最近、あたしの友人が変な男と良く一緒にいる。
藤崎杜彦。背ぇ高くてなんかバレーとかバスケとかやってそうだけど帰宅部。友人の……そう、小町ってやつはこの藤崎のことを好きだ好きだって言ってる。一年の時から。何があったかは分からねーけど、ある日突然人が変わったように目を輝かせ始めた。
小町は男子にはモテる方だ。子犬っぽい感じってのかな。
ラブレターが靴箱に入っていたこともあったっけ。でも気付かずにゴミに捨てていた気がする。呼びだされて告白された時も、「私は藤崎くんが好きなんです!」と言って相手を凍りつかせてた。他意はねえと思う。
ともかく、あいつは藤崎以外の男は全く見えていない。
あたしからすれば、藤崎ってのはタダの変な男だ。
目立つわけでもない、寡黙ってほど無口なわけでもない、交友関係も普通にあるっぽい……タダの背が高いだけの変な男。今挙げた要素だけなら、別に変な男じゃねえと思うかもしれないが、まあ聞いてほしい。
訳あって、あたしは藤崎の鞄の中身を見た。
あいつの鞄の中には、どう見ても少女趣味なイラストが書かれた薄い箱みたいなのが入っていた。しかも一つじゃなかった。
それだけでこいつはヤバイと思った。
「何考えこんでんだ、樫本」
先輩が話しかけてくる。ああ、ちなみに今はカフェのバイト中で、さっきまで鞄しかなかった席には藤崎が座っていて、真剣に何かを書いている。書類?
「先輩には関係ないっしょ」
「あ? 全く、お前は本当に先輩に対する態度がなってないな」
先輩がガシガシと短髪を掻いている。この人は上下関係にいつもうるさい。なんでも、学校の部活動でそう教えこまれてきたとか。
「いいか樫本。年上の先輩に対しては敬語で接するのが大事で」
「はいはい」
「人の話を聞け! 全くお前は」
「んじゃ、私キッチン戻るんで、後よろしく~津上パイセン」
「あっ、てめっ……逃げるなバカ!」
あたしの担当はキッチン。津上パイセンの担当はホール。キッチンつっても、あんまり人来ないから暇なんだけどねー。大体みんな既成品のケーキかコーヒーしか頼まないし。だからいっつも人間観察してる。
にしても……
やっぱ変だよな、藤崎。
○
あたしは藤崎を尾行することにした。
普段は小町がベッタリだけど、小町は放課後は演劇部に行くことが多いから、藤崎が帰るときは大体一人だ。誰かとつるむ様子もねえ。怪しい。怪しいぜ。「プルルル」ケータイが鳴った。「樫本! お前今日シフ」うるさいからとりあえず電源切った。
藤崎が繰り出したのはアキバハラの電気街。あの美少女趣味からして、あれか。ギャルゲーってやつか。なるほど、藤崎はそういうのに興味があるやつだったんだな。
考えてる間に、藤崎が店に入った。
とりのあなってとこ。なんだそれ。変な名前の店。
だが、中に入ってみるともっとすごかった。
「うわ……漫画とかゲームばっかじゃん」
棚から壁まで、いろんなゲームやら漫画やらポスターやらが置かれている。藤崎はいつもこんなところに来てんのか? 別にあたしもゲームは嫌いじゃねーけど、こういう美少女とかがいっぱい出てんのはあんまなあ。やるならやっぱFPSっしょ。
「? なんか見られている気がするな……」
っと、あぶねえあぶねえ。藤崎に見つかるところだった。
全く、こんなところで何してんだあいつ。
「お久しぶりです、店長」
「おーう! しばらくだねえフジ公!」
テンションの高い声が加わってきた。店長と話してるみたいだ。フジ公? ここじゃそう呼ばれてんのか。あたしも呼んでみようかな。犬公みたいだし。
「最近の調子はどうなんよ? 『恋こい』以来、ゲームの方はご無沙汰みたいだが」
「はあ……それが、メンバーがやはり足りなくて。今は本業でいっぱいいっぱいです」
「そりゃ残念だねえ」
ゲーム? メンバー? どういうことかよく分からねえが……『恋こい』ってのはなんか聞いたことあるな。小町がよく面白いって言ってた気がする。『花より恋』みたいなタイトルだっけ? こっそり探してみるか。
「お、あったあった……」
結構大々的に売り出されていたからすぐ分かった。
なんかどっかで見たことあるな。へえ、現役高校生がシナリオ書いたってことで有名になってんのか。で、そいつの名前は“藤森咲子”……
「……ん?」
あいつの名前は、藤崎杜彦。
こいつの名前は、藤森咲子。
ん?
「それじゃ、また来ます店長」
「おう! シナリオの方も頑張れよ!」
藤崎が帰っていく。あぶねえ。またぎりぎり見つかるとこだった。あたしがこんな店にいたなんてことが知られたら、困……ることはないけど、めんどくせえ。
に、しても……
「もしかして、この『恋こい』のシナリオ書いた現役高校生って……」
まさかな、と思ったが、あたしは思い出した。
この、『花より恋こいっ☆』の絵。
あいつの……藤崎の鞄の中に入ってたやつと同じだ。
○
「どう思う? これ新手の告白なんじゃないかなーって思って、めちゃくちゃドキドキしちゃったんだけど!」
なぜか入院していた小町が嬉しそうに言う。
なんでも、藤崎に『恋こい』の話をしたら一緒にストーリーを考えてくれ、みたいなことを言われたらしい。
小町は告白だと思ってるみたいだけど、いや、これは確定だろ。
「いや、違うでしょ。多分そのゲーム、藤崎が……」
「あードキドキする! 鼻血のバミューダ・トライアングルに沈みそう! 助けて山本五十六! ハンス・ウルリッヒ・ルーデル!」
あー、ダメだ聞いちゃいねえ。藤崎の事になると小町はいつもこうだ。
まあ、だから話しやすいってところはあるんだけど。
「なあ藤崎」
「ん?」
教室移動の前。小町のいない隙を狙って、藤崎に聞いてみる。
「あんたって、ゲームの脚本書いてんの?」
「!!!?!?!?!?!??!」突然藤崎が椅子をガタガタ鳴らして顔を青くした。動揺しすぎだろ。こういう時って上手い言い訳とか用意してるもんじゃねえの。
「ああ、いや……気のせいだろう。俺は藤森咲子なんて知らない」
自分で言ってるし。あたし何も言ってねえのに。
「タイトルはえーっと、『恋こい』ってやつだっけ」
ガッタンガタガタガタタン藤崎が椅子から転げ落ちた。
「よし分かった。要求を言え。誰の命がほしい?」
「殺し屋かよお前」
まあ、藤崎がシナリオだとか何だとかはどうでもいいけどよ。
「じゃあ、今度そのゲームやらせてくれよ。タダで」
「げっ、ゲーム……」
「あたし、タダとかそういうのにはさ、めっぽー弱いんだよね」
カフェでバイトしてんのも、タダ飯食えるからだし。
「……分かった。今度持ってくるから、それで許してくれ」
「おっけー、んじゃなフジ公」
「!? ま、待て! どこでその呼び方を!? いや……そもそもお前は誰だ!?」
そこからかよ。
スキだらけじゃねえか、藤崎。
第四話「彼女の疑問、フジ公、スキだらけ」