Neetel Inside 文芸新都
表紙

用法用量を守って正しいストーキングを。
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 愛美には、とても愛する人がいました。
 彼とのはじまりは一目惚れから。ロマンチストな彼女にとって、それはまさに理想的な出会い方でした。いずれ働くことになる花屋と隣接したお洒落なカフェの片隅で、その男性は常に物惜しげな顔をして座っていました。何かを欲しがるような、何かが足りないような、そんな素敵な横顔です。
 愛美は彼の横顔を見て、すぐにぴんときました。****が言っていた。この感情はまさしく愛だと。
「愛するって感情は、どうしようもないものなんだ。自分の一生に加えたくなるくらい情熱的で、その人なしには生きられないと思うくらい」
 情熱的な愛とは、命を捨ててでも混ざり合いたいものなのだと、愛美は教わりました。いつか、死すら厭わず全てを共有できる男性を出会えたら。幸福なことはない。
 だから、愛美が小波潮を見つけた時、とても嬉しくて堪らなかったのです。
 なぜなら、これで彼女はちゃんと死ねるのですから。
 愛美は産まれてからずっと****の後ろをついてきました。彼の道を辿れば、何も心配はない。そう刷り込まれて生きてきたのです。親も****を信頼していましたし、まさか彼が彼女を愛で尽くして、一番理想の姿になった時に台無しにする為の脚本を考えているなんて思ってもいません。
 一人暮らしも、****の後押しがあってこそでした。社会を見るべきだという彼の言葉に誰も反対しませんでした。****のおもちゃ箱の真ん中に、愛美はちょこんと置かれたのです。
 それから、愛美は驚くほど美しくなりました。
 頭からつま先に至る全てを****に管理されるようになったのですから、当たり前のことです。
 ただ、そんな彼でも心だけはどうすることもできませんでした。気持ちというものは曖昧で、正しくても誤りがちなものです。だから****はあえて愛美の心だけは何もしませんでした。ただ、ほんの少しだけ教養を弄っただけ。あとは見守るのみに留めたのです。
 ****の仕込んだ種がどのように発芽するか、彼にも分かりませんでした。いずれにせよ、彼女は美しく台無しになってくれるに違いないと確信していました。

 ですが、不思議なことに、これは本当に珍しいことに、愛美に対する予測を****は初めて外してしまいました。

 原因は、彼女が小波潮と出会ってしまったことでした。
 愛美にこれまで教えてきたことが、愛美を台無しにすると思っていた****も、当時は良い相手が見つかったと思っていました。彼と付き合うことで、気持ちがエスカレートしていった末に酷い結末になってくれるに違いないと。だから****は小波潮との関係を快く許し、仲を取り持ったのです。
 ですが、そこにもう一人、厄介な女が現れました。糸杉あざみです。自分が愛されることを信じてやまない彼女に、どういうわけか小波潮は惹かれていました。どうにか引き剥がしたいのですが、彼は妄信的なまでに彼女に恋をしていました。
 そして、愛美はあざみと関わることで、****の知らない世界を知ってしまいました。

 愛しかたがいくつもあることを。

 愛が全て必ずしも結びつくものではないことを。

 愛されなくても生きて行けてしまうことを。

 次の愛を探してもいいことを。

 愛美が学んだそれらは、****が丁寧にその手に握らせたナイフを手放す選択に導いてしまいました。
 おもちゃ箱の中で可愛がられ続けていた愛美が、ちょっとしたきっかけから箱の中から顔を出した時、彼女は気がついてしまったのです。驚くほど世界は大きく、途方もないほど広く、愛なんて希少で曖昧なものを探すことがどれだけ困難であるかということを。

 こんな中で想い人を見つけるなんて馬鹿げている。

 けれど、それでも小波潮が欲しい。欲しくてたまらない。

 果てのない暗闇の中、手探りで赤い糸の先を愛美は探すことにしました。その先が小波潮に繋がっていると信じて、彼の心の中に自分の姿があることを信じて……。
 ですが、押し入れの中に愛美はいませんでした。求めていた心は、全て糸杉あざみのものでした。
 ****の言う通り、ナイフは常に持っておくべきでした。
 愛美は、たくさん学びました。それでも次の愛は探せないし、彼が振り向いてくれる可能性もない。答えは自然と初めから出ていたそこに落ち着きました。

 愛してもらうか、それとも殺すか。

 彼女がたどり着いた結末を、元も子もないと思うでしょうか。
 結局は****の言う通り、愛美はおもちゃ箱の中のお人形でしかなかったと思うでしょうか。
 それでも愛美はたくさん貰った心の中から選択したのです。これしかないと思わされていた時とは違います。
 彼女は、いくつも枝分かれした選択の中から、ちゃんと一つだけ選び取ったのです。
 小波潮を、愛し続けることに決めたのです。
 彼の全てを愛そうと思ったのです。彼の呼吸から、人となりから、生き方から、同行から、どんな風に起きるのか、寝相はどんななのか、お風呂でまずどこから洗うのか。好きなご飯は、好きな映画は……。
 愛美は彼を愛しています。
 だから、殺すのです。
 殺さなければいけないのです。
 自分のために、小波潮を、殺すのです。

 その長い髪で彼の首を絞めた時の反応を、彼女は一生、死ぬまで忘れないでしょう。

 ●

 貪るように髪を愛撫し、舐め続ける小波潮の陰部に手を触れると、それはとても苦しそうにジーンズの中で固くなっていました。愛美はベルトを外し、チャックを下ろします。既にぬるく湿った下着と共に開放されたそれを、愛美は下着の上から触ります。ほんの少しだけ跳ねた後、ぴんと張り詰めるのを見て愛美は口元に笑みを湛えます。
 それからもう片方の手を自分の秘部に伸ばして、彼のと、自分のを同じくらいのペースで撫で始めました。愛美の上で荒い呼吸を上げる小波潮をちらりと見てから、彼女は下唇をぺろりと舐めました。指先が突起に触れるごとに小さな吐息が漏れ出ます。
 愛美は下を全て脱ぎ捨てます。彼も本能では分かっているのでしょう、髪を吸いながらもズボンと下着を脱ぎ捨てると、愛美の腹に自分のそれを押し付け、腰を動かしています。そんなことをしても逃げないのに、愛美はなんだか目の前の彼が幼く可愛らしく見えてきました。
 自分の手で彼をそっとエスコートすると、痛みもなく、するりと二人は繋がりました。まるで、はじめからそうであったかのように、ぴったりと完璧でした。小波潮が少し身じろぎをするだけで、愛美は胸の奥に真っ白な花が咲いたような心地になりました。
 苦しいくらいの幸せに溺れていると、くるり、と愛美はあっという間に転がり、すっかり組み敷かれてしまいます。彼は強引に、しかし傷つくことのないように愛美の長い髪を口元に当て、匂いを嗅ぎ、愛おしそうに撫でながら腰を振るのです。愛美は遠くからその光景を見て、すごい、と微笑みます。
 それは、とても不思議な光景でした。
 愛美の身体に触れることなく、自慢の豊満な乳房にもまるで興味を持つことなく、ただ、愛美の髪を愛して、腰を振っているのです。必死な彼の姿を見ているだけで、愛美はなんだか面白くなってきて、押し出されるような吐息と微かな嬌声の入り交じる自分の声を少しだけ大きく、彼が髪に触れる度に鳴いてみせました。彼の陰部がより固くなるのを感じて、その圧迫感がじわり、と腰に広がり、やがて確かな満足感へと変わっていきます。
 ああ、これが幸福なんだ。求められることがどんなに心地いいことなのか、愛美は自らの乳房を愛撫しながら強く噛み締めます。
 これが幸せ。
 これが、幸せ。幸せだ。
 これこそが、幸せ。
 幸福。
 本当に幸せ。
 愛してる。
 本当に好き。
 死ぬほど愛してる。
 愛してる。
 愛してーー



 小波潮の身体が震えました。
 かつてないほどの快楽だったのでしょう。彼の唾液が、愛美の胸にとっぷりと垂れました。
 互いに熱を帯びた吐息を繰り返す中、愛美は胸に垂れた彼の唾液を指先で掬い取ると舌を出し、その上に押し付けて、目を細めて笑います。小波潮はおそらくその表情を見てはいなかったでしょう。彼女のその笑みが、今の彼女の全てを物語っています。
 彼女の身体にしだれかかる小波潮の頭を彼女は優しく撫でます。
 とても頑張ったね、と。
 精一杯やったね、と。
 幸せだったね、と。
 これからもう二度と、もどかしくなることはないね、と。
「……空気を抜いたら、綺麗に締める。手に入れた記念品は、速やかに保管。濡れてまた使うなんて言語道断……基本中の基本」
 小波潮は未だ快楽の中です。愛美の歌うような囁きに反応する様子もありません。
「日付はいつだろう、場所はどこかな。ちゃんと記念のシールも貼らなくちゃ」

 記念品は、愛のかたち。

 愛美は、とうとう欲しいものに手が届きました。
 
   ●

 気だるさと仄かな充足感と、快楽の余韻の中、小波潮は目を開きます。身をぎゅっと丸めたまま、彼は誰かに頭を撫でられていました。これは誰の手だろう。一体ここはどこだろう。考えてみますが、今はただ、この満たされた気持ちに身を委ねていたい気持ちのほうが強くて、はっきりとした意識を持つことはできませんでした。
 彼はもう一度、目を閉じます。
 手元に一房の髪の感触を感じて、彼はそれを優しく両手で包み込み、顔の前に寄せました。まるで祈るようなその姿を見て、彼女は優しく微笑みます。

 小波潮は、ようやく見つけたのです。

 彼は幸せでした。








































     


       

表紙

原案/真純 作/硬質アルマイト 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha