Neetel Inside 文芸新都
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無菌室の琴春(仮題)
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 僕の住んでいる町について説明しよう。
 僕の知る限り、この町には、外から来た旅行客が見るようなものは何もない。町の中心から外れて、田んぼの方に昔この辺りを支配していた豪族の墓――つまり古墳だ――があるが、そんなものを目当てに来るもの好き(あるいは学者)を僕は見たことがない。
 さてその古墳の北側には標高600mほどの山があり、サルがたくさん居ることで知られている。もっともこの街(つまり山の南側)からサルを見ることは不可能で、道路を通って山の北側にまわり、彦音山自然公園に入山料を払って入らなくてはならないが。この彦音山についてはまた後述する。とにかくこの町でサルを見ることはできない。
 南には――正確には南東だが――これも標高600mほどの山がある。さきほどの山を教科書的地理的に説明すると「お椀を伏せたような形」つまり比較的急であるのに対し、こちら山はゆったりと裾が広がっている。つまり「富士山のような形」。北と南をこれらの山にはさまれて、その間に僕が住んでいる町は存在している。
 西側をはるか遠く望むとその頂に雪を載せた山々の連なりが見える。最も高い山の高さは先述の2つの山の2倍以上、1500mはあるだろう。この山を源流にした川が僕の町を南北に分かっている。正確にいうと、この川は僕の町を通る前に2つに分岐し、そのうちの1本(細川〔ささめがわ〕)が町を南北に分け、もう1本(境川)が町の南端を流れて、南側にある町と僕の町とを区切っている。南端を区切った境川は、その後北向きにほぼ直角に曲り(この辺りに大きな中洲がある)、町を南北に分けた細川と合流し、より大きな流れをつくって東へ流れてゆく。合流した川に沿う土手と道路は通勤通学路として多くの歩行者や自転車や車が通る。……とにかく、正確にいうと、この町は(北側の)山と(南側の)川にはさまれて、東西に広がった形となっている。

 この町を通っている線は河川だけではない。あと2つある。
 1つは鉄道。北側の山々に沿って西側からずっと来た線路はこの町に入ると直角に曲りずっと南に下ってこの町を南北に分けた細川を渡り、真っすぐにこの町を走って東西に分ける。その後南の境界を分けた境川に沿って、その流れをさかのぼるように西側へと続く。
 もう1つは車道。東の方の山(あるいは丘)の上に建つ大学病院への交通の便をよくするためのバイパスがこの町を南北に分けた細川とX字に交差して東西に走る、線路と交錯するところは陸橋が架かりその下を線路が走る。
 医大から下ってきて町を抜けるまでの道路に沿って多くの店舗が連なる。以前この町は細川を境にして南北に分けられると書いたが、面積の割合でいえば南部の方がずっと大きく、北部はその1割ほどの広さしかない。それにもかかわらずその1割(とその周辺の住宅区)が〝北部〟と称されるのは、この町の消費活動のほとんどがこの辺りで行われているからである。
  この町の大部分を占める南部には、店がほとんど無く、田圃と畑と、数十年前山を切り開いて作った住宅地が2つと、境川沿いに建てられた団地がある。住宅地は、殆どすべて一軒家で、近年入居者が減って空き家が増えている。
 北部から細川の上に架かる橋を渡って真っすぐ行くと家々の並ぶ細い道にはいり、50m
ほど進むと左右にそれぞれ小学校と中学校が現れる。小学校のすぐそば境川と細川が合流する手前に大きな樹々に囲まれた神社がある。樹々は木の葉をざわざわふるわせて訪れたものに周囲の世界と少し隔絶された感を与える。秋には縁日があって屋台がでる。夏の夜、高い森に囲まれて、暖色の裸電球に照らされながら、社殿の周りに出た屋台を見ながら人々が歩いて回る。

 書くべきことが他にもたくさんあるような気がするけれど、いつまでも続きそうだからひとまずここで止めにする。さらに詳しいことについては、物語が進むにつれて明らかにされるだろう。
 最後に、この町の名前は寿(コトブキ)という。

     

 境川に架かる橋の近く、野菜の無人販売所の前、小学校に行くために集まっていた子供たちは、2列をつくっていってしまった。そのあとには、よれて襟元が広がった薄汚れたシャツと半ズボンをはいた子供が1人残っていた。背は低く長さ1cmほどの坊主頭で体は土と日焼けで黒い。ボロボロの穴の開いた運動靴。
 彼の名は悟天という。
 悟天はさっき学校に行った子供たちに言われたことを思い出した。おれって臭いかな。おれの所じゃみんな同じくらい臭くて汚れてるんだけど。悟天は自分の着ているシャツのにおいを嗅いでみた。確かに汗と埃のにおいがした。しかしそのにおいには不断慣れていたので自分があちら側の人間にとってどれだけ臭く感じるのか具体的に想像することは難しかった。それでも自分が近づいた時の彼らの表情をみて悟天は学習した。あちら側の人間と付き合うためには体や衣服を清潔にして汗や埃の臭いをさせてはならない。
 悟天と彼らが交わした会話。ねぇきみあっちの人でしょ?あの橋の、向こう側の。うん。あのね学校の先生が向こうのスラムにいる子と会ったり話したりしちゃダメだっていうから。どうして?フケツからだって、汚いから病気とかうつされたりするからダメなんだって。
 でも、と悟天は思った。でもおれは病気になってない。確かに病気で死んでいくやつもいるけど、でもおれは。
 そしてこうも考えた。もしおれが清潔〔キレイ〕な体で、清潔な恰好だったら。もしそうしたら、だれもおれがスラムから来たなんて判らないだろう。
 日が昇って東の山々の稜線を離れ、地面と大気を急速に温め始めた。夏の朝のすがすがしい空気は消え去ろうとしている。あと1、2時間もすればアスファルトの上に陽炎が立つだろう。悟天は立ち上がり、橋をわたって寿町の南、彼の町へ帰った。

       

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