Neetel Inside 文芸新都
表紙

じんせいってなんですか?
恋人はお前?

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愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である。



まず、自己紹介だよな。
んと、俺の名前は白沢裕一郎、年は21、最終学歴は高卒。
今はフリーターで……、ちょっと前もフリーターしてて……っつーか高校卒業してからずっとフリーターだったわ。はっはっはー! ……ま、パチ屋とコンビニで必死こいて働いてるわけ。
熱中しているものもなく、将来の夢とかそういう希望もなく、毎日同じような日々を過ごしてるわけよ。俺ってマジで最悪で最低な時間の使い方してると思う。マジで。
ま、そうなったのは俺のせいだからどうしようもないけどさ。
年老いてるヤツとか偉いヤツらは、お前はまだ貧困に飢えてる少年少女よりかは幸せのほうだとか言うじゃん? なんかこう、毎日ご飯食べれて眠れて生きられて! って。
でもそれって俺にとっては普通なわけ。でも俺にとって普通なのは他の奴らにとっては可哀想なわけ。他の奴らよりは俺は不幸なんだ。だって高卒だから。だってフリーターだから!
それが学歴コンプの白沢裕一郎。
どう? 貧困に飢えてる少年少女ぐらいに同情できそう? しなくていいけど。
まぁこんな俺でも好きな人っていうか、愛してる人はいるんだよ。
例えが悪いけど純和風の黒髪の少女、黒川真理子。――と、同じコンビニバイトの明るい後輩、虹村幸広。
俺にとって二人は絶対必要な存在なんだ。
どっちが特別かなんて俺には絶対選べない。だって、俺は二人を、どっちも愛したいから。
でも、俺が普通の人間だったら、黒川真理子を一途に愛すべきだろう?
でも、俺がもし普通の人間じゃなければ、虹村幸広を愛してもいいわけだろう?
……でも、俺はどっちでもないから、二人には絶対に秘密。
裕一郎って囁かれても知られてはいけない。知ってはいけないサンクチュアリー。なんてね。
俺の、俺だけの、俺の、俺……、俺、俺の。
俺の。
俺。
おれの。
カオ。
顔。
顔。
顔。
顔。
顔、顔ーー、顔! 顔! 顔! 顔、顔!!
(顔はどこ?)
顔は?
顔が。
顔!
俺の、……顔、は、どこ?



「裕一郎!」
ハッと起き上がる。寝起きの虚ろな目に映るのはぼんやりときらめく明かり。目をこする。くるくると回る愉快な音と楽しそうな声に急かされて意識ははっきりしていく。
「んあ」
霞が取れて鮮明に見えた先にいたのは、退屈そうにジュースを飲む真理子だった。
「あ、ごめ、寝てた」口端に垂れていた涎を手の甲で拭う。
「もー、なんで寝てるんですか。いいですけど。いいですけど……ここどこか分かってるんですか?」
「どこ、って」
もう一度辺りを見渡す。
後ろにあるのは錆びれてキーキーと金属音が鳴っているメリーゴーランド。子供たちは金属音さえも聞こえないほど嬉しそうに馬にまたがって回っている。右にあるのは大きなレール。じっと見つめていたら人が嬉しそうに叫んであっという間にレールの先へと飛んで行った。
誰もが嬉しそうに幸せそうにいる場所。
上にあるのは。
上にあるのは?
上。
「カンランシャ、だ」
迫ってくる時間すら無視してゆっくりと回る観覧車。
ジェットコースターよりもメリーゴーランドよりも歩く人たちよりも遅く、誰に対しても等しく回っていく。
「ユウエンチ?」
「遊園地!」
「あー……、俺どんだけ寝てた?」
「たくさんですね」
「マジか。あー、なんていうかごめん。せっかくのデートなのに」
本当にどうしようもない。
遊園地デートを誘ったのは俺からだというのに、誘った本人がアトラクションにも乗らずにベンチに座って寝こけるとか、彼氏失格だ。
「……謝るんでしたら、アレ、乗りたいです」
真理子はベンチから立ち上がり、観覧車を指さした。
「いいよ、行くか」そう言って真理子の手を掴む。いつものように真理子の手はしんと冷たかった。



私の名前は黒川真理子です。
年は17、高校三年生、趣味はありません。
クラスでは人気者でもなく、お調子者でもなく、いじめられっ子でもなく、ただの普通の生徒です。
だから私がいてもいなくても教室はいつも通り。
だって人気者じゃないからいなくても惜しまれることはないし、お調子者じゃないからクラスの空気を気にしなくてもいいし、いじめられっ子だから人の顔色を窺わなくてもいい。
そんな人間が私、黒川真理子なんです。
でも私は、誰かの特別になりたいんです。
私がいつ死んでも素直に悲しんでくれるような、そんな特別です。
……中学の時は死ねませんでした。だって皆、自分のことで精一杯でしたから。人の死で一々感傷に浸ってられません。だから私はひたすら時間が経ってくれるのを待ちました。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずーーーっと、待ちました。
そしたら神様もようやく見兼ねてくれたんでしょうか。
やっと現れてくれたんです。私が死んで悲しんでくれる人!
その人たちは、裕一郎と、しずか。
あ、あだ名じゃ分かりませんね。
白沢裕一郎と、灰原しずか。
私にとって二人とも同じくらい大事な存在なんです。
裕一郎としずかは私が死んだら悲しんでくれる。だから裕一郎としずかが死んでしまったら私は悲しんであげなくちゃいけません。
ほら。すごく素敵! 素敵……。
素敵……、だけど、二人だけじゃ足りない。
私が死んでみんな悲しんでくれたらいいのにな。……なんて、わがままですかね?



次、どうぞー。という声と共に俺らは観覧車へと入っていった。
「キンチョーするな」
「うん」
小さい箱の中で二人は不揃いの呼吸を繰り返す。
息遣いが聞こえる。すー……すー……。息遣いに紛れて俺の心臓の音がヤバい。すげードキドキしてる。
「――あのね」
「あ、うん?」
真理子と視線が合う。そして体温へと流れ込んで溶ける。
溶けて……溶けて。
ガコン。
なんの音?
ガ、ガ。
「え?」
待ち望んでいた夕日がもう目の前にある。
大きな夕日が口を開けて嬉しそうに待っている。
(早く、こっちにおいでー。)
誰にも見られないように静かに手招きを振る。
(なんで、夕日が目の前に?)
(なんでだと思う?)
ガコン。
観覧車が揺れる。揺れてそのままずっと回り続ける。ガリ。ガリ。ガリ。ガリ。ガリ。ガリ。ガリ。観覧車は? 観覧車はどこに? ガリ。ガリ。ガリ。ガリ。ガリ。ガリ。ガリ……。
どこに行く?
(下に行くんだよ。)
がり。がり。がり。がり。真理子はずっと泣いている。どうして泣いているのか俺には分からなかった。がり。どうか真理子泣かないで。真理子。ガリ。ガリ。ガリ。ガり……。
「あ…」

夕日が逆さまだ。

ガリガリガリガリガリガリ!
浮遊感が一気に襲ってくる。見ていた景色が浮かんでいく。どこに行く?どこに? もしかして、上? 下?
ガリガリガリガリガリガリ!
橙の空が瞬く間に白へと飲み込まれていく。悲鳴。おちている?なんで? なんで。落ちる。落ちる。落ちる、落ちる、落ちる! 落ち、目、目が、目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!
真理子はまだ泣いている。あぁ、そうか。俺ら、死ぬんだ。だから真理子泣いていたのか。あはは。は、ははは。真理子が死ぬとき、悲しんでやらないといけないのになんで悲しくならないんだ? あーあ、俺って薄情! あっはっはっはっは…………。
……そっかー、死ぬのか。
急に虚しくなってきた。まだ生きてしたいことが山ほどあったのに。
幸広にどんな顔して天国で待たなくちゃいけないんだろうか。
真理子もそうだ。真理子が死んだ後に一番悲しんであげないといけないのに。
本当、俺ってサイテーな人間だな。
どうか、どうか、神様がいるんだったら、真理子と幸広だけは幸せにしてあげてください。
俺は別に死んでもいい。だから神様! ――…って、神様がいたらこんなことになっているわけないか。ははは。
……。
あーあ。俺も幸せになりたかったなぁー……。



*『普段と何も違ってなかったのに』

「ガリガリーッていうものすごい音がしたんです」
M市の遊園地で悲しくも起きてしまった観覧車での事故。
好天であった夕暮れ。遊園地に訪れていた人々は一瞬にして恐怖に凍りついた。現場辺りでは悲鳴が聞こえ、パニック状態に陥る人もいた。
夫婦で休日の休暇を謳歌しようと訪れていたM市在住の赤松大嗣さん(32)はちょうど観覧車に並んでいた。
「ひどい金属音がした。ガリガリーという音だった。もし自分が乗った観覧車があんなことになったら、と思うとゾッとする」
次のアトラクションへと向かおうとしていた高校一年生の青田柚香さん(15)は、「ガコン」という変な音で頭上を見上げた。
上には白い煙をあげている観覧車があった。その観覧車であろう破片が下へと落ちてきたらしい。
「一番上にあった観覧車があっという間に落ちてきて、すごく怖くてどうしようもなかった」
目の前で起きてしまった悲劇のフラッシュバックが起きてしまったのか涙をずっと流していた。

観覧車に乗っていた白沢裕一郎さん(21)黒川真理子さん(17)は現在も病院にて治療中である。



 死後に生まれる人もいる。



自己紹介、すればいいんすか?
えっとですね、俺は虹村幸広って言います。虹村なんであだ名がレインボーとかつけられてたんすよ。あ、年は19っす。
その俺、言いにくいんすけど、中卒なんすよ。んで毎日コンビニでバイトして、まぁ仕方ないことなんすけど……。
ここだけの話、先輩……あぁ、白沢先輩っす。先輩、よく高卒だからクズだーとかって自嘲するじゃないですか? アレ、俺すっげー苦手なんす。だって先輩なんだかんだ言って高卒じゃないすか、俺なんて中卒っすよ? 高卒でクズなら俺ってなんなんすかね?
……生きる価値なし、ってとこっすか? ハハハ。
いやまぁ高校は初めちゃんと行ってたんすよ、でもなんか俺、行きたくなくなって。アハハ、甘えっすかね。まぁ、甘えた結果がこれなんす。
因果応報とは正しくこれっすよ。おかげさまで毎日が代わり映えしない日々のできあがりっす。ほんとー、クソみたいにつまんねーっすよ。
……ていうか、そうか。白沢先輩のことが聞きたいんすね?
先輩はそうっすねー、いい人っすよ。こんな俺でも対等に扱ってくれるし、なんか俺でも生きていいんだーって思わせてくれた大事な人っす。
先輩とバイトの上がりの時間が一緒になったら二人で飯食いに行ったり、先輩の車でドライブに行ったり、人並みの幸せが俺にもやってくるんだって思ってすげー幸せになるんす。だから俺はもっと先輩と一緒にいたいなーって思うんすよ。
あぁ、今度先輩と約束してるんす。俺が見たがっていた映画でも見ようって。二人でご飯でも食べに行こうって。
こんなクズでどうしようもない俺ですらまだまだ幸せなことがあるんすよ。だからその、この幸せを俺は先輩と一緒にいられたらなぁって思えるんす。…………アハハ。ちょっと、クサかったすかね?



 しずかの名前は、灰原しずか。
19、大学では心理学を専攻してる。最近注目してるのは恋愛での行動原理。まぁこんなことはどうでもいいか。ごめんなさい。しずか、人と話すこと苦手……いや、苦手っていうよりは慣れていないだけかもしれない。だから大学ではいつも一人。一人は好きってわけじゃないの、でも話すことが得意じゃないから仕方ないでしょ。……仕方なくはないんだろうけど。
 その、しずかと真理子が出会ったのは半年前。SNSで気が合ったの。真理子は、自分が死んだら悲しんでくれる人を探していたんだって。変な子でしょ。しずかはネットですら自分の本心を言えない。言える真理子が羨ましくて、惹かれた。だからしずかが悲しんであげるって言った。そしたら、ありがとうって、言ってくれた。すごく嬉しかった。単純だけどしずかを救ってくれるかもしれないって思ったし、救ってあげなくちゃいけないなって思った。
 しずかは真理子が悲しくなったら一緒に悲しんであげなくちゃいけないし、怒ってたら一緒に怒ってあげなくちゃいけないし、嬉しかったら一緒に嬉しくなる。だって真理子はしずかを救ってくれるから。
 だから、神様。お願いがあるんです。
もし真理子が死ぬときはしずかも一緒に死なせてください。真理子はしずかと一緒がいいし、しずかも真理子と一緒がいいの。ずっと、一緒なの。
ねぇ、神様。聞いてるの?



* 頭部移植手術
頭部移植手術を試みた例は、古くからある。
――らは生きた人間の頭部移植を中国で実施する計画を発表し、被験者
は脊髄性筋萎縮症という難病を患っており、車椅子生活を余儀なくされている――とされた。
今回の被験者はM市の遊園地で観覧車での事故の被害者である白沢裕一郎と黒川真理子であった。白沢裕一郎が病院へと搬入された際には頭部が半分以上損壊していた。また黒川真理子は頭部以外が損壊していた。その様子を見た医者は白沢裕一郎の体と黒川真理子の頭をくっつける、という苦渋の判断をした。

10

目が開いた時にいた医者はすげー嬉しそうに大成功と言っていた。
目が開いた時にいたお医者さんはとても嬉しそうに大成功と言っていました。
観覧車が落ちて頭が吹っ飛んだあの時の俺と、今ニュースを見ている俺とでは全然違う俺になってたわけなんだよ。
観覧車が落ちて体が潰れてしまったあの時の私と、今ニュースを見ている私では全く異なる私になっていました。
俺は誰だったのかすら、じきに頭から離れていって――郎だったことも、あれ? 頭にあるこの名前、誰?
私が誰だったのか、とか次第に体から抜けてしまって、――真―であることすら、この人? どの人?
だって鏡を見たら、俺の体なのに顔は違うんだぜ。
だって鏡を見たら、私の顔なのに顔は違うんです。
俺のようで俺ではない。
私のようで私ではない。
体では真理子と幸広だって分かって好きでいるのに、頭が欲しているのはユウイチロウ? と根暗そうな女。
頭では裕一郎としずかだと分かって愛しているのに体が求めているのはマリコ? と頭が悪そうな男。
こんなのどうしろっていうんだ?
こんなのどうしろっていうんですか?
俺は誰を好きになればいいんだ?
私は誰を好きになればいいんですか?
鏡に映る俺は泣いている。
鏡に映る私は泣いている。
なんで泣いているんだ?
なんで泣いているんですか?
なぁ。
ねぇ。
本当の俺って、誰なんだ?
本当の私って、誰なんですか?
(俺は誰?)
白沢裕一郎。
(私は誰?)
黒川真理子。
誰?
お前は、誰?
(俺の恋人は、誰?)
(私の恋人は、誰?)
恋人はお前?

       

表紙

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Neetsha