Goriate
名もない少年
聖剣を右手に持ちゴリアテと相対する。
勇者は苦悩していた。
王国に伝わる勇者の鎧を身にまとい、淡い光を放つ独特な形状をした長い剣を手にしていた。失われた技術で作られたというそれは、刀身部分にまっすぐ走った溝が、その光を放っていたのだ。
また柄の部分には何やら押し込むことのできる突起物が付いており、それを押し込むことによって光の光線を放つことができるのだ。
だがそんなことは関係ない
勇者は王宮にある塔の屋根の上に乗り、ジッとゴリアテのことを見ていた。
彼はいつでも戦えるようにしながら、物思いに更けてっていた。
勇者はもともとは貧民街の育ちだった。
彼の両親は貧民街で生まれ育ったらしい、子供もぼろ切れと古い材木で作った家で生んだらしい。ただでさえギリギリの生活だったのが、子供ができたせいで一層生活は苦しくなり、金は底をついた。
そのため、両親は王都まで仕事に行った。
王宮を増設するとかで人手がいるらしく、貧民街にまで仕事を集めに来たのだ。
始めは一か月から二か月程度の建設の仕事ということで、両親も彼を子供の彼を隣に住んでいた婆さんに預けて王都に向かって行った。
結果
両親は帰ってこなかった。
仕事が忙して戻ってこれなかったのか、それとも王都での生活に慣れてしまって貧民街に戻りたくなくなったのか、理由は定かではないが一年、二年と両親は帰ってこなかった。やがて婆さんも死んでしまった。
彼はたった一人で貧民街に捨て置かれた。
初めのうちは嘆き悲しんでいた彼だが、二年も経つころには完全に記憶から消え去ってしまった。それだけ日々の生活がきつかったのだ。
毎日貧民街の入り口にあるゴミ捨て場に向かい、金目のものやまだ食べられる食糧を集める。そして集めたものを売り払い、雀の涙程度の金を貰う。それだけで午前中は終わってしまう。
午後は貧民街の中央を走る下水に下りてそこに住む魚を取ったり、たまに町に行ってマナという保存がきく安い食べ物を買ったりする。
ひたすら無意味な日々を続ける。
そんなある日の事、人生が一変する日が来た。
その日、王国内で大きなお祭りがあった。
貧民街の人々にとってもお祭りは特別だった。屋台や古物市が開催されるので、安い金で色々なものが買える。貧民街の人が一斉に買い物に向かって行った。彼も同じだった、仲間と一緒に古物市へ向かった。
その時
偶然にもある貴族に目をつけられた。
その貴族は男色家で有名で、お祭りということでいい男を物色していたのだ。彼はその男のお眼鏡にかなったのだ。
お付きの人が金を握らせて、馬車へと連れて行った。世間知らずだった彼は何の違和感も抱かずに大金が手に入ったことだけをただただ喜んでいた。そして気が付いた引き返すことのできない場所まで来ていた。
本能的に危機を察した彼は、貴族の隙を見つけて逃げることにした。
渾身の一撃を顔面に叩きこみ、怯んでいる間に馬車の扉を開いて外に転がり出た。あっという間に馬車は道を進んでいき、彼はどことも分からぬ場所で一人途方に暮れることとなってしまった。
偶然にも
そこは聖剣の丘と呼ばれる場所だった。
見晴らしの良い場所で、彼はその頂上に上ってここがどこなのか探そうとした。
普段は警備が非常に厳重で近づくことすら許されない場所なのだが、今日だけは違った。警備に当たっている兵士たちもお祭り気分で浮かれていて、数がいつもの半分以下だった。
そのため彼は何の障害もなく丘の頂上にたどり着いた。
そこには
聖剣が突き刺さった台座があった。
月光がまっすぐ美しい剣の柄を照らし出し、周囲に生えた白い花がゆらゆらと揺れていた。幻想的なその風景を見て、彼はまるで何かに導かれるように聖剣のもとに向かい、それを掴んだ。
そして
一拍おいて
引き抜いた。
次の日
名もない少年は勇者となった。
そんな彼の初陣がゴリアテだった。
ジッと見つめあう。
ゴリアテの不気味な両眼は紫色の鈍い光を放ちながら、まるで自分のことを待っているかのように微動だにしない。
恋人同士のようにじっと見つめあっていると、彼はあることに気が付いた。
ゴリアテの頭部に
一人の少女がいる。
おそらく頭の半分は空洞になっているようで、そこに少女が座っているのだ。
勇者はその姿を見た瞬間に
戦う気が失せてしまった。
なぜならそこにいる少女の姿に見覚えがあったからだ。
彼女は貧民街にいた。
自分と同じ人間だ。
「…………」
勇者は聖剣を手放した。
事情は分からない、なぜ彼女がゴリアテと共にいるのかなど見当がつかない。
しかし、自分に彼女と戦う資格はないと思ったからだ。
自分を裏切ったであろう両親と
今、勇者として優遇されている自分
何一つとして変わらない。
それに、少女にはこの国を殲滅するだけの資格はあるだろう。
自分とは違うのだ。
勇者はカラン、コロンと軽やかな音をたてて地面に落ちていく聖剣を見送ってからもう一度ゴリアテのことを見た。
勇壮たる姿だった。