2-1
なんか面白いこと起きねえかなぁ。などと考えていた。なんとなく、道端に生えていた猫じゃらしを摘んで道を特に目的もなく歩く。今日は今のところ一人でぶらぶらしている。渉が生まれ育った島はもう渉の庭のようなものだった。冒険心を宿して挑戦した難所はいくつか未踏の場所はあるけどね。でも、いつか攻略してやる!
そして地図を作ろう。制覇の証にな。
ククク。
のどかな田園風景。やはり生まれ育った島だからか、この自然ばかりの景色の中にいると穏やかな気持ちになる。
道を歩いていると向こうの方から人が歩いてくる。誰だろう?あの人は・・・・・
「清じゃねえか。」
「よっ。」
清が声をかけてきた。清はいまいち何を考えているか分からないところがある。まぁ変わったヤツだ。同い年なのでまぁ立場もだいたい同じだし、こいつの成績を見て俺も安心しているところがある。
「おい。何か失礼なことを考えてるんじゃないか。」
うっ鋭い。清のくせに。
「いやいや、平和だなぁと思ってさ。」
訝しげな顔をする清。
「猫じゃらしか。うちの猫が猫じゃらしに目がないんだ。」
「へえそうだったのか。」
そうなのか。遊びに行った時に俺が一方的にじゃらつかせてもらってる猫。今度猫じゃらし持って行って遊ぶか。
「これをお主に付与しよう。選ばれし者よ。」
俺は芝居がかった口調で言った。
「いや、いらん。」
カチーン。意地でも受け取らせてやる。
「いいから受け取れって。清んちの猫も後期高齢期でメタボぎみだろう。運動させたほうがいいぜ。」
神妙に聞く清。渉教授の弁舌は絶好調だな。
「それに猫じゃらしは群生して生えるが、清んちの近くにはないぜ。この季節にしか生えないしな。」
「分かった分かった。おかしなやつだな。なんでそんなに受け取らせたがる。押し売りに弟子入りでもしたんじゃあるまいな。」
俺はは猫じゃらしを清に渡した。やったぜ(意地)。
そのまま何となく別れたが、後ろから声が清に投げかけられた。
「渉。これやるよ。」
そう言って投げられた物をバシッと渉は片手でキャッチした。
「今度家に遊びに来いよ。」
八mくらい離れた所から清が言う。
渉は笑みをこぼし、片手を上げて返事をした。とてつもなく澄んだ青空と白い雲の下、道を行く渉。
手を開くとそこには赤色のルビーみたいなおはじきがあった。顔の近くまで持ち上げて、透かしてみた。濃密な赤色の景色。片目をつぶって太陽を見てみた。濃い朱色が俺の網膜及び水晶体を太陽光線から守ってくれた。良い子は真似しないでね。
おはじきを手で弄びながら歩いた。川に差し掛かった。アーチを描いた年季の入った橋が架かっている。その橋から下の小川を眺めていた。
小魚が沢山泳いでいた。穏やかな気候のせいか渉は眠くなってきた。
なんでだろう。ここんところすぐ眠くなるような気がする。
確かこの島に縁のある英雄と呼ばれた人もよく突拍子もないところで眠っていたとかなんとかな。確か病名があるらしいな。いや、風土病とかじゃなく。なんだっけ。
「シュ・・・・シュプレコールだったっけ。」
橋の欄干にもたれかかりながら、ひとり言。
今日は何しようかなぁ。
「~~~~~~だよ。渉君。」
暴走機械を伴って現れたのは久尊寺博士だった。ごちゃごちゃとした機械に乗って、久尊寺博士は彼特有のアルカイックスマイルで笑ってた。
やれやれ。こののどかな風景に騒がしい人が来た。ネジや歯車がポンポンはじけていて、オイルが漏れまくっている。気分としては大型猛獣に至近距離で、あれ?こいつ食ったらまずいかも?と思いとどまるような感じだ。分かりやすく言うと大型トラックが至近距離で急ブレーキで鼻先5センチで止まった感じだ。勘弁してくれ。
「なんだよ。ハウルの動く城かよ。」
「ふむ。あれはいい映画だな?」
久尊寺博士にしては普通の感想を言う。
ガチャンガチャンとまた向こうからもう一つ黒っぽい装甲の機械が暴走してきた。乗っているのは黒いゴスロリを着た女性だった。恐ろしい形相だった。
うわぁ。
こわぁ。
やばぁ。
「今度は何をしたんですか?久尊寺博士。黒繭さんがすんごい怒ってますけど。」
美人が怒るとものっすごく怖いんだなぁ。
「何をしたかと聞かれれば天地解明、私に答えられないことはないので答えよう!」
上機嫌?で手を腰に当てて、胸を張った満開の笑顔だった。この人は黙っていれば悪くない顔だちなのだが・・・。久尊寺博士の笑顔は俺には満開のラフレシアのように見えるね。危険信号しか感じないぜ彼の笑顔には。何にも知らない女子には別だろうけど。
どうでもいいけど、もうすぐそこまで黒繭さん来てるんだけど。
「渉さん!その暴虐変態変人イカレクレイジーマッドサイエンテストをそこに留めて置いてください!!」
狂っているって意味が何個か重複していますよ黒繭さん・・・・
はぁ・・・・俺はため息をついた。
「実験で星まで行けるロケットを作っていただけなのだ。まァ暇つぶしだな。」
「だからと言って家まで解体するバカがどこにいますか!!」
「許してくれたまえ黒繭くん。遊びのためなた家など解体してしまうものだよ。」
やれやれ。天才の論理にはついていけないな。
ぎゅるん!突然振動を始めた久尊寺博士の操るロボットの機体が次の瞬間、フルスピードで加速始めた。
狂ったバネ機械のようぼうんぼうんと音を立てて、猛スピードで離れて行き、なんと切り立った崖を登り始めた。
渉横を黒繭の乗った機体が通り抜ける。しかし、久尊寺ほど機体捌きが習熟していないのか、渉に機体のフレームがぶつかった。
「あっ。」
渉の手からおはじきが飛び出て、ちゃぽんと小さな飛沫を立てて、川に落ちた。
橋を渡って、崖を登る久尊寺をギリリと歯ぎしりをして見ている黒繭。黒繭の機体じゃどうやらあんなクレイジーなマネはできないらしい。単に危ないのでやらないだけか知らないけど。
機体から、黒繭が降りる。黒い機体から降りた、黒繭はやはり黒ずくめの服を纏っていたが、ずいぶんと人間らしさが増した。同じ目線で話せるからかな。
すたすたと渉の所に歩いてくる。
「ごめんなさい渉くん。私としたことが、あのクレイジーに心を乱されたせいでぶつかってしまって。何か落としませんでしたか?」
「ああ。いいんだ。ただのおはじきだから。無価値無価値。」
俺がこういうけど、黒繭はやはり申しわなさそうな顔をした。
「まぁ・・・どれだけ無価値と言われようと私はそれでは気がすみません。どうかこれを受け取ってください。」
そう言ってバスケットから、クッキーの小包を取り出して渉に渡した。
「気にしなくていいのに。まぁ久尊寺博士はもうちょっと気にするべきだけどな。」
この渉の言葉に黒繭は笑った。
「これ、黒繭の手作り?」
「ええ。そうです。」
「わーい。ありがとう。俺、黒繭の作るものなら何でも食べちゃうよ。」
「まぁ。渉さんったらお上手。」
二人で笑って、その後黒繭は籠付きの馬車に乗る令嬢にようにロボットに乗ると去っていった。令嬢というにはおてんばさんな人だけれども。そういや黒繭は友達が少なかったけど、最近は普通に他人と話しているし、その悩みのような悩みでもないようなものはどうやら解決したのかなぁ・・・・・
手には簡素な包に入れられた袋いっぱいのクッキーがある。ありがとう黒繭。
これからどうすっかな。清んちにいって止まっていたゲームの続きでもするかな。あの新マップの探索が途中で止まっていたんだった。あいつの家の猫と遊んでやらなきゃいけないし、あいつの妹にも、結構会っていないような気がする。
俺は鼻歌交じりに歩きだした。
しかし、どうしたことだろう。猫じゃらしがおはじきになって、おはじきがバスケットいっぱいのクッキーになった。
クッキーをサクサクと食べる。一枚だけ。程よい甘さの実においしいクッキーだ。うまぁい。
でもあんまり食べると喉が乾くし、一気に食べちゃうのは勿体無いしな。
橋を後にして道を行く渉。
渉が歩いていると分かれ道まで来た。こっちの道はあんまり来たことが無かったなぁ。さて、右と左どちらに行こう。左だ。
渉はどんどん山奥に進んでいった。うっそうとした様相を呈してくる。道無き道とまでは行かないが左右がもはや木と草で覆われていて、空を仰ぐとほとんどが葉で覆われていた。こういうところでは精霊の力が強く働く。
さわさわと揺れる葉のさざめきや、鳥達の声が心地いい。木や、鳥達がのどかに過ごしていることから危険なことはなさそうだ。
森を進む。この探検気分は悪くない。鼻腔を樹木の臭いが刺激する。
うん。悪くない。
がさがさと時に道無き道無きを行く。心地いい汗が頬ににじむ。
がさっ。その時渉の耳に木々が揺れるような音がした。瞬間的に体が固まる。大型動物か?この森には正直何が住んでいるのか分からないところがある。
明らかにこれは大型動物の音だ。と渉は直感した。そして、体が文字通り硬直した。全くもって動かず、目と五感のみを総動員してその音のした方向を見ていた。逃げようとか頭では考えられない。そういった思考は頭から吹っ飛んでいた。
薄暗い茂みの闇が濃くなったような気がした。
そこから・・・・・・・大型の牙をもった恐ろしい獣は出て来なかった。
代わりに出てきたのは渉も良く知る少女だった。
その少女は鏡音咲夜だ。ともすればきょとんとした様子で渉の目の前現れた蓬色の髪の少女。
「さ、咲夜?」
何でこんなところに?という疑問。
「ついてきちゃったのか?」
こくんと頷く咲夜。
「渉を見かけたから・・・・その・・・」
「咲夜は悪くないぞー!」
これは咲夜の友達の小さなドラゴン。パープルスコットランド種。
「怖かったよ~~!!」
小ドラゴンのシュラが渉に突進してくる。いてて、刺が痛いって。額のところにある刺が顔にあたって痛い。他の部位はほとんど羽毛なのだが。
咲夜も渉に抱きつく。心細かったのだろう。渉は顔に小ドラゴンと腰に咲夜に抱きつかれて、困った顔で立っていた。
「・・・・・で、これからどうしようか。家に戻ろうか。」
「はい。帰りましょう。」
鳥の声にシュラがびっくりした。おおげさな驚きようだ。
「ぎええええええええ。」
「鳥にびっくりするドラゴンって。」
渉が笑う。
「僕は都会育ちなんだー。」
ははは。と笑う俺。シュラの肉球や、顔をぐりぐり、ぐにぐにしてやる。
「まっ。任せなさーい。この渉君が咲夜お姫様を安全なところまでエスコートしますよ。」
手を広げて紳士を振る舞う俺。いや、振る舞いだけでなく上妻渉は紳士なのだ。うん。
「僕は僕はー?」
勢い良く言うのはシュラだ。
「なんだか春秋みたいです。渉。」
ジト目で言う咲夜。
げっ。まじか。長く春秋と居すぎたのは俺の方だったか。
「そんなに春秋っぽかった・・・・?」
「はい。」
ガーン。ミイラ取りがミイラに?いやちょっと違うか。
「ごほん。気を取り直してしゅっぱーつ。」
指を帰り道の方に指さして見る俺。
「おー!」
シュラはノリがいいねぇ。お兄さん助かるぜ。
十分後。
「ま・・・・迷った・・・」
悲愴な顔で立ちつくす俺。
「ワホー!!」
アの発音がワになってしまうんだよね。シュラは。などと顎をぐりぐり押し付けられながら解説する俺。
「本当に分からなくなってしまったんですか?」
不安そうに聞く咲夜。
「はい。遭難です。」
「そんなぁ。」
「ワホー!!何とかしろー!」
「ああ。もちろん手は打ってあるとも。」
そう言って渉はニヤリと笑い、バスケットを持った手を掲げた。
「中身がクッキーだ。古典童話に習ってね。クッキーの欠片をばらまいておいたのさ。」
「わぁ!流石渉です!えーっと、ヘンゼルとグレーテルですね!」
「そうそう!咲夜は物知りだなぁ。」
そう言って俺は咲夜の頭を撫でた。いつもなら子供扱いしないでください!って言っちゃうので俺は少し寂しいところだけど緊急時だけに何も言わない。
「・・・・・でも、それってお話の中じゃ鳥に食べられちゃうんですよね・・・」
三人、いや二人と、一匹は振り返った。
丁度大型の鳥がクッキーの欠片をついばんでいた。くけけと怪鳥のような鳴き声を鳴らして飛び立つまで俺と咲夜とシュラは黙って見ていた。
「「渉のワホー!!」」
二人がハモって渉にいう。しかもその後ぽかぽか叩くわ、蹴たぐられるわ。
「ちょっ肉体言語禁止!」
もうどうするんですか!という咲夜の声が森に上がる。
他に方法が思いつかない。ので、山道をこれだと思った方向に進む。大丈夫か、これ。実は結構やばいんじゃねえの。俺一人がどこでのたれ死のうと構いやしないのだけれど。いや、でも皆が悲しんでくれるか。皆の事を考えた。後ろの咲夜の存在が俺に強く、なんとかしなければと思わさせた。手をしっかりと握ることにする。はぐれたら大変だ。
まったく、ほんとにふざけている場合じゃなくなってきた。やれやれ自然の力というのはやはりとんでもないものなんだな。
三十分か一時間か経った。俺と咲夜は二人で森を進んだ。咲夜はゴシックロリータファッション?で、肌の露出は肩から脚までほとんどないので草木で肌を切ったり、虫に刺されることは無かった。渉は肌の露出がある服を着ていたが、森は結構歩き慣れていたので肌が傷ついたりすることや、すりむいたりすることは無かった。
時折、咲夜が足をすべらせたりした。
「大丈夫か?咲夜。」
「う、うん・・・・」
咲夜の手を取り、立ち上がらせる。
なんとか麓まで、降りようとするが、人の道にはいっこうにつかない。
なんとかしなくちゃ。太陽の光は渉達にはあまり届かない。俺は太陽を浴びていないと不安になるたちなんだ。咲夜の手を握る。小さい手だ。まだ十歳だもんな。俺がなんとかしなくちゃ。
その時不意に空が曇るような不穏な空気を渉は感じ取った。気のせいじゃない。鳥たちが互いに警告しあっている。木々も渉に気をつけるように言う。
「ねー。渉。なんか鳥達が危険が近づいてくるって言ってるよ。」
不安そうにシュラが言う。シュラは鳥の話し声を聞けた。
ざわ、木が不自然な揺れ方をした。地面を何かが這いずるような音がする。
何だ・・・・?
咲夜とシュラは怯えて渉の後ろに隠れた。
何かが来る・・・・・
ひょこ、と木の葉を身にまぶしたような頭が突き出した。木の葉が二つ色が茶色になっており、そこが目のように見える。ある種の擬態生物のような。さわさわと揺れる葉をたなびかせながら、こちらを注視してくる。大きさは渉の膝上ほど。
「何だ・・・・・」
俺は肩の力を抜く。
「あ、あれ何なんですか?」
「あれはキーマって呼んでる。森に住む魔物の一種さ。まぁそんなに害はないよ。」
「そ、そうなんですか・・・」
「こ、こんにちわー。」
おお、相変わらず好奇心の固まりだな。シュラは。
ふよふよと浮いてキーマに近づくシュラ。
森の精霊から一つランクが落ちたような物が魔物なのだ。長く生きた魔物が精霊化することもある。
「でも気をつけろよ。シュラ。キーマは臆病な生き物だからな。」
「へー。」
にこにこと面白そうにシュラはちょっかいをキーマに出している。聞いてないなこの小ドラゴン。
「咲夜もおいでよー。こいつ面白いぞー。」
何かキーマに関することを忘れているような。なんだっけ・・・・・・・
がさがさ。茂みの中からキーマが二体三体と出てきた。
がさがさっがさっ!葉の大重奏。
四体五体六体七体八体九体・・・・
キーマが蠢いていた。
「そうだ・・・・・キーマは基本群れで移動するんだ・・・・」
でのまだ違和感がある。なんだろう。
「そ、それは早く言って欲しかった!」
キーマの集団が一斉に動き出し、俺達の方に向かって来る。
「きゃあっ。」
「わああっ。」
「情けない声を上げるなってシュラ。仮にもドラゴンだろ。」
目の前の来たキーマは蹴って押しかえす。ひっくり返ったキーマは、渉達の脇をすり抜けて行ったキーマ達を慌てて追いかけて行った。ムチのような2本の木のつるが渉達をぺしぺしと叩いた。
ドドドッド。とキーマ達はまたどこかへ行った。
「あっはっはっは。」
俺は取り合えす笑っとく。
「あはははははは。」
シュラも笑う。
「あはははははは。」
咲夜もとりあえず笑ってくれた。まっ我ながら短絡的だなぁと自己嫌悪する。子供の気持ちなんて分からないよ俺は。だから、まじ、俺一人でなんとかしなければいけない状況にはあんまり追い込まないで欲しいんだが。誰かここに他に頼れるやつがいたらなぁ。春日井でも久尊寺でも、黒繭でも、アリーシャでも。でもここには俺とシュラと咲夜しかいない。
やってやるさ。俺だって男なんだ。
額の汗を拭う。
「シュラ。上に飛んで見てきてくれないか。道が何か見えるかどうか。」
今さら思いついた。
「そっか。その手があったんですね。」
「えぇー。でも鳥が怖いし。」
咲夜と俺は顔を見合わせる。俺が下を見て、咲夜が俺を見上げていた。
その後、
「大丈夫だって!何かあればすぐに教えてやるし、鳥がいたら、石を投げて追い払ってやるから。」
「シュラならできますよ!」
「俺」「私」「「達シュラのかっこいいところが見たい」」「なぁ!」「です!」
「・・・・・・・・」
「し、しょうがないなー。」
まんざらでもない。というか褒め倒しされてプルプルニヤニヤと実に嬉しそうなシュラ。
「行くぞー!!鳥がなんぼのもんだーい!!」
ごぉっと真っ直ぐに飛翔するシュラ。
木々を飛び出し、天辺を超えたシュラ。
「あっ家が見えたよ!」
森がずっと続いているがずいぶん先に確かに渉達の家が見えた。
その時、シュラよりも1回り体の大きな鳥が襲いかかってきた。
「わぁーっ!」
「「シュラ!!」」
俺と咲夜は同時に叫んだ。
「ええい!」
俺は石を振りかぶり、思いっきり投げた。やはりというかトーシロの投石が目標に当たるわけがなかった。だが勢いよく放たれた石はその怪鳥に多少の動揺を与えることには成功したらしく、シュラから距離をとった。その隙をついて半狂乱でシュラが俺達の元へと戻ってくることができた。
俺はホッと息をついた。
「落ち着いて!シュラ!」
咲夜が手元に帰って来たシュラを落ち着かせようとしているがシュラは混乱していて、動転していた。
ようやく落ち着いたシュラ。
それから俺達は家の方向へと向かった。
何にも言わないがやはり疲れたし、不安だし、喉も乾いたんじゃないだろうか。咲夜は。くそっ。誰か助けてくれ!
森を先ほどの家が見えた方向に進む。バスケットの中に入っていた紐を渉は地面に垂らした。それを引きずりながら歩く。
「渉。何をしているんですか・・・?」
咲夜が不思議そうに聞く。
「ああ。こうしていれば、木や障害物に邪魔されても、真っ直ぐに進むことができるんだよ。」
「そうなんですか。・・・・渉は結構いろんなことを知ってるんですね。」
「山ボーイかー?」
「新しい言葉をつくるな。」
冷静に突っ込んでやる。
時折振り返って、糸が真っ直ぐかどうか確認する。糸が真っ直ぐなら俺達は真っ直ぐに進んでいるということだ。森の中ではただ真っ直ぐ進むことすら難しい。
岩の淵を歩いて、ひたすらに先ほどシュラが見た家の方向に進む。
「まっいざとなったらアリーシャや誰かがなんとかしてくれるさ。」
こくん。咲夜が頷く。
「でもそれでも時間かかりそうだよね。」
と、シュラ。俺も咲夜も、シュラもこの島の俺達の家族の力を全く疑っていない。そうさ。俺にできないことをいくつも簡単にやってのける人がこの島には住んでいるんだ。それにそんな人達が皆俺の味方なんだぜ。ふっ。何の心配もないぜ。ダウントリム直後の原子力潜水艦よりも信頼できる。
「あんまり皆に心配をかけたくないです・・・」
咲夜が沈んだ面持ちで呟く。咲夜は反省ができる、自分の悪いところを認められる子なんだ。
「だな。」
まっ。お姫様には笑っていて欲しいから、早く笑顔を取り戻すために家に帰らなくちゃな。
また、木の葉を見に包んだものが現れた。茅葺きのようなシルエット。それを遠目から見て渉は止まった。
「キーマですか?でも一匹しかいませんね。」
「群れで行動するんじゃないのー?」
二人の質問に俺は答えられなかった。汗が頬を伝い、顎から滴り落ちただけだった。
咲夜の無垢な顔が渉の方を不思議そうに見上げたが、渉はあの異形のものから目を離さなかった。
なんてこった・・・・・木や鳥達が警戒していたのはこれだったのか。
「あれはだめだ。」
声をかなり落とし、向こうに俺達を気づかれないようにする俺のただならぬ様子に黙っている咲夜とシュラ。それでも次の俺の言葉には驚く。
「迂回する。それも大きく。」
ゆらゆらと葉を揺らすあれ。あれはまるで生命を持たない物が生を真似するように、演出するように、揺れている。キーマに酷似しているが全くの別物。
足早に、それでも最新の注意を払ってこの場から去る。蒼白な俺の顔面を見てきて、咲夜もシュラもとりあえず俺に倣う。いい子達だ。
キョーキョーという鳥の鳴き声が遠くの方で聞こえる。ここは人の天下の森ではない事を咲夜とシュラにはっきりと教えるかのように。だから咲夜とシュラはいつものお互いに以上にくっついてあたりに注意した。やっぱりこのペアはいい。ひょっとすると俺よりある場面ではずっと強いかもしれない。でも一人より二人なように二人よりも三人だな。
「あれはなんだったんですか?キーマですよね??」
十分離れたところで、声を落として渉に問いかける咲夜。
「あれはキーマじゃない。キーマは木の葉をかぶった魔物でそのその下には血が流れる肉体をもっているけど、あれは違う。似ているけれど、全く違うんだ。キーマは何のために葉っぱを身にまとっていると思う?」
咲夜とシュラは考えた。
「擬態です。葉っぱの振りをして天敵から身を隠すんです。虫とかでもたくさん擬態をする虫がいます。」
「そう。グリフィンドールに十点。キーマは擬態しているんだ。もっと強い魔物や動物、精霊から身を守るためにね。」
俺の知っているやつにも超一流の擬態の使い手がいる。『人間の』だ。そいつの姿が脳裏に浮かび、俺は自然と微笑を浮かべた。『他人の認識をずらす』ことができるあいつ・・・・・
・・・でもあいつはここにいない。俺は解説を続けた。
「だが、あれは違うんだ。時に洗濯物に、時にビニール袋の形を取り込む。あれは肉体を持たないから肉体を欲しがっているんだ。・・・しかし、まさかこの森にいるなんて。」
「・・・・あれは何なんですか?」
「・・・・・・・分からない。」
誰にも。漆原にも、久尊寺にも、そしてアリーシャにさえも。
あんなにすごい人達にも分からないから、俺は怖いんだ。
俺がそう答えたっきり咲夜もシュラも口を聞かなかった。まるでその話をすれば突然それは影を呼び寄せ、実際に現れてしまうとでもいうように。
やつは追いついてこないだろうか。何にせよ近づきたくはない。ああしていると本当にキーマそっくりで気づかなければ危なかった。
さて、俺も疲れてきた。しかし、もうちょっと頑張るよ。うん・・・・・
もうちょっとだけ。
「もうちょっとだけ、頑張ってくれ。」
「はい。」
「うん。」
咲夜とシュラが返事をする。
森の中を進むといきなり、木が開け、整備された、刈られた地面が現れた。その先には家が存在した。
俺達の家ではない。でも人がいる家までたどり着いた。
俺は、その家の玄関まで行った。ガラガラと引き戸を開ける。石畳の床が俺達を出迎えた。人の気配はあまりない。木造の家屋。
「すいません。」
「すいません。」
2回声をかけたが誰も出てこない。山奥のこんな場所だ。手入れされている家だったから人がいる可能性は結構高いと踏んだんだが・・・・
俺は下唇を噛む。咲夜が不安そうだ。シュラも。
だが、助けてくれる人は現れた。
家の中から一人の男が現れた。その男は老人で、俺はもちろん咲夜もよく知っている人物だった。
「漆原。」
俺は言った。
「渉さん。咲夜さんとシュラさんも。一体どうしたんですか?」
漆原が驚いたように言った。嬉しそうだが、心配の色の方が強い色合いの声だ。
「ああ、ちょっと山で迷っちゃってさ。」
「とにかくお入りなさい。疲れたでしょう。」
俺は大きく息をついた。はー・・・助かったな。
家に招かれて、和風づくりの家の中を進む。居間のような和室に案内されて、俺はテーブルに身を投げ出す。咲夜も渉を見て同じようにテーブルにへばった。
「いやぁ助かったぜ。」
俺は呟く。またため息。俺も不安だったのだ。
「漆原の匂いがするー。」
シュラがふよふよとあたりを飛ぶ。
「ホントです。」
咲夜が目を閉じて言った。
俺は木目の見えるテーブルに顔をつけてリラックスする。
「ああ、漆原の匂いだな。」
気の抜けた感じで俺は言う。とりもなおさず、もう安心なのさ。
縁側に腰掛け外を見る。
回る水車。穴に水が入りそれで、ぐるぐると縦に水車が回っている。なんというか日本って感じだ。竹で作られた柵。
かこーんと水がいっぱいになった竹が石に当たって小気味いい音が響く。ししおどしとはな。水の音が心地よく耳朶を打つ。
ここは一体何なんだろう?漆原の家は麓にあるはずだし。
そう考えたながらぼんやりと外の様子を見るともなく見ていると襖が開いて漆原が入ってきた。片手でお盆を持っている。お盆にはコップとお茶の入った容器が載せられていた。
「疲れたでしょう。お茶でもしながら話しを聞きましょう。」
グロッキーな渉君にはありがたい。ああ、冷たい麦茶が五臓六腑に染み渡るぜ。
「そうだ。貰ったクッキーもあるんだ。みんなで食べよう。」
テーブルにバスケットを乗せ、そのクッキーを渉と、漆原と咲夜と、シュラが食べた。
やっぱりクッキーには飲み物がないとなぁ。しかもくつろげる屋内がいいに決まっているのだ。
「それでどうなさったんですか?こんなところで。」
ここだけは人の気配があるが、漆原の屋敷と庭園から一歩外に行けば森がずっと続いている。
俺達はこれまでの経緯を説明した。
「なるほど・・・・・大変でしたね。」
漆原はかつては世界中を旅していた。だからその言葉も実体験に基づく、同じような体験をしてきた人間の言葉だった。
「咲夜さんとシュラ君も怖い思いをしながらようく頑張りました。偉いですねぇ。頑張った三人はもう気を落ち着かせて大丈夫ですよ。三人が頑張ったのです。このジジイが人肌脱ぎましょう。」
しかし、ラッキーというか運がいいというか。こんな所に漆原がいてくれるとは。いつもここに来るわけではないらしい。漆原もなぜ、こんな所にいるんだ?
「思索の為の屋敷、とでも言いましょうか。このジジイの秘密基地です。」
漆原が朗らかに答えた。
「もちろん精霊術のためにもとても適している環境なのですが。」
「精霊の側に行き過ぎちゃ駄目だぜ?」
「そうですよ。行かないでくださいね。」
俺と咲夜が心配する。
並んで腰掛けるが漆原は座高も高い。漆原はホホホと笑う。
「私は大丈夫ですよ。まだやることを残していますし、見守らねばならない人がいますから。」
そういって俺と咲夜とシュラを混じりっけのない瞳で真っ直ぐに見据えた。俺は少し気恥ずかしいや。
俺はそれを紛らわすようにクッキーを食べた。
また外の景色を見た。それほど大規模というわけでもなく、漆原一人用と聞いても納得できる。
裏の蔵には何が入っているんだろうか。
あとでかい納屋があるけど、あれはもう使われていないみたいで中には牛も馬もいない。
一休みしたら、もう夕方になってしまっていた。
「そろそろ帰りたいが帰るにはどうしたらいいんだ?」
渉が聞いた。
「順路があってそれはちゃんとした道なのですが・・・普段は私一人しか使ってないので標識もありませんし、ずいぶんと歩くことになります。」
「じゃあ?」
何か今挙げた問題点を解消する方法があるのだろうか。漆原は上品にウィンクして見せた。二昔前の明治の紳士のようなこの老人漆原。
漆原老人に連れられて俺達は外に出た。
荷物という荷物を持っていなかったが、帰り支度は済ませた。しかし、漆原はどうするつもりなんだろう。きっと俺には予想もつかない方法で問題を解決してくれるのだろう。俺も咲夜も特に疑問もましてや、懐疑の念など一片も浮かばずに漆原について行った。