Neetel Inside 文芸新都
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Bサイド
意識

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 俺は再び皿を眺める。
 もはや、先輩の言葉にはまるで興味がない。
 彼女はアルコールに酔い、そして自己陶酔に陥っている。
 先程から一つのテーマをひたすら広げ続けているが、彼女の話術では、テーマが薄まり続ける一方である。
「君と同世代の妹と語り合う事が多いから、君たちの気持ちもよく分かるんだよね」
「なるほど」
 会社の飲み会という場で先輩の言葉に耳を傾けるのは至極当然の事だ。
 だが、我慢できないものは、できない。
 俺は適度に相槌を変えることで、興味を示す素振りをみせる。女性の話を聞く時は3パターン程度の相槌をしておけばいいなどと誰かは言うが、全面的に同意である。
「でも理解できることとできない事があってさ。やっぱり私の世代はSNSがいまいち理解できないというか。どちらかと言えば恐怖の対象なわけ」
 話がひと段落したかと思えば、また別の話題だ。しかし先程から年齢の話が多いのは、俺より一回り以上も歳が離れている事を気にしているからだろうか。
「どういうことです?」
「例えばこれ」
 そう言って、彼女は皿を指す。
「え?」
 思わず。動揺の言葉が漏れる。
 彼女は首を傾げる。
 まるで、俺の意識が9割以上皿の方へ向いている事を暴かれたみたいだったから。言葉が漏れた。
「それでね」特に気にすることなく話は再開する。
「SNS映えなんていってさ。食事に関していえば、食べる事の満足感より、写真を撮る事自体が目的になってる事がさ理解できないんだよ。写真家ならまだしも。それとも、写真家に該当してしまうのかな?他にもSNS映えっていうのを逆手にとって、なんというか斜に構えた写真を撮る人も多いよね。まあ、何というかこのメニューはSNS映えだよね」
「確かに、見栄えが良いですね」
 よくもまあ喋れるものだ。
 だが、SNS映えという意味では同意である。
 誰かが頼んだのか、コースメニューに含まれているのか定かでないが。心奪われるメニューだ。
 ほどよい塩梅で漬けられ、半冷凍されたキュウリの盛り合わせ。
 その名もゴリゴリキュウリタワー。 なんとも心惹かれるネーミングじゃないか。
 大胆にも二等分されただけのキュウリが積み上げられている
 見たところ、俺の敬愛する塩と和だしで拵える浅漬けであった。
 そして、同じメニューが各テーブルに配られており、みんな一様に名前の通り、ゴリゴリという擬音を響かせていた。
 だが、それもずいぶん前の事。
 時間の経過とともに解凍され、このキュウリが口の中で快音を鳴らすことはもう敵わないのではないかとあきらめている。
 しかし、ゴリゴリまではいわずとも、シャリシャリ程度の食感なら、まだ望めるかもしれない。

「そう思わない?」

 しまった。キュウリの側へ意識を寄せすぎていた。先輩が何を投げかけてきたのか分からない。キュウリに関する推測を述べるわけにもいかない。
「分かります」
 極力、解釈の幅が広い言葉を選ぶと、彼女は小さくうなずく。
 うまくいったようだ。
 だが、唐突に彼女は箸をキュウリへ伸ばした。手間取ることなくつまみあげ、小皿に移し、すぐに一口噛り付いた。
 案外に綺麗で円滑な動作だったため、つい見惚れてしまった。
 休む間もなく咀嚼が始まり、彼女の口腔内からゴリゴリと音が漏れる。
 運ばれてきた当初より音は小さくなったが、まだ死んではいない。
 この機会を逃す訳にはいかない。そう決意し、箸を手にした。
「結局、自分の事しか考えてないんだよね」
 なんだと?
 俺の手にする箸がキュウリに届くより先に、彼女の話が再開する。
 もはや、相手が何を話しているのかさえ、よくわからないというのに。
 これだから、目上の人間と食事をするのは苦手なのだ。
 いや。
 そんな事を言っていては、社会人などつとまらない。少し反省するが、ゴリゴリキュウリとは、もっと違う場所で出会いたかったものだ。
 仕方ない。浅漬けの冷凍キュウリだ。そう大したものではない。そう自分に言い聞かせ、あらためて先輩と向き合うことにする。
 そんな決意をした直後のことだった。
 窮屈な座敷から多少の苦労をして立ち上がる先輩の姿があった。「ちょっとごめんね」と用件を遠回しに言って席を外した。
 諦めよ自分に言い聞かせたつもりが、そう簡単に飲み込むことはできなかったらしい。
 条件反射的にキュウリのもとへ動き始めた俺の右手がそれを物語る。
 
 そうだ。俺はキュウリが好きだ。浅漬けはもっと好きだ。

 先日、十五夜の日。
 滅多に参加する事のない、近所付き合いもない地域の催しにわざわざ参加したのは何故か。
 まだ俺が幼い頃。十五夜の晩に開かれる地元の催しでふるまわれたキュウリの浅漬けが、俺は堪らなく好きだったのだ。
 あの浅漬けの味を求め、普段は参加しない催しへ足を運んでしまったのではないか。
 深層心理で。心の奥深くで、子供の頃食べたキュウリの浅漬けを想い、十五夜の催しに足を運んだのではないだろうか。当然、あの浅漬けが、この地にある訳ない事は分かっている。それでも追い求めてしまうのだ。
 それほどに想っているからこそ、先輩の話に傾聴できなかったのだろう。
 
 あらためて、心の中で先輩に詫びて、キュウリをつまんだ。
 まだ冷凍キュウリさながらの硬さをしっかりと感じ、歓喜する。
 そして、臆することなく口元へ運ぶ。
 威勢よく、丸ごと口の中へ放り込み、一気に噛み砕く。
 
 ああ。
「なんてことだ」
 
 それは、キュウリのピクルス漬けだった。

       

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