実のところ、邂逅は再会でもあった。ただし、二人の関係性は希薄である。
中学時代のクラスメイト。濱田は野球部で、佐藤はオタクだった。狭い教室で対極に位置した二人は、それでも互いを目端に捉えてはいた。行事の際には会話を交わしたこともある。当時ならば、二人の間に反り立つ壁はなかったろう。彼らを狼狽させたのは、10余年という歳月である。
はじめに気が付いたのは濱田の方だった。
黒縁眼鏡にぼさぼさの髪形。タイムスリップしてきたかのように変わらぬ佐藤の姿に、濱田は目を見開いた。一体、脳のどこから引き揚げられたか当時の記憶は、いっさい輝きを放っていなかった。どうでも良すぎた。
濱田は葛藤した。声を掛けるべきか、掛けざるべきか。話したところで、有意義な交流にならないことは明白だ。進路も趣味も性格も異なる相手。二度と会わない人間の近況報告ほど退屈なものはない。懸念があるとすれば、出くわした同級生を無視する罪悪感くらい。しかし、それさえ微々たるものだ。心は素通りの方に傾きつつあった。
直後、うつむいていた佐藤が顔を上げた。数奇なことに、視線の真正面には濱田が。両者の意識が絡み合う。もはや言い逃れができないほどに、二人は見つめ合った。
濱田の姿を認めると、佐藤は速やかにディフェンシブ・スタイルに移行した。悪童につつかれたダンゴムシが体を丸めるがごとく、精神を硬化させる。
徹底した防御とカウンター。佐藤の戦闘スタイルは人生を通して一貫していた。
そもそも、
攻め手に勝機があるとすれば、超火力による速攻しかない。怒涛の勢いで相手を脅かし、主導権を渡さない。必要なのはノリ。ただ、その一点。出会い頭に相手の金玉を鷲掴むくらいの度胸が必要だ。
熟練のディフェンシブ・スタイルを打ち破るには、天賦の才が要る。簡単ではない。しかし、才を持つ者は存在するのだ。体育会系、チャラそう、体がでかい。濱田にはいくつかの要素が揃っている。勝利への自信とともに、背に汗する冷ややかな恐怖も、佐藤は感じていた。
結論から言えば、恐怖は杞憂に過ぎなかった。濱田は野球部で補欠だったうえ、わりに穏やかな性格をしていた。
視線が交錯したとき、ひどく動揺したのは、むしろ濱田の方である。互いを認識したからには、声を掛けねばなるまい。と、義務感に押される濱田が見た、佐藤の表情。既に臨戦態勢に入り、形相に浮かぶ覚悟と自信は――『何かあるに違いない』。そう思わせるに十分だった。
もしや。濱田は思い至る。もしや、佐藤は現在、堅固な社会的地位を築いているのではないか?
濱田は地元の信金に勤めている。本人は就職先に満足していたし、
世界は広い。仮に、佐藤がグローバルでクリエイティブな
言ってしまえば、これも杞憂だった。佐藤の頭脳は文句なしの人並みだったうえ、勤める会社は上場に至っていなかった。
二人の距離が縮まる。それぞれが誤解を抱えたまま。
接近。接触。生死の間合い。極度の緊張が、空間から音を消し去る。結界が張られたように、彼ら以外の全てが削ぎ落とされた。
そして、二人の歩みが横一列に並んだとき――精神が接続した。
端緒は目撃にある。肩が触れるほどに近づいた二人は、互いの真実を目撃した。首筋に浮かぶ玉の汗と、震える指先。練り上げられた鬼胎を砕けば、心が通う。瞳の奥に、心を見ることができる。人類に遍く隠された、母なる深層意識を介して。千の言葉を紡ぐよりも、万の握手を交わすよりも深く、感情が共有される。
果たして、二人が下した判断は、通り過ぎることであった。あらゆる事柄が相対化され、聖域を失った社会では、沈黙こそが唯一の正解であると悟ったのだ。
圧縮された時間が解けていく。交点を超えた二人は、もはや振り返ることはなかった。雑踏に紛れて、他人のように。そうすることが、最大限の誠実さだと知っていたから。
ただ、去り際。ほとんど同時に、二人は手を挙げた。頑なに前を向いたまま、好敵手への手向けとばかりのサムズアップ。
晴れやかな空が、男たちを祝福していた。
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同日、佐藤が帰宅すると、母親が言う。
「ちょっとあんた、同窓会の案内が届いたわよ」
「欠席」
考えるまでもなかった。