Neetel Inside ニートノベル
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退魔を担う彼の場合は
第四十七話 『海宝』の真価

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「〝来たれ、不忠に堕ちた怨嗟の群れ〟」

 もはや並大抵の者では割り入れない、特異家系者の戦闘。早々に後退を選択した音々の判断は正しかった。
 特異家系もその事情も知らないタケヤは愚かしくも勇敢に留まることを選んだが、蛮勇で死なせるにはこの男の在り方はあまりにも惜しい。強引に引き摺る形で音々はタケヤを引き連れ戦闘の圏内から離脱を図る。
 そうして残ったのは陽向一人に憑百二人。
「〝怨恨を込め、怨讐の引き金を。我は指にして撃鉄。火薬にして火種〟」
 絶えず移動を繰り返し敵の狙いから外れ続ける。その最中、憑百由璃はその文言を完了させる。
 幾重にも刻まれた封緘術式の解除。それは隷曦より許可を受けていたもの。旭はここに到着した時点で雁字搦めにされて一切の力を封じられていた由璃を解放していた。
(水行は効かない。それに、…このおかしな現象ちから
 由璃の位置取りと合わせるようにして憑百珊乍との距離を測っていた日和はその真名に関し思考を巡らせる。
 大海の宝物、珊瑚の真価。
 先程からビルはひとりでに倒壊し、狙いすましたかのように日和と由璃の真上から瓦礫が降り注ぐ。場所を変えてもいいが、この程度であればまだ回避も迎撃も容易い。
 ただ、妙な回りくどさを感じていた。遠隔から物質を破壊する術があるのなら、何故それをこちらに直接使ってこないのか。
「……」
 日和は絶えず動かしていた足を止め、無防備に隙を晒す。
「日和殿!?」
「うん?諦めちゃったかな?」
 にんまりと微笑む珊乍が指を向けると、日和の四周にあった全ての建築物が内側から爆ぜ、夥しい物量が幼子目掛けて殺到した。
「貴様、珊乍!」
「裏切り者が一丁前に吼えてんじゃねぇっての!」
 軌道を変え、真っ直ぐ珊乍へと進路を取る。
 怨霊悪霊の類を引き寄せる降魔の〝憑依〟を展開しつつ、元『七宝衆』憑百由璃としての能力を開帳する。
 憑百同士の衝突。その間際。
「そこどいて、由璃。〝木彬匙式〟」
 崩れた建物の中心地、粉塵の奥から平静とした声色を聞き、由璃は急制動と共に珊乍との直線上の位置から横に跳んだ。
 その動作を確認したからなのかどうなのか、灰色の煙を引き裂いて現れた日和は相も変わらぬ眠そうな瞳で敵を捉えた。
 日和の周辺からは大地を突き破り図太い木の根のようなものが数本伸ばされ、頭上を覆い落下した瓦礫をしっかりと絡め取っている。
 先程の珊乍と同じく、照準するように人差し指を着物の袖からゆっくりと伸ばし、対象を指し示す。
「〝纎梛尾しななみ〟」
 一言そう呟くと、呼応する木の根は一斉に撓り掴みこんでいた瓦礫の山を凄まじい勢いで放り投げた。曲線の行く末は当然の如く抹殺すべき敵方へ。
 舌打ちと共にその眼に力を込めた珊乍の挙動を見逃さない。直後に瓦礫の山々はやはりひとりでに崩壊し、珊乍との接触前に強度を失い自壊した。
「ふん。こんなのが通じると思ってんの?お嬢ちゃん」
「別に。ただの答え合わせ」
 余裕を露わにする珊乍の嘲笑に日和は取り合わない。どころか僅かに呆れてすらいた。
 敵は日和一人ではないというのに。
「囲え、〝怨獄〟」
 両掌を合わせ、由璃が真名に連なる威力を行使する。
 いくつもの薄暗い邪気が綱のように寄り集まり束成り、縦横へと連結され結ばれ、一瞬で珊乍を囲う檻籠を形成する。
 ただしこれは相手を拘束する為の術ではない。
 さらに一呼吸の内に由璃が合わせた掌を握り込むと、綿密に折り重ねられた邪気の檻に揺らぎが生じ、破裂。
 怨霊の悲鳴と絶叫に彩られた悍ましき爆撃が〝憑依〟の監獄で炸裂した。
「ふう…!」
「…変わった、使い方」
 汗を一筋流す由璃の背後から日和がぽつりと感想を溢す。
 〝憑依〟と一言で括っても多種様々な形態があることは知っていたが、これは明らかに異質であると日和は断定する。
 本来憑百家の行う〝憑依〟とは読んで字の如く、己が身を依代として概念種を憑かせ力を発揮するものだ。だがたった今使ったそれは違う。
 由璃の身を経由して、概念種の力が違うベクトルへと加工されている。
 怨霊悪霊の邪気邪念を素材として、まったく異なる術式へと変貌させている。
 陽向日和の眼はそれを見抜いていた。
「そうですね。私は基点にして中点…巡る渦の途上。還るもの、遮るもの。ですので」
「…ふうん」
「貴女方と同じですよ。そちらが〝陽光〟という性質のもとに名を振るうように、我々は〝憑依〟を手段ではなく属性として扱っている。その最たる例が『七宝衆』ですしね」
 ただの憑百家の人間であれば降魔であれ神降であれその身に宿すことで初めて力を得るが、上位者となるとその限りではない、ということらしい。

「―――なーんか物知り顔で色々語っちゃってくれてるけど、さあ」

 ようやく晴れた邪気の残滓の向こう側で、苛立たし気に髪を払う憑百珊乍が声を張る。
「痛くも痒くもないのよ。錆び付いた瑠璃がいくら暴れたところでねぇ」
 直撃のはずだが、その身体には傷らしきものは見当たらない。
「…やはりか」
「効いてない。大海の真名は同胞の活性化だけじゃなく逆も出来る?」
 隣に並んだ日和が確認を取るように問い質すと、僅かに驚いた表情で由璃は頷いた。
「流石の慧眼ですね。憑百珊乍の領域内では同じ憑百の人間は『清纏抱沸』という理に取り込まれます。その中であの女は〝玉の祓い手〟として任意で憑百家の出力を操作することを可能にするのです」
 つまるところ離反したとはいえ憑百家の力を使用する由璃ではどうあっても珊乍の干渉には抗えないということ。となれば戦力としては見込めない。
「じゃあ下がってて」
「申し訳ありません…私の能力も十全に活きれば対憑百では優位性を取れるはずなんですが」
 なんにせよ相性が悪いのは確定だ。それに、もとより日和にとって誰かと組むというのは戦闘の難易度をわざわざ上げる行為に他ならない。
 どうせ誰であれ自分ひよりより弱いのだから。肩を並べる利点が少ない。
「昏兄ぃの方、行ってあげて。憑百珊乍のせいで強化された憑百二人に難儀してる。みたいだから」
「承知しました。日和殿もどうかお気を付けて」
「負けるわけない」
 その場から数歩下がり一息に跳躍した由璃を見上げ、珊乍は声を荒げる。
「逃がすわけねーでしょがッ!!」
 手に取った瓦礫の欠片を手首のスナップだけで投げつける。由璃の背を追う欠片は、その勢いを落とすより先に大きく爆ぜて散弾のように小さな礫をばら撒いた。
 無論それを見逃す日和でもなく、即席グレネードの猛威は指先一つで織り上げた簡易結界に阻まれ潰される。
「ちぃっ!」
「…最初に殺す『七宝』がお前でよかった」
 吐息に紛れるような、小さくか細い呟きだった。
 しかしそれに反して、二歩で珊乍の背後を取った動きは信じ難いほどに俊敏で、だからこそ反応に遅れたというのもある。
「お前を殺せば、以降の憑百は強化を施せない」
 内袖に仕込んでいた短刀を抜き、斬り付ける。この間合いでは最早五行術すら必要ない。
「ぐ…抜かせ小娘がぁ!」
「それも、
 珊乍の思惑より速く日和は先手を打つ。瞬時に意識を広げ、倒壊・崩壊した建築物の残骸を全て残らず火行によって焼き尽くした。
「それも『海宝』から派生した力。生命の根源は人の手が加えられたものの存在を否定する」
 大海の力を司る者。全ての命の母とされる大海において、純粋な自然物ではないものは到底容認しえない。それは星が産んだものではなく、人が生んだものであり、文明ひいては文明が発生させた人工物の拒絶を意味する。
 すなわちが〝清浄化〟とも呼べるべき現象。常時人間が加工し続けなければ文明は衰退し緩やかに滅びゆくもの。
 『海宝』の使い手はその在り様を速やかに完遂させる力をも持つ。
 有り体に言ってしまえば、〝清浄化〟は人工物に問答無用で干渉し、これを風化させる能力。
 風化速度を操作することで建築物の瓦礫に瞬間的な破壊力を内蔵させ即席の爆弾に変えていたのが先程までの現象の正体。町中において憑百珊乍は〝憑依〟抜きでも武器庫の只中にいるといって過言ではない。
「で、それだけ」
 タネが割れればそれまで。人の生み出したものが介在しない場所まで移るか、人工物自体を全て事前に破壊してしまえばこの力は意味を失う。退魔師の扱う術も五行術を初め全て大元は星の理に則った万象の一部。水にまつわる術式が通じないことを除けば、大海の法則には一切触れていない。
 近接は不得手なのか、日和の振るう短刀に幾筋もの裂傷を創る珊乍の身体が瞬く間に鮮血に染め上げられる。
 初めの一振りで首を落とすつもりでいたが、なかなかどうして生き汚い。日和には敵をいたぶる趣味も弱者を踏み躙る悪癖も内在していないというのに。流石は特異家系の精鋭、ということか。
「―――はぁ」
 そんな、露骨に見せつけたわけでもないはずの静かな溜息を、防御に専念していた珊乍は聞き洩らさなかった。ガギリと、再び奥歯が欠ける音。
 怒りは血走る瞳が物語っていた。
「な、に、を。終わった気でいやがる、このクソガキがぁアア!!!」
 激昂する珊乍から噴き上がる、邪気ならざりし気配。尋常ではない力の奔流を肌で感じ、下手に懐へ潜ることを善しとしなかった日和が後退する。
「…しゃぁねえ。ガキと裏切者風情に使うようなものじゃないと高を括っていたウチの落ち度だ!あぁ認めよう。陽向の精鋭、アンタは『七宝』の〝憑依〟で殺すに値する!!」
(神気が漏れ出てる。やっぱり『七宝衆』は神降かみおろしが主軸…?)
 日和が由璃を連れて撤退していた際に交戦した『七宝衆』が一人、憑百鏖釼おうけんも同様だった。負の概念種を宿す降魔と比べ負担も別次元の業と聞くが。
(…今後のことも含め、よく見ておく必要はある。かも)
 本来であれば全力を出される前、つまり今ここで殺すべきなのだろう。
 侮っているつもりはない。
 だが無事で済まなかったとしても、憑百家という強大な特異家系を滅ぼすに当たりその力量を深く理解するのは必要なことだ。
 適任は自分をおいて他にはいない。
 何重もの防護術式を用意し、あらゆる要素に対応できるよう身構えた。
 七宝討伐遠征。その最優先目標がついに本領を発揮する。

       

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Neetsha