Neetel Inside ニートノベル
表紙

有難うございます。こちら猫の便利屋です。
プロローグ:切裂き魔を退治せよ

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 9月13日 AM01:00 猫柳町 繁華街裏路地


「ノラ、狙撃準備。いけるな? 」


「……了解………気を付け…さい…くろさん」


「はいはい、了解。てか無線の感度悪いよ。いつも思うんだけど仕事中はホント姿見せないよね。一体どこで狙ってるんだい。」


「…くろさんのお願いでも…教えません」

 
 9月になり、少しずつ過ごし易くなってきた夜の事。星の光が全く届かないほど煌びやかな深夜の繁華街で逃走劇は続いていた。

 ”連続切裂魔ジャック”こと、「町田 久雄」 本名は平凡普通の男だが、この男の犯した罪は殺人13件と日本の犯罪史上に残るものとなりこの猫柳市の人々に恐怖を与え続けている。

 そして彼を追うのが少女……に見えるこの街のなんでも屋「猫の便利屋」の二人。一人は黒猫こと『神谷いずな(かみや いずな)』と無線でやり取りをする白猫(黒猫はノラと呼んでいる)こと『シーヴィルスカヤ』である。

彼女たちは数週間の調査の末、犯人をついに追い込む事に成功し最悪の事件はクライマックスを迎えようとしていた。

 

「お嬢ちゃん、僕は捕まりませんよ。捕まる前に切裂くだけです。僕はあなたみたいな色白の華奢な子が好みだなぁ……
どんな肉の色か楽しみですよ。どうです?ここは諦めて切裂かれてみるのは」

「残念、こう見えてあたしは26だよ。そんなにシャブが好きなら前屈極めてお家でセルフシャブシャブでもしてろ」

「シャブ? あぁ、これの事ですか」

 男はコートの中から謎のドラッグの入った白いプラスチックのケースをちらつかせていた。

「この薬は凄いですよぉ! 私の感覚が研ぎ澄まされていく。 これを飲むと何の変哲もないこのナイフで人間の骨まで切れてしまう程に滾ってしまうんですよ。私の妻は15分で45キロのひき肉になりました」

「そんなん飲むのを止めときな。そろそろ普通の人に戻れなくなるぞ」

「まぁ……泣き叫ぶ女性を捌くのも僕の趣味でね。あなたのお仲間も見つけ次第ズタズタにしてあげましょう」

「聞く耳持たないってか、それとも涎たらしながら女性を見つめるのは紳士の嗜みなのかい?」

「えぇ、僕にとってこの神聖な行為こそ紳士の嗜みなんです。……美味しそうなお嬢さん」


 切裂き魔はそっとコートの内側へ右手を入れ、銀色に輝く刃渡り1mほどのナイフを取り出す。グリップには薄らと今までに切裂かれた人々の血痕が生々しく、ナイフを握る手にもその痕が残っていた。


「こちら黒猫……ノラ。現在、立体駐車場裏の袋小路。あっちはもう戦闘態勢だ。自慢の息子おっ立ててちらつかせてるよ」

「ダー(えぇ)、ここまで来て下ネタですか? 」

「あの男、ほんとに目が逝っちまってやがる。紳士っていうか馬鹿だな」

「で、どうします? 撃っちゃっていいですか?」



「いきますよ、お嬢さん」

 切裂き魔から開始の合図が出された瞬間、一瞬にして刃が届く間合いまで近づいてきた。
迫った勢いがナイフを振り下ろす威力を倍増させ、黒猫に襲い掛かる。
刃渡り1mのナイフはその自重もかなり重く扱いが困難であるが、『薬』を服用した切裂き魔の筋力はその重さを物ともせずまるで玩具のように振り回していた。

「おっと……って!」
 
黒猫が軌道を見極めて避けようとした瞬間、男の左手にも小ぶりのナイフが隠されているのが見えた。

「残念、読みが甘いですよ? 」

 右の大ナイフは『ぶんっ!』と大きく音を立てながら宙を切裂き、その体制のまま振りかぶっていた左手のナイフが黒猫の腹部をめがけてまっすぐ襲い掛かる。
威力は劣るが大ナイフと違い、突きの速度が速いため相手を徐々にいたぶることが出来る。男の狙いは黒猫をじわじわと痛めつけて殺す事であった。

「くそっ! 」

 左側へ逃げようとした体を急速に捻り右側へ緊急回避するが間に合わず、左側のナイフが黒猫の脇腹へ
クチュッと小さい音をたてて突き刺さる。

「がっ……い……」

 切裂き魔は脇腹を抉るように左手を回しながら突き立て、刺さった感触を楽しんだ後に一気にナイフを引き抜いて数歩下がる。黒猫は咄嗟に傷口を手で抑えるが、吹き出すような出血を止められなかった。
左手の指の間と右足を伝わり地面へと落ちていき血だまりが少しづつでき始めていく。

目の前には肉の感触の余韻を楽しみながら、ナイフについた血をまるでキャンディを持った子供のようになめ回す男の姿があった。

「ほう、お嬢さんは以外にA型なんですねぇ。……でも全然繊細ではない。怒りっぽくガサツな味がしますね」

「……そうかい、あたしの血はレバニラみたいな味がするらしいぞ。……これでも食らいな! 」

 黒猫はスカートを少しまくり、右ふとももに付いている専用ホルスターから小さな筒を出し放り投げた。
筒は男の目の前で破裂し、閃光があたり一帯を覆う。それと同時に一旦立て直そうと腹部を抱えながら後方へ一直線に走り出す。


「このアマっっっ!!! 」

視界が全て光の塊と化し、切裂き魔は右腕で目を覆いながら閃光を回避しようとしたが間に合わなかった。


20秒ほど経ち目が慣れてきた頃、傷口から流れ落ちた血が地面を染め、彼女の逃げた先を点々と記しているのに気づく。
そして、切裂き魔は顔が歪むほど不気味な笑みを浮かべていた。





「あ゛ーーー……しんど……」


 黒猫は傷口を押えながら、近くの立体駐車場の最上階に逃げ込む。
この間にも、左手の指の隙間から血が流れ続けており、黒いパーカーが少しづつ血でぬれ始めて黒猫の肌にぺたりとひっついてくる。そして、コンクリートの支柱へもたれかかりポケットからゆっくりと煙草を取り出して咥えた。

(あーあ……気持ちわるー)

 血のついたパーカーを心配していると、先ほどから無線で会話している白猫から心配そうな声で無線が入ってきた。黒猫はそっと右手でインカムのスイッチを入れて応答する。

「くろさん、大丈夫ですか! やっぱり無茶ですよ! 」

「いいからあんたは黙って自分の仕事してな」

 声を荒げる白猫へ自分の仕事を全うするように指示をだした。この切裂き魔、切裂き魔との戦いに決着を付けないと黒猫自身のプライドに関わる。そして、こんな所で逃げでもすればこの特異な便利屋という生業も終わりを告げる……そう感じていた。

「さぁ、手負いの鹿を追いかけてハイエナが追いつく頃だ。良い匂いだろ?もっとプンプンさせてやるよ」

「くろさん! 」

 ノラの叫びが無線機越しに響いた時、立体駐車場の非常階段の扉から切裂き魔がゆっくりと姿を現した。
表情は影に隠れてニタついた口以外見えなかったが、丸メガネが月明かりで不気味に光っており異常な威圧感を醸し出す。
獲物を追い詰めた高揚感で息を荒げる。目は血走り顔は紅潮し、もはや彼を力づく以外で止める術は無い。

「さぁ、もうゲームセットだ。いい加減、貴方の美しい臓物を拝みたくて拝みたくて、しょうがないんだよおおおおお!」

 血走った目が黒猫の下腹部へと向けられ、血がついた特大ナイフを再び取り出して黒猫へ飛びつく。そして右手には先ほど黒猫が止めるよう忠告した謎のカプセルが1個握られていた。

「さぁ、ショータイムの前に一粒飲みましょう。あなたの為ですよ? 」

「そうかい」

 薬を飲みこんだ瞬間、全身の筋肉が隆起し血管が浮いて華奢だった男の面影がほとんど無くなってしまった。そして飛び出しかけた目玉がぎょろりと動き、黒猫へ向けられる。そしてノーモーションで黒猫を掴める間合いまで飛び込んで来る。

「やっば……がはぁっ! 」

 切裂き魔は左手で黒猫の首を掴み、真上に持ち上げた。苦悶の表情を浮かべながら左手を離そうと必死に足掻く黒猫だったが相手の握力の方が勝っており、じたばたと暴れる事しかできず刺された脇腹からどくどくと血が流れ始める。

「あぁ……あが……」 

「あはやひゃははあああ……あぁ綺麗な内臓見たいミタイ……肉にしゃぶりついて血をスッテ……
メダマクリヌイテ…………シネェ―――――! 」

 その瞬間、ナイフが黒猫の腹部を横一直線に裂いていった。そして1秒もしないうちに彼女の黒いパーカーがぱっくりと裂け、下からずたずたになった臓物が落ち始めた。 
切裂き魔は動かなくなった黒猫を放り投げ、下に落ちた臓物を手に取る。

「ウツクシイ……カワイイ……アァ……ハァァ……フゥ……」

 恍惚の表情を浮かべて満足げに立っている切裂き魔の表情が一変して苦痛の表情となった。
彼の右手に数センチの銃創が開いていき左足、右足と順番に風穴を開けていく。

「アシガァァァァァァ―――――――! 」 

「うるさい、変態ヤボンスキーめ……それと……」

「くろさん、いい加減遊んでないで決着つけてください。ずっと同じ態勢なんで寒いです、鼻水とかすごいんですよ?」


 死んだと思われた黒猫がむくりと起き上がる。そして切裂かれたパーカーを脱ぎ、切裂き魔の顔面へ投げかぶせた。腹部に鉄板を装着。刃物が通らないようにしており、先ほど飛び散った臓物も彼女が用意したフェイクだった。

「よぉ、どうだい?近所にある前田精肉店の豚モツは。いい色して旨そうだろう。死刑になる時はロープと一緒にその大腸も首に巻いてやるよう刑務官にも伝えておくさ」

「アァァアア……ど、どうして」

「おせぇぇぇーよ。気付くのが!足りない頭ひねれば解ることだろ?わざわざ最初から『刺されたふり』までして血痕で後を追いかけれるようにしてさ、んでまんまと狙撃ポイントまで誘導されてきたってわけ。はい、お疲れさん!」

「ウウゥウアアアアアアァァァァアアア! 」 

「鼻水垂らしながら叫ぶなよ、気色悪い」

 自暴自棄となった男が黒猫へ襲い掛かる。撃たれた左足を無理やり動かし、再びナイフを突き出しながら黒猫の頭部を目がけて飛びかかってきた。
 
「まぁ、平和的解決は無理だわな。そんならあたしも真面目にやらせてもらうさ。よっこらせ」


 黒猫は背中に隠してあった脇差を取り出す。そして上段の姿勢をとり、切裂き魔が間合いに飛び込もうとした瞬間、黒猫は男の頭より高く高く飛び上がる。
 
「ガァアアアアアア!! 」

鞘ごと脳天へ刀を叩き込み、切裂き魔を怯ませた黒猫は、たんっと相手を蹴り苦し紛れのパンチを回避した。完全に怯んでしまった切裂き魔は危険と脳が判断しても体が追いつかない。朦朧としながらも黒猫を探しあたりを見回す。
そして自分の顎の下に再び居合切りの姿勢で構えてる黒猫を見つけたが、時既に遅かった。
   
「覚悟しな、どぉおおおおおおりゃ!! 」

余りにも早いその居合いは刃を抜く音も立たず、強烈な横一線の斬撃を切裂き魔の腹部へ叩き込む。切裂き魔は目を見開きながらそのままゆっくり地面へと頭から倒れる。
それと同時に黒猫の遊び心で切裂き魔は布一枚無い生まれたままの状態に剥かれてしまい、連続殺人犯がただの気絶した変態へ成り下がった瞬間だった。


「ノラ、終わった。おかげで激安パーカーがボロボロさ」

「まったく、ふざけすぎですよ。実際に切られた振りをするなんて……最初に作戦内容聞いたときは耳を疑いましたよ」

「あんたの狙撃で奴の機動力削がないと今回はマジやられてたよ、それより着替え無い?パンツまでモツでベタベタなんだが」

「知りません! 勝手に困ってください! 」 

 ノラから無線機ごしに叫けばれ、通信をブツりと切られてしまった。黒猫はむすっとした顔で全裸になった切裂き魔を近くの柱に結び付け始める。一緒に『僕はかわいい女の子に負けた変質者でしゅ☆』と書かれた看板と共にロープで縛って体中に豚の内臓を絡ませる。


 周辺を片づけた後スマートフォンを取り出して男の写真を数枚撮影し、メールの作成画面を開いた。



「さて、ヤカン親父へ添付っと。”豚モツでオ○ニーしている変質者を回収しにこい”っと」


メールを打ち終わり、煙草に火を付けふと街のほうに目をやる黒猫。


「こんだけ遅くまで働いてるのに残業代もありゃしない。まったく、とんだ偽善者だよ。あたしは」


 静かで煌びやかな街の明かり。そして、その周りを囲うように建っている薄暗いあばら家の住宅地。脇道には娼婦が客を待ちながら一服しているのが見える。一際明るい道には千鳥足の男たちと体がゴツゴツした黒スーツの集団。
貧乏ながらもここは娯楽が溢れている町……猫柳町。
貧富の差がそのまま恨み、悲しみへと繋がり人の心を荒ませていく……だがいつも遠目で見る貧困のグラデーションは皮肉にも暖かく、美しい。



そして、それをぼうっと見つめる黒猫であった。


「へくしっ! ……さむ」 

  

       

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