Neetel Inside 文芸新都
表紙

かげろう
結編

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夕暮れを過ぎ、辺りが薄暗くなって来た頃、俺は一人の少女にある告白をされた。
「今日はお別れを言いに来たの。」?
「は?姫野、お前何言って…。」
話は一時間ほど前に遡る。

五月も残り僅かとなったある日の黄昏時のことだった。
今日は日曜だったので、学校もなく家でダラダラと一日を過ごしていた。
姫野の家に行こうかとも考えたが、休日はに遊びに行くのも迷惑かと思いやめておいた。
一日二日会わないだけで胸に穴が開いたかのようだった。これが恋と言うものだろうか?
少し考えて笑ってしまいそうになった。
「…俺が恋か…。」
馬鹿らしかった。こんな自分が恋などおこがましい、相手に迷惑なのはわかりきっていた。
ピーンポーン♪
ゆっくりと流れる時間を急に断ち切るチャイムの音。
「あ、はーい。」
きっとセールスか宅配便の類だろう。そう思ってドアを開ける。すると、そこにいたのは俺の予想を大きく裏切り、見覚えのある顔が立っていた。
「こんばんは。」
「よぉ…、って何かようか?」
「なーに?用がなきゃ来ちゃいけないの?」
「んなこたないけど…。」
俺は、イマイチ状況が掴めなかった。
「今日は言わなくちゃいけないことがあって来たの。」
言わなくちゃいけないこと?金曜日に何か言い忘れたのだろうか?例えば月曜日に宿題が出てるとか?時間割変更があったとか?
そんなことを考えている俺をお構いなしに、姫野は話を続けた。
「あのね、私…。」
姫野は言いにくそうにしながら、そこで一度言葉を切って再び続けた。
「今日はお別れを言いに来たの。」
「は?姫野、お前何言って…。」
言ってる意味がさっぱり分からなかった。
「私ね…。」
「…明日また転校するの…。」
俺は何も言えなかった。何も分からなかった、分かりたくもなかった。

「いつ決まった?」
「一昨日の夜、お父さんにきいたの。」
「…突然だな。」
「…うん。」
「…どこに行くんだ?」
「北海道…だって聞いた。」
「…遠いな。」
「…うん。」
そんなことよりもっと大事なことがあるだろ。
そう思っても、なかなか言い出せない。
「ねぇ、私って…。」
重い雰囲気が流れる中、不意に姫野が口を開いた。
「まるでかげろうみたいね。春にふらっと現れて、まるで煙のように消えてしまう。」
だんだん、彼女の声が涙声に変わっていく。
「私、かげろうなんかじゃないよね?みんなの記憶から消えたりなんかしないよね?」
彼女を目一杯抱きしめてあげたかった。でも俺にそんな資格はありはしなかった。
「大丈夫…。消えたりしない…。」
「絶対に…。」
俺は、ただそう言ってあげることしかできなかった。
「…うん…。」
手をのばせばすぐにでも届くのに、明日になったらその手はもう届くことのない。
遠いのは、果たして現実の距離だけだろうか?
「あ…あのさ…。」
今言わなくてはならない。でも上手く声にならない。
「…何?」
こんな気持ちになるとは、つい一ヶ月前の自分は予想だにしなかった。
やはりこの一ヶ月、この「姫野優子」という少女に出会ってから、確実に俺は変わり始めている。
「坂崎君?」
「あのさ!」
緊張で声が裏返る。俺は言いたい、言わなければならない。そうしなければ絶対に後悔する。そう分かっているのに二の句がつげない。そして、やっとの思いで出た言葉は…。
「あのさ…、最後にもう一度…、優子の歌が聞きたい。」
俺は大馬鹿だった。

「何かリクエストはある?」
「じゃ、じゃああれ歌ってくれ、あの…。」
「燃えないゴミ?」
「そう、それ!」
それを聞くと、優子は軽く微笑んだ。
「分かりました、ではリクエストにお答えして…。」
「えっ…?」
優子は、いきなり俺の手を取って走り出した。
時刻はもう八時を回っていた。
「…っと、おいっ!どこに行くんだよ!」
「すぐそこよ!」
そうして向かった先は学校だった。
「ここに何かあるのか?」
「うん、この中よ。」
「この中って、おいっ…。」
俺が言い終わる前に、優子は塀を乗り越え中に入っていった。
「見つからないうちに、早くー。」
塀の向こう側から声が聞こえる。
「お前…。見つかって退学処分とかになったらどうすんだ。」
「その時は、私と一緒に転校すればいいじゃなーい。」
「簡単に言ってくれるな、はぁ…。」
自慢じゃないが、俺の体育の成績は五段階中の三。良くも悪くも平均的だ。
そして目の前にそびえ立つ壁は、三メートルくらいありそうだ。
結論、俺には無理だ。そう思い諦めようとしたそのとき。
ガチャ。
「校門開いたよー。」
なかなか来ない俺に痺れを切らしたのか、ピッキングをしやがった。
「はぁ…。」
俺は観念して学校に侵入した。

夜の学校は怖いとよく聞くが、優子は全く臆する事なく俺を引っ張り進んで行く。
全くもって頼もしいというか何と言うか…。

「着いた♪」
「ここって…。」
教室じゃん、俺らの…。
「そ♪私たちが初めて会った場所。」
「そうか、そうだったな。」
ここは俺たちが初めて会った場所だっけ…。
「ねぇ、覚えてる?初めて会ったとき、私が坂崎君にこれからよろしくねって言ったら、席替えは一ヶ月に一度だからそれまでよろしくって返してくれたよね?」
「そんなことよく覚えてるな…。」
「…本当になっちゃったね…。」
俺は何も言えなかった。優子の表情はこちらからは見えなかったが、きっと暗い表情をしてるのだろう。
「何か湿っぽくなっちゃったね。そろそろ帰ろっか!」
「…おい。」
「冗談よ。」
「それではリクエストにお答えしまして…。」
「…今日は眠らないでよ?」
「…眠らねぇよ。」
というか眠れない。優子の歌を聞けるのも、これが最後だと思うと尚更だ。
ゆっくり呼吸を整える。
そして、小さなコンサートが始まった。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「聞こえますか?今は私の声が~♪」

「届きますか?今になってやっと~♪」

「いつも交わらぬその心~♪」

「気付いて悲しむ~♪」

「この平行世界で~♪」

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

目を閉じると、走馬灯のようにこの一ヶ月のことが思い浮かんできた。
この歌が終わったら告白しよう。きっとできる、どんな結果になっても後悔しない。そう思える歌だった。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「昔はそんな事なかったのに~♪」

「気がつけば空気になる宝~♪」

「私は自分の事ばかりで~♪」

「ただそのぬくもりに~甘えてばかり~♪」

「無くして初めて気付いた~♪」

「今までのそのすれ違い~♪」

「あなたの出した手紙は~♪」

「いつも開いていなかった~♪」

「近くでもつれて遠くヘ続く~♪」

「その差は確実に開いていく~♪」

「ば か り で…」

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

優子の歌声が、だんだん涙声に変わっていくのが分かる。
別れのとき。それは刻一刻と近付いていた。
気付けば歌は終わり、優子はこちらをじっと見つめていた。言わなければならない、今ならきっと言える。…言おう。そう決意したその時。
「好きです。」
「え?」
用意していた言葉を先に言われて戸惑う俺。
「坂崎君、こんなこといきなり言われても困るかもしれないけど…。」
俺は唖然としていた。
端から見るとかなりマヌケな図だった。
「私と同じ高校に行ってくれとは言いません。」
「…一年後、私がこの町に帰って来たら…、一緒に大学に通ってくれませんか?」
突然の告白。だが、俺に断る理由なんてなかった。
「…あっ…と…。」
さっきの自信はどこへやら。
俺は、その後どのような会話をしたかあまり覚えていない。
ただ一つ確かなのは…。
「…お、俺でよければ、喜んで…。」
その一言は確実に言えた…気がする。

そして、次の日。
出発が学校が終わった後ということで、クラスで送別会が行われた。
一ヶ月しかいなかったとはいえ、人が一人いなくなるのは悲しく、クラスにぽっかり穴が開いたようだった。
空港も最近近くにできたため、みんなで見送りに行くことになった。
「さよなら、みんな!元気でね!」
「優子ちゃん、元気でね!」
「向こうに行っても、たまには連絡くれよ!」
みんなが別れの言葉をかける。
「・・・。」
「…またね。」
「ああ…。」
優子は、短い別れの言葉を言ってエスカレーターに向かう。
「あのさっ!」
「…待ってるから。」
「…うん!行ってくるね!」
こうして、俺の高三の五月のできごとは幕を閉じた。



そして一年後…。



俺は、見事第一志望の大学に合格した。
あの日約束した彼女からは、未だに帰ってきたとの連絡はない。
もうすぐ入学式だ…。


「坂崎君。」


不意に後ろから声がかかる。…まさか…。

俺は期待を胸に振り返った。
そしてそこには…。





「どうしたの?ぼーっとして。」

…って!近所のおばちゃんかよっ!




~完~

       

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