Neetel Inside 文芸新都
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僕たちは恋してない
No believe(2)

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 話し合いの結果、今回のアクシデントの処理は短期決戦で終わらせる事になった。
 具体的にどういうことかというと、今の時期はまだ多少余裕があるのでそこまで急ぎの作業というのは無い。なのに少しずつアクシデント処理の仕事を毎日盛り込むのでは、後々辛くなっていくのではないか、というのが会長の考えだ。
 なので他の生徒会員も入れて議論を行った結果、全部の作業を取り合えず中断して、一日二日は全員でアクシデントの処理に当たる……と、まぁそういう訳だ。
「ふっ……んー!」
 声のした方をちらりと見ると、会長が大きく伸びをしたところだった。長すぎるためだろう、椅子の後ろに回していた長い黒髪が大きく揺れた。
「ふぅ」
 僕は反対に下を向いてため息をつく。このアクシデントで困ったのは、仕事の遅れだけではない。ぶっちゃけて言うならば、この生徒会室の中に僕と会長しかいないのだ。
 今回のアクシデントは書類の確認をするために、各先生一人一人のところまで言って事実確認をしなければならない。そうなると、その書類をまとめる人材よりも校内を駆けずり回って先生を探す方に人手を割くのは当然だ。
 というか、待っている人員にははたまに戻ってくる者から情報の正否を聞いて、パソコンに入力するくらいしかすることが無い。
 だから、書類仕事が普段から多い僕と会長が残り、アクシデント処理の片手間に普段の仕事を少しでも進めようとしているわけだ。
「高崎君、疲れた? 少し休憩でもする?」
 会長と同じタイミングでため息など吐いたせいだろう。会長は立ち上がってこちらに近づいてきた。
「あー、いや。大丈夫ですけど。会長もお疲れなら、僕飲み物でも買ってきましょうか?」
「いやいや、それはいいよ。こっちが疲れたって聞いたのに、なんかそれじゃあパシりの催促したみたいじゃない」
 口元に握りこぶしを当てて笑うなんて動作が本当に似合う人が、全国の高校生でどれだけいるだろう。
 まるで会長にあつらえたようなその動作に、少しだけ自分の動悸が速くなったような気がした。いや、自分の動悸なんてものを意識している時点で、もうかなり緊張しているのかもしれないが。
 たったそれだけのやり取り。すぐにやってくる沈黙が重い。
 この時の気まずさが、僕を困らせる原因だった。
 それはそうだ。普段生徒会の仕事の話しかしないのに、会長の学校以外での趣味も何一つ知らないのに、話が続けられるわけが無い。
 いつもは生徒会室に二人になることなんてめったにない。
 あってもこの前みたいに、部活組が途中で出て行ってしまってからの短い時間で、気まずいと思ったらすぐに、『遅いので帰ります』と言って逃げることだってできる。
 会長の顔をまっすぐ見ていられない。それを逆光のせいにしたくて、窓とは反対側にある生徒会室の出入口の方を見つめた。今すぐにあそこのドアが開かれ、誰かが入ってきてくれることを期待しながら。
 そんな都合のいいことなんて無いと、分かっていながら。
「あの……さ」
 不意にその沈黙を破ったのは、もちろん会長だった。僕は無駄な期待をすることを諦め、もう一度会長に向き直る。
「高崎君ってもしかして、私のこと、嫌い?」
 その時の自分は、もしかしたら結構アホな顔をしていたかもしれない。
「え、へ? いや、そんなこと……無いですけど?」
 最後の方は声が裏返ってしまったかも、それぐらい、僕にとってその問いは意外だったのだ。
「っていうか、ホント全然そんなこと無いですよ! なんでそんなこと思うんです?」
 僕が会長を嫌うなんてあるはずがない。それは自分が一番よく分かっている。
 まるで眩しくて直接は見ることの出来ない太陽のように、高価すぎて触れることのできない芸術品のように、こんなそばで言葉を交わしていても遠くの存在だと意識してはいるけれど。
 どんなに遠くにいても、目に入ればそれと分かる。通りすがれば、どうしても目で追ってしまう。
 この不思議なあふれ出る感情は、決して嫌悪なんかじゃない。
「ほら、こうやって今日一日、ずっと二人っきりだったじゃない?」
「ええ……まぁそうですね」
 二人っきりという言葉に一瞬ドキリとした。なんだかこの数分間で、僕は動揺させられっぱなしのような気がする。今まではずっと、こんなことは無かったのに。
「それで分かったんだ、そういえば、私と高崎君って全然話したこと無いなって。他の子たちとは少しでも、趣味とか彼氏とか普段のこととか、話した記憶があるのに高崎君とそういう話ってしたこと無いよね?」
「言われてみればそうかもしれないですね、でも学年も性別も違うんですし、機会が無かったって、そういう事もあるんじゃないですか?」
『別に無理して話す必要も無いですし』という言葉を寸前で飲み込んだ。動揺した勢いで付け足してしまいそうになったが、そんなことを言ったら本当に嫌っているみたいだ。
「そうかもしれないけどね、でもこうやってその機会ができたんだし、話さない? って言ってるんだけど」
 何だこれは? 何故いきなりこんな話に?
 まさか会長の方から僕に接近してくるなんて、これは何かの間違いなんじゃないか。仕事中についウトウトした僕の夢なんじゃないか。だってそうでなければあり得ない。
 自慢じゃないが、僕は会長より背も低いし、外見も並以上とはとても言えない。会長が高嶺の花だとか言う以前に、僕は自分に自信が無いのだ。少なくとも、とても異性から積極的に話しかけられる存在だとは思わないぐらいには。
 呆然としていた。なんというか、思わぬ展開の速さに付いていけなかったのだ。
 そんな僕を、会長はただ黙って見下ろしていた。
 話を振られているのは僕だ。ずっと黙っているのは変だと思い、僕はまともに回らない頭でなんとか返答する。
「そ、そうですね。じゃあ何か会長の方から僕に聞きたいこととか無いんですか?」
「それ」
 即答で返され、僕は何のことだか分からなかった。
「なんでみんな私のこと会長って呼ぶのかな? 別に間違ってるわけじゃないんだけど、他の三年生とか前の副会長だって『~先輩』だったじゃない?」
 僕はほっと胸をなでおろした。変な流れになっていたが、会長から来た質問は僕にとって無難とも言えるもので、いままで続いた動揺だって僕の勘違いが元だと思えば恥ずかしいぐらいすぐに収まった。
「僕たちより下の学年は、やっぱり生徒会長としての会長を見てる時間の方が長いですからね。僕だって、生徒会に入ってからはそうですから。生徒会の人間からしてみたらそっちの呼び方の方が自然になっちゃいますよ」
 それでも会長の顔はどこか不満そうだった。僕は、
「嫌なんですか? 会長って呼ばれるの」と聞いてみた。
「うーん、そういう訳でもないんだけど、やっぱりどこか他の先輩たちと区別されてるみたいでね。そりゃあ、部によっては『部長』って呼ばれててそれが定着してる人もいるんだろうけど……」
 その時の僕は、質問の甘さに油断していたんだと思う。
 だからこれは失言なのだ。僕の失言。言わなければ良かった、たとえその結果が僕にとって少しおいしいことだったとしても。

「じゃあ、試しに僕はこれから会長のこと、織原先輩……って呼ぶようにしてみましょうか?」

     

 口からその言葉が飛び出た一瞬後、僕の提案は、かなり的外れなものだと気付いた。言ったことを後悔した。
 きっと困ったように笑ってやわらかに遠慮されるか、軽く受け流された後にそれとなく受け入れられるか。どちらにしても笑ってかわされるのだと、そう思っていた。
 しかし、その言葉を聞いたときの会長の顔は想像していたどの顔とも違ったのだ。
「え、えええ!……うん、え、ホントに?」
 なんでそんな事くらいでうろたえるんだろう、と僕のほうが及び腰になってしまうほど会長は戸惑いを隠せない様子で、いつもは見せないほど挙動がおかしかった。顔が赤いと感じたのは、僕の勘違いだろうか?
「そ、そんな大した事じゃないでしょう? 生徒会役員以外なら、会長を他の呼び方する人なんて大勢いるんじゃないですか?」
 フォローのつもりで声をかけた言葉も、会長には届いているのかいないのか。なんか頬に手を当ててみたりしている。年上の女の人にこんな感想を抱くのは失礼なのかもしれないが、素直にかわいいと思った。
「いやーあのね、最近は先生もクラスメイトも会長とかふざけて呼ぶし、なんか知らない子から同級生なのに敬語で話しかけられたりするし、バレンタインには机の上にチョコが届くし、もう普通の先輩後輩扱いなんて凄い久しぶりなんだよ」
 最後のたとえは何か違うような気がしたが、先生はともかく同級生にまで敬語やら会長と呼ばれるのは確かにちょっと凹むかもしれないと思う。これも有名人ならではの悩みなのだろう。
「そういうもんなんですか……大変なんですね」
「大変なんですよ。もう、最初同級生に敬語使われて接された時はどうしようかと思った。弓道部やってた時の後輩もすごかったけど、生徒会長始めたら人数がどんどん増えて、なんか今じゃあもう慣れちゃったけどね」
 困ったように、はにかむように笑った。不思議な感じだった。いつもきりっとして、しっかりして、みんなをまとめて、一部の隙もほころびも無いと思っていた人が、こうやって不意に僕の前で愚痴をもらしている。
 だから、自然に口をついた。
「今みたいに笑ってた方が、織原先輩は親しみやすいと思いますよ」
「え?」
 先輩は驚くように僕を見た。
「今まで立場のある仕事が多かったから、人前じゃあ結構肩肘張ってたんじゃないですか? そんなことも僕たちには分からないくらい自然だったけど、でもだからこそ誰もその事に気付いて、そこから先に踏み込んできてくれる人がいなかった」
 人の事を知ったかぶりで語るなんて、なんておこがましいんだと思う。
 でも、その時はそれがいい事だと信じた。この、実は不器用で自分を出したくてたまらない人を、ちょっとでも後押ししてあげたかった。
「今みたいに愚痴でもこぼして、誰かに甘えてみたらいいんですよ。友達でも後輩でも、信頼できる先生でもいい。先輩を嫌いな人なんていないんです。誰にでも今みたいな笑いで接したら、すぐに対応なんて変わってくるものです」
 しばらくの間、沈黙が生徒会室を包み込んだ。
 僕が言ったのは、何の根拠の無いセリフだ。僕には先輩の支えてきたものの重さも抱えてきたストレスのきつさも分からない。
 でも、いつも見上げてばかりで手を伸ばすことにも諦めていた僕が、自分から何かしたいと思った、言いたいと思った言葉だったから。
 だから、さっきのような後悔はない。
 流石に気恥ずかしくなって顔を背けたとき、上から声がした。
「なんか……ありがとう」
「え?」
 今度は僕が驚いた顔を見せる番のようだ。見上げると先輩は、赤く染まり始めた空が見える窓をバックに、さっき見せたはにかんだような笑顔で笑っていた。
「ちょっと愚痴っちゃった時は、変な話だけど幻滅されるかと思った」
「幻滅って、何にですか?」
「うん、ほら、高崎君も言ってたけど、私って今まで結構真面目にやってきたつもりだったんだ。生徒会長とか、そういうの。自分で言うのも変だけどね」
 先輩は近くの机に寄りかかるように腰掛ける。
「しかもさ、今まで話しかけてなかったからって言ってこっちから話し振った私の方が愚痴なんて、なんか違うでしょ」
「そんなことないと思いますけど。少なくとも、僕は今日色々話せてよかったと思ってますよ。幻滅なんて全然してないです」
「いや、そう言ってくれるのは嬉しいけど、今日のはちょっと私的に反省」
 先輩は僕の視線を外すように外を見た。思い返すと、先輩の方から目を逸らしたのはこれが初めてのような気がする。
「でも……だからこそ、ありがとう。高崎君の言ってくれたこと聞いて、ちょっと楽になれた気がするから」
 それだけ言うと、先輩は机から降りて会長席の方へ歩く。もう僕の方へは振り返ることもない。
 そしてもう一度目を合わせたときに立っていたのは、いつもの毅然とした『会長』に戻っていた。
「もう遅いし、みんなには直接帰るようにメール回して、こっちも引き上げましょう」
 鞄を持って立ち上がる。
「それじゃあまた明日、よろしくね。高崎君」
 会長の声に答えて荷物をまとめながら、僕はもっと『先輩』を見てみたいと考えていた。
 今日たまたま見ることのできた、いつもの会長と違う顔。偶然だという事実も見ないフリをして、自分だけが見たという事に自惚れていた。
 今まで抱いていた憧れが、恋に変わった気がしたんだ。なんの根拠も裏付けもない、ちょっとした会長の愚痴を聞いただけのくせに。
 自分が抱いた感情は、恋なのだと。

 そんな勘違いをしていた。

       

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Neetsha