Goriate
大臣だった男
その男はもともと王国の大臣だった。
彼は有能だった。いい学校を出て一流の教育を受けた。決していいところの出身ではなかったが、そこは努力と才能で乗り切った。彼は国民の声をくみ上げて、それを政治に反芻することのできる数少ない人間だった。
そこら辺にいる有象無象の政治家とは違った。
だが、それゆえ疎まれることとなった。
彼は有る大臣に目をつけられた。
その大臣は長年国王に取り入っており、気に入られるよう、出世できるよう努力を惜しまなかった。決して良い人間ではなかったが、狡猾で、賢かった。そのため大臣は自分の出世の邪魔になる彼を排斥しようとした。
そのために策略を巡らした。
彼はそれに気が付かなかった。根がいい人なのだ。そんな目にあうなんてそんな事、想像だにしていなかったのだ。
まずは外堀が埋められた、いい意味ではなく悪い意味で。悪いうわさが大量に流布され、王宮内での彼の立ち位置がどんどんなくなっていった。貴婦人からは嫌な目で見られ、後ろ指をさされまくった。
どんどん孤独になっていったが、彼は一切気にしなかった。
大臣になるまで一人で勉強し、一人で過ごしてきた。孤独は彼にとって居心地の良い物だったし、本当に彼のことを慕っている人は王宮の中はいなかったから。
一人でも彼は通常運転だった。
彼を憎む大臣はそれを良しとしなかった。
当たり前だ。
大臣は最後の手段をとった。
自分の第二夫人と彼が不倫をしていると大嘘を流したのだ。自分の夫人に嘘までつかせて、証拠もねつ造した。女の協力さえあればその程度のこと簡単にできた。それに今まで流されていた悪い噂とかけ合わさって、彼の評判はダダ落ちした。
彼がそれに気付いたとき、すべては手遅れだった。
国王から姦通の罪を言い渡され。国外追放される運びとなった。
この国において姦通は重罪であり、他にも横領しているだとかの噂が罪を重くさせていった。
彼は絶望した。
身にまとえるだけの布切れ、水筒一つ分だけの水、そして掌に乗る程度の袋に詰まった果物を干した保存食。それだけを与えられて、彼は壁の向こうの砂漠にたった一人で捨て置かれた。
二度と壁の中に入らないよう憲兵に言い渡されて、彼は一人砂漠の砂の上、日光を浴びながら考え込んだ。
どうして自分がこんな目に遭わなくてはいけないのだろうか?
自分は何か間違ったことをしただろうか?
考えても答えは出なかった。
彼は考えながら道を行った。赴任中、砂漠を開拓し壁を拡張する仕事についていた。そのため、この周囲の地形については少し詳しかった。そのため一番近いオアシスの位置を把握していた。
この程度の水と食料でも十分間に合う位置だった。
しかし問題は魔族だった。
いつ侵攻するかもわからず、下手をすると巻き込まれて殺されるかもしれない。
彼はどこか隠れ住める場所を探すことにした。
オアシスに生えている植物を使って簡単な物入れと水筒を作る。生えている木から採れる果物を詰め、水を一杯になるまで入れる。そして布を裂いて作った縄で括って肩から掛け、持ち運びやすいようにする。
そして彼は道なき道を進んで行った。
少し前に見た王国周辺について書かれた文書に、王国から行ける範囲にある遺跡があるとあった。
何百年も前に書かれたものなので嘘か本当か分からないが、こうなった今、行ってみる価値ぐらいはあるだろうと思えた。
そして彼は見つけた。
ゴリアテを
その遺跡は非常に独特の形状をしていた。
大きな岩山の隙間と隙間に隠れた不思議な扉から中に入ることができ、そこからは一本の長い通路に繋がっていた。それをまっすぐ行くと、やがて広い場所に出る。そこに大量のゴリアテが詰まっていたのだ。
何百mにもわたる正四角形の深い穴に何百体という巨人が立ち尽くしていた。土やほこりにまみれ、かつての姿が嘘のようにみすぼらしい姿だったが、それでも彼はかつて世界を滅ぼした巨人の姿に恐れを抱いた。
また、ゴリアテが詰まる穴の上には何本も橋が架かっていて、少し離れたところにはいくつかの小さい部屋があった。
彼はまっすぐそちらに向かって行く。
すると、超古代の遺物がいくつも転がっていた。
使い道が一切分からなかった、彼はまるで引き寄せられるかのように一つの腕輪を拾い上げた。
それは棚の中に詰まっていたが、半分は地面に落ちていた。残ったほとんどはひびが入ったり欠けたりして壊れていた。
唯一無事に残っていた一つを彼は手に入れたのだ。
まるで引き寄せられるかのようにそれを腕に通してみた。すると、光り輝き、一体のゴリアテが起動した。ズゥゥンという鈍い音をたてて、目から鈍い光が放たれる。その腕を真っ直ぐと天に向けた。
しかし、その手の先はただ天井に向けられているだけだった。
彼はそれを見た瞬間
あることを思いついた。
この力さえあれば、あの王国に復讐することができるかもしれない。
彼は薄汚れた布切れの下で、泥でまみれた頬をグニャリと歪ませた。
復讐だ。
この力を思う存分振るってくれる。
彼はそう決心し、腕輪を片手に王国へ戻ることにした。
その道中、壁が見えるところまで来た時
彼は巡回中の魔族に襲われた、ゴブリンと呼ばれる醜い小人の姿をしたそいつは、腕に生えた鋭い爪で彼の胸を切り裂いたのだ。咄嗟に地面を蹴って砂をまき散らし、何とかゴブリンの目を潰して追い返すことに成功した。
だが傷は深く、それを癒す術はどこにもなかった。
彼は傷ついた体をフラフラとさせつつも、復讐を達成するという決心だけで進んで行った。そして、壁にある唯一の穴を下水処理用の排水口を通って内部へと侵入していった。
そこは貧民街にもつながっていた。
王国で一番泥臭い道を進んで行く。傷跡に下水が染み込んでいき、彼の寿命はゆっくりと削られていった。
視界が霞んでいく。指の先からドンドン冷たくなっていく、もう歩いている感覚もなくなってきた。彼は川の向こうから死神が手招きしている姿がよく見えた。だが復讐心一つだけで彼は何とか持ちこたえていた。
しかし、復讐をこなす前に死ぬであろうことは容易に想像がついた。
誰か
誰か自分の代わりになってくれないか
そう思った瞬間
一人の少女の姿が目に付いた。
貧民街には王国に表立って過ごすことのできない人間が集まってきている。
もしかすると、彼女も王国から追放された一人かもしれない。
そう思った彼は
彼女に全てを託すことにした。
腕輪は無事受け取ってもらえた
その安心感からか、全身の力がスッと抜けるとバチャリと汚い音をたてて倒れ込んだ。できることなら、腕輪を受け取った少女が自分のことを気遣うことなく向かって行ってほしかった。
そしてその願いは聞き遂げられた。
彼は薄暗い下水の上で
その一生を終えた。
しかしその顔は非常に満ち足りたものとなっていた。
結局、彼の死体はゴリアテに踏み潰され、跡形も無くなってしまった。