Neetel Inside 文芸新都
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線の人
どうぶつえん

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 好きな人からは動物園のにおいがする。朝はかばで、昼はきりんだった。夜はぺんぎんだったり、ぞうだったりする。
 だいたい燃えるゴミの日は、ぺんぎんのような気がする。頭のなかが冷たくなる。

 好きな人のことは好きだけど、動物園のことはそこまで好きじゃないと思う。曖昧なのは、もう動物園がどこにもないからだ。
 薄情だから、どこにもないものは好きか嫌いかもわからない。

 このまえふらっと実家に帰ったら、大掃除中だった。家のなかが宇宙の漂流物みたいにごちゃごちゃしていた。
 小学生のときの色んなプリントが、机の上から雪崩れていた。ひとつひとつ手にとって眺めた。長い時間のなかで、ときどき母の咳の音が聞こえてきた。
 くしゃくしゃの作文がでてきて、字がへただった。「すいぞくかん」というひねりもなにもないタイトルだった。
「わたしは、どうぶつえんよりすいぞくかんのほうがマジすきです」と書いてあった。
 自分の名前をまちがえていて笑ったら、夜になっていた。
 
 まだ動物園があったころ、二回だけ動物園にいったことがある。一回目は父とだった。二回目はひとりだった。
 一回目はありふれた家族の思い出だった。二回目は、どうしてひとりで動物園にいったのか思い出せない。
 よほど暇だったのだろう。コウモリが見れる薄暗い通路の出口で、男の子が泣いていた。お姉ちゃんらしき女の子が笑いながら慰めていた。
 わたしは、どぎつい太陽の光のなかにいるかばを見ながら、泣いた。きっと疲れていたのだと思う。かばもドン引いていたんじゃないかな。

 毎日、テレビの人がいろんなことを説明している。19年ぶりに日本人横綱が誕生したとか、次は魚が消えるかもしれないとか。どこか知らない国でハダカデバネズミだけ発見されたとか、そういうの。
 世界がうるさくなったと思ったら、好きな人が帰ってきていた。家のなかは薄暗く、テレビの光だけが強い。
 いつの間にか眠っていたのかもしれない。テーブルの下にシフト表が落ちていて、それを眺めながら、うん、とか、へー、とか、適当な返事をした。次の休みは土曜日だった。
 ねえ、動物園いきたいね。動物園。ううん寝ぼけてないよ……。ただ動物園いきたいなあと思って。
 ぽん、と床に何かが転がったと思ったら、シュークリームだった。ビニールを切って、ひょうぶふえん、と言う。蛇口から水の流れる音が聞こえてくる。

       

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