Neetel Inside ニートノベル
表紙

非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第二十四話 魔術師は嗤う (鹽竈)

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「もおー!堅悟くんてば最近ぜんっぜん事務所にも来ないし連絡しても通じないしメールしたって返ってこないし家行ってみても当たり前のようにいつも居ないし何してんのかなってずっと心配してたんだよそれなのにやっと会えたと思ったらなにその大ケガ大丈夫なの包帯ぐるぐるだよ死んじゃわないよね堅悟くんに死なれたら私どうしたら」
「黙れ。うるさい。頼むから少し静かにしててくれ」

 アパートの一室。随分と留守にしていた部屋の中で、耳を押さえたくなるほど長々高々と乱射される言葉の数々。現に堅悟は耳を両手で押さえて膝立ちで迫る佐奈から出来るだけ距離を取ろうと仰け反っていた。
 デビルタワー襲撃からのバハムート撃破。そして連戦となった間遠和宮との戦闘と敗走。本来は阿武隈と佐奈の護衛の任につけていたはずの翼がいなければ死は免れなかったところだ。
 いつかリリアックの長たる自分の弱点を突くべくして襲撃されることが予想されていた事務所から翼が無断で離れたことは、命を救われた堅悟にとってはとても責められたものではない。
 アパートへ逃げ帰り翼から適切な手当てを受けている間、堅悟の意識は朦朧としていた。いつの間にやら眠ってしまっていたらしいことに気が付いたのは、これまたいつの間にやら勝手に部屋に突入してきた佐奈に揺さぶり起こされてからである。
 寝ている場合ではなかったというのに。起きて早々悔恨が押し寄せてくる。
 昨夜のあれから、状況はどうなった。腕を失った四谷は?他のメンバーは?間遠の乱入による『デビルバスターズ』の動きはあったのか?
 それらの答えは、連絡役として使いに出てもらった翼の帰還まではまったくもってわからない。間遠から受けた傷は思った以上に深かったらしい。もうしばらくは安静にしている必要がありそうだった。
(…間遠、和宮)
 実質的には二度目の敗北。前回通りの戦力であれば勝てたはずだった。だがしかし、奴は前回以上の力を身に着けていた。それの正体を、中国で修行していた堅悟には看破できた。
(八門か、ハッとんだ英雄様だな。風俗通いでケツの穴かっぴろげた変態野郎に負けるなんざ、忌々しすぎて憤死しそうだ)
 業腹であることに変わりないが、しかしなるほど強力な能力ではある。
 燃費の悪さに定評のある神聖武具の欠点はこれで解消されたも同然であるし、何より間遠和宮が八門の解放に伴って発動させた絶技・ブリューナクのなんと厄介なことか。
(八門による外側からの高速チャージを利用した魔力大量消費による肉体のバーストモード。単純に考えて、俺がやる体術頼りの身体強化に対する魔力全振り…の上位互換)
 外から取り入れた魔力を、取り入れた分だけ戦闘能力に変換させる。タネさえ分かれば実にシンプルなものだ。
 それだけに、反動も容易に推察できるが。
(常にフルスロットルでふかし続ける身体エンジン…八門解放だけでも相当な負担だってのに明らかな過負荷だ。いくら魔力ねんりょうがほぼ無尽蔵だろうが肉体はそうもいかねえ。寿命を削ってるな…)
 あの男はそうまでして決着を望んでいたのか。だとしたら、
(面倒な奴に、目を付けられたもんだ)
「ねえねえ堅悟くんったら無視しないでよ私がどれだけ君のこと考えてたかわからないでしょほんとに不安で不安でしょうがなかったんだよずっと探し回ってたけどなんか物騒な話ばっかり拾っちゃってどうしてくれんの雑誌のネタがどんどん増えてきて今じゃ阿武さん過労死寸前なんだよ今は一人でも多くの人手が必要なんだよだから早く戻ってきてよねえねえ」
「うるせえっつってんのがわかんねぇのかこの馬鹿!傷に響くんだよお前のマシンガンはっ」
 佐奈の永劫終わる気のしない一方的な会話を掻き消すように大声で怒鳴り散らすと、ようやく佐奈は口を閉じた。だが。
「……っう、んぅう……っ」
「はあ!?」
 やれやれと思ったのも一瞬のこと。閉じた口の代わりに抗議するのは両の瞳から止め処なく流れる透明な雫と呻き声。うるさいと言われた手前で極力押し殺すようにしているのが尚更罪悪感を後押ししてくる。
「おいやめろ泣くな、それはズルいだろふざけんなよお前!」
「っく、ひゃっく…。……だて、だぁって。ほんとに、心配だったんだもん。つ、翼ちゃんに、うぐ、訊いた、って、教えてくれなかったしぃ…!」
 うぐえぐと目元を擦りながら嗚咽まじりに漏らす言葉に、ようやく堅悟も聞く耳を持つ。
 いつもいつも口喧しく喋ってないと気の済まない騒音娘だが、こういう時ばかりは邪険にするわけにもいかない。そもそも、心配していたのも不安だったのも嘘ではなかったはずだ。ただ、それらを全部言葉にして確認しないと、この娘は安心できなかっただけで。
 だから。堅悟は掛けられていた布団を剥ぐって体をずらし、畳の上で泣き続ける佐奈の肩に右手を置いた。
「わかった、悪かったよ。お前に、お前の傍にいるわけにはいかなかったんだ。巻き込むかもしれなかったから。なんの連絡もしなかったのも、謝る。ごめんな」
 本音を言えば、何かしら情報を与えてしまえばこの女のことだ。必ずアクションを起こしてしまうと確信していたからこそ何も教えるわけにはいかなかった。
 こうなってしまった以上、既にその考えも意味を成さないわけだが。
 堅悟の謝罪に、涙ぐんだままこくこくと頷く佐奈が泣き止むまで肩や背中をさすり続ける。
 情報を掌握した翼が部屋に帰還するまで、それは続くことになった。



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「『リリアック』のメンバーは全員生存を確認。重軽傷諸々ありますが、死人はゼロでした。一番の重傷者は片腕を失った四谷様ですね。それも安静にしていればじきに生え変わりますが、ちゃっかり切り落とされた腕を拾っていたようで、接合自体はさほどの時間を要さずに完了するようです」

 組織のいくつかあるアジトを回って、翼は散り散りに逃げた『リリアック』のメンバー達からそれぞれ情報を掻き集めてきた。
 ひとまずは組織自体に特段大きなダメージは無し。今後の行動にインターバルを挟む必要も無いだろう。
 深手をも超速再生させる燐、自らをもゾンビ化させている久慈、我が身をも悪魔に喰らわせた菱村、等々。元より死にづらい連中を選別した少数精鋭だったのも功を奏しているようだ。
 となれば、次に得るべきは。
「『過激派』はどうなった。竜の頭を失って、さぞ荒れてるこったろ」
「それが」
 言い淀む翼に疑問を覚え、視線で続きを促す。
 昨夜の今日だ。流石にまだパニックが収まっているとは思えないが、もしや。
「バハムート…馬場夢人の死亡は確かなようですが、それ自体は公に明かされていません。ニュースでは馬場コーポレーションの本社へテロリストが突撃、社員を殺して回り逃亡。…その程度の騒ぎで今のところは収束に向かっているようです」
「ああ?んなわけあるかよ、いくらなんでも組織のてっぺんが死んでそこまで迅速に立て直せるはずが…!」
 思わず前のめりになって声を荒げたところを、開きかけた傷に苛まれて片目を閉じる。佐奈が落ち着いてと背後から腕を回してきた。
 おかしい。確かにヤツは、バハムートは優秀な人間だったはずだ。人としても悪魔としても。
 アレを失ってなお、俯くことなく前を見据えられるほどに『過激派』の芯は強かったのか。あれだけの強者は精神的な支柱としても大きな役割を果たしていたはず。それが折れて、未だに崩れ落ちないのは。
 ―――補い切れるほどの。穴を埋められるだけの存在が、他にまだいたから。



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「ハスターかっ!」
 ドン!と、無事な左手を壁に叩きつけて四谷は憤る。間遠に落とされた右腕は、接合させて包帯で巻き、固定した上で首から吊るした布に安定させてある。久慈の能力を応用させて、思った以上に完治までの時間は早まった。
「四谷…うるさい。怪我人は…おとなしく、してて」
 パーカーのフードを目深に被った燐が、少し離れた壁に寄り掛かっていた。体育座りで体を丸め、スマホをいじっている。薄暗い周囲の中で、燐の物憂げな表情だけが液晶画面の光に照らし出される。
 ここは『リリアック』が隠れ家としている内の一つ。地下水路の一角を改装した簡易的なものだが、身を隠すだけならば十分に事足りる。
 燐の責めるでも嘲るでもない調子の声に宥められ、四谷はいつも通りの平静をどうにか取り繕う。それを確認して、興味の無さそうな様子のままスマホを見つめながら声だけ四谷へ向ける。
「…それで、ハスターが…どうしたって?」
「あいつの仕業だよ、燐ちゃん。頭を失った竜を取り纏めたのがあいつだ。『過激派』の連中を即座に統制、統率。さらに外部への情報封鎖と操作。外の人間はうまいこと丸め込まれたな」
 ハスター…人の世で蓮田と名乗っているあの男が馬場コーポレーションを影から動かしていることは知っていた。バハムートが彼に頭が上がらないことも知っている。知っていた。
 しかし、だ。
(ここまで早く…ってのが疑問だ。あまりにもおかしい。僕らの襲撃は完全に連中の意表を突いていたはず。バハムートの殺害なんてもっての他だったに違いないんだ、装甲三柱だぞ?それも『過激派』連中の本陣本丸で、誰が殺せると思うんだ)
 誰にとっても驚愕に値する事実、動揺を隠し得ない現実。その状態から一晩で立て直した。
 だとしたら異常だ。何かがある。『リリアック』の奇襲において、『リリアック』が知らなかった何かがある。完膚無きまでの完全な成功の裏に、決定的な失敗があったと考えて然るべき事態。
 イレギュラーを叩き出せ。この作戦で何が不自然だったのかを導き出せ。
 情報漏洩はありえない。だとしたらデビルタワー潜入の前に妨害があったはずだ。いや違う、もしあり得るのだとしたら潜入してからの話。敵の陽動、少数の突貫、幹部を足止めし、迅速に大将を仕留めた。
 幹部の足止め?
(……『彼ら』の言葉を鵜呑みにするのなら、『翼』と『炎』は排除したと言っていた。それだけしか、言っていなかった)



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 だとしたら、待て。
 『お前ら』の役目は、そうじゃなかったはずだ。
 守護隊ガードナーの『槍』、『翼』、『炎』。どれも強力な悪魔だ。こちらの戦力でも連中の相手を単体で成すのは難しいだろう。だが装甲三柱の一角から認められたあの二体の悪魔であれば、撃破は不可能ではない。
 だが違う。そうじゃない。
 四大幹部の第二位と第三位。その実力を見込んでこそ、止めてもらいたかったヤツらがいたはずなのに。
 叩きつけた拳が畳に減り込む。佐奈がびくりと体を震わせ、瞳を鋭くした翼に見据えられる。
「クトゥルフ、クトゥグア。……てめえら」
 ギリと奥歯を強く噛み締め、ここには居ないあの二体の悪魔の名を掠れる声で呼ぶ。擦り切れそうな喉の奥から、憎悪が零れ出るほどの声色で、堅悟は吐き捨てる。

「テメェら。『黄衣』と『混沌』…四大幹部で雁首揃えて、一体何をしていやがった…ッ!!!」

     


 誤算があった。
 一つは『リリアック』という組織―――いや石動堅悟という個人による、予想を上回る戦果。
 装甲三柱が一角、装甲竜鬼バハムートを仕留めてしまうのは完全に想定外であった。
 二つ目に騒動の鎮静化がある。それ自体は遅かれ早かれの問題であったが、あまりにも収束が速過ぎた。
 要因としてはやはり四大幹部ハスターの功績が大きい。本来であれば、デビルタワー襲撃の一件を火蓋の切り口として盛大に『始める』つもりであった。だがどうやら奴はそれを善しとはしなかったらしい。『過激派』の中にいて、もっとも穏健に事を納める算段なのだろう。
 『リリアック』に貸し出した強力な手札である幹部二名。あれらにはデビルタワー潜入の際にいくつかの任を与えていた。

「ハスターは二代目に義理立てする理由が希薄だった。故に、取り入ることは容易だったね。たとえ彼が息子を殺した僕のことを毛嫌いし憎悪に焦がれていても、その辺りで彼はとても理知的だ。自らの私怨と利益を天秤に掛け、それを正しく損得勘定で傾けた」

 どことも知れぬ何処の地にて。白いフードマントを羽織った男が揺り椅子に腰掛け前後に揺れながら語る。
 その正面、業火を身に纏う執事と蛸の怪物じみた外見の少女が応じる。

「そのようで。タワーでの接触時も、既に状況を理解していた様子でこちらの要求にも即座に認可を頂きました」
「ハスターもバハムート嫌いだったんだね!あたしと一緒いっしょっ!」

 きゃっきゃと騒ぐ少女、序列第二位の幹部クトゥルフが太い触手を持ち上げ人型の何かをお手玉するように空中で投げては掴みを繰り返している。
 老賢者を模した仮面の下で彼は苦笑を浮かべる。

「おいおい、あまり手荒に扱わないでおくれクトゥルフ。それはこれからの局面で大事なものになるんだから。クトゥグア」
「はっ。…さあお嬢様、そんなモノよりもっと面白い玩具がありますので。こちらで遊びましょう」
「えー!だってコレすんごい頑丈なんだよ!?いっくら投げても叩いてもぜんぜん壊れないんだもん!コレほしい!」
 執事に手(触手)を引かれたことを気が逸れたのか、ぬめる触手に鷲掴みにされていたそれがゴトンと音を立てて落下する。

 状況は首尾良く進んでいた。
 石動堅悟率いる『リリアック』への戦力援助という名目で彼らを同行させ、現地にて『過激派』との戦闘を展開する中で本命たるハスターに接触。交渉に成功する。
 『あの無能おとこを社長の座から引き摺り落とす。馬場コーポレーションの全権を君が握れるよう手を貸す。代わりに襲撃への手出しを禁ずる。』
 コーポレーションの地位と悪魔としての能力を共々二代目として継承した馬場夢人に愛想を尽かしていたハスターに対して、交渉材料としては抜群の効果を与えた。ニャルラトホテプもこれには同意を示した。
 本来の想定ではデビルタワー襲撃と社員殺害の責を全て馬場夢人に押し付けた上であの男の黒い噂を各所に流し玉座から転落させる極めて単純な話で締める魂胆だった。が、バハムートが殺されてくれたおかげで事はより手早く済ませることが出来た。
 問題だったのは、それによって遥かに早い段階で全権を握った蓮田の手腕。馬場コーポレーションにはもうしばらく混沌を渦巻き広げてもらいたかった。
 それに伴って誤算の三つ目。

(ふむ。デビルタワー襲撃に釣られて必ず現れると思ったけどね、大英雄リザ。まさかここまで読まれていたわけではなかろうが)

 狙いは新規勢力『リリアック』を含めた『過激派』と『デビルバスターズ』、この三つ巴。
 だがリザはおろかあの組織の人間達は特にこれといって大きな動きを見せなかった。確認できたのは単身乗り込んできた間遠和宮のみ。
 間違いなく動くと踏んでいただけに拍子抜けを通り越して疑念が芽生える。

(何かの要素が介入したと見えるね。リザが見過ごせない何か、それでいて組織そのものを引き止めるに足るだけの何かだ。となれば…うん)

 カイザー。
 やはり最後の関門は装甲三柱。そうなるのだろう。
 仕方ない。
 開戦の号砲を撃ち鳴らすには、自分では役者不足ということらしい。
 ああ、なら仕方ない。

「なら僕は、手早く戦支度を整えるとしよう。なぁに簡単な話さ。久慈友和は面白い能力を開発していたね、僕の魔術でも再現はおそらく可能だろう。その為に、わざわざ持ち帰ったわけだし」

 くいと指を立てると、クトゥルフが取り落したそれが不可視の何かに持ち上げられるように浮遊する。まるで糸人形のように直立で吊られた巨躯。
 全身を覆う蒼の甲冑は見る者に威圧感を与え、その貌を覆う海竜の面は死してなおも存続する威容を誇っているよう。
 装甲竜鬼バハムートの遺骸。
 目には目を、牙には牙を。
 最大の関門を討ち果たすには、同種の猛者を。
 組織の部下に見捨てられ、格下と侮った英雄に命と尊厳を穿たれ、亡骸すらも弄ばれて。水の支配者は最早光を灯さない瞳を虚ろに開く。

「さあて遊ぼうかカイザー、それに石動堅悟。『第二次神討大戦』の狼煙を上げるのは誰だい?早くしないと、邪神だか悪神だか、よくわからないけれど蘇らせてしまうよ?」

 現存する強者達を利用して人世を混迷に陥れるという、なアイデアは失敗に終わってしまった。だがこれもまた一興。
 なら次の愉しみを引き起こすだけのこと。
 純白のフードマントを翻して、賢人は愉悦に表情を歪ませる。

「三つ巴の戦争は実現しなかったけれど、まぁ仕方ないね。なら次だ。装甲三柱、賢人マーリンとゾンビ化の技術を施した哀れなバハムート君。さあさあ!この世の終わりとやらをこの目で拝んでみるのも愉しそうだ、面白そうだ!世界を救う二度目の救世主となってみせるかいカイザー!?」

     


「どうしたんだい?さぁほらハグだよ!」
「い、いや…それはいい」

奴との初対面時、『反逆軍』の面子を一掃して見せたその実力の高さから只者ではないと踏んでいた。事実、奴はカイザーと同じく装甲三柱の一角であったのだからその強さも頷けるものではあった。
「君が石動くんだね、話はカイザーから聞き及んでいるとも。だが残念、今カイザーは多忙でね!代理として僕が助けに来たのさぁ」
「助けにって…なんでアンタが」
「うん?カイザー言ってなかった?僕ことマーリン率いる『穏健派』はカイザーと手を組んだって話」
そう言われて、彼との酒の席でそんな話を聞いていたことを思い出した。だが、
「俺はまだ答えを返していない。アンタらの目的に同意も協力も示しちゃいない。助けられる謂れはねぇぞ」
カイザーの掲げる『天使悪魔間で起こる戦争の終結』という大目的への参入を求められた堅悟だったが、それへの返答はカイザーの再来まで持ち越しとなっていた。
つまり今、この場にいるのはただのはぐれ英雄と大物悪魔という構図でしかない。敵同士であって味方では決してない。
「先行投資というやつさ。そもそもここで殺されちゃ仲間にしようもないしね!あー、あと」
人差し指を立てて、マーリンは助言を与えた。
「今後の為にも言っておくけど、この先は独りっきりでやってけるほど温くはないよ?カイザーみたいな例外は別としてさ」
言って、立てた人差し指と親指を擦り合わせてパチンと打ち鳴らす。すると彼の背後で四体の死骸がひとりでに発火して燃え広がった。
「はい火葬完了っと。そんじゃ僕はこれでー」
「……おいちょっと待て」
あっさり去ろうとしたマーリンを呼び止める。まだ、訊いておきたいことがある。
カイザーの言い分には、その言葉の奥には秘められた想いがあった。それを堅悟は感じ取っていた。
だけれどこいつは、コイツからは。
何も感じない。
「何を考えてやがる、テメェは。カイザーに与する真意を言え」
「…きみの存在は戦況をより愉しい方向へ引っ掻き回してくれる。僕はそう確信しているから、かな?頼ってくれたまえ、これでも三柱の一角を担う魔術師だ。きみが必要とする時、また手を貸そう」
胡散臭い悪魔だと、この時から疑ってはいた。詐術師の間違いではないのかと。
だから利用するだけしてやろうと思っていた。奴が送り込んできた四大幹部の二体も、デビルタワー攻略最終盤になって用済みだったから好きに泳がせた。
結果を見れば、やはり判断が甘かったと言わざるを得ないだろう。



ーーーーー

「結構な有り様だな」
「お互い様だろ」

翼の力を借りて上った高層ビルの屋上の端。フェンス越しに見える眼下の風景を眺める包帯だらけの堅悟の背後から、音もなく銀鋼の悪魔が現れた。
堅悟は振り向かず、後頭部目掛けて放り投げられたビール缶をノールックで受け取りぷしゅっと音を立てて開ける。
すぐ隣で白い羽根を広げて浮遊する翼が咎めるような目で堅悟を見下ろした。
「堅悟さま、こんな明るい内から飲酒など」
「固いこと言うな翼ちゃん。そういう約束だったんだからよ」
しかし律儀な男である。前回の別れ際の応酬をしっかり覚えていたようだ。翼とは逆の側に立ち、もう一本持っていたビールを開けた。
まだ缶ビールには口を付けず、横目でカイザーの全身をざっくり見回す。
あの装甲悪鬼が手傷を負っているところを、堅悟は初めて見た。
「昨日、アンタには手間を掛けさせちまったみたいだな。すまねぇ」
「リザの件なら気にするな。どの道『デビルバスターズ』をタワーに向かわせるわけにはいかなかった」
昨夜、間遠和宮が単身でやって来た段階で予想はしていた。あれだけの騒ぎを見過ごす大英雄様ではなかったはず。やはり組織立って動いていたのだ。
意図せずカイザーを裏方として『デビルバスターズ』の勢力足止めに奔走・酷使させてしまったことには素直に感謝と謝罪をせねばならなかった。
無論彼を呼び出した用件はそれだけに済まない。
「用意が済んだら出向くと言ったろうに、まさか悪魔と英雄の混同組織とはな。さらにバハムート討伐の大金星。やはり面白い男だよ、君は」
「マーリンの野郎にも似たようなこと言われたよ。知らず、あのクソの掌で踊ってたらしい」
「言うのが遅れた私の責任だ、気に病むな」
昨夜の名残から黒煙立ち昇る遠方のタワーを並んで睨みながら、労うように気遣うようにカイザーが言う。
「装甲三柱の中でも一番厄介なのがマーリンだった。バハムートなどはまだ扱いやすい方だ、あれは武力によるシンプルな権威で統率していたからな…。だが、マーリンは別だ。武に拘らず詐術話術奇策奇術権謀術数あらゆる手を使う。そのうえ、刹那的な快楽主義者だ」
「そこまで分かっていながら何故あれと手を組んだ」
「分かっていたからだよ、元よりあれを実質的な戦力として数えてはいなかった。近い位置で監視すると共に他の悪魔勢力に『三柱同士が結託した』という脅威でもって牽制と抑止の歯止めを掛けて身動きを封じるのが本来の狙いだった」
ピリピリとした空気に居たたまれなくなってきたのか、翼がしきりに太陽に同化しそうな光翼を開いたり閉じたりしている。
開けたはいいが、まだこのビールを胃袋に流し込むわけにはいかない。
「リザ達の足止め後、タワーに潜り込んでハスターと会ったよ。やはりマーリンと繋がっていた、それに奇妙なことにバハムートの死体が忽然と消えていたらしい。何か覚えは?」
「俺らは知らねぇけど、たぶんあの小娘と執事の仕業だろ。ってかよくハスターが口を割ったな」
「問答無用で襲ってきたさ、無事な社員からニャルラトホテプまでな。…利き腕を落としたところでようやく話してくれた」
化け物かよ、と口の中だけで呟く。だが『過激派』の本陣でそれだけの大立ち回りを演じたカイザーの無双っぷりというのも想像に難くないのが恐ろしいところだ。
情報はこの辺りで打ち止めだろう。となれば本題。
いい加減、堅悟もこれ以上ビールが温くなるのは我慢ならなかった。
これを飲む。その覚悟はあるし、もう決まっている。
「前の話な、乗るよ。アンタの大願と俺達の悲願は極めて似た道の先にある。手を組もうぜカイザー」
「助かるよ。今となっては私が『リリアック』に加入するのが手っ取り早い話なのだろうが、それはやめておいた方が無難だろう」
「おそらくな。アンタは『無所属のカイザー』が一番動きやすいはずだ。組織に与するとアンタお得意の単騎機動力が落ちる。今回みたいにアドリブで合わせてくれりゃいい」
ようやくの本題は、呆気ないほどあっさりと締結された。掴んでいた缶ビールを持ち上げると、鏡合わせのように同じ動きでカイザーが缶を掲げていた。
「目下、すべきは」
「早急な魔術師の撃破、ってことで」
すっかり汗をかいて水びたしになった缶同士が、カコン、と。
間抜けな音を立ててぶつかった。

       

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Neetsha