Neetel Inside ニートノベル
表紙

箱庭の創造主
序章 さようならマイライフ

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 俺はどこの学校でもいるパッと見はオタクじゃないけど、話してみると意外とコアなオタクだった。そんな人種だ。
 そんな俺は現在通学途中の電車でハーレム系ラノベを読んでいる。多少不快な視線を感じなくはないが、俺にとっては世間体とか体裁とかを捨ててでも読みたいラノベなんだ。
 他人からの評価が気になる時期が俺にもあったが、その評価が無価値であると悟ってからは気にならなくなった。
 他人の評価なんて、所詮は他人からの見た俺の評価であって、俺の持ってる能力とか思考は加味されていない。そんな不確かな評価になんの価値があるというのだろうか? 今日良い評価を貰ったとしても明日には逆の評価も貰うかも知れない。極論だけど、昨日の価値は今日になった時点で無価値になるんだ。そんな物にビクビクしていたらマイライフは送れない。あぁ、そうだよ。ただの開き直りさ。
 まぁ、そんなこんなで俺は電車の中で妄想の世界へトリップしていた。

 学園前駅に到着したのでラノベをカバンに入れて改札口へと歩き始める。そんな俺の目の前に美少女が立ちはだかった。
 なんのイベントが発生したんだろうか?
 脳内で今日のフラグ回収ポイントを探していると、美少女から声が聞こえてきた。
「――君もパラアイ読むんだね……」
 そう発声してニヤリと笑って去っていった美少女。
 うん。どんだけ考えてもフラグ立つような場面はなかったからスルー安定だな。

 授業中であろうとも俺は妄想の世界へ浸る。
 もし俺が美少女しかいない島に漂流したらどうするだろうか?
 あくまでも妄想の世界なので色々なパターンを妄想する。紳士的な対応を貫き通すパターン。外の島では服なんて着てないと喧伝するパターン。最初に出逢った美少女と結ばれるトゥルーエンドパターン。実は美少女全員が暗殺者で俺が流れ着くのを待っていたパターン。
 こんな風にありとあらゆるパターンを妄想して時間を潰す。
 ちゃんと授業の話を聞けって?
 実はノートも取るし、授業の話も聞いていたりする。まぁ、あまりノートは取っていないのだが。
 誰に言われたのか忘れてしまったけれど、全て記憶することが出来たなら忘れないように書き記す必要はない。俺はそれを実践している。ノートは取らずとも頭の中で何度も何度も反芻して、長期的な記憶になるように色々と工夫してみた。
 結果としてはクラスの上位五番内をキープ出来ている。
 人によっては逆に成績が落ちる可能性もあったが、俺にはぴったりな学習方法だった。
 ノートも取ってるのに覚えられない。家に帰ってからも復習してるのに覚えられない。それは則ち、書き記すという行動自体がストレスになっていて、記憶することの妨げになっているのかも知れないね。

 家に帰宅した俺は登校時に読んでいたラノベを読了するために布団に潜り込む。
 印象的なシーンに入ったら、詳細に風景から人物を脳内で想像し、その世界を五感で味わう。そのためには布団というパーソナルスペース、つまり精神を解き放てる場所が必要なのだ。
 妄想とは精神統一みたいなものだと俺は信じたい。
 そんなことをしていると眠気が襲ってきて寝落ちするのだが、学習しないんだなこれが。

「やっと来てくれたね」
 ん? あ、はい。
「もう少し反応してほしいかな? 私的には……」
 んー。無理。
 俺的には確かに朝の美少女は美少女だったんだが、美少女が突然美少女するとか思わないじゃん?
「日本語でおk」
 この美少女ハイスペックだな。俺の混乱具合にオタク言語で返してきた。素晴らしい。ハラショー。
「本題に入っちゃってもいいかな?」
 ん? あれ? これは夢だけど夢じゃない的なやつですか?
「私は神だから長く一人の人間に干渉出来ないの……。だから勝手に話すね」
 そうか。お前が神だったのか。奇遇だな。俺も神なのだよ。
「この世界は色々と失敗が多くて、新しい世界を作ろうと思ったの。でもね、また私が作ると同じことが繰り返されそうだから別の人に頼もうと思ったの」
 同じ神なんだから、これから仲良くしようじゃないか。まずは手始めにラノベの好きなジャンルについて話し合おうか。
「それでね。色々な人を観察してたんだけど」
 うん。話長そうだからスヤァしとこう。

 変な夢見てたけど、無事に今日という素晴らしき日を迎えることが出来た。
 結局昨日のラノベは読み終わらなかったけど、既に何十回と読んでるから良しとしよう。
 はてさて、今日は何を持っていこう。残虐系にするか、感動系にするかで迷うな。
 いや! 待て待て。ラノベという縛りをいつの間にか受け入れていたが、マンガという選択肢もありなんじゃないか?
 素晴らしい。この考えは素晴らしいぞ。
 ということで今日は魔女っ子物のマンガを読もう。
 彼女たちの健気に頑張る姿を見て、俺も頑張るんだ。
 何を隠そう今日はラノベの刊行日だ。つまり俺は過酷な戦場へと挑まねばならないのだ。この世の魑魅魍魎たちが蠢く魔の森へ。

 ようやく放課後になった。
 今、俺の顔を見た奴は恐れ慄くだろう。当たり前だ。俺は魔法少女が到着するまで前線基地を死守する自衛隊員だ。死してなお壁となりて侵攻を阻む。そんな気構えで戦地へと赴いている。
 ただし現実とは無情で、恐れ慄くのではなく、オタクがニヤニヤしながら歩いてるから気持ち悪いと思われているのだろう。
 下駄箱へと上履きを収め、代わりにランニングシューズを取り出し装着する。
 準備は整った。あとはアメフトマンガで有名な某アイシールドさんよろしく、街中を爆走するだけだ。
 そんな俺の左右に並ぶ者たちがいる。
 彼らこそ、この仮初の大地で共に羽ばたくことの出来る戦友たちだ。
 だがしかし、今日は皆敵となっている。誰にも負けるわけにはいけないと強い意思を感じる。
「ちょい邪魔だから横一列に並ぶな、キモオタ共が」
 はい。ごめんなさい。テンション上がりすぎてました。調子に乗ってました。ごめんなさい。

 ほっこり笑顔で帰宅する俺氏。その手には今日発売のラノベが勢揃いしていた。
 『人畜無害と呼ばれた私が異世界で鬼畜ダンジョンの管理を任された。弐』三冊。『神層真理の捕食者』三冊。『ナイトストラーダ Ⅴ』三冊。『そんなに変でしょうか?!』三冊。『もしも桶狭間の戦い』三冊。エトセトラ。
 そんな金をどこから捻出してるかって? 親に借りてるんだけどなにか? 借金がすごいですけどなにか?
 正直、そろそろヤバいと思い始めてる。置き場所もそうだけど、家の財政的に。
 さてこの可愛い可愛いマイフレンドたちを自室で奉ろうではないか。
「あ、おかえりなさい。勝手にラノベ読まさせてもらってるわ」
 美少女が俺の聖域で経典を読んでいる。
「お、おう。ただいマンモス。それは最後の怒涛の展開がクソ熱いから。麦茶でいいでしょうか?」
「へぇー、そうなんだ。なかなか淡々と進んでるからアレだったけど頑張って読んでみるね? 温かい緑茶とかあるかな?」
 緑茶かー。あったかな? あぁー、茶葉を電動ミルにかけて粉にしたやつがあったな。
 俺はそーっと部屋を退出した。
 なんであの美少女が部屋にいるの?
 とりあえず落ち着こう。麦茶でも飲んで一息つこう。
 俺は一階に降り、キッチンで湯を沸かしながら麦茶を一気に煽る。
 冷たい麦茶が戦争帰りの熱った俺の身体を内部から冷やしてくれた。
 もう一杯飲んどこう。麦茶うまし!
――ピィィィィ
 湯が沸いてしまった。とりあえず二匙くらいでいいだろう。もし、おかわりが必要だとしても電気ケトルに入れた分で足りるだろうし。

 お茶を出したものの、何故か二人とも会話をせずにラノベを読み進めるだけだった。俺としては読書の邪魔がされないので非常に助かっているのだが、一般ピーポーの場合は話題を振るべきなのだろう。
 そう思い佳境に差し掛かっているラノベから視線を外し、同じくラノベを熟読している美少女の横顔を見つめた。
 ぷっくらとしていてワインレッドのような色合いの唇。ぷんとしているが、それほど主張してこない小振りな鼻。長い睫毛。綺麗に整えられた眉毛。左側だけ耳に掛けている髪型。きめ細やかな肌。
 なんだ、ただの美少女か。
 そろそろ美少女はラノベを読み終えるだろう。二巻目を用意しておいてやろうではないか。俺ってば優しい出来る男だからね。
「ねぇねぇ。これの続きあるのかな? あと少しで読み終わるんだけど、カイト君の今後がすごく気になっちゃうの」
「そうなるだろうと思って、もうテーブルの上に出してるよ。ね? 最後の展開がすごいでしょ? 二巻目は丸々三巻目の準備って感じだから根性で読んでね」
「うん。ありがとう。さすがだねっ。二巻目には見せ場ないの? って、そうじゃなくってね。私はあなたに話があったのよ」
 美少女が照れ笑いを浮かべながらラノベを太股の上にそっと置いた。
 あのラノベは後でジップロックしなくちゃいけないな。
 変態だと罵られようと俺は止まらない。止められない。
 よく考えてみてくれ! 美少女の透き通った白い肌で、なおかつ! 太股! ふとももやぞ! そんな素敵なものに触れたラノベ。保管する以外にないだろ。常識的に考えて。
「私は先代の神様から全権を継承した新米の神なの。それはこないだの説明で覚えてくれてるかな?」
 おう。もちろんだとも。そのラノベは後生大事に墓まで持っていくから安心してくれ。
 だからほんの少しだけ匂いを嗅いでも怒らないでほしいな。グッドスメルがするんだろうなー。
「ねぇ、聞いてる?」
「ん?」
 すまない。トリップしてたから完全に話を聞いてなかった。
「もぅ……仕方ないなぁ。私は新米の神様。で、――君にお願いがあって正体を明かしたの。ここまでは分かってくれた?」
 あれ? この美少女は突然厨二病になっちゃった?
「なるほどな。アニメとかマンガは大分浸透してきたけど、なかなか普通の人には理解されないからなー。辛かったろう。でも大丈夫。分かってくれる人もいるから」
 俺も未だに厨二病から抜け出せていないから、その苦しみはよく分かっているつもりだ。だが俺は開き直って、いつでもどこでも全力全開だから安心して話してくれだんだろう。だったら俺は美少女の全てを受け止めてやろうじゃないか。
「えへっ。――君なら分かってくれると思ってた……ありがとう。それでね、お願いなんだけど私の仕事を少しだけ手伝って欲しいの。ダメ……かな?」
 なんだろう。最後に『きゅるるん』って擬音が聞こえてきた気がする。
 あの上目遣いは破壊力抜群だった。
「ふむふむ、なるほど。して、その仕事とは一体どんなやつなのかね?」
「世界創造」
「ふむ、世界創造」
「言葉通り、新たな世界を創造して管理するのが主な仕事内容なの。手伝ってくれるなら、なんでも願いごとを一つだけ叶えてあげる」
 要するにあれかな? ネット小説を一緒に考えてということかな?
「それで俺に声を掛けたわけか……。なるほどなるほど。いいだろう。…………だが、断る!」
 このセリフ一度はリアルに言ってみたいよね? いやー、まさかこんな機会を頂けるとは思ってなかったよ。
 俺はまっすぐ美少女を見つめた。
 するとどうだろう。みるみるうちに美少女の目に涙が溢れて……あっ、溢れた。
 ごめん。俺ってば、こういった時の対処法知らない。誰か助けて。
 そんなに俺とネット小説、もしくはラノベを書きたかったのか……どうしたらいい。どうしたらいい! 誰か返事をしておくれよ。
 どう声を掛けたらいい。
『ごめんね。ちょっとウィットに富んだ冗談のつもりだったんだ』
『そんな泣かないでー。冗談だから。有名なあのネタをやってみたかっただけだから』
『って言っておきながら、まさかの手伝うパターンだったー』
 やっぱり俺には対処不能だわ。
 このまま美少女の泣き顔を眺めるのもアレだからラノベの続きでも読もう。
 俺がラノベを読み始めて二分経過して美少女はしょぼくれた表情で帰っていった。
 その後、俺は夕飯を家族と共に食い、一番風呂を貰い、ラノベの続きを読む気も起こらず床に就いた。

「今日はなにも言わずに帰ってごめんね。ちょっとショックが大きすぎて耐えられなかった」
 ん? おろ? また夢現に美少女が出てきたよ。
 ほんとに今日はすまんかった。だから呪わんといてー。堪忍な?
 スヤァ。
「…………寝るの早過ぎない……ねぇ……ちゃんと謝らせてよぉ…………」

 この夢以降、俺は美少女の姿を見なくなった。
 代わりに声だけが聞こえるようになってしまった。
 これはアレや。取り憑かれちゃった的なやつや。
 ヤバい。ガチでヤバい。
 どうしよう。仮に美少女が実際に存在する人だった場合、生霊ってことでしょ?
 取り憑かれたってこともヤバいし、長引けば長引くほど美少女も人ではなくなってしまう。ヤバい。
「そろそろ、もう一回話を聞いてくれないかな……」
 ほらな? ヤバい。
「もう! どれだけ願いごとかあるの!? 一つだけなのがそんなに不満!? だったらちゃんと言葉で教えてよ…………ばぁ〜か……」
 美少女霊も相当まいっちゃってるけど、俺もまいっちゃってる。兎にも角にもヤバい。

       

表紙

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Neetsha