Neetel Inside 文芸新都
表紙

鬼の宴に 鬼は哭く
7:愛する同志のために 復讐を越えた信念のために

見開き   最大化      

 父の寝室に手をかけてから、今私がこの場に居るのがまるで一瞬のことのように思える。父は遺言を残す間もなく、既に息を引き取っていた。
寝室には主治医のケイトと、母が亡き父を見下ろしていた。

「……午前3時23分……ご臨終です」
ケイトがやるせない口調で告げる。医者として自身の無力さをもう申し訳なく思ってのことだろうか……
それとも死者である父に対する敬意からだろうか。
ケイトはダヴ教の聖書を開くと、その一節を読み上げた。

「……偉大なる骨の大陸神 我が主ダヴよ。今此処に生を終えし死者の魂を
どうか 祢(あなた)の身許へ導き給え……死者の肉は焼け、灰となり、その身は骨となる。
死者の身を蝕む罪は償われ その身は純粋無垢な子供のように美しく清められるであろう。
嗚呼、我が主ダヴよ…どうか死者を受け入れ給え……
祢(あなた)の身許では、皆平等に骨の民なのだから。」

ダヴ教 クノッヘン第12詩篇:1:4 迷えし骨の民へ

父の安らかな死に顔を見つめながら、私はケイトの言葉を聞いていた。
魔女として何百年何千年を生きてきたからだろうか……彼女の読みあげる言葉が
父が犯してきた罪を優しく清め、許されるのをこの目に見た気がした。

この国が生まれるまでに数多くの戦乱が起こり、数多くの命失われていった。
それを嘆いたある宗教家たちが己の気持ちを書き記したとされるクノッヘン詩篇。
国の違い、種族の違い、言葉の違い……それらの違いで起きた争いで失われた者たちの魂を
鎮めるための元はレクイエムとして作られた詩だったが、作られた音楽のリズムに合わず、
やむなく読み上げるための詩として何度も改変を繰り返し、作り上げられ今に至る詩が
いつの間にかこの骨大陸で亡くなった者を安らかに送るための詩として読み上げられるようになった。

ケイトによって読み上げられた詩を聞き入って まるで父は嬉しそうに微笑んでいるように見えた。
もう既に魂はこの世を去り、今ここにある肉体はただの骸とかしている筈なのに。
そこにあるのは、生涯を終えた一人の亡き死者の姿だった。
妻に看取られ、死に目に会えなかった娘に見つめられ、親友の主治医に鎮魂の詩を詠ってもらっている
一人の夫であり、一人の父であり、一人の親友の姿がそこにはあった。

私はその時、初めて涙を流した。
もし、父が生きていたのなら私はどんな心無い言葉を投げかけていたかもしれない。
あなたの娘として生を受けたことを呪い、憎悪に染まり上げられた心で妻と娘を置いて旅立つことを責めていたに違いない。
でも、父には そういう死に様はあまりにも無慈悲だったのかもしれない。
父は今際の時に私の姿を見れなかったことを悔やんでいるのだろうか……だけど、正直言って
父に残酷な言葉を投げかけずに済んだことを安堵している自分が居る。その時、父がどんな表情をするのか……
私には考えるだけで恐ろしかった……
ごめんね……お父さん。私はあなたの娘としては本当に……本当に軟弱な娘でした。

あなたはただ……認めて欲しかっただけだったのね。

お母さんにも……娘の私にも……
認めて欲しかったのね。

 
 あなたはただ妻(おかあさん)の強い旦那さんになりたかったんでしょう。

  あなたはただ娘(わたし)の強いお父さんになりたかったんでしょう。

それでも、強いあなたが強い自分を棄てて 自分の野望を捨てたのは
 
  あなたがこの世の何よりも お母さんと私が大事だって伝えたかったんでしょう。

たとえ、夢破れようとも決して心折れぬ強い自分を

夫として 父として  妻と娘に認めて欲しかったんでしょうね。


……お父さん

あなたは 弱くて みっともなくて カッコ悪くて 無様な姿を

お母さんにも 私にも 見せたくなかった……

あなたは弱い自分を見せるには あまりにも強(よわ)すぎたから……


でもね、弱くたってよかったんだよ お父さん……


お母さんも私も……
強いあなたの妻として 娘としては弱すぎたから……

私たちは もう少し認め合うべきだった。

弱い自分を……認め合うべきだった。

もういいんだってようやく分かってくれたんだね…‥お父さん


その証拠にほら、お父さん……

ホッとした顔なんかしちゃってさ……



私は微笑みながら 泣いていた。

涙が止まらなかった。




「……鬼家ゴルトハウアー家のアリエル様」
今、私はここに居る。
ここは丙家総本家……ホロヴィズ将軍の屋敷だ。
唐突に言うと
私は、この丙家総本家の御曹司メゼツという男の婚約者候補に選ばれた。
理由については後述する。

丙家と鬼家は同じ甲皇国の民とはいえ、ここ数千年……いや、この国が生まれる前から
交流など無い筈の間柄だった。父の死後、母から伝えられた遺言を想い出していた。


 
 最早、ゴルトハウアーの繁栄の夢は果たせなかった。
ならば、せめておまえの血筋を絶やさぬようにしてほしい。
鬼家としてではなければ、ゴルトハウアー家の家長としてでもない。
一人の父として娘に不自由な思いはさせたくはない。
ちょうど、丙家総本家の御曹司メゼツ殿から縁談の話が入っている。
鬼家の人間としてではなく、丙家の花嫁として、夫を持ち、子を産み、母となれ……
おまえに孤独に生きて欲しくはない。
誰かに必要とされずに生きるのは辛いことだ。
妻として母として必要とされるのはおまえにとっては
不本意かもしれないが、いつか分かる日がきっと来る。
おまえを必要としてくれる人たちのために生きようと願う気持ちが……



父の遺言の重みを噛み締めながら、泣きながら私にゴルトハウアー家の未来を託す母を前に
私には想い人のシュエンが居ると母に打ち明けられなかった。
父は望んではいないだろうが……今や、滅びつつあるゴルトハウアー家……その再興こそ
今の私に出来る罪滅ぼしだと思った。

強すぎる父の弱さを認められなかった 弱すぎる私の これが罰なのだと思った。

「鬼家ゴルトハウアー家のアリエル様!」

「っ…はい!」

丙家の執事に声をかけられ、私は現実に引き戻された。
ここ数日で人生の転機を色々と迎え、火花を散らす花火を見つめるかのように
眩しいばかりの出来事が多かった。つい、気が付くと空想の世界に入り込んでしまっている。

「大丈夫ですか? お体が優れぬご様子で?」

「いえいえ お気遣いどうも、参りましょう。」

扉を開け、私はかの御曹司メゼツ公と対峙する。


「……ん?」

部屋に入り、私の目の前に飛び込んできたのは下着姿の、左胸に紋章の刺青をした青年だった。
赤毛のその青年はベッドにあぐらをかいている。
今起きたと言わんばかりの寝相をしていた。だが、私の姿を見て
一瞬で眠気が吹き飛んだのかハッとした顔で赤面する。

「おわっ!!!おいおいおいおい!! ちょっ……タンマ!!」


青年は慌ててベッドの上で立ち上がると、ベッドの周囲にある天女の羽衣のようなカーテンを
鷲掴みにし、慌てて閉じる。

「ちょっとすまねぇ!! そこのお嬢さん!!」

「わ……私ですか?」

「あんたに決まってンだろ!!……いや、すまねえがそこのハンガーレールに
かかってる服……取ってくれねぇか!???」

「ええ……」

呆気にとられながら、私はそれらしき黄金色の頭蓋骨の装飾のあるハンガーレールに
歩いて行くと、スーツ、カッターシャツ、ベスト、スラックスのかかったハンガーを手に取る。

「ああ、えーっと……すまん!こっちだ!!」
そう言うと、メゼツ公はカーテンの隙間から手を出し、
服を渡すように促した。

「悪りぃ!!そこに椅子と机があるだろ?
立ちっ放しにさせとくのも悪いから、そこで座っといてくれねぇか?」


メゼツ公も気まずいところを見られたと思ったのか、
無言のまま大急ぎで着替えている。スラックスのベルトの音がカチャカチャと鳴る音で
互いに気まずいムードになっていた。

(男の人の下着姿を……初めて見てしまった。)

私はおそらく顔を真っ赤にしていたに違いない。
父上の下着姿すら見たことがない私にとってメゼツ公の下着姿は衝撃の光景だった。


「お待たせ!!すまねえ!!」

カーテンレールを引き、メゼツ公は慌てて私に正対し座った。
あれほどの短時間で顔つきも先ほどの寝相からは想像ができぬ程、
しっかりと整えられている。おそらく、事前に執事が顔拭き用の温タオルを
枕元に置いておいたのだろう。

彼のスタンドには使用済みのタオルが畳まれてはいるものの、
少し雑に置かれていた。

「……見苦しいところをお見せした。俺がメゼツだ。」

「……いえいえ、此方こそ。アリエルです。」

メゼツ公は赤面しながらも必死に挽回しようと平静を装っておいででした。
完全に寝ぼけていたというのが理由でしょう。

「……お目汚しのお詫びだ。どうか、いただいてくれ。」

メゼツ公はそう言うと、机に置いてあったいちご大福の箱を開けると
私にお皿を差し出し、大福1つを乗せて出してくれた。

「ありがとうございます。」

そう言うと、私は大福を頂く。
第一印象が気まずい雰囲気になってしまい、互いに口をつぐんでしまっていた。

「……正直、驚きました。殿方の裸を見たのはこれが初めてなものでして……」
「……悪りィ……すっかり寝ぼけてた。言い訳になっちまうが、勉強で寝落ちしちまったもんでな…‥」

メゼツ公は話を蒸し返さないでくれと言いたげに、
懇願するように謝った。

「いえいえ……なんと言いますか……その……胸の紋章がなかなか美しかったもので
見とれておりました。」

何故、自分でもこの言葉が出たのかは分からない。
だが、確かにメゼツ公の胸に刻まれていた紋章が目に焼き付いていたのは事実だ。

「あー……紋章ねぇ……ああ……あれは何ていうか……だな。
これはだな。」

「軍人の証……甲皇国の勇敢なる軍人にのみに許される
守護神ダヴ・エンゲル・ムートの刻印……双剣を携える天使が心臓を燃やす図は
満身創痍であろうとも仲間を守り、敵を打倒すべく立ち上げる戦士を表すとされていると
伺っております……」

メゼツ公は呆気に取られたように目を見開いていた。

「その刻印が根を張るメゼツ公のお身体はかなり筋骨隆々でかつ、
無駄の無い均整のとれた軍人男子として相応しいものでありました……
……滅多にお目にかかれぬものでしたから、むしろ有難くて恐れ多くて恐縮しております。」

目の前にいるこのメゼツ公の妻となる以上、
私はこれから先、この人を支えていかねばならないのだ。
この程度の失敗をバックアップしてやれず、どうしてこの人のお目に止まるというのだ。

「……あんたのような出来た女性が、どうして俺なんぞの許嫁に?」

「……どういうことです?」

「誤魔化すな、アンタの様な気高く芯の座った女は、伴侶は自分自身で選ぶ。
家柄や血筋など関係ない、同じ気高く芯の座った男の許に 自らを置く。
たとえ、ワインを啜るよりも泥を啜る人生になろうともな。
なのにここに来たのは、よっぽどの理由があるのだろう。
こんな政略結婚も見え見えの形で、伴侶を選びはしない。なぜだ?」

メゼツ公の目は澄み切っていた。
おそらく、先ほどの会話で何かしらのものを感じ取ったのか。
話し始めて正直言ってメゼツ公は堅苦しい人間付き合いを嫌う少々、
貴族としてはややガサツ、人間的には親しみやすいお方であると見受けられた。
だが、さすがは丙家総本家の血筋を引く人物。私の浅はかな想いも見抜かれてしまっていた。

「……私も気にはなっていました。丙家総本家の嫡男の貴公が
なにゆえ、私めの縁談に応じたのか……
私は鬼家の中でも没落寸前のゴルトハウアー家の出身の者です。
あなたのお家柄目当てなのは明白な筈。なのに 貴方は縁談を断りはしなかった。
こんな政略結婚も見え見えの形で、伴侶を選ぶのは なぜです?」


質問を質問で返すという多少貴族にあるまじき行いをしてしまったが、
後悔はなかった。互いに互いの腹を探るため、今2人は出会ったのだと確信した。


「フ……どうやら野心があるようだな。アンタ。」

「うふふ……それはお互い様では? メゼツ公。」

私は理解した。メゼツ公と私は出会うべくして出会った同志なのだと。

「アンタはいずれ鬼家の全てを足蹴にしたいと思っている……つまるところ、
アンタの父上を毒殺した一族の者への復讐というわけだ……外れてはいまい?」

メゼツ公は上目遣いで私を見上げながら、大福をほおばった。
幼な気な顔立ちではあったが、メゼツ公のその本心を見透かす眼差しは
彼を悪魔のような表情に私の瞳には映った。
何故だろうか?このメゼツ公の目の前に立つと本心を暴かれてしまう。
私は少しばかり冷や汗をかいていた。

「……貴公の洞察力の高さには感服いたします、メゼツ公。」

「家族への復讐心か……なる程。
想い人へのその狂おしいほどの愛を断ち切るには十分すぎる動機だ。」

おそらく、メゼツ公のことだ。その想い人やらの正体も
全て調査済みだろう。そこまで分かっていてこのお方は私を引き入れたのだ。

「しかしながら、メゼツ公。それでは尚の事 
私を伴侶に迎えるわけにはいかないのでは? 
女狐の復讐心に翻弄されたとあっては、面目は立たぬと思いますが。」

悲しいことに、私はメゼツ公の狙いを見抜くことが出来ない。
この時点で、私は一歩 彼に負けている。
だが、ここまでの立ち振る舞いを見て彼は勝ち負けを公平さに出すような人間ではない。

「…やれやれ、アンタはつくづく気高い女だ。
そんなアンタにとって、自分の野心だけをこう見透かされるのは侮辱だろう。
アンタを侮辱することは、この俺の恥だ。ならば、俺も自分の野心を打ち明けよう。」

そう言うと、メゼツ公は席を立ち机の中央に置かれた骨酒(ダヴワイン)の瓶の
コルクに華麗なナイフ裁きで切込みを入れるとコルクスクリューを突き刺すと、
見事な手つきでワインの蓋を開ける。

「アンタへの敬意だ……飲むか?」
メゼツ公がワインを注ぐ仕草をみせ、私はグラスを手にとる。

「たとえ毒であろうとも。」

「気高さだけでなく、勇気もあるか。」

そう言いながら、メゼツ公と私はワイングラスを鳴らして
無言の乾杯をすると互いにワインを喉へと注ぎ込んだ。
まるで、祝杯を挙げるかのように。


「アンタの復讐に手を貸したい……これまで鬼家は乙家…そして丙家と
一切の関わりを断っていた。この国で生きていながら甲家とすら関わりを断ち、
その全容を明らかにしない その有り様はまるで秘密結社か闇の組織のそれだ。
ところがだ、最近になってようやくその謎が解明されつつある。
鬼家は甲家・乙家・丙家に種を忍び込ませていたんだ。この国が創設される遥か昔から……
それぞれの一族に忍び込んだ種は、互いが互いを潰し合うように仕向けていった……」

「それって……」

「……そうだ。鬼家は漁夫の利を得て、いずれこの国を乗っ取るつもりだ。
甲家のクーデターも、丙家と乙家同士の争いも、全て鬼家が御三家を弱体化させるための
シナリオの一つに過ぎねぇ……鬼家の情報網は固い……奴らは御三家に入り込み、
絶対に情報が漏れないようにこの国を裏で操っている……
俺は何としても鬼家の全容を暴かねばならないのだ!
鬼家の爪弾き者にされたアンタは、奴等の全容を暴く鍵だ……!」

メゼツ公の目には、熱い焔が揺らいでいた。

「メゼツ公、あなたは丙家だけでなく、敵対している筈の乙家も救うおつもりですか?
たとえ、私の一族の者が仕組んだこととはいえ、長らく乙家と丙家は数百年に渡り
対立してきました。あなたの血族を手にかけたことすら、ある筈です。
更には甲家……この一族はスキあらば貴方の丙家をも取り潰そうかと
虎視眈々と狙っているような者たちです。
にも関わらず、貴公は乙家と甲家どころか御三家を救うと? いったい何故です?」

「……俺の産みの母は甲家の血を引き、丙家に嫁いだ。
そして、俺の育ての母は乙家の血を引き、丙家に嫁いだ……
甲家の母から生まれ、乙家の母から感情を学び、丙家の父から生き様を学んだ。
……いわば、俺は御三家の結晶なんだ。だからこそ、俺は御三家を守り抜かなきゃあならねェ……!」

私が亡き父の無念を果たすためにここに居るのと同じように……
メゼツ公も亡き母のために戦っているのだ。

互いが愛すべき両親の信念のため、私たちは出会ったのだ。



「……メゼツ公……いえ、あなた。
どうか、貴方の信念に手を差し伸べさせてください……
この私、アリエルは……貴方と共に戦いましょう。」

敵は同じだった。

父ルトガーを死に追いやり、ゴルトハウアー家を破滅へと追いやった鬼家の一族……
メゼツ公の母と父の一族を滅ぼそうと企む鬼家の一族……


私たちは互いの手を抱きしめ、抱擁を交わすのだった。


それからメゼツ公は、私の良き理解者となった。
私も彼の良き理解者であろうと懸命に努力した。


メゼツ公は何としても御三家を守ろうと必死に闘っていた。
だが、そんな時であった。

メゼツ公の急遽、出兵の通達が来たのは。

通達をメゼツ公に届けに参上したのは……あのジャン=ピエール・ロンズデールだった。メゼツ公は鬼家の企みを知ったが故に、厄介払いのため戦地へと追いやられた。メゼツ公は元々、アルフヘイムの竜人族に妹メルタを襲われ復讐心に駆られていた。その復讐心を利用されたのだ。

復讐は己の心を曇らせる
もはや己の信念すらも消し去ってしまうほどに。

鬼家打倒のために御三家を守ろうとしていた聡明なメゼツ公が、
鬼家を忘れ、アルフヘイムの竜人族打倒へと己が信念を変えてしまったのは
復讐がメゼツ公に与えた毒だったのかもしれない。

今でも私はそう信じている。



それから5年後のことだった。
メゼツ公が戦死したという訃報を聞いたのは……

私は愛すべきメゼツ公の妹メルタと、義父のホロヴィズ将軍と
かつての想い人シュエンと共に悲しみに包まれた。
だが、私は信じてはいなかった。メゼツ公の死など決して信じはしない。

志を共にした我が同志メゼツ公……
貴公が帰ってくるのをいつまでもお待ちしています。
たとえ貴方が天に召され、ダヴ・エンゲル・ムートの導きにより、
黄泉へと先んじていようとも、残された私が貴方の信念を引き継ぎましょう。
貴方が教えてくれたのです……私は一人ではないと。
同じ敵を持つあなたが傍に居てくれたからこそ、私はもう一度立ち直れたのです。


私は丙家総本家のバルコニーからの空を見つめる。
たとえ、美しい空があろうとも視界にはどうしても
広大な総本家の建物の装飾が目に入ってくる。
それはまるで、この国を裏で牛耳る鬼家の影のように見えた。


メゼツ公という次期当主を失った今、私が次期当主代行として丙家を……
いや、御三家を統一せねばならない。
あなたをこの世に産み落としてくれたリヒャルタ様……
あなたに愛を教えてくれたトレーネ様……
あなたに男としての生き様を教えてくれた御義父様……
あなたの愛すべき妹メルタ……

そして、あなたが認めてくれた妻のかつての想い人シュエン……
シュエンとあなたは私を巡って喧嘩までしてくれたこと……
女としてこれほどの幸せはありません。

そして、そのシュエンを御義父様の秘書として引き抜き、共に過ごせる暮らしまで与えてくれたこの御恩。決して忘れはしません。

「行こうか……アリエル。」

シュエンに声をかけられ、私は向かう。
愛する夫の帰還を願って悲しみに耽っている暇などない。
クーデターで崩壊しつつある甲家、アルフヘイムとの和平を巡っての丙家と乙家の争い……
息を抜けば御三家はたちまち崩壊しかねないこの情勢だ。

その前に何としても私の手で食い止めてやる。

私の心は復讐で曇ってはいない。


これは私の魂と信念をかけた戦いなのだから- 





-鬼の宴に 鬼は哭く-


FIN


       

表紙

バーボンハイム 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha