Neetel Inside ニートノベル
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約束の地へ
第15話

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 冬晴れとは言えない、どんよりとした土曜の空だった。二〇一七年の中央競馬、その通常開催の開幕を飾る日としては、いささか残念な空模様である。
 時刻はまもなく八時半となる。競馬専門紙『駿馬』トラックマン朝川征士は、いつもどおり競馬場にいた。毎週この時間にラジオの生放送があり、レギュラーなのだった。司会の綺麗な女性アナウンサーと軽く挨拶を交わしていたら、本番となった。開催日の朝にふさわしい軽快なジングルが鳴る。
 …競馬ファンの皆様おはようございます! ラジオ関東白宮枝美子です。マイクは千葉県船橋市の中山競馬場。『中央競馬徹底攻略』、今年もよろしくお願い致します。今朝のパートナーは、お馴染み『駿馬』の朝川征士さんです。朝川さん、今年もよろしくお願いいたします。
 よろしくどうぞ。
 中央競馬今年最初の通常開催となりますが、朝川さんは年末年始どのように過ごされていましたか?
 そうですねー、お正月開催と今日の間が中二日しかなかったので、追い切りやら予想やらであまりしっかり休む暇はなかったんですが、まあ例年どおり、といった感じですね。ただ、大井に東京大賞典を観に行ったり、ツイッターを始めたりと、少ない余暇もそれなりに満喫できた気はしてます。
 そうですか、充実していますね。では、今日のレースも目下の充実度を生かして……
 そうですね、リフレッシュした頭で、うまく的中に繋げたいと思いますね。がんばります。
 中央競馬徹底攻略、提供は……
 ここで一旦CMとなる。中央競馬一社提供番組なので、CM時間は三〇秒程度である。雑談する間も無く次のコーナーが始まる。白宮アナウンサーが中山競馬場馬場整備の責任者に今日の馬場状態をインタビューしている。有益な情報であり、朝川もここはリスナーの気分で耳をそばだてている。
 そして、予想コーナーとなる。ここのために朝川は呼ばれている。
 それでは、朝川さんに伺っていきます。今日の中山メインレース……
 発走直前ではないので、馬の様子を見て喋ることはできない。当然、自身の紙面上の予報に基づいて、印の重い順に解説していくこともある。考えがまとまっているときは、馬券の買い方についても指南することがある。無論外れることも多いが、解説どおり的中したときは、ファンの役に立てた達成感があった。メインの解説は無難に終える。
 朝川さんにもうひとレース伺いましょう。中山競馬第九レース、寒竹賞。三歳五百万下の特別戦です。頭数は八頭と小頭数ですが、今年の三歳クラシック路線における注目馬も出走していますね。
 はい。注目されているのがザラストホース。昨年、ジャパンカップの日に新馬勝ちした馬ですが、レース振りは圧巻、でしたね。例年ジャパンカップ当日の新馬戦はメンバーが揃うのですが、その中での圧勝。負かした馬もその後次々と未勝利を脱出していますし、この馬の力に疑いの余地はないですね。重厚な欧州血統で、あまり稽古駆けする馬でもないのですが、レースにいっての瞬発力は、血統からはイメージできないものがありました。なんせ、インディペンデンス産駒を凌駕したわけですから……ただ、今回は中山二〇〇〇メートル。ほぼ直線でしかレースをしていない前走とは舞台が変わりますから、そこをどう捉えるかがポイントではないでしょうか?
 本命はシャインマスカットにしました。前走は秋の重賞戦。敗れたとはいえ、マイジャーニーに早め捲られて苦しい展開になったことを考慮すれば、四着はよく辛抱したものと考えています。今回は新馬勝ちした福島と近い形態の中山にコース替わりしますし、前走後に福島でもう一度鍛え直されて、馬体も昨年と比較したらかなり身が詰まってきています。とにかくこの馬は器用さが身上。相性バッチリの中山で、先行押し切りを期待しています。
 相手はもちろんザラストホース。前走より条件は向かないと考えていますが、地力は明らかに一枚上。抜け出したシャインマスカットをあっさり交わして突き抜けるシーンも観られるかもしれません。鞍上も昨年の関東リーディングジョッキー安斎騎手、名門竹淵厩舎の一番馬がその力を知らしめるかどうか。
 馬券はこの二頭の馬連のみにします。旨味はないかもしれませんが、一点がっつりと買ってみたいですね。

 本命はシャインマスカット。朝川先輩らしいチョイスだけど……
 勝つのはザラストホースしか考えられない。シャインマスカットとは、馬のスケールが違う。
「どうして、シャインマスカットなんですか?」
 アリスは、朝川の顔を見上げてそう訊いた。
「なんでって……」
 朝川は不思議そうな顔をして、新聞に目を落とす。『駿馬』には、◎と◯の間に極めて軽微な差しかないことがある。本命印をなるべく一点集中させない方針なのだが、実質的な本命馬には◯より下の印は付かない。それなのに、ザラストホースには半数のトラックマンが◎を付けている。絶対的な本命馬と考えられている証である。
「勝つ可能性の高さと印の重さは必ずしも一致しないんだよ。そりゃ、お前の思ってるとおり、客観的に見ればザラストホースが勝つレースだけどな。オッズもそれを証明してる」
 発売締め切り三分前の現在、ザラストホースの単勝オッズは1.2倍である。これは、百円の単勝馬券の払い戻しが百二十円となることを示している。二番人気のシャインマスカットの単勝は8.4倍。ハッキリと、ザラストホースが勝つとファンは認識していることになる。
「詰まるとこ、俺は天邪鬼なんだよ。いろいろ理由はつけても、結局のところそこに帰結するんだと思う。でも、全く有り得ないことは言っていない。何度でも言うけど、競馬に絶対はないから」
 そんなことはないと思う。私は、あると思う。
 安斎咲太とザラストホースには、絶対がある。
「アリスは、これから競馬記者としてキャリアを積んでいくだろ? 大事なのは先入観に縛られないことだ。予想を組み立てていくにも、原点を持つこと。迷ったときも、原点があれば、そこに戻ってまたやり直すことができるから。それが一番大事」
 分からない。少なくとも、このレースに、迷う余地なんてあるんだろうか?

 外面だけ見れば、ただの三歳の条件戦。頭数も少なく、日曜のレースでもなければ、メインレースでもなく、さらには重賞ですらない。
 そんなレースに、今年のクラシックレースを分ける重要な馬が、それも二頭もいることに、まだ気づいていないファンも多かった。

       

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