Neetel Inside ニートノベル
表紙

非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第七話 大乱闘 (どんべえは関西派)

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 久しぶりの人間の体
 だが俺は違和感など一切なく体を動かすことができた、おそらくウニになっている間も運動し続けていたからだろう。不安がないと言えばうそになるが、今の俺にはそれ以上に自信に満ち溢れていた。
 エクスカリバーの先をユキに向ける。
 負ける気など、しなかった。

 彼女は石動堅悟の異変に気が付いた。
 まず顔つきが違う。前までの堕落した青年ではなく、一皮剥けた感じがする。体も少し筋肉が付いたのか、肩幅が広くなっているように見えた。エクスカリバーを持つ姿も様になっている。
 魔力の質も違う。
 ただ単に量があったころと違い、洗練されている。
 そして、ユキの視線を最も奪った物、それは堅悟の左人差し指に通されている。金色で、宝石があしらわれた美しいリング。神聖な雰囲気を纏った指輪。この間あった時はそんなものはなかった。
 あれはアーティファクトだ。
 ユキには直感でそれが分かった。しかし、能力が分からない。

 俺はあまり時間をかけずにユキを殺すことにした。
 さっさと終わらせてこの惨劇を止めるのだ。
 エクスカリバーの切っ先をユキに向け、体を斜めにすると中腰の姿勢を取る。リー老師の教えを脳内で反芻する。この体勢なら斬撃でも刺突でもどんな攻撃でも仕掛けることができる、これは俺のオリジナルだ。
 ユキもそれを受けて戦闘態勢をとる。
 両手をダラリと下げて、あしたのジョーでいうところのノーガードだらり戦法を取る。
 緊迫した空気が流れる、まさに一触即発。どちらかが動けば過ぎにでも戦いが始まるだろう。だからと言って動かないでいると、それはそれでお互い探り合いになって一歩も前に進まない。
 俺は、まずユキに向かって言葉を放つ。
 「一つ、いいか」
 「何よ!!!」
 「一瞬だ」
 「え?」
 「一瞬で終わらせてやる」
 「戯言をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 よだれをまき散らし、醜い姿をより一層強調する。その後、怒りに身を任せて地面を蹴ると俺に向かって突っ込んでくる。何も考えていないのか、はたまた何か策を弄しているのか、どっちにしろ関係なかった。
 左指の指輪がキラリと光る。
 「新しいアーティファクトの力、とくと見せてやるよ」


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 一方で鈴井鹿子は苦戦を強いられていた。
 突如空から降って来たウニ、それが人間の形になったのだ。それが一体何なのか気になってそこに向かおうとしたのだ。ところが、その道を塞ぐように突如、一体の悪魔が姿を現したのだ。
 始めそれを見た時、鹿子は純粋に驚いた。
 なぜならその姿が人間ではない異形の姿だったからだ。
 その姿は犬に近いものだった。がっしりとした四つ足に、どす黒くゴワゴワした毛が全身に生えていた。それだけではなく、どういう訳か首が三つに分かれ、それぞれ一つずつ不気味な犬の顔が生えていた。
 三つ首の走狗
 つまりはケルベロスだ。
 「――ッ!! コイツが来てるなんて聞いてナイ!!」
 「「「グルァァァァァァッ!!!」」」
 首を振るい、大声で叫ぶ。それと同時に強力な衝撃波一斉に放たれる。鹿子はそれに吹き飛ばされてしまい、数m後ろまで後退る。
 冷静に考えてみる。ケルベロスは相当強力な悪魔で、非正規英雄たちの中でも相当名が知られている。彼が最後に確認されたのは数週間前のことで、その時も鹿子と和宮が後始末に追われることとなった。
 場所はここから数十km離れた寂れた町である。そのあたりをなわばりにしていると聞いて、張っていたのだ。
 それなのにどうしたここまで遠出しているのだろうか
 答えはすぐに出た。
 こちらと同じだろう、自分たちは天使の情報でここに集まった。悪魔も「ここに非正規英雄が来る」との情報を得て集まってきていたのだろう。
 「チッ!! 面倒ね」
 鹿子は自身のアーティファクトを生み出すと、それを構えてケルベロスと向かい合う。
 ウニのことも気になるが、とりあえずは目の前の危機から処理せねばなるまい。
 「覚悟しな」
 口元に凄惨な笑みを浮かべる。
 彼女は戦いが好きなのだ。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 「興が削がれた」
 間遠和宮はそういうとアンスウェラーを下げる。何が起きたのかよく分からないがウニから人間になったあの男がもともとサハギンを倒すはずだった非正規英雄なのだろう。だとしたら、自分の出番はもうない。
 先ほど鹿子も言っていたように、下手に仲間内で荒事になるのは避けたい。
 ということは本来その役割を担った英雄が来たのなら、自分が手を出して話をややこしくしたくない。ならばここは一旦退いて様子を見るのが賢明と思われたのだ。数歩後ろに下がって距離を取る。
 その間、和宮はアーティファクトの能力を使用したままだった。
 そのため、気が付かなかった。
 自分の後ろに新たな悪魔が出現していることに
 宙を舞う黒い蛇、大きな翼が四枚生えており、それをゆっくりと羽ばたかせて滞空していた。鱗の色はどす黒い血のようだったが、光の加減のせいでどう見ても黒にしか見えなかった。それとは対照的に目は宝石のように美しい翡翠色をしていた。
 汚らしい色をしたよだれをたらしながら、無言のままジッと和宮のことを見下す。
 「さてと、鹿子はどこだ」
 そう呟きながら後ろを向く。
 そこで初めて悪魔のことに気が付いた。
 「あ」
 「ギャァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
 空気を震わせる金切り声。だが聴覚を失っている和宮からすると、馬鹿みたいに大口を開けているようにしか見えなかった。「ふむ」と小さく呟いて大きく頷く。そしてアンスウェラーを構えなおす。
 吸い込まれるかのような翡翠の目をジッと睨み付ける。
 そして一言
 「やれやれ、ツィルニトラまでお出ましか……面倒だな」
 この悪魔も英雄の間では名の知れた奴なのだ。


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 悪魔と非正規英雄の大乱闘
 それはまさに地獄絵図だった。ほとんどの一般人は既に避難を済ませていたが、そうとは思えないほどの量の死体が転がっていた。血と新鮮な肉の匂い、そして悪魔と刃を交える英雄たちの怒声
 この場に集まった悪魔はサハギンを含めて七体
 ケルベロス、ツィルニトラ、はその筆頭で大して強力ではない悪魔が三体ほど
 彼らは得た力を試してみたく集まっただけの奴で、英雄一人相手に苦戦するようなありさまだった。
 そんな彼らの戦闘を眺める悪魔が一体
 最後にやってきた悪魔にして、どういう訳か戦闘に介入しようとしなかった。
 その悪魔は他の悪魔と明らかに違っていた。纏う雰囲気だけではない、外見からしてがらりと違っていた。他の奴は生物的なデザインをしているにもかかわらず、こいつだけは何もかもが全く違った。
 全身を嫌な感じの光沢を放つ銀色の鎧を身にまとっていた、顔には鬼のような不気味な装甲がかぶせられていた。パッと見では隙間など見て取れず、怪物のような戦国武将がそこに立っているようだった。
 腰には全身の装甲と同じ材質でできた刀が鞘に収まってぶら下がっていた。
 「ふむ……私の出番はなさそうだな」
 彼はカイザーと呼ばれる悪魔だった。
 強さだけでいうなら、この広い世界で五本の指にも入る。単体で一つの国を滅することができると言われている。さすがにそれは言い過ぎだが、この五年間一度も負けたことが無いのは事実だった。
 それだけ強いのにかかわらず、彼は戦うことに積極的ではなかった。
 「帰るかな……」
 カイザーはそう呟くと背を向けて出て行こうとする。
 それを阻む影が一つ
 「逃げるつもり? カイザー」
 「うん? 何だ、リザか」
 カイザーの視線の先に一人の女性がたっている。
 身長は少し高めで一七〇cmはあろうかと思われた。美しい銀髪を風になびかせ、日本人の物とは思えない瑠璃色の瞳をしていた。桜色の唇から流暢な日本語を紡ぎだしながら、一歩ずつ前に進んでくる。
 彼女も非正規英雄だった。
 「ここで死んでいただこうかしら?」
 「うぬぼれるな、君は私に勝ったことが無いのに」
 「あなたも、私に勝ったことないでしょう?」
 その言葉の後に、彼女は戦いを行うため、自身のアーティファクトを顕現する。

 右手には幅広でシンプルなデザインをした重厚な剣、ジークフリードを
 右前腕部には光を反射して輝く美しい円形の楯、アイギスを
 左手にはちょうどいい長さをした鋭い槍、グングニルを

 彼女は世界で唯一、アーティファクトを三つ所持している非正規英雄だった。


     


 ユキが地面を蹴って突っ込んでくる。
 俺と彼女の間の距離は約十mもない。サハギンの脚力ならあっという間に詰められ、その鋭利な爪で切り裂かれてしまうだろう。その程度の事、彼女の力を知っている人なら誰でも簡単に予測することができる。
 よけなければ、殺される。
 だが俺には余裕があった。
 「行くぞ、ソロモン」
 その言葉に呼応して、指輪がより一層光り輝く。
 それと同時に自分の体も光を帯び始める。
 「!?」
 ユキは異変に気が付く。
 だが、急停止することができない。このまま突っ込むのみである。
 「シャァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
 腕を思いっきり振るう。
 爪がキラリと輝く。
 間合いに入った、いつでも殺すことができる。それでも俺は構えを解かない。
 次の瞬間

 ユキの視界から堅悟の姿が消えた。
 「――ッ!?」
 ブンッという盛大な音がして、爪が虚空が掻き切る。
 思った通りに行かず困惑した彼女は、つんのめりになりながらも動きを止めると、首を回して堅悟の姿を探す。仮に地面を蹴って飛び上がったり、どこかに回避したとして、そう遠くには行ってないはずだった。
 キョロキョロとまるで迷子の子供を探すようにしている。
 だが、見つからない。
 時間が経過するとともに焦りがこみ上げてくる。鱗の上を緑色をした汗が流れていくのが分かる。
 見つからない苛立ちに身を任せるとユキは叫ぶ。
 「どこに行った!!」
 「ここだよ」
 「――ッ!?」
 後ろから声がかかる。
 あまりに予想外のことに振り返ろうとするが、反応が遅れてしまう。
 俺はその隙をつく。鱗と鱗の隙間を狙い、エクスカリバーの切っ先を突きこむ。少し抵抗があった物の、ズブリと刺し込まれていく。今まで味わったことのない嫌な感触が蔦合わってくる。
 だが、俺は容赦しない。
 「死ねぃ!!」
 「シャァァァァァ!!!」
 そんな叫び声をあげて、彼女は最後の力を振り絞ると腰を回す。そして、左手を鞭のようにしならせると、それで俺を弾き飛ばそうとする。目の端でそれに気が付いた俺は、地面を蹴って後ろに飛ぶ。
 同時にエクスカリバーも抜ける。
 細い傷跡から緑色の血液が流れだす。
 ユキは苦し気に呻きながら、睨みつけてくる。
 「何をしたぁァァァァァァッ!!」
 「新しい能力さ」
 「ハァッ!!」
 「もう一度見せてやるよ」
 俺はそういうと、ソロモンの力を発揮する。
 するとコンマ一秒だけ体が発光する。光が晴れた瞬間、俺はネズミになっていた。しかしユキの目からするとそうではなく、堅悟の姿が消えたように映っていた。さっきまで人間の姿が映っていたのだ、いきなり姿形が変わってはそうなるのもしょうがない。
 ちなみにエクスカリバーは超小型化して口にくわえている。
 ソロモンの能力は「変化」
 自分の体を全く別の生物へと変えることができるのだ。
 代償は「不変」。一定時間を過ぎてしまうと、約二週間ほど元の姿に戻ることができなくなってしまう。
 ウニになったままだったのも、そのせいだ。

 俺はネズミのまま地面を駆け抜けると、もう一度ユキの後ろに回り込む。そして能力を解除すると、人の姿に戻る。そして、追い打ちをかけるように今度は脇腹を狙ってエクスカリバーを突き出す。
 それも見事命中すると、ユキは苦し気な声を上げる。
 「ああああああああ!!!」
 「勝ったな」
 実は、既にユキの体は限界を迎えていた。
 最初の一撃が脊髄を傷つけており、悪魔の力で何とか体を崩れ落ちないようにしていたのだ。しかし、それでも限界はある。無理もたたったらしい、膝がカクンと折れると、顔から倒れ込む。
 ゴンッという鈍い音がして痛みが走る。
 それまでだった。
 俺は倒れたユキの背中にエクスカリバーの切っ先を向けると高らかに勝利を宣言する。
 「俺の勝ちだ」
 今まで二十年間生きていたが、一番努力が報われたと感じた瞬間でもあり、最も爽快な勝利の瞬間だった。中国で修業したり、ウニになったりと色々なことがあったが、全てはこのためだったのだろう。
 「最高」
 まさに英雄の心持ちだった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ふざけるな!!!」
 鹿子はそう叫ぶと自らのアーティファクト、トールを振るう。
 すると、見えない巨大のこぶしが横なぎに振られ、ケルベロスを吹き飛ばす。見えない壁が不気味な獣に命中し、肉を打つ嫌な音とケルベロスの苦しむ声が響く。しかしどう見ても致命傷にはなっていなかった。
 チャージ時間が短すぎるのだ。
 すぐさま体勢を立て直したケルベロスは、目の前にいる鹿子にとびかかると前足を爪で引き裂こうとする。
 彼の体長は2mちょいと、そこまで大きくないが鹿子の目には実体よりも大きく映っていた。
 「クソッ!!」
 このままでは殺されるので、地面蹴って後ろに飛ぶと距離を取る。
 彼女の手には手ごろに扱える程度の大きさをした鉄槌が握りこまれていた。
 鹿子の持つアーティファクト、名はトール、能力は「空間殴打」。この鉄槌をただ振るうだけで、周囲の空間ごと殴り飛ばすことができるのだ。ただしその代償は「充填」。能力を発動するまで魔力をためなくてはいけない。
 その間、一歩たりとも動くことができないのだ。
 動かない時間が長ければ長いほど、より威力は高くなる。
 始めて戦う悪魔の場合、意外とあっさり勝てることができるのだが、今回は違う。ケルベロスとは何度か戦っている。すでにこちらの能力は知られてしまっている。
 そのため、ケルベロスは時間を空けず連続で攻撃を仕掛けてくる。
 充填する時間がない。
 構えの姿勢を取って、魔力をためるも次の瞬間には距離を詰められる。
 「死ね!!」
 適当に罵詈雑言を浴びせかけ、トールを振るうもまた、威力が低い。
 「あー、ヤダヤダ」
 鹿子はそう呟くと、首を回して和宮の姿を探す。
 あまり共闘などしたくないのだが、こうなっては仕方がない。彼の力を借りることにした。
 すると、彼女の目にツィルニトラ相手に長剣を振るっている彼の姿が飛び込んできた。どうやら攻勢らしい。
 口から舌のように大量の蛇を伸ばして攻撃を仕掛ける悪魔に対して、彼は見事な剣さばきで全て切り落としていく。身を守ると同時に相手を傷つけていく。見事な戦い方だと感心する。
 どうやらツィルニトラはやる気がなくなって来たらしい。
 翼をはためかせ、後ろに飛ぶと和宮から距離を取る。
 その隙に鹿子は彼の隣に行くと、声をかける。
 「ちょっとイイ!?」
 「…………」
 「あ、聞こえてナイんだった」
 「……うん?」
 和宮は隣に鹿子がいることに気が付いたらしい
 何か用かと思い、彼女の方を振り向く。するとケルベロスの姿が目に飛び込んできた。
 それだけで、彼は全てを察した。
 「分かった。時間稼ぐ、後ろにも一応警戒しておけ」
 「ありがとさん」
 和宮は地面を蹴って飛びだし、鹿子の後ろまで来ていたケルベロスに向かってアンスウェラーを振ると、その爪を受け止める。ガキンッという鈍い音と、強い衝撃が伝わってくるが、和宮はそれを無理矢理押し返す。
 お互い少し後ろに下がると地面に降り立つ
 和宮とケルベロスの間の距離は五mもない。
 だがお互い動かない。ケルベロスは和宮の能力を知っているため、下手に攻撃しても通用しないと分かって躊躇している。和宮は自分の仕事はとどめを刺すことではないと、わざと攻撃を仕掛けないでいるのだ。
 お互い探り合いの状態が数十秒間続いた。
 結果
 この時間が勝敗を決めることとなった。
 鹿子は充填が十分終わったことに気が付くと、和宮の後ろから弾丸のように飛び出す。その手には大量の魔力がこもった鉄槌が天に向けて掲げられていた。光を反射し、きらりと光り輝く。
 和宮は鹿子の影が自分にかかった瞬間に、左に飛んでいた。
 ケルベロスはしまったと思った。
 鹿子ではなく時間の方を忘れていた。
 「ブッ潰れろぉぉぉぉ!!!!」
 そんな叫び声と共に、トールを振るう。
 すると、ケルベロスを中心として半径三m以内の地面がベコリ、とへこむ。まるで見えない壁に押しつぶされるように地面に叩きつけられる。その姿はまるで伏せでもしているようで非常に無様だった。
 三つの首の端から涎は垂らしているが、声は出ない。
 それほどまでに威力が強かったのだ。
 「やっタ!!」
 「鹿子、油断するな。まだツィルニトラもいる」
 「フンッ!! うるさい!!」

 そうだ、まだ勝利したわけではないのだ。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 リザは腕を振ると左手のグングニルを投げつける。
 するとそれは手を放した瞬間に一気に加速、まっすぐカイザーに向かって行く。
 カイザーは腰から刀を引き抜くと、その槍を弾き飛ばす。普通ならただ軌道を変える程度だが、この槍に限って話は違う。全力を込めて思いっきり、するとグングニルはホームラン球のようにあらぬ方向へ飛んで行く。
 しかしどういう訳か、空中で軌道を変えると、ぐるりと回ってもう一度カイザーの方へ向かって行く。
 それを視界の隅で確認し、小さく呟く。
 「厄介な槍だな」
 「あなたも、厄介な悪魔よ」
 グングニル、その名に違わぬ必中の槍
 能力は「自動追尾」狙った相手を殺すまで地の果てまで追いかけ続ける。代償は「無力」守護天使の力を失い、特異な身体能力など、槍が戻ってくるまで全てを失い、一般人に戻ってしまう。
 諸刃の剣どころではない、はっきり言って釣り合っていない
 だが、リザに限ってそんなことはない。
 なぜなら残り二つのアーティファクトの守護天使がいるからだ。
 「フンッ!!」
 カイザーは狙いをつけると赤い目から、ビームのようなものを放つ。
 リザはそれを見てアイギスをかざすとその熱線をそこで受けた。
 ただの楯程度なら簡単に貫くことができるカイザーのビーム、しかしアイギスに命中すると、まるで吸い込まれるかのように消えていった。
 水晶のように美しいその盾に傷一つつけることができない、強いて言うなら群青色をしていた部分が少し赤くなった程度だった。
 「やはり、一筋縄ではいかないな」
 「何をいまさら言っているの? 五年の付き合いだというのに」
 不可侵の楯アイギス
 能力は「絶対防御」どんな攻撃であれ、アイギスを突破することはできない。全てを吸収し、消し去ってしまう。代償は「危険」吸い取った攻撃は全て衝撃として水晶に蓄積されていくのだが、それが限界を迎えた時、アーティファクトが崩壊してしまう。
 すると、自身も死ぬ。それを避けるために、定期的に衝撃を吐き出さなくてはいけないのだ。
 どれも強力な力を持っている。
 だが、カイザーが警戒しているのはたった一つ
 最強の剣ジークフリード
 あれさえ当たらなければどうとでもなる。
 しかし、一度でも当たったらそれで終わりだ。それだけではない、グングニルも警戒しなければいけないし、攻撃を仕掛けてアイギスで全て防がれる。接近して叩きのめそうものならジークフリードの餌食になる。
 カイザーとリザがこの五年間戦って、決着がつかない理由はただ一つ
 お互いに、勝てないのだ。

 二人はしばらくの間、拮抗していた。カイザーがたまに攻撃を仕掛けそれをアイギスで防ぐ。グングニルは弾かれ、戻ってくるという行動を続けている。
 リザは地面を蹴って飛び出すと、カイザーに切りかかろうとする。
 だが、左腕を上げてそれを制する。
 「待て!!」
 「何よ」
 「ここはお互い退かないか?」
 「何を言っているの?」
 おかしなことを言いだしたものだと、警戒し、足を止めるリザ
 カイザーはその隙に言葉を続ける。
 「いいか、こちらとしては戦力を減らしたくない。お前たちもこれ以上騒ぎを大きくしたくないだろう? 外では機動隊が詰め寄せている」
 「……それは本当?」
 「そうだ。いいか、これ以上我々の戦いが表に出るのは好ましくない。本当はこのままでもよかったが、君がいるなら話は違う。私は表舞台に立ちたくないのだ」
 「……………」
 「どうだ? 私の号令であそこにいる悪魔たちはすべて撤退する。君も非正規英雄の中では名が知れているのだろう? 頼む」
 「…………」
 考えてみればそうだ
 すでに一般人も相当数犠牲になっている
 もしかすると、自分たちも容疑者扱いになるかもしれない。それに、どっちしろこのままでは面倒ごとに襲われることになる。そうなってはカイザーを追うこともできなくなる。
 リザは少し考えてから返事をした。
 「分かったわ。ここは退きましょう」
 「賢明な判断、感謝する」
 そう言ってカイザーはふかぶかと礼をすると、地面を蹴ってほかの悪魔のいる場所へと向かって行った。どうやら、撤退命令を下しに行くらしい。リザもグングニルを回収してから、その背中を追って行った。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 五分後
 悪魔たちは全て撤退した。
 結局、アリーナに最後まで残った英雄は鹿子と和宮、リザ、そして堅悟の四人
 悪魔もカイザーとケルベロス、ツィルニトラだけだった。
 彼らはアリーナの出入り口の闇へと消えていき、そのままだった。おそらくその中で人間形態にでも戻って、被害者面で出ていったのだろう鹿子はそう考えると苛立ちがふつふつと湧いてきたが、追いかけるようなことはしなかった。
 リザを相手にはしたくなかったのだ。




 俺は、隣に立つ女性に視線を奪われていた。
 正確に言うなら、そのアーティファクトにである。
 彼女は三つもの神聖武具を手にしていた。それはなかなか異様な姿で、俺は憧れと畏怖の感情を同時に抱くこととなった。どういう訳か、サハギンに勝った時の爽快感はすっかりとなりを潜めていた。
 リザ、と呼ばれていたその非正規英雄は強い口調で自分たちに戦いを止めるように命令してきた。
 特に逆らう理由もなかったので、やめたのだが、色々と気になることがある。
 俺がリザに話しかけようとしたとき、先の彼女が口を開いた。
 「さぁ、帰りましょうか」
 「え……えぇ?」
 どこに、と尋ねる暇もなく、彼女は先に道を進んでいく。
 俺はどうしたものか困惑するが、女と男の二人組が大人しく彼女の後について行くのを見て、慌ててその背中を追って行くことにした。行先など分からないが、ついて行かないわけにはいかなかった。
 こうしてアリーナでの大乱闘は終わりを迎えた。


 第七話  完



       

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Neetsha