
 クロスの都は、広い平地の真ん中にあり、巨大な円形をしているらしい。真ん中に行くほど、階級が高い人間が暮らしていて、中央には王宮があるという。
 まだ、その王宮は見えたことがない。
 都の中央に目を向けると、高い建物が密集しているのが見える。あれほどの高さの建物は、スクレイでは見たことがなかった。
 一体、どういう素材できているのだろう。
 案内されたのは、そのクロスの都の中心部だった。ただ、一度中に入ると、もう自分が、どの辺りにいるのかが分からなくなる。視界が、一気に狭まり、空も狭くなる。
 やがて、大きな建物へと導かれた。
 中に入って、ペイルは思わず絶句した。
 とんでもなく高い吹き抜けだった。正面の壁の高い所には、色付きの大きな硝子が見えた。その他の壁には、遠目にはよく見えないが、細かい彫刻が施されているようだった。
 こんなものが、人間が作れるものなのだろうか。
 その唖然とする空間を通り抜け、一つの部屋へと通された。部屋といっても、随分と広い。そして、豪華な室内装飾だった。
 部屋で待たされている間、カーマインと話そうとすると、手を口の横に当てる仕草をした。
「どこかから、聞かれている可能性がありますので、内密の話は小声でして下さい」
 そう言われて、思わずペイルは、部屋の中を見回した。それから、その動作がまずかったかもしれないと思って、姿勢を元に戻した。
「さっきの所、何なんですか?」
「北教の礼拝堂でしょう」
「北教? どうして、そんな所を通ったんですか?」
「自国の力を顕示させようとしただけでしょう。あまり、深く考えるようなことではありませんよ」
「は、はあ」
 そんなものなのか。
「とにかく、事前の打ち合わせ通り、正式な使者は私であるという態度でいきましょう。取り敢えずの受け答えも私がやりますので」
「はい」
 しばらく経って、数人の男が部屋に入ってきた。
 立ち上がって迎えた。
「スクレイ王女の使いとか」
 先頭にいた、初老の男が言った。
「はい」
 カーマインが答える。
「どういう要件なのかな」
「クロス国と我々との友好にと」
「ほほ、まともな政権でもないのにか」
「間もなく政権は回復します」
「その割には、随分苦戦しているようだが」
「想定の範囲内です」
 しばらく、二人は、当たり障りのないと思われる会話を続けた。
 初老の男が、少し笑った。
「ここに滞在の間は、こちらで不自由のないように世話しよう。こちらの部下の者が、交代で付くことになるがよろしいか」
「ありがとうございます」
 それで話は終わりだった。初老の男を先頭に、ぞろぞろと部屋を出ていった。

 別の男に連れられて、建物を出る。
 それから、宿泊する部屋に案内された。
「あれは誰だったんですか?」
 身内の人間だけになると、ペイルは、カーマインに小声で尋ねた。
「おそらく、外交の窓口担当の部署の者でしょう」
「あの人に対して、これから交渉を続けるんですか?」
「さて、あまり期待ができる者ではないと見受けましたがね」
 カーマインが言った。どういうことかと考える。
 やはり、クロスの王に会うことが、最終目標なのだろう。つまり、あの男との面会など、そこに行くまでの過程でしかないということだろうか。
 それをカーマインに言うと。
「クロス国の王は、スクレイの王に比べて、あまり国内実権がないのです。クロスという国には、王の周りに、数人の大臣がいまして、その者達が話し合いを行い、国の方針を決めているのです」
「では、王には会わないと?」
「会えるのなら会いたいですが、まあ無理でしょうね」
「では、狙いは大臣ということなんですね」
「そうなのですが、それも危険が伴います。少なくとも、グラデ王子と繋がっている者が、何人かはいるはずですので、王女側の者だと知れると、何をしてくるか分かりません」
「そうなんですか……」
 しばらく考えた。
「大丈夫なんでしょうか?」
「少なくとも、公に手を出してくることはないと、私は考えます。クロスとしては、二方向から来ている使者を、好きなように天秤にかけられますからね」
「なるほど……」
 なるほど、だ。
「では、誰と繋がりを持てば?」
 カーマインは、少し間を置いた。
「あくまでも私の希望的観測なのですが、こういう状況になると、変化を起こそうとする人間が、動き始めます。そういう者こそ、我々が交渉するには、打って付けの人物です」
 ペイルは、心の中で、今聞いたことを繰り返していた。そして、いろいろと分からないことがあるが、質問しても、理解できるかどうか分からないということが分かった。
 カーマインが笑う。
 余裕を持った風に言ってくれるので、気が少し楽になる。
 カーマインが着いてきてくれて、本当に良かったと、ペイルは改めて思った。
 あと、やはり自分は不甲斐ないとも思い、少しへこんだ。










 全身、包帯にまかれているダークが寝かされていた。
 ダークの治療用に、特別に設けられた幕舎で、グラシアとグレイが見舞いに来ていた。
「どうよ? 調子は」
 言っても、寝台の上のダークは、何の反応もしなかった。
 起きているのか寝ているのかも分からない。起きていても、基本無視されるので、返答を期待して言った発言ではない。
 人目に、ここまで弱った姿を晒すダークというのが、なんとなく珍しかったので、何度も見に来てしまうのだ。本人としては屈辱だろうが、関係ない。
 今までの仕返しも入っていた。
 それでも動けないということは、やはりかなりの重傷なのだろう。
 デルフトが倒れた後、ダークは立ってはいたが、まったく動かなかった。もし、あの時国軍が動いていたら、どうなっていたか分からなかった。
 しかし、国軍の中央にいたフーカーズが、真っ先に引いた。結局、それに引っ張られるようなかたちで、国軍は引いていったのだ。
 二人は、幕舎を出た。
 グレイと分かれて、グラシアは自分の幕舎に向かった。
 幕舎の前に、コバルトが立っていた。
「どうしたの?」
 グラシアが言うと、コバルトは、少し口角を上げた。
「いや、前から言われてた部隊の序列ってやつさ、あれ作ったから報告しようと思ってな」
「珍しい。あんなに嫌がってたのに」
「そうだっけ?」
 コバルトが、書き付けを出す。
「うん、確かに受け取った」
「どうも」
 しばらく立ったままだった。

「どうしたの?」
 グラシアは聞く。
「いや、他に何か、なかったかなって思ってさ」
 不思議な聞き方だった。
「暇なんだったら、何か作戦の一つや二つでも考えてよ。ダークが勝ったとはいえ、まだ、こちらが不利なのは変わらないんだから」
「そうだな」
 言うと、ようやくコバルトは振り返った。
「じゃあな、グラシア」
 そう言って、歩いていった。










 走行中の馬上にいた。
 コバルトは、一人で南に向かっていた。
 コバルトは、懐に入っている、先日自分のところに密かに届けられた手紙に触れた。
 それから、二日前にあった出来事を思い出す。
 シーが、コバルトの幕舎に現れたのだ。
 大体の経緯は、グラシア達から聞いていたので、本人を前にして、少し緊張した。そして、何故自分の前に現れたのかが分からなかった。
「あなたに伝えておかなければならないことがあります」
 すぐにシーは、そう言った。
「私も、始めは知りませんでした。後になって知ったことです」
 黙って聞いていた。
「私の、人工心気研究の被験者の中に、一人貴族の者が入っていたのです」
 シーは、そう言った。
 コバルトは、それを聞いてから、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほどな、ようやく合点がいったぜ。そういうことだったのか」
 そう言う。
「……おそらく、その後何の処理も行ってはいないので、もう長くは……」
「もういい、分かった」
 コバルトは、話を遮った。
 シーが、こちらを見る。
「ありがとな。わざわざ伝えに来てくれて」
「いえ……寧ろ、私は謝らなくてはならないと」
「いいんだって。結果的に、お前のお陰で、もう一度……」
 コバルトは、言い掛けて止めた。
 それから、再び息を吐いた。
「このことは、他の皆には、黙っててくれねえか?」
 シーが、黙って視線をこちらに向ける。
「全てが終わるまで……」

 コバルトは、意識を前方に戻した。
 目的の場所までやってきた。夕日が、辺りを照らしている。
 林の手前で馬を下りる。
 積んでいた鉄棒を握って、ゆっくりと林の中に歩を進めた。
 しばらく歩く。

 やがて、開けた場所に入った。
 岩に腰掛けた、緑の髪の男がいた。

「待っていましたよ」
 緑の髪の男、コバルトはそう言った。




     

 笑みを浮かべた。


「よく来てくれましたね」
 そう言いながら、緑の髪の男は立ち上がった。手には、おそらく鉄製である棒が握られていた。

「あの先日の、ダーク殿とデルフト殿の戦い、見ましたか? 心の底から熱くなる戦いでしたね。私も、あれに感化されまして。貴方との決着も、是非一騎打ちでと思い、手紙を送った次第なのですよ」
「だったら、始めからそうしてればよかっただろうが」
 コバルトは言った。
「てめえ、俺に恨みがあるんだろ? だったら、なんで俺を狙わずに、俺の昔の仲間で、軍を退役した連中を次々と捕まえて勝手に処罰してやがったんだ」
 緑髪の男は、鼻で笑った。
「彼らは、元々山賊でしょう? 文句の言われる筋合いはないでしょう」
「それは全員、前の戦いに協力したから、恩赦になったはずだ」
「詭弁だ」
 緑髪の男は、低い声を発した。
「その程度で、過去に犯した罪や責任が消えるのか?」
 そう言う。
 コバルトは、男を睨んだ。
 再び、男は鼻で笑う。

「もう言いたいことは、ありませんか? ならば、すぐにでも始めましょうよ、兄上」
 男は、棒を少し上げた。
「そして、貴方を倒して、名を返してもらいますよ」
 コバルトは、黙って男を見ていた。
「どうしました? 早く構えてください」
「それが、お前の願望か」
「……そうです」
「そうか」
 コバルトは、両手で棒を握った。右足を少し前に出し、棒を斜めに構える。
 本気の構えだ。
 男の表情が、鋭さだけになった。
 しばらく対峙。

 男の方から、踏み出してくる。
 片足を踏み出してくると同時に、棒突きが飛んでくる。コバルトは、それを横にかわした。
 余裕などなかった。紙一重だ。
 反撃。横から攻撃をかけた。
 相手の棒と衝突。反動で、両者共に一歩下がる。
 さらに攻撃。受けては、かわされ、受けては、かわした。
 一旦、互いが離れた。
 コバルトは、内心動揺していた。

「お前……この棒術、何でお前が」
「私は、ずっとあなた達の訓練を見ていました。この程度の技使いこなすことなど、それだけで十分です」
 男が使っている棒術は、代々家に伝わるもので、自分が使っているものだった。しかし、この男が、訓練に参加したことなど一度もないはずだ。
 本当に、見ただけで覚えたのか。
 天才。
 その言葉が、心に浮かんだ。

「この程度で驚かれたら困りますよ」
 そう言って、再び踏み出してくる。
 流れるような連続攻撃。払い、打ち、突き、当てる。
 コバルトは、なんとか、それらも防いだ。
 しかし、再び焦燥。
「どうですか?」
 男が、笑みながら言った。
 これは、家の棒術の応用で、自分が編み出した技だった。
「てめえ……」
 今度は、コバルトから踏み出した。
 さらに打ち合いが続く。
 力も技も、ほぼ互角だった。両者共に息が上がっている。

 不意に男が、後ろに、よろけるように下がった。
 それから、片手を顔に当てていた。
 何だ?
 少しして、当てていた手を離すと、口周りに血がついているのが見えた。
 男が、こちらを見て笑う。

「ふふ、興奮がすぎましたか、鼻血が出てしまったようです」
 コバルトは、黙って男を見ていた。
「あまり熱くなりすぎるわけにもいきません。そろそろ、決着をつけましょう、兄上」
「そうだな」
 コバルトは、すぐに言った。そして、構える。
 男は、少し間を空けてから、ゆっくりと構えた。
 再びの制止。

 コバルトは思った。
 このまま続けても、勝負はつかない。実力は完全に互角だ。
 ただ、相打ちならばできる。
 男を見る。
 それが、俺のけじめなのかもしれない。
 一歩踏み出す。相手も、一歩踏み出していた。
 正面での打ち合いが起きる。反動で、横に回転する。
 一回転して、突きの構えをとった。相手を見ると、自分とまったく同じ体勢だった。
 お前は、ただ俺の真似をしていただけなのか。
 男の胸部に向けて、渾身の突きを繰り出した。
 男も、同じように棒を飛ばしてくる。
 両者共に、それを受けた。

 コバルトは、霞む意識の中で男の顔を見た。

 男は、笑みを浮かべていた。















 頬に何かが当たった。
 目を開けると、こちらを見下ろしている誰かがいた。
「よお」
 コバルトは、目の前にいたグラシアに言った。
 グラシアの目が潤んでいた。
「もうやめてよ……どいつもこいつも。何で私がこんなに何回も何回も、気が気じゃない思いをしなくちゃいけないのよ」
 グラシアが、震える声で言った。
「ごめん」
「許さない」
 思わず、息が漏れる。

 どうやら、座ったグラシアの膝の上に、自分の頭があるようだ。
 なんという役得だろう。
 それから、現状を思い出した。
 何故、自分は生きているんだ。
 目を横に移すと、仰向けに倒れている男が見えた。すぐに、生きてはいないということが分かった。

「勝ったのね」
 コバルトは、自分の胸を触った。
 少しだけ痛みを感じた。まったく当たらなかったというわけでもないということか。
 確実に、相打ちになると思っていた。
 どういうことなのだろうか。
 グラシアに、目線を戻した。
「グラシア、どうしてここにいるんだ?」
「シーがね、教えてくれたのよ」
「ああ……」
「ただ、それ以外は、何も聞いてない」
 言う。
「あの男は誰なの?」
 少しの間。

「……弟なんだ」
 コバルトは言った。
「俺の家は、世間じゃあ貴族っていわれる部類に含まれる家だった」
「貴族? あんたが?」
「そうなんだよな、はは。俺も、何だか似合わないなって思うぜ」
 そう言う。
「で、その家ってのが、代々武術を継承するのが習わしって家で、俺も幼い頃から訓練をやってたんだよ」
 続く。
「でも弟は、生まれた時から病弱でな。その訓練に参加することなんか、できなかったんだ」
 それから、目を倒れている男に向けた。
「そして、家を受け継ぐ可能性が無い弟を、放逐しようって話が起こった」
 言う。
「ただでさえ病弱な弟が、家の外で生きていけるわけがない。だが、俺がいなくなれば、家を継げるのは弟しかいなくなる。そうなりゃ、武術ができなくても、弟は家を追い出されない。俺は、そう思った」
 続ける。
「だから、俺は家を出た。名前も、弟の名を名乗ることにした。あいつが、俺の名を名乗れば、少なくとも武術の経験があることになるから、家を継ぐことの手助けになると思った。それが、弟の為だと思ったんだ」
 間。
「だけど、それも、俺の自分勝手な考えだったのかもしれないな……」
 息を吐いた。

「はは」
 思わず笑ってしまう。
「どうしたの」
「そういえば、昔、カラトに自分勝手がどうこうって言ったことがあったなって思い出したんだ。どの口が言うんだって話だよな」
 そう言って、もう一度笑った。
 それから、また息を吐いた。

「……他の家族の人は?」
 グラシアが言った。
「もういない。前の戦争の混乱の中、全員巻き込まれて死んだらしい。俺が、それを知ったのは、十傑が解散してから一ヶ月後だった。俺は、弟もその時に死んだとばかり思ってたんだが」
「実は、シーの人工心気実験の被験者になっていたんだね」
「そうみたいだな」
 カラト襲撃には加わっていなかったという。
「あなたが苦戦するなんて、よっぽど強かったのね……人工心気って、恐ろしいわね」
「それもあるが、あいつは、それに加えて棒術を体得していたからな。それで、総合力は、ほぼ五分五分だった」
 思い出す。
「どうして俺が生きているのか、俺にも分からない」
 もう一度、自分の胸に触れた。
「シーが、人工心気の実験体は、何の処理もしなかったら、長くは生きられないって言ってたわ」
 グラシアが言う。
「ということは、弟さんも、そろそろ限界だったんじゃないのかなって……」
 コバルトは黙っていた。
「だから、この時機に、あなたに決闘を申し込んできたんじゃ……」
 沈黙。
 グラシアの目が細くなった。
「あなた、全部分かった上で、決闘に応じたわね」
 コバルトは目を閉じた。
「悪い……俺は、どうしても生きている間に、あいつに会っておきたかったんだ」
「もう済んだことだし……そもそも、私が何か言えることでもないと思うから、いいけど」
 続く。
「あなたが、そういう心持ちだったっていうこと……もしかしたら、弟さんは、それに気付いていたのかもって」
 グラシアの言葉に、コバルトは、はっとした。
 そういうことなのか……もしかしたら、自分が生きている理由は……。

「ごめん、他人が勝手に言っちゃって」
「いや……」
 言葉に詰まった。
「コバルト?」
 コバルトは、自分の腕を目の上に被せて乗せた。
「ごめん、もうちょっと、このまま……いさせてくれ」
「コバル……」
 グラシアが、言い掛けて止めていた。
「ごめん……ねえ、何て呼べばいいのかな」
「コバルトでいいさ。俺は、これからも、コバルトでいくつもりだからよ」
「コバルトって名乗り続けるの? もう本名に戻ってもいいんじゃ」
「いや、十傑のコバルトっていう名の力が、今は役に立つんだ。だったら、俺は、このままコバルトでいくさ」
 言う。
「ただ、この世で俺の本名を知っていたのは、弟だけだったんだ。その唯一の一人がいなくなっちまった」
 グラシアを見た。

「だから、お前にだけは、俺の名前を知っていて欲しい。お前だけが、知ってくれているだけで、俺は十分だから」
 そう言った。
 眼差しが合う。

「聞いてくれるか?」
「……いいよ」

 グラシアが、微笑んで言った。




       

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Neetsha