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とある底辺WEBライターの日常
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田中 蔵人(くらひと)は昼過ぎに目が覚めると、昼食も取らずに、すぐにパソコンの前に座り電源を入れた。
そしてブラウザのお気に入りから、大手のクラウドソーシングサイト≪ピットファイターズ≫に飛び、新着のタスク案件を検索する。
毎日のように繰り返すこの一連の作業は、すでに蔵人の体に本能のように染みついていた。

「ちっ、文字単価一文字0.2円以下の案件なんて出してんじゃねーよゴミクライアントが、とりあえずアドバイス入れとこう」
タスク案件一覧から低単価の案件を見つけた蔵人は、ページ右側のアドバイスボタンをクリックして、『単価が相場より安い』とアドバイスを投稿した。
投稿されたアドバイスは、匿名でクライアントの元へ届けられるから安心だ。


その後蔵人は、同じような低単価案件を見つけると、片っ端からアドバイスを送信した。
こうした地道な努力が、このWEBライティング業界の報酬を良くしていくのかは定かではない、きっとあまり効果はないだろう。
しかもアドバイスしたからと言って特に報酬などの見返りもない、完全なボランティアだ。
それでもこういったクソ単価なタスクを見つけると、アドバイスせずにはいられない、そういう性分なのだ。

プロジェクト案件ならば一文字0.5円以上の高単価を得られる機会も多いが、その分クライアントとの打ち合わせなどが発生する。
コミュニケーションが苦手でWEBライティングをしているのに、それでは本末転倒だ。

そうこうしているうちに、単価0.3円以上の案件を見つけた。

《全身脱毛の体験談を3件募集、500文字200円》

「やった、良案件発見!」
案件の詳細を見るまでもなく、蔵人は即座に作業ボタンを押す。
いちいちルールや詳細を見ていたら、良案件何てあっという間に他のライターに取られてしまう。

スムーズに作業画面に移行したことを確認すると、最初の関門を突破した蔵人はひとまず安堵した。
改めて蔵人は、クライアントの提示している記事作成の詳細を確認する。

特にこれと言ったことのない、普通の体験談募集のルールだった。

「なるほど、特に女性限定というわけじゃないな・・・・・・これならいける」
もちろん蔵人は男だ、脱毛エステで全身脱毛の経験なんであるはずもない。
しかしそんなことは些細な事だ。
体験談を書くライターが実際にそれを体験したかそうでないかなんて、クライアントにはわかるはずもない。
それにクライアントが求めているのは、検索上位に表示されるSEOに最適化された記事だ。

こういった体験談執筆で気を付けるべきポイントは唯一つだけ、条件付けがあるかないかだ。
特に女性限定や年齢限定などと言った条件が付いている案件にはうかつに手を出さない方が良い、そういうのはプロフィール欄を見れば一目でわかってしまう。

こうして俺達最底辺のWEBライターは、ネット上に無価値な情報をばらまき続けている。
そこにプライドややりがいなんてものは存在しない。
ネットの価値を貶め続けていく対価は、ごみのような報酬だけ。

穴倉の剣闘士(ピットファイターズ)、そう、俺たちはクラウドソーシングというコロシアムに投げ出された奴隷戦士(ピットファイター)なのだ。


続く

     

全身脱毛をしてきました

私って昔から毛深い体質で、特にビキニラインやVゾーンのムダ毛の処理にいつも困ってたんですよね。
剃刀で剃っても剃り残しがあったりして、もっと上手にムダ毛の処理が出来ないか色々と悩んでいたんです。
そんな私にも彼氏が出来て、彼は特に何も言ってないけど、やっぱり私のムダ毛が気になるみたいで、このままじゃいけないと思って脱毛にチャレンジしてみることにしました。
脱毛自体初めてですが、やっぱり本格的に全身の脱毛したほうがいいと思って、ネットで脱毛サロンに関する情報を検索してみたんです。
色々検索してみると中々良さそうなお店を見つけたので、早速ネット上から予約してみることにしました。
お店も駅からの交通アクセスも便利で、お店の雰囲気もとても良くてスタッフの対応も親切丁寧ですごく好感が持てました。
この手の脱毛のお店でよくあるスキンケア商品の強制購入みたいなことも全然無くて、とても良心的なエステです。
全身脱毛コースを予約しましたが、初めての光脱毛の経験なので少し不安でしたが、光アレルギー反応もなかったので少し安心したのです。
痛みもほとんど感じなくて、お肌の弱い私でも安心して全身脱毛してもらうことが出来ました。

     

「我ながら良いゴミ記事が書けた」
自虐的ともとれる言葉をつぶやきながら、蔵人は満身の笑みを浮かべる。

蔵人は次の案件に取り掛かる前に、別窓で開いていた検索ページを閉じる。
閉じようとしている検索ページには、全身脱毛に関する検索結果が並んでいた。
そう、蔵人は、ネット検索で得た情報だけで記事を書いていたのだ。

本来執筆作業というものは、膨大な専門資料や取材によって得た情報から記事を書き起こすものだが、低単価のWEBライティングではいちいちそんなことをしていたら赤字になってしまう。
それにタスク作業にはシステム上の制限時間があり、取材などをしている時間すらない。

必然的に検索による情報収集しか、選択肢の余地はないのだ。

勿論ネット上の文章をそのままコピペしただけでは、当然コピペチェックツールに引っかかり、記事は拒否されブロック、最悪の場合クライアントが裏で共有しているブラックリストに登録されてライター人生はおしまい。
そうならないためにも、複数のネットソースから適当に情報を拾い集めて、自分なりの文章に翻訳して記事にする。
それがこの世界で生き残る術だ。

可もなく不可もない、それでいてコピペチェックツールにコピペ判定されない程度のオリジナリティ。
それが底辺WEBライターに求められている執筆能力だ。

既存のありふれたネット情報をシャッフルして、それをオリジナリティと称してネットに垂れ流す。
そうして垂れ流された情報を基に、更なる似非オリジナル記事が量産されるという図式だ。

本当に吐き気がする行為だ――と、蔵人は心の中で吐き捨てる。

しかし切実な問題、人は生きるためには金を稼がなくてはならない、まっとうな方法でお金を稼げるのならそれに越したことはない。
だが、世の中にまっとうな仕事というものはどれだけあるのだろうか?
自分のしていることに疑問を持ちながら働き続けている人間など、世の中に巨万といる、自分の好きな事をしてお金を稼いでいる人間など一握りだ。

そう、これが当たり前なのだ。

そう納得して、蔵人は次の案件を探し始めた。


続く

     

ある程度の案件を片付け、小休止を取ろうしてしていた蔵人だったが、クライアントからのメッセージが一件入っていることに気が付いた。

「大手ヘルスケアの執筆と校正依頼?」

依頼内容には有名メディアに掲載する記事のトライアル募集と書いてあり、報酬も一文字一円以上とWEBライティングとしては破格とも言っていい報酬だった。
募集人数も数十人越えと、かなり大掛かりな案件なのが分かる。

すこしばかり興味を持った蔵人だったが、これだけの大規模なプロジェクトだと打ち合わせや追加執筆も頻繁にあるかもしれない、そのうえ募集要項にはWORDとExcelが必須と記載されていて、そのどちらの使用経験のない蔵人としては、手を出すのに躊躇する案件だった。

「まあ、うまい話には裏があるってよく言うし、見なかったことにしよう」
そう呟いて蔵人はメッセージを閉じた。
ひょっとしたらこれがこの業界でのし上がるチャンスなのかもしれない、だが今でもギリギリ生活できるだけの収入は確保できているから、無理に請け負うこともない。



蔵人は遅すぎる昼飯を取り、気を取り直してタスク作業を再開することにした。

タスク作業は気楽でいい――そう考えながら蔵人は記事作成を進める。

まとまった記事を請け負うプロジェクト方式とは違い、タスク作業は一件が数百文字程度の単発案件だ。
その時の気分で選べるタスク作業の方が、ノルマや責任を負うこともなく精神的にも負担が少なくて済む。

這い上がって眩しい光に照らされる世界を目指すよりも、自ら薄暗い穴倉の底で生きていくのも気楽で良いと、蔵人は最近思い始めていた。

続く

     

田中 蔵人は現在貧困の真っ只中にあった。
クラウドソーシングサイトに登録された記事案件の募集も明らかに減り、日を追うごとに時給が減っていった。

「500文字75円か……」

あれだけ毛嫌いしていた一文字0.2円以下の案件にも手を出さなくては生活していけない。
それほどまでに蔵人は切羽詰まっていた。

2か月前の出来事だ。
ライティング業界を震撼させたあるニュースがネット上を駆け巡った。

大手IT企業が運営するヘルスケア関連のまとめサイトが、外部の業者に記事を発注して、医師の監修も受けずにでたらめな記事を大量掲載していたのだ。

蔵人にとっては、耳の痛い話だった。
しかも大手企業のヘルスケア記事の依頼と言えば、あの時断った依頼そのものではないか。


「あの時手を出したら今頃どうなっていたか……」

一歩間違えば不正行為の片棒を担がされるところだった――

そのときは、当事者ではない自分とはあまり関係のないニュースだろうと軽く流していたが、それから二か月経った今、事件の影響はクラウドソーシング界全体に緩やかに広がっていた。

一番顕著な影響は、日に日に案件が少なくなっていることだ。

案件が少なくなる時期は以前から何度かあったが、これだけ長い期間、日を追うごとに案件が少なくなっていくのは、明らかにこの事件の影響だろう。
記事作成時の注意事項にも、やたらとコピペやリライト(元の文章を参考にしたり書き換えたりしてオリジナルな記事を書く行為)は厳禁、不正行為が発覚したら運営に通報という言葉が目に付くようになった。

そう、悪いのは、コピペやリライトでもしなければまともに稼げないほどの安い値段で仕事を発注するクライアントではなく、あくまでも記事を書いたライターに全部責任があると、仕事を発注する側は言いたいのだ。
かといって、本当にコピペリライトをして訴えられたライターがいるのかは定かではない。
恐らく、裁判費用がもったいなくて本当に訴えてくるクライアントなどいるわけがないが。


「そのうち生活保護の申請にでも行くか……」

そう言いながら蔵人は、猫はなぜしつけをしなくてもトイレの場所がわかるのか?という内容の記事を書き始めた。

続く

       

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