さて、状況を整理しよう。
先程俺は公園で所在なさげにしていた幼女を誘拐した。
彼女は今助手席に座ってつまらなそうに外を眺めている。
で?
この後どうすりゃいいんだ俺?
特に綿密なプランを練ってから誘拐したわけでもない。
というか万に一つも成功しないだろうと思ってダメ元でアタックしてみたら、いつの間にか幼女と一緒にドライブしているわけだが。
これ現実か?夢じゃないよな?
ちらっと幼女の方を見てみる。
背格好だけ見ると小学校低学年かと思うが、格調高い制服に身を包んだその様子はなんともいえない高貴さを纏っている。
一体いくつなんだ?いやその前に名前か。呼び方がわからないと不便だし。
…………………………。
おいおい、いくらコミュ障だからって何も話しかけずちら見するだけってのはないだろう。
一応これでも中学高校大学という数々の難関を乗り越えてきたんだぞ。
勇気出せ俺。
「えっと、名前教えてくれるかな?」
「まず自分が名乗ったら?」
「あ、ゴメンゴメン。俺は山田健二。歳は二十三」
うーんけっこうトゲトゲしいな。このくらいの歳の子ならもう少し人懐こいと思っていたが。
というかこんな子がどうして知らない男の車にホイホイと乗り込んだんだ?
我が子をお嬢様学校に通わせるような親ならそのへんの教育はしっかりしているはずだろう。
「山田健二………ヤマケン………プフォッ」
ん?対向車に気を取られていたが今なんか聞こえたぞ?
幼女の方を見ると窓の外を見ながら小刻みに震えている。
なんだ?名前がおかしかったのか?
確かにどこに行ってもヤマケンというあだ名を付けられ、小学校時代はその名でイジり倒されていたわけだが。
それにしてもなんと可愛い生物だろう。
隠しているつもりなのかもしれんが、微かに窓に映るその顔は吹き出すのをこらえながら必死で呼吸を整えようとしている。
「俺の名前、そんなに可笑しかった?」
「……は?全然。つまんない名前」
そんなことを言っているそばから思い出し笑いをこらえて拳をギュッと握る幼女。
いかん。いかんぞ。当初の目的を忘れるな。
俺は今からコイツの携帯を使って親に連絡を取り、口座に百万ほど振り込んでもらわねばならない。
決してこの愛くるしい生物と一緒にネバーランドを目指したりしてはいかん。
いや、口座振込はまずいか。一瞬で身元を特定されそうな気がする。
どうすりゃいいんだ?場所指定して受け取るってのも怖いしなあ。
そうだ、捨てアドにアマゾンギフト券を送ってもらおう。
引きこもりの俺は支出の約八割がアマゾンだし、ネカフェから連絡を取れば簡単に足がつくことも無いだろう。
おっと、まだ幼女の自己紹介を聞いてないぞ。
俺としたことが少しツンデレぶりを見せつけられた程度で舞い上がってしまった。
「それで、君の名は?」
「……教えない」
あれ?
今までのやり取りでけっこう打ち解けてくれたと思ったんだが。
この程度の仲良しポイントじゃまだ名前を聞き出すことはできないか。
そうは言ってもこの先何を話せばいい?
いきなり携帯貸してとか言っても百パーセント断られる気がする。
だいたい俺の方も心の準備というものが全然できていない。
やはりこのままドライブしながら少しずつ仲良くなるしかないか。
いや。
そんなことをしているうちにまた当初の目的を忘れそうな気がする。
もうここは行くしかない。
問題はどう切り出すかだ。
どんな携帯使ってるか見せてもらってもいい?
……うーん、ダメだな。不自然すぎる。
………………。
いい案が全く浮かばん。もういいや。普通にいこう。
いちいち会話する前に切り出し方を考えている方がおかしいだろう。
「あ、そうだ。携帯貸してくんない?」
「なんで?」
「家に置いて来ちゃってさ。職場に連絡入れなきゃいけなくてね」
我ながらスマートな機転の利かし方だ。敗北を知りたい。
「……持ってない」
「え?」
「今持ってない」
「……いや、さっき持ってるって言ったよね?」
「持ってるけど家にあるの」
……?
ワイジャパニーズ幼女。
家に置いてきたら携帯の意味がないダロウ。
家に置いてきたと嘘をついた俺が言うのもなんだが。
だがしかし。
この程度で怯む無職童貞ではない。
女との会話シュミレーションなど今まで何億回とこなしてきた。
「そっか。家の電話番号はわかる?」
「わかんない」
「住所は?」
「さあね」
………………。
なんだろう。やはり遊ばれているのか。
こんなに頭良さそうな子が電話番号も住所も知らないなんてこたないはずだ。
初めからこちらの目的を看破した上でからかっているのだろうか。
こうなってしまうと正直打つ手が無いぞ。
身代金を要求しようにも親と連絡を取る手段がない。
それに万が一この子が携帯を持っていた場合、親は常に居場所を把握することが可能だ。
変な場所にいることがバレたら即刻お縄という事態にもなりかねない。
……。
あきらめるか。
いくらなんでも状況が悪すぎる。
このまま無意味にドライブを続けても通報されるリスクが高まるだけだ。
適当なこと言って帰ってもらおう。
そんなふうに気楽に考ていた俺は、すでに取り返しのつかない事態に陥っていることに気づくはずもなかった。