インドマン
第十皿目 底辺ユーチューバーがオフ会を開いたら
オフ会!それは選ばれし動画投稿者のみ許されるファンとの謝肉祭である!ある者はファンとの交流を楽しみ、またある者は文字通りファンの肉体を美味しくいただくという毎日シコシコ部屋で動画を撮っているボンクラ共にとっての憧れのイベントである。
ここ名古屋駅にもひとりの投稿者が降り立った。男の名は日比野英造。余所行きの一張羅を羽織って気合充分の彼は髪型を整えながら自撮棒に取り付けたデジカメに向かって語る。
「えっ?オフ会の告知ですか?いやだなぁ、YouTubeに自分のチャンネル持ってるんでそこで1週間前からやってますよ。毎回それなりに安定して固定ファンが観てくれてるんで、今日も結構な数が来ると思いますよ。居酒屋予約しておいたほうがよかったかもしんないっすね」
携帯を開き、待ち合わせの時間を確認する日比野。自らが指定した駅構内に置かれた銀の時計台の下で行き交う人並みからオフ会参加者を探す。
――15分経過。
「えっ、待ち合わせ場所ですか?ここで間違いない筈ですよ。そういえばさっき電車が遅れてるってアナウンス鳴ってたんで、みんな遅れてくるかもしれないですね」
言葉を切って下唇を舐める日比野。「もっとプラカードわかりやすい位置に上げたほうが良いかな」首から提げた自作の名前が書かれた板を落ち着き無く触る。そして数時間が経った……
「えー、今日は『日々の映像』主催のオフ会当日でしたけど~参加者は誰一人、来ませんでした。ハイ、誰一人来ること無かったです」
デジカメの前でひとり、涙を堪えながら失敗した要因を語る日比野。その時、ホームの奥からかつん、かつんと杖の音を響かせながらこっちへ近づいてくるひとつの姿があった。
「やっぱり一週間前に告知したのは急だったかもしれないですね~来週だったら月末で給料日だから来れます、みたいな社会人の参加者さんも居たかも知れないしね。ホント、せっかくここまで来たのに残念です」
杖を突いた人物が時計台の傍まで歩み寄ってくる。その異質な存在感に新幹線から降りた団体客が道を空ける。その姿に気付かずに日比野は初めてのオフ会についての反省を語っている。
「えー、今日はこういう残念な結果になっちゃたけどしょうがないよね。次回、2回目のオフ会に日程が決まりましたらまた告知します。それじゃまたねぇ~~......」
「ねぇ、カメラの電源切らないで」「はぁ~やっぱりチャンネル登録者3桁じゃ無理あったよな…」「ねぇ、って」
日比野が自撮棒を下げた瞬間、男が持った一本杖の石突が日比野の喉元を捉えた。目をひんむいて振り返る日比野に前髪で顔半分を覆った怪しげな男はぽつり、と口を開いて訊ねた。
「合言葉は?」慄きながらも小声で男に答える日比野。「味噌カツ串カツメンチカツ…」「その続きは?」奥二重の男の目が毛束の間からギラリ光ると日比野は納得がいった様子で声を張った。
「名古屋で修行だ、アベピー救出おめでとう、、、ってアンタが俺を呼んだ人?」
「そそそそ」男は日比野の首に当てていた杖を下ろすとそれをかつん、と床に突きつけて自己紹介を始めた。
「始めまして。ネットで連絡取ってた岸田頑素といいます。夏にキミ達と一緒にアベピー救出案件に参加したアクターのひとり。頑張る素材のガンソです」
「ねぇ、岸田頑素って」「知ってる。ミュージシャンの」
時計台の周りにいた若い女性たちが彼の声を聞いてにわかにざわつき始める。「場所を替えよう。参加者が来たんだ」そう言って日比野を駅構内から外へと導き出すガンソ氏。杖を突きながら歩く相手を案じて日比野は後方から声を掛けるが「大丈夫」と突っぱねられた。
「で、なんで修行だってのに浮かれたカッコして来てるの?」動画投稿者としてオフ会の雰囲気を味わってみたかったんで、と答えると日比野はジェルで固めた頭を撫でた。事の経緯はこうだ。
真夏のアベピー救出から季節は流れ、今や小雪ちらつく11月。アクターロワイヤルが開催される年末まであと二ヶ月を切った。闘いの中で参加権となるカードは集まり、ライバル達のアクター能力が強化され、これからの闘いは更に熾烈を極めるだろう。
インドマンとして自身の力さえ制御できない立場にある俺は今以上にチカラをつける為に己を磨く必要があると常々考えていた。そんな折、ネットで連絡を取り合っていたひとりの人物、人気投稿者のアベピーを救い出した時の立役者であるアクターである彼が俺に『名古屋に集中して修行できる場所があるから一緒にしませんか?』と一件のメールを送ってきた。
その提案を承諾し、俺は今回のふたりの出会いを『オフ会』と称してこの名古屋の地に訪れたのだった(ぶっちゃけ俺たちのやり取りを見ていたファンがひとりくらい参加してくれるんじゃないか、という淡い期待を抱いていた)。
地下を抜ける階段を杖を突きながら歩く今回の修行相手を斜め後方から見守る。始め、彼とはハンドルネームで連絡を取り合っていたがオフ会当日が近づいて彼から本名を聞いたときは度肝を抜かれた。
彼の名は岸田頑素。ニマニマ動画でボカロPとして活動したのち、拠点をメジャーレーベルに移しシンガーソングライターとしてヒットチャートを騒がしているれっきとした芸能人だ。
「アクターの能力を持った当時はあんまり売れてなかったんだよね」タクシーに荷物を積み込む俺を眺めながら杖を縮めて座席に乗り込む売れっ子ミュージシャンは出会ってから初めてそこで笑顔を見せた。
アクターに成れる条件は特別なケースを除いてまだ成功を収めていない中堅動画投稿者に限られている。車に乗り込むと長い脚を組むガンソ氏に俺は訊ねた。
「やっぱりインターネットの影響は大きいんですか?」「とりあえず市外まで」運転手にそう告げるとガンソはジャケットのポケットからアイマスクを取り出してそれを俺に手渡してきた。
「記憶を読み取るアクターが居ると面倒だからね。近くに着くまでこれとヘッドホンを耳に」「はは、なんか本当にオフ会って感じで面白そうですね」
緊張を誤魔化そうとして浮かれる俺の態度に気を悪くしたのか、ガンソ氏は動かないタクシーの窓を運転手に空けさせた。「大丈夫ですって。修行ですよね。わかってますよ」謝って彼から渡されたヘッドホンを頭にかける。
信号が変わりタクシーが動き出す。再生が始めると彼が作曲したと思われるボカロの曲が甲高い歌声と共に流れていた。
何度目のリピートが終わっただろう。眠っていた身体を揺り起こされると俺はアイマスクを外して外の景色を眺めた。辺りは一面雪景色に変わっており上空から強い風が地上目がけて吹き付けていた。
「さ、行くよ」杖を突いて開かせたドアから歩き出す岸田頑素。「ここって本当に名古屋ですよね…?」俺が問い掛けると「さぁ?」とシニカルな笑顔を浮かべて彼は目の前の絶壁目指して歩を進めていく。
「うそ、この場所を渡るのかよ」着いてきた荒地には歩道など一切見当たらず、断崖の歩幅ひとつぶんの道をすこしずつ、すこしずつ慎重に歩いて行く。命綱無しの決死の歩行劇。ときおり風が強く吹きつけ、目の前の視界と体温を奪っていく。
少し開けた場所に出るとジオラマサイズに縮まった眼下の町を見下ろしながら俺は膝を折る。
「だ、だめだガンソさん。これ以上は進めそうにない…」
先を歩く俺が呼んだその男は片足が不自由だというのに目の前の細道を苦も無く歩いて行く。風の隙間に彼が歌う声が聞こえる。心が折れそうになっている俺に向けてくじけるなよ、がんばれと励ますみたいに。
「ちくしょう、なけなしの貯金をはたいて名古屋まで来たんだ。これも修行だと思ってやってやる」
風が弱まった時間を狙ってその場から歩き出す。大岩に背中を付けながら円を描くようにして山を登りきると頂上に小さなログハウスが建てられていた。
心臓が止まる思いでそれを眺めながらまだ笑っている両膝を抑えると「少し時間がかかったね」としれっとした態度でガンソ氏は家のドアを開けた。
俺は辺りを見渡して両手を握り締める。この場所で俺の修行がはじまる。地獄の修行はまだ、入り口に立ったばっかりだ。
ここ名古屋駅にもひとりの投稿者が降り立った。男の名は日比野英造。余所行きの一張羅を羽織って気合充分の彼は髪型を整えながら自撮棒に取り付けたデジカメに向かって語る。
「えっ?オフ会の告知ですか?いやだなぁ、YouTubeに自分のチャンネル持ってるんでそこで1週間前からやってますよ。毎回それなりに安定して固定ファンが観てくれてるんで、今日も結構な数が来ると思いますよ。居酒屋予約しておいたほうがよかったかもしんないっすね」
携帯を開き、待ち合わせの時間を確認する日比野。自らが指定した駅構内に置かれた銀の時計台の下で行き交う人並みからオフ会参加者を探す。
――15分経過。
「えっ、待ち合わせ場所ですか?ここで間違いない筈ですよ。そういえばさっき電車が遅れてるってアナウンス鳴ってたんで、みんな遅れてくるかもしれないですね」
言葉を切って下唇を舐める日比野。「もっとプラカードわかりやすい位置に上げたほうが良いかな」首から提げた自作の名前が書かれた板を落ち着き無く触る。そして数時間が経った……
「えー、今日は『日々の映像』主催のオフ会当日でしたけど~参加者は誰一人、来ませんでした。ハイ、誰一人来ること無かったです」
デジカメの前でひとり、涙を堪えながら失敗した要因を語る日比野。その時、ホームの奥からかつん、かつんと杖の音を響かせながらこっちへ近づいてくるひとつの姿があった。
「やっぱり一週間前に告知したのは急だったかもしれないですね~来週だったら月末で給料日だから来れます、みたいな社会人の参加者さんも居たかも知れないしね。ホント、せっかくここまで来たのに残念です」
杖を突いた人物が時計台の傍まで歩み寄ってくる。その異質な存在感に新幹線から降りた団体客が道を空ける。その姿に気付かずに日比野は初めてのオフ会についての反省を語っている。
「えー、今日はこういう残念な結果になっちゃたけどしょうがないよね。次回、2回目のオフ会に日程が決まりましたらまた告知します。それじゃまたねぇ~~......」
「ねぇ、カメラの電源切らないで」「はぁ~やっぱりチャンネル登録者3桁じゃ無理あったよな…」「ねぇ、って」
日比野が自撮棒を下げた瞬間、男が持った一本杖の石突が日比野の喉元を捉えた。目をひんむいて振り返る日比野に前髪で顔半分を覆った怪しげな男はぽつり、と口を開いて訊ねた。
「合言葉は?」慄きながらも小声で男に答える日比野。「味噌カツ串カツメンチカツ…」「その続きは?」奥二重の男の目が毛束の間からギラリ光ると日比野は納得がいった様子で声を張った。
「名古屋で修行だ、アベピー救出おめでとう、、、ってアンタが俺を呼んだ人?」
「そそそそ」男は日比野の首に当てていた杖を下ろすとそれをかつん、と床に突きつけて自己紹介を始めた。
「始めまして。ネットで連絡取ってた岸田頑素といいます。夏にキミ達と一緒にアベピー救出案件に参加したアクターのひとり。頑張る素材のガンソです」
「ねぇ、岸田頑素って」「知ってる。ミュージシャンの」
時計台の周りにいた若い女性たちが彼の声を聞いてにわかにざわつき始める。「場所を替えよう。参加者が来たんだ」そう言って日比野を駅構内から外へと導き出すガンソ氏。杖を突きながら歩く相手を案じて日比野は後方から声を掛けるが「大丈夫」と突っぱねられた。
「で、なんで修行だってのに浮かれたカッコして来てるの?」動画投稿者としてオフ会の雰囲気を味わってみたかったんで、と答えると日比野はジェルで固めた頭を撫でた。事の経緯はこうだ。
真夏のアベピー救出から季節は流れ、今や小雪ちらつく11月。アクターロワイヤルが開催される年末まであと二ヶ月を切った。闘いの中で参加権となるカードは集まり、ライバル達のアクター能力が強化され、これからの闘いは更に熾烈を極めるだろう。
インドマンとして自身の力さえ制御できない立場にある俺は今以上にチカラをつける為に己を磨く必要があると常々考えていた。そんな折、ネットで連絡を取り合っていたひとりの人物、人気投稿者のアベピーを救い出した時の立役者であるアクターである彼が俺に『名古屋に集中して修行できる場所があるから一緒にしませんか?』と一件のメールを送ってきた。
その提案を承諾し、俺は今回のふたりの出会いを『オフ会』と称してこの名古屋の地に訪れたのだった(ぶっちゃけ俺たちのやり取りを見ていたファンがひとりくらい参加してくれるんじゃないか、という淡い期待を抱いていた)。
地下を抜ける階段を杖を突きながら歩く今回の修行相手を斜め後方から見守る。始め、彼とはハンドルネームで連絡を取り合っていたがオフ会当日が近づいて彼から本名を聞いたときは度肝を抜かれた。
彼の名は岸田頑素。ニマニマ動画でボカロPとして活動したのち、拠点をメジャーレーベルに移しシンガーソングライターとしてヒットチャートを騒がしているれっきとした芸能人だ。
「アクターの能力を持った当時はあんまり売れてなかったんだよね」タクシーに荷物を積み込む俺を眺めながら杖を縮めて座席に乗り込む売れっ子ミュージシャンは出会ってから初めてそこで笑顔を見せた。
アクターに成れる条件は特別なケースを除いてまだ成功を収めていない中堅動画投稿者に限られている。車に乗り込むと長い脚を組むガンソ氏に俺は訊ねた。
「やっぱりインターネットの影響は大きいんですか?」「とりあえず市外まで」運転手にそう告げるとガンソはジャケットのポケットからアイマスクを取り出してそれを俺に手渡してきた。
「記憶を読み取るアクターが居ると面倒だからね。近くに着くまでこれとヘッドホンを耳に」「はは、なんか本当にオフ会って感じで面白そうですね」
緊張を誤魔化そうとして浮かれる俺の態度に気を悪くしたのか、ガンソ氏は動かないタクシーの窓を運転手に空けさせた。「大丈夫ですって。修行ですよね。わかってますよ」謝って彼から渡されたヘッドホンを頭にかける。
信号が変わりタクシーが動き出す。再生が始めると彼が作曲したと思われるボカロの曲が甲高い歌声と共に流れていた。
何度目のリピートが終わっただろう。眠っていた身体を揺り起こされると俺はアイマスクを外して外の景色を眺めた。辺りは一面雪景色に変わっており上空から強い風が地上目がけて吹き付けていた。
「さ、行くよ」杖を突いて開かせたドアから歩き出す岸田頑素。「ここって本当に名古屋ですよね…?」俺が問い掛けると「さぁ?」とシニカルな笑顔を浮かべて彼は目の前の絶壁目指して歩を進めていく。
「うそ、この場所を渡るのかよ」着いてきた荒地には歩道など一切見当たらず、断崖の歩幅ひとつぶんの道をすこしずつ、すこしずつ慎重に歩いて行く。命綱無しの決死の歩行劇。ときおり風が強く吹きつけ、目の前の視界と体温を奪っていく。
少し開けた場所に出るとジオラマサイズに縮まった眼下の町を見下ろしながら俺は膝を折る。
「だ、だめだガンソさん。これ以上は進めそうにない…」
先を歩く俺が呼んだその男は片足が不自由だというのに目の前の細道を苦も無く歩いて行く。風の隙間に彼が歌う声が聞こえる。心が折れそうになっている俺に向けてくじけるなよ、がんばれと励ますみたいに。
「ちくしょう、なけなしの貯金をはたいて名古屋まで来たんだ。これも修行だと思ってやってやる」
風が弱まった時間を狙ってその場から歩き出す。大岩に背中を付けながら円を描くようにして山を登りきると頂上に小さなログハウスが建てられていた。
心臓が止まる思いでそれを眺めながらまだ笑っている両膝を抑えると「少し時間がかかったね」としれっとした態度でガンソ氏は家のドアを開けた。
俺は辺りを見渡して両手を握り締める。この場所で俺の修行がはじまる。地獄の修行はまだ、入り口に立ったばっかりだ。
暖炉に火がくべられたログハウスの一室。学習机の椅子に座った俺は机の上に並べられたマッチ棒を眺めて声をうねらせていた。しばらく俺の様子を見ていたガンソ氏がゆっくりと杖を突いて椅子から身体を起こした。
「どう?解けそう?」かつん、かつんと乾いた音が俺の席に近づいてくる。俺が解いている計算はいわゆる頭の体操クイズと呼ばれるモノでマッチを並べて作った英数字一桁ふたつを四則演算で挟み正答を導き出すという訓練のひとつだ。
問題は『5+3=9の式をマッチ棒2本を動かして正しい式にしてください』というもので出来るだけ多くの答えを出してください、という“ガンソ先生”から出題された課題であった。
「えーと、答え側の9を5にして、+を-にして二本の棒を5の両側にくっ付ければ『8-3=5』が成立しますよね」「ほう、それと?」上から覗き込むガンソ先生に俺は生徒として回答を組み立てていく。
「他には『9-3=6』、『3+3=6』の式が解かりました」「『5+0=5』もあるよね」ガンソ先生がマッチを並び替えてゼロが入った式を作ると俺は「そっかー」と息を吐いて仰け反った。
ガンソ先生はそんな俺を見て静かに笑うとこのテストの意味を俺に思い出させるように言った。
「いいかい?この訓練を習慣付けて脳のシナプス伝達を優れた働きに変えていく。身体の電気信号を超人的な流れにすることでアクターバトルで臨機応変な対応が可能になる。この思考を身に着けることによって変身を多用するキミの戦い方が戦闘で優位に立てるはず」
「はい、ラジャラジャです。わかっています」俺は身体を起こしてそう答えると机のマッチ棒を眺めて新幹線の座席で検索した一文を思い出した。
――サヴァン症候群。生まれつき持った障害のひとつで芸術や計算の分野で天才的な発想を発揮する者の症状を指す。今俺の横に立つ岸田頑素、この人もその症状を持つ患者の一人だ。
彼が作り出す常識では考えられない展開を繰り広げる曲を聴いたファンの一部がネットで様々な憶測をたてており、俺がその件について尋ねると彼の口から上記の病名がついてでた。
彼はアクターの能力を手に入れてわずか3ヶ月で自身の能力を駆使し、ロワイヤル出場リーチとなる12枚を集めきったという(本当は後の一枚もすぐに手に入れられるのだが、期限前にカード13枚を集めると運営のリスに告知されて他のアクターに狙われるというリスクを恐れた)。
断崖絶壁の上に建てられたこの家に来た夜に彼は言った。「アクターバトルは肉体を介して戦わないVR体験のひとつであるのだから、戦闘者が持ちうる脳波の流れが闘いを左右する」自身がここまで勝ち抜けられたのも闘いの中で与えられた選択肢から正解を導き出し、自分のインスピレーションを信じた結果だと語っていた。
彼が持ちうる天才的な発想に自分のアタマを少しでも近づけるために俺はこの場所で最高に地味だと思われる特訓のひとつに取り組む……ぶっちゃけキツイ負荷を掛けた筋トレや科学的に効果が認められていない滝業なんかよりも全然マシだ。
「アクターバトルで勝つには型にハマらない自由な発想が要る。たとえば」
ガンソ先生はそう言って机のマッチ棒を手にとって『5+3=9』の式を作った。そこから5の横棒を左から右に移して3の数字に作り変える。ここまでに棒を動かした回数は一度。後一度動かしてこの『3+3=9』の式を正答に導かなければならない、と思ったその時、
「二本同時は無し、とは言われてないよね?」と言って二本のマッチが重ねられた+の下をゆびで突いて動かした。+が斜めに傾き×が出来上がって『3×3=9』の式が出来上がると「先生には敵わないや」と俺はさっきのリプレイのようにその席から身体を仰け反らせるしか出来なかった。
都内のある戸建ての一室。大型プロジェクターに映し出されたアクター同士の戦闘。その映像の中心で拳を振るうインドマンの戦況を眺める3つの影があった。
部屋のソファに座る長髪の男はリモコンを止めては巻き戻し、必殺の剣技を披露する直前から再生を始めて繰り返しその闘いを眺めている。彼の名は昆 帝王 。アクターとしての能力をメンバー全員が手にした人気ゲーム実況者グループ、超最強学園 のひとりである。
「やはり変身前に勝負を決めてしまうのが最善策かもな」
そのソファの背に手を掛けてテオに声を掛ける男はおなじくアルスク所属の古流根 晋三 。金色に染めた髪を手櫛で後ろに流すと「そう簡単には行かないぜ~?」と間延びした声が壁に背をつけた身なりの良い男の身体から鳴る。
彼の名は白布 零 。「コイツは通常でも時間を遅らせる能力を持ってんだ」「不意打ちで変身アイテムを奪うのもムリか」「正攻法でトリコが敗れるとなると攻略が難しいな」
インドマンの戦闘風景を眺める3人の男たち。どうやらここは最重要人物であるロキを抜かしたアルスクの話し合いの場であるようだ…
議題の流れを変えるようにフレイが周りのふたりに尋ねた。「なぁ知ってっか?今日で俺らが動画投稿を止めて3ヶ月になる。話題が無いこの状況で動画を撮り溜めても視聴者さんが離れていくばっかりだぜ~?」
テオがその言葉を受けて俯いた。同業者であるアベピーの誘拐を失敗して以来、超最強学園のメンバー4人は動画の投稿を取り止めている。
この状況にはネット掲示板でも様々な憶測が上がっており、事情に内通している人物のひとりが『ロキがアクターバトル中にPTSD発症』と告発してからはグループの中心人物である彼の居ない3人で活動していくのは困難だと判断したからである。
「ロキは今どうしている?」コルネが声をあげると「地元で療養中だ」と彼と付き合いの長いテオが答える。
「皆に笑顔を届ける実況者さまがメンタル病んで引き篭もっちゃうとかオシマイでしょ~?」フレイが手に取ったタブレットでサイトを開き、あるランキング表をふたりに見せた。
「俺たちに代わってランキングの上位を占めてるのは関西出身の4人組実況者グループ『生乾きボーイズ』。それに件 のアベピーの動画も挙がってる。あのオッサン俺たちが動画投稿してないと理解 るとしれっとゲーム実況再開させるなんてくえない男だぜ~」
向けられたタブレットの表を見終えると「どうするんだ?」とコルネが副リーダーであるテオに訊ねる。「ロキは必ず戻ると言った」短く言葉を切ったテオを眺めてタブレットを居酒屋のメニューのように指先で回してフレイがふたりに言った。
「俺はソロでも実況を再開するぜ~?4人の中で取り分が一番少ねぇんだ。このままじゃ干上がっちまう」「お前なぁ…」フレイの態度を見てテオが唇を噛む。「年末のアクター大会で優勝すれば何でも願いが叶うんだろう?気を配るのはインドマンひとりだ」
そう言って画面を横目で眺めたコルネの前を立ち上がったテオが横切った。「あいつの事も考えずに勝手な事ばかり言いやがって。俺が残りのカードを集める」「おい、待てよ」
フレイが入り口のドアと壁へ脚を伸ばしてテオの進行を妨げる。「お前の能力は戦闘向きじゃない。少し頭を冷やせ」荒い呼吸でテオが声を掛けたコルネを振り返る。「俺だってアイツを信用していない訳じゃない。叶えたい夢だって理解している。それに」
コルネはそう言い掛けるとふたりの前で片腕を伸ばした。「カードチェック」唱えられた後に10枚のカードが宙に浮かぶ。「アイツが序盤に全員分カードを集めてくれたお陰でもう数枚でカードが揃う。そう焦るな。ロキが戻ったその時、俺たち超最強学園は完成する」
「そのアイツは戻るかね~?」テオが腰掛けていたソファにどかっと身体を預けるフレイ。圧倒的優位と思われていたアルスクに生じた大きな誤算。「インドマン、絶対に許さんぞ」目の前のモニターで戦闘が終わり、勝ち名乗りをあげるアクターの姿をテオは拳を握り締めて見つめていた。
「どう?解けそう?」かつん、かつんと乾いた音が俺の席に近づいてくる。俺が解いている計算はいわゆる頭の体操クイズと呼ばれるモノでマッチを並べて作った英数字一桁ふたつを四則演算で挟み正答を導き出すという訓練のひとつだ。
問題は『5+3=9の式をマッチ棒2本を動かして正しい式にしてください』というもので出来るだけ多くの答えを出してください、という“ガンソ先生”から出題された課題であった。
「えーと、答え側の9を5にして、+を-にして二本の棒を5の両側にくっ付ければ『8-3=5』が成立しますよね」「ほう、それと?」上から覗き込むガンソ先生に俺は生徒として回答を組み立てていく。
「他には『9-3=6』、『3+3=6』の式が解かりました」「『5+0=5』もあるよね」ガンソ先生がマッチを並び替えてゼロが入った式を作ると俺は「そっかー」と息を吐いて仰け反った。
ガンソ先生はそんな俺を見て静かに笑うとこのテストの意味を俺に思い出させるように言った。
「いいかい?この訓練を習慣付けて脳のシナプス伝達を優れた働きに変えていく。身体の電気信号を超人的な流れにすることでアクターバトルで臨機応変な対応が可能になる。この思考を身に着けることによって変身を多用するキミの戦い方が戦闘で優位に立てるはず」
「はい、ラジャラジャです。わかっています」俺は身体を起こしてそう答えると机のマッチ棒を眺めて新幹線の座席で検索した一文を思い出した。
――サヴァン症候群。生まれつき持った障害のひとつで芸術や計算の分野で天才的な発想を発揮する者の症状を指す。今俺の横に立つ岸田頑素、この人もその症状を持つ患者の一人だ。
彼が作り出す常識では考えられない展開を繰り広げる曲を聴いたファンの一部がネットで様々な憶測をたてており、俺がその件について尋ねると彼の口から上記の病名がついてでた。
彼はアクターの能力を手に入れてわずか3ヶ月で自身の能力を駆使し、ロワイヤル出場リーチとなる12枚を集めきったという(本当は後の一枚もすぐに手に入れられるのだが、期限前にカード13枚を集めると運営のリスに告知されて他のアクターに狙われるというリスクを恐れた)。
断崖絶壁の上に建てられたこの家に来た夜に彼は言った。「アクターバトルは肉体を介して戦わないVR体験のひとつであるのだから、戦闘者が持ちうる脳波の流れが闘いを左右する」自身がここまで勝ち抜けられたのも闘いの中で与えられた選択肢から正解を導き出し、自分のインスピレーションを信じた結果だと語っていた。
彼が持ちうる天才的な発想に自分のアタマを少しでも近づけるために俺はこの場所で最高に地味だと思われる特訓のひとつに取り組む……ぶっちゃけキツイ負荷を掛けた筋トレや科学的に効果が認められていない滝業なんかよりも全然マシだ。
「アクターバトルで勝つには型にハマらない自由な発想が要る。たとえば」
ガンソ先生はそう言って机のマッチ棒を手にとって『5+3=9』の式を作った。そこから5の横棒を左から右に移して3の数字に作り変える。ここまでに棒を動かした回数は一度。後一度動かしてこの『3+3=9』の式を正答に導かなければならない、と思ったその時、
「二本同時は無し、とは言われてないよね?」と言って二本のマッチが重ねられた+の下をゆびで突いて動かした。+が斜めに傾き×が出来上がって『3×3=9』の式が出来上がると「先生には敵わないや」と俺はさっきのリプレイのようにその席から身体を仰け反らせるしか出来なかった。
都内のある戸建ての一室。大型プロジェクターに映し出されたアクター同士の戦闘。その映像の中心で拳を振るうインドマンの戦況を眺める3つの影があった。
部屋のソファに座る長髪の男はリモコンを止めては巻き戻し、必殺の剣技を披露する直前から再生を始めて繰り返しその闘いを眺めている。彼の名は
「やはり変身前に勝負を決めてしまうのが最善策かもな」
そのソファの背に手を掛けてテオに声を掛ける男はおなじくアルスク所属の
彼の名は
インドマンの戦闘風景を眺める3人の男たち。どうやらここは最重要人物であるロキを抜かしたアルスクの話し合いの場であるようだ…
議題の流れを変えるようにフレイが周りのふたりに尋ねた。「なぁ知ってっか?今日で俺らが動画投稿を止めて3ヶ月になる。話題が無いこの状況で動画を撮り溜めても視聴者さんが離れていくばっかりだぜ~?」
テオがその言葉を受けて俯いた。同業者であるアベピーの誘拐を失敗して以来、超最強学園のメンバー4人は動画の投稿を取り止めている。
この状況にはネット掲示板でも様々な憶測が上がっており、事情に内通している人物のひとりが『ロキがアクターバトル中にPTSD発症』と告発してからはグループの中心人物である彼の居ない3人で活動していくのは困難だと判断したからである。
「ロキは今どうしている?」コルネが声をあげると「地元で療養中だ」と彼と付き合いの長いテオが答える。
「皆に笑顔を届ける実況者さまがメンタル病んで引き篭もっちゃうとかオシマイでしょ~?」フレイが手に取ったタブレットでサイトを開き、あるランキング表をふたりに見せた。
「俺たちに代わってランキングの上位を占めてるのは関西出身の4人組実況者グループ『生乾きボーイズ』。それに
向けられたタブレットの表を見終えると「どうするんだ?」とコルネが副リーダーであるテオに訊ねる。「ロキは必ず戻ると言った」短く言葉を切ったテオを眺めてタブレットを居酒屋のメニューのように指先で回してフレイがふたりに言った。
「俺はソロでも実況を再開するぜ~?4人の中で取り分が一番少ねぇんだ。このままじゃ干上がっちまう」「お前なぁ…」フレイの態度を見てテオが唇を噛む。「年末のアクター大会で優勝すれば何でも願いが叶うんだろう?気を配るのはインドマンひとりだ」
そう言って画面を横目で眺めたコルネの前を立ち上がったテオが横切った。「あいつの事も考えずに勝手な事ばかり言いやがって。俺が残りのカードを集める」「おい、待てよ」
フレイが入り口のドアと壁へ脚を伸ばしてテオの進行を妨げる。「お前の能力は戦闘向きじゃない。少し頭を冷やせ」荒い呼吸でテオが声を掛けたコルネを振り返る。「俺だってアイツを信用していない訳じゃない。叶えたい夢だって理解している。それに」
コルネはそう言い掛けるとふたりの前で片腕を伸ばした。「カードチェック」唱えられた後に10枚のカードが宙に浮かぶ。「アイツが序盤に全員分カードを集めてくれたお陰でもう数枚でカードが揃う。そう焦るな。ロキが戻ったその時、俺たち超最強学園は完成する」
「そのアイツは戻るかね~?」テオが腰掛けていたソファにどかっと身体を預けるフレイ。圧倒的優位と思われていたアルスクに生じた大きな誤算。「インドマン、絶対に許さんぞ」目の前のモニターで戦闘が終わり、勝ち名乗りをあげるアクターの姿をテオは拳を握り締めて見つめていた。
降りしきる雪の中、真っ白に染め上げられたその荒野の中心でひとりのアクターが手に取った洋剣を足元の積雪に突き立てた。
その剣はささらの如く刃が零れ落ち、切っ先は大部分が欠け、刀身は根元からぐにゃりと曲がっている。顔を上げるとそのアクターは破れた仮面の顔半分から煌々と輝く瞳を目の前から近づいてくる相手に向けた。
黒装束に頭からフードを被り、カタール型の剣を両側の袖から伸ばした男が一歩、また一歩、新雪を踏みしめながら歩いてくる。持ちうる武器と負傷の度合いを天秤に掛けたとき、闘いの結末は明らかである。
敗色濃厚のアクター、ミル・トリコがひん曲がった剣を引き抜くと相手のアクターが歩みを止め、ベルトに手を翳してその変身を解いた。「あ、アンタは…?」うめき声を上げながら人間態に戻っていくスーツの男を見てトリコは息を呑んだ。
「私の事を知っているのか?まさかキミがこんな所で油を売っているとはな」その男は一度雪に突いた膝を上げると同じく変身を解いた宮島ロキに向き直った。
「ああ、知ってる。諸悪の根源である馬場コーポレーション社長、馬場 雅人 さんよぉ!」吹雪の中、ロキが叫ぶ声が響く。その名を呼ばれた馬場社長は濡れた髪をなでると毅然とした態度と口調でロキに向かって声を返した。
「私が開発したアクターバトルに早期から参入を決めたのはキミ達だ。その為に子供相手に稼いだ多額の金を積んだんだろう?」
「それ以上近づくなよこの人殺しがぁ!」一歩踏み出した馬場社長を見てロキが金切り声を上げる。「無理もないか。仮想現実とはいえ、散々見下していた相手に手足を斬り落とされたのだからな。そのトラウマが今も胸に焼きついているのだろう?」寒さと恐怖で震えるロキを慈悲のこもった瞳で眺めると馬場社長は言った。
「今のキミは弱い。私が描くロワイヤルのメーンを張れる器ではない。スポンサーのラ・パール会長が既に新たな大物を用意した」
「な、俺じゃ役不足だっていうのかよぉ!?」
失望のまなざしに変わった馬場社長にロキが抗議の声を向ける。「それともうひとつ」罵詈雑言をぶつけるロキを眺めて馬場社長は本題を切り出した。
「十数年前、この地で閉館になったリゾート施設。その土地の利権と再建築考案を我々馬場コーポレーションが譲り受けた」
「な、何言ってんだおめぇ!…何が目的だぁ!」
一瞬ほころんだ顔をきつく正してロキは馬場社長に向き直る。「あの物件はオーナーが高齢でね。あの事件が起こったタイミングで騒ぎになる事を恐れて閉館する事を決めたようだ。これを見たまえ」
そう告げるとSPのひとりがロキに近づいて書類の写しを投げて渡した。「再オープンを願う地元住民の署名書だ。あの施設は市民ならず観光客に対しても大きな影響を与えていたようだな」
鼻を啜りながら拾い上げたB5ノートをめくるロキ。最初のページには憶えのある字で宮島路樹の名前も記されていた。「ははっ、マジかよ」声を立てて笑うロキを見て「いつか私に語ってくれた夢は本当だったらしいな」と馬場社長は少し呆れたように言った。
「だが、これでキミが闘う理由も無くなった」馬場社長の言葉でノートからロキは顔を上げた。「今一度問おう。キミがアクターとして闘う理由は何だ?今の立場を失ってまでロワイヤルを戦い抜く覚悟はあるか?」
雪が止み、つんざくような冷たい風がふたりの間を通り抜ける。「そんなもん、決まってんだろうがよぉ」取り囲む周りの雪が解けそうな程の気合でロキは拳を握って目の前に掲げてみせた。
「同業者誘拐未遂までしておいてこんな所で止まってたまるかよぉ!年末の大会であのインド野郎をブッ倒してオレ様が最強のアクターだって事を証明してやるさぁ!」
ロキの決意を受けて馬場社長は静かに頷いた。「そのインドマンの事なんだが」社長の言い掛けた言葉にロキはその身を正す。
「インドマンの若者、日比野英造といったか。彼が信頼の置ける仲間と共に修行に入った。このままではキミとの差は大きく開くだろう」
その言葉を受けてロキが唇をかみ締める。今のミル・トリコの力ではさっき社長が変身した即席のアクターにさえ叶わない。それを見す越したように馬場社長はロキに告げた。
「キミにまだ戦う意思があるのなら二日後に関東の私が居る本社ビルを訪れたまえ。まだ開発中ではあるが、私が今着けているベルトと同じチカラを持った訓練相手を用意してある。
社長の私がわざわざこの地へ出向いたんだ。キミ達が最高の成果を上げてくれる事を主催者として心から願っているよ」
ふいに頭上で突風が巻き起こり、旋回する大きな羽が作った影がその場を取り囲むと、ヘリから投げられたロープを掴んで馬場社長はその場から飛び立って行った。
「やれやれ。このロキ様がこんな煮え湯を飲まされるとよぉ」命が助かった安堵感と自身の夢を他人に叶えられたやりきれない思いを抱えてロキはしばらく身を埋めていたその場から起き上がった。
「待っていろよぉ三馬鹿共ぉ。絶対ぇオレが頂点まで昇り詰めてやっからよぉ」主催者の介入によって混沌の淵から立ち直った大物ゲーム実況者ロキ。彼はその拳を握り締めると決意を改めてその何も描かれていない白い大地に新しい一歩を踏み出した。
その剣はささらの如く刃が零れ落ち、切っ先は大部分が欠け、刀身は根元からぐにゃりと曲がっている。顔を上げるとそのアクターは破れた仮面の顔半分から煌々と輝く瞳を目の前から近づいてくる相手に向けた。
黒装束に頭からフードを被り、カタール型の剣を両側の袖から伸ばした男が一歩、また一歩、新雪を踏みしめながら歩いてくる。持ちうる武器と負傷の度合いを天秤に掛けたとき、闘いの結末は明らかである。
敗色濃厚のアクター、ミル・トリコがひん曲がった剣を引き抜くと相手のアクターが歩みを止め、ベルトに手を翳してその変身を解いた。「あ、アンタは…?」うめき声を上げながら人間態に戻っていくスーツの男を見てトリコは息を呑んだ。
「私の事を知っているのか?まさかキミがこんな所で油を売っているとはな」その男は一度雪に突いた膝を上げると同じく変身を解いた宮島ロキに向き直った。
「ああ、知ってる。諸悪の根源である馬場コーポレーション社長、
「私が開発したアクターバトルに早期から参入を決めたのはキミ達だ。その為に子供相手に稼いだ多額の金を積んだんだろう?」
「それ以上近づくなよこの人殺しがぁ!」一歩踏み出した馬場社長を見てロキが金切り声を上げる。「無理もないか。仮想現実とはいえ、散々見下していた相手に手足を斬り落とされたのだからな。そのトラウマが今も胸に焼きついているのだろう?」寒さと恐怖で震えるロキを慈悲のこもった瞳で眺めると馬場社長は言った。
「今のキミは弱い。私が描くロワイヤルのメーンを張れる器ではない。スポンサーのラ・パール会長が既に新たな大物を用意した」
「な、俺じゃ役不足だっていうのかよぉ!?」
失望のまなざしに変わった馬場社長にロキが抗議の声を向ける。「それともうひとつ」罵詈雑言をぶつけるロキを眺めて馬場社長は本題を切り出した。
「十数年前、この地で閉館になったリゾート施設。その土地の利権と再建築考案を我々馬場コーポレーションが譲り受けた」
「な、何言ってんだおめぇ!…何が目的だぁ!」
一瞬ほころんだ顔をきつく正してロキは馬場社長に向き直る。「あの物件はオーナーが高齢でね。あの事件が起こったタイミングで騒ぎになる事を恐れて閉館する事を決めたようだ。これを見たまえ」
そう告げるとSPのひとりがロキに近づいて書類の写しを投げて渡した。「再オープンを願う地元住民の署名書だ。あの施設は市民ならず観光客に対しても大きな影響を与えていたようだな」
鼻を啜りながら拾い上げたB5ノートをめくるロキ。最初のページには憶えのある字で宮島路樹の名前も記されていた。「ははっ、マジかよ」声を立てて笑うロキを見て「いつか私に語ってくれた夢は本当だったらしいな」と馬場社長は少し呆れたように言った。
「だが、これでキミが闘う理由も無くなった」馬場社長の言葉でノートからロキは顔を上げた。「今一度問おう。キミがアクターとして闘う理由は何だ?今の立場を失ってまでロワイヤルを戦い抜く覚悟はあるか?」
雪が止み、つんざくような冷たい風がふたりの間を通り抜ける。「そんなもん、決まってんだろうがよぉ」取り囲む周りの雪が解けそうな程の気合でロキは拳を握って目の前に掲げてみせた。
「同業者誘拐未遂までしておいてこんな所で止まってたまるかよぉ!年末の大会であのインド野郎をブッ倒してオレ様が最強のアクターだって事を証明してやるさぁ!」
ロキの決意を受けて馬場社長は静かに頷いた。「そのインドマンの事なんだが」社長の言い掛けた言葉にロキはその身を正す。
「インドマンの若者、日比野英造といったか。彼が信頼の置ける仲間と共に修行に入った。このままではキミとの差は大きく開くだろう」
その言葉を受けてロキが唇をかみ締める。今のミル・トリコの力ではさっき社長が変身した即席のアクターにさえ叶わない。それを見す越したように馬場社長はロキに告げた。
「キミにまだ戦う意思があるのなら二日後に関東の私が居る本社ビルを訪れたまえ。まだ開発中ではあるが、私が今着けているベルトと同じチカラを持った訓練相手を用意してある。
社長の私がわざわざこの地へ出向いたんだ。キミ達が最高の成果を上げてくれる事を主催者として心から願っているよ」
ふいに頭上で突風が巻き起こり、旋回する大きな羽が作った影がその場を取り囲むと、ヘリから投げられたロープを掴んで馬場社長はその場から飛び立って行った。
「やれやれ。このロキ様がこんな煮え湯を飲まされるとよぉ」命が助かった安堵感と自身の夢を他人に叶えられたやりきれない思いを抱えてロキはしばらく身を埋めていたその場から起き上がった。
「待っていろよぉ三馬鹿共ぉ。絶対ぇオレが頂点まで昇り詰めてやっからよぉ」主催者の介入によって混沌の淵から立ち直った大物ゲーム実況者ロキ。彼はその拳を握り締めると決意を改めてその何も描かれていない白い大地に新しい一歩を踏み出した。
「日比野君、これは一体どういう事かね!?」
――大学の進路相談室。担任の田辺先生が呼寄せた俺に向かって目の前の机を叩いた。差し出した学生証と退学書類を突っぱねられそうになると俺は先生に言った。
「この間も言ったじゃないですか。大学通っててもロクな事ないし実家に帰るんですよ」
セピア調のぼんやりとした背景の中央で自嘲気味に笑う俺の姿は端から見ても痛々しかったに違いない。田辺先生が俺から視線を外すと机の上の退学証明書を突き出してこう宣言したのだった。
「一浪してやっと入った大学だったけど思ってたのと違うから辞めます。
講義は何言ってっかわかんねぇし、バイトはバックヤードで携帯いじってたらクビになるし、気になってた里美ちゃんはヤリサーの連中に喰われるし、東京来てもホント、何にも良い事なかったっすよ」
「ちゃんと親御さんは伝えたんだろうな?」
「いえ、別に。俺を産んだ家族なんだから戻ったら普通に受け入れてくれるでしょ。じゃ、俺はこれで」
先生の言葉を遮るようにして相談室を開ける俺を見て先生は「必ず後悔する事になるぞ」とはっきりした口調で俺に告げた。そうして都会の壁に跳ね返された俺は実家でただ飯喰らいのごく潰しとしてこれまで暮らして来たのだった。
あの日、チャクラベルトと出会ってインドのチカラをその身に宿すまでは…
「起きて、日比野くん。修行の時間だ」
頭の上から男の細い声が聞こえて俺はログハウスのベッドで目を覚ました。ガンソさんの所で修行を始めるようになって一週間。脳を鍛える修行が終わると今度はアクター状態での実戦を見据えた実践的な訓練が始まった。
お互いに変身アイテムを手にして崖の裏側に回りこむ俺とガンソさん。「悪い夢でも見たの?うなされていたみたいだけど」前を歩くガンソさんに尋ねられると昔の夢を見ていました、と答えた。
確かに悪夢だったのかも知れない。夢の内容を振り返ってあの時の自分の様に自嘲気味に笑う。「なんでもっと真剣になって留めてくれなかったんだよ」そちらの都合で辞められるなら構いませんよという大学側の対応を思い出して足元の雪を蹴りつける。
「準備は出来た。いくよ」先の方で訓練の準備をしていたガンソさんの声が鳴り、俺はベルトに指を置いてインドマンに変身する。すると頭上で大きな音が響き、崖の上から顔くらいの大きさに千切られた岩が複数降り注いできた。
『魔人モード:ガネーシャ』!チャクラベルトにガシャットを差し込むと俺は象をモチーフとしたアクターに変身し俺目がけて落ちてきた岩のひとつ一つを拳のラッシュで破壊する。
最後のひとつを殴りつけて一呼吸すると「脇が甘いね」と言われてガンソさんの木刀の一撃が俺の横っ腹に叩きつけられた。その痛みに思わずインドマンの変身が解けて元の姿に戻ってしまう。
この訓練は実際のアクターバトルではないからカードは消費しないが、その闘いで受けたダメージは本来の身体に残る。ふらつく俺を見てガンソさんが「岩を一個ずつ破壊していたら今の様に裏を取られる。『ムルガン』の剣技で一度に吹き飛ばした方が良い」と俺に提言した。
俺がそうですね、と答えると「次の訓練いくよ」とガンソさんが杖を突いて奥へと歩いて行く…別に俺の判断が悪かった訳じゃない。ガンソさんのアクターが強すぎるのだ。
ガンソさんのアクターフォームは菅笠を被った用心棒を思わせる軽装型で最大の武器は脇差しによる『居合い抜き』。煙のように気配を消すサブ能力を使い、相手の間合いに入れば一瞬で勝負を決められる短期決着を狙う攻撃的な戦型である。
変身時に呼称が無いと不便なので俺がアクター名を訊ねたところ、恥ずかしがって教えてくれなかった。彼曰く共闘には向かないアクターだと語っていたが俺にはどうにも、ガンソさんが俺に心を開いてくれていないというか、何か重要な秘密を抱えているように思えて仕方なかった。
「くそっ、今日もあの人から一本取れなかった!」
日が暮れた景色の中で俺は池の水面に反射る自分の姿を拳で殴りつけた。一日の修行が終わり、ふもとの町まで買い物を行って夕食を作るのは自分の仕事だ。それを終えてひとりになると俺は自分への怒りがやり込めなくなっていた。
元々他人と一緒に行動するのは得意ではない。あの人の前で思うように能力を発揮できない自らへの苛立ちと共同生活による欲求不満が溜まっていた。ふと水面から顔を上げてきらめく満天の星空を眺める。実家に残してきた妹の六実は無事だろうか。
六実の憎たらしくも可愛らしい笑顔を思い浮かべている頭の中でくぐもった女性の声が聞こえてきた。
『気に入らないのだろう?あの男が?』「誰だ?」周りを見渡すと腰のガシャットのひとつが怪しく瞬いている。声の主はこいつしかいない。ケシャケシャと不快な笑い声が鳴り終わるとその声は俺に告げた。
『その気になれば自分になど指導せずに勝ち残れる能力を持ったあの男を。ならば斬ってしまえばいいではないか。わらわのチカラを使え。さすればお前の前に立ちはだかるモノ全てを切り裂いてくれようぞ』
インドマンとして手に入れたカーリーの魂が俺を唆す。「ふざけんなよ。誰が修行の恩人なんかを切るもんか」冷や汗を拭い、頭の中の声を笑い飛ばすようにログハウスに戻る。その途中で待っていたあの人が俺に訊ねた。
「居た、居た。一体どこへ行っていたんだ?」「…ちょっと池で発散しに」「まぁ年頃の男に禁欲を強いる気はないけどさ」少し勘違いをしている雰囲気でガンソさんは俺に買い物の袋を見せた。
「入浴剤が頼んでいたものと違う。ふもとのコンビニまだ開いてるから返品してきてよ。今日が終わっちまう前にさ。お湯に浸からないと眠れない性分なんだ」
俺は「はぁ?」と呆れるとガンソさんを睨み返した。昼間の厳しい訓練を終わらした後にあの険しい崖道を往復して、またそれをやれって言うのか?ただの嫌がらせじゃないか。
ガンソさんはそんな俺の態度に気付く事無く「どうした?早く替えてきてよ」と目の前にコンビニの袋を突き出した…もう限界だ。俺は頭の中で嗤う声にその身を委ねた。
ドス黒い憎悪を纏った青いオーラが俺の身体を包み込む。どうせこの場には俺とこの男しか居ない。こんな所で事件が起きても何かの事故で片付けられる。このチカラを手にしている以上、もうこの男に従う必要は無い。
――殺す。その一点に意識を集中させて手に握った曲剣をガンソさんの喉元に突きつけたその時、
「冗談はよしてくれよ」
アクターに変身したガンソさんが引き抜いた刀で俺の剣を弾き返した。そしてそのまま翻した刀で斬撃を吹き起こすと俺の身体を包み込んでいたカーリーのオーラが悲鳴をあげながら彼方へ消し飛んでいった。
俺はすぐさまその場で膝を付いてガンソさんに懺悔の言葉を浮かべた。「ガンソさん、俺、取り返しのつかない事をしてしまって…!」
「何言ってんの?僕はぴんぴんしてるじゃないか」「違うんですっ、俺、おれっ!!」
湧き上がる涙が止まらない。歩み寄るガンソさんの身体を掴んで俺は声を上げて泣きじゃくった。
「親に迷惑掛けて大学辞めて!毎日働きもせずに動画なんて撮り始めて!…中学の時いじめてたヤツにだってちゃんと謝れなかった!そして師匠のあんたに手を掛けようとするなんて!
俺にはヒーローの資格なんてない!とんでもないゴミ野郎なんです俺は!」
「それにコミュ障で童貞だしね」
茶化すようなガンソさんの声を聞いて俺は顔を上げる。すると身体の横の雪が鋭い音を立てて沈み込んだ。「これは?」俺の身体から離れたガンソさんがそれを摘み上げると矢の羽根の根元に白い文書がくくり付けてあり、それを開くと俺に聞こえるようにして読み上げた。
「明日のこの時間にお前たちが持つカードを貰い受ける。降伏すれば手荒な真似はしない、か。古臭いスタイルの果たし状だねこれは」
苛立った態度でその紙を折りたたむといまだ四つ足の俺をガンソさんが鋭い眼光で見下ろした。「誰かがネットで『オフ会』なんて宣伝するから望まない参加者が来ちゃったじゃないか」
「す、すいませんっ!」思わずその場で土下座をして謝る俺。そんな俺を見てガンソさんが俺にこう提案をした。
「この挑戦者、斬っちゃおうか?」
月夜の下で凍えるような冷たい笑顔を浮かべて静かな怒りを圧し篭めたガンソさんの声が俺の鼓膜にいつまでも張り付いてその夜は消える事が無かった。
――大学の進路相談室。担任の田辺先生が呼寄せた俺に向かって目の前の机を叩いた。差し出した学生証と退学書類を突っぱねられそうになると俺は先生に言った。
「この間も言ったじゃないですか。大学通っててもロクな事ないし実家に帰るんですよ」
セピア調のぼんやりとした背景の中央で自嘲気味に笑う俺の姿は端から見ても痛々しかったに違いない。田辺先生が俺から視線を外すと机の上の退学証明書を突き出してこう宣言したのだった。
「一浪してやっと入った大学だったけど思ってたのと違うから辞めます。
講義は何言ってっかわかんねぇし、バイトはバックヤードで携帯いじってたらクビになるし、気になってた里美ちゃんはヤリサーの連中に喰われるし、東京来てもホント、何にも良い事なかったっすよ」
「ちゃんと親御さんは伝えたんだろうな?」
「いえ、別に。俺を産んだ家族なんだから戻ったら普通に受け入れてくれるでしょ。じゃ、俺はこれで」
先生の言葉を遮るようにして相談室を開ける俺を見て先生は「必ず後悔する事になるぞ」とはっきりした口調で俺に告げた。そうして都会の壁に跳ね返された俺は実家でただ飯喰らいのごく潰しとしてこれまで暮らして来たのだった。
あの日、チャクラベルトと出会ってインドのチカラをその身に宿すまでは…
「起きて、日比野くん。修行の時間だ」
頭の上から男の細い声が聞こえて俺はログハウスのベッドで目を覚ました。ガンソさんの所で修行を始めるようになって一週間。脳を鍛える修行が終わると今度はアクター状態での実戦を見据えた実践的な訓練が始まった。
お互いに変身アイテムを手にして崖の裏側に回りこむ俺とガンソさん。「悪い夢でも見たの?うなされていたみたいだけど」前を歩くガンソさんに尋ねられると昔の夢を見ていました、と答えた。
確かに悪夢だったのかも知れない。夢の内容を振り返ってあの時の自分の様に自嘲気味に笑う。「なんでもっと真剣になって留めてくれなかったんだよ」そちらの都合で辞められるなら構いませんよという大学側の対応を思い出して足元の雪を蹴りつける。
「準備は出来た。いくよ」先の方で訓練の準備をしていたガンソさんの声が鳴り、俺はベルトに指を置いてインドマンに変身する。すると頭上で大きな音が響き、崖の上から顔くらいの大きさに千切られた岩が複数降り注いできた。
『魔人モード:ガネーシャ』!チャクラベルトにガシャットを差し込むと俺は象をモチーフとしたアクターに変身し俺目がけて落ちてきた岩のひとつ一つを拳のラッシュで破壊する。
最後のひとつを殴りつけて一呼吸すると「脇が甘いね」と言われてガンソさんの木刀の一撃が俺の横っ腹に叩きつけられた。その痛みに思わずインドマンの変身が解けて元の姿に戻ってしまう。
この訓練は実際のアクターバトルではないからカードは消費しないが、その闘いで受けたダメージは本来の身体に残る。ふらつく俺を見てガンソさんが「岩を一個ずつ破壊していたら今の様に裏を取られる。『ムルガン』の剣技で一度に吹き飛ばした方が良い」と俺に提言した。
俺がそうですね、と答えると「次の訓練いくよ」とガンソさんが杖を突いて奥へと歩いて行く…別に俺の判断が悪かった訳じゃない。ガンソさんのアクターが強すぎるのだ。
ガンソさんのアクターフォームは菅笠を被った用心棒を思わせる軽装型で最大の武器は脇差しによる『居合い抜き』。煙のように気配を消すサブ能力を使い、相手の間合いに入れば一瞬で勝負を決められる短期決着を狙う攻撃的な戦型である。
変身時に呼称が無いと不便なので俺がアクター名を訊ねたところ、恥ずかしがって教えてくれなかった。彼曰く共闘には向かないアクターだと語っていたが俺にはどうにも、ガンソさんが俺に心を開いてくれていないというか、何か重要な秘密を抱えているように思えて仕方なかった。
「くそっ、今日もあの人から一本取れなかった!」
日が暮れた景色の中で俺は池の水面に反射る自分の姿を拳で殴りつけた。一日の修行が終わり、ふもとの町まで買い物を行って夕食を作るのは自分の仕事だ。それを終えてひとりになると俺は自分への怒りがやり込めなくなっていた。
元々他人と一緒に行動するのは得意ではない。あの人の前で思うように能力を発揮できない自らへの苛立ちと共同生活による欲求不満が溜まっていた。ふと水面から顔を上げてきらめく満天の星空を眺める。実家に残してきた妹の六実は無事だろうか。
六実の憎たらしくも可愛らしい笑顔を思い浮かべている頭の中でくぐもった女性の声が聞こえてきた。
『気に入らないのだろう?あの男が?』「誰だ?」周りを見渡すと腰のガシャットのひとつが怪しく瞬いている。声の主はこいつしかいない。ケシャケシャと不快な笑い声が鳴り終わるとその声は俺に告げた。
『その気になれば自分になど指導せずに勝ち残れる能力を持ったあの男を。ならば斬ってしまえばいいではないか。わらわのチカラを使え。さすればお前の前に立ちはだかるモノ全てを切り裂いてくれようぞ』
インドマンとして手に入れたカーリーの魂が俺を唆す。「ふざけんなよ。誰が修行の恩人なんかを切るもんか」冷や汗を拭い、頭の中の声を笑い飛ばすようにログハウスに戻る。その途中で待っていたあの人が俺に訊ねた。
「居た、居た。一体どこへ行っていたんだ?」「…ちょっと池で発散しに」「まぁ年頃の男に禁欲を強いる気はないけどさ」少し勘違いをしている雰囲気でガンソさんは俺に買い物の袋を見せた。
「入浴剤が頼んでいたものと違う。ふもとのコンビニまだ開いてるから返品してきてよ。今日が終わっちまう前にさ。お湯に浸からないと眠れない性分なんだ」
俺は「はぁ?」と呆れるとガンソさんを睨み返した。昼間の厳しい訓練を終わらした後にあの険しい崖道を往復して、またそれをやれって言うのか?ただの嫌がらせじゃないか。
ガンソさんはそんな俺の態度に気付く事無く「どうした?早く替えてきてよ」と目の前にコンビニの袋を突き出した…もう限界だ。俺は頭の中で嗤う声にその身を委ねた。
ドス黒い憎悪を纏った青いオーラが俺の身体を包み込む。どうせこの場には俺とこの男しか居ない。こんな所で事件が起きても何かの事故で片付けられる。このチカラを手にしている以上、もうこの男に従う必要は無い。
――殺す。その一点に意識を集中させて手に握った曲剣をガンソさんの喉元に突きつけたその時、
「冗談はよしてくれよ」
アクターに変身したガンソさんが引き抜いた刀で俺の剣を弾き返した。そしてそのまま翻した刀で斬撃を吹き起こすと俺の身体を包み込んでいたカーリーのオーラが悲鳴をあげながら彼方へ消し飛んでいった。
俺はすぐさまその場で膝を付いてガンソさんに懺悔の言葉を浮かべた。「ガンソさん、俺、取り返しのつかない事をしてしまって…!」
「何言ってんの?僕はぴんぴんしてるじゃないか」「違うんですっ、俺、おれっ!!」
湧き上がる涙が止まらない。歩み寄るガンソさんの身体を掴んで俺は声を上げて泣きじゃくった。
「親に迷惑掛けて大学辞めて!毎日働きもせずに動画なんて撮り始めて!…中学の時いじめてたヤツにだってちゃんと謝れなかった!そして師匠のあんたに手を掛けようとするなんて!
俺にはヒーローの資格なんてない!とんでもないゴミ野郎なんです俺は!」
「それにコミュ障で童貞だしね」
茶化すようなガンソさんの声を聞いて俺は顔を上げる。すると身体の横の雪が鋭い音を立てて沈み込んだ。「これは?」俺の身体から離れたガンソさんがそれを摘み上げると矢の羽根の根元に白い文書がくくり付けてあり、それを開くと俺に聞こえるようにして読み上げた。
「明日のこの時間にお前たちが持つカードを貰い受ける。降伏すれば手荒な真似はしない、か。古臭いスタイルの果たし状だねこれは」
苛立った態度でその紙を折りたたむといまだ四つ足の俺をガンソさんが鋭い眼光で見下ろした。「誰かがネットで『オフ会』なんて宣伝するから望まない参加者が来ちゃったじゃないか」
「す、すいませんっ!」思わずその場で土下座をして謝る俺。そんな俺を見てガンソさんが俺にこう提案をした。
「この挑戦者、斬っちゃおうか?」
月夜の下で凍えるような冷たい笑顔を浮かべて静かな怒りを圧し篭めたガンソさんの声が俺の鼓膜にいつまでも張り付いてその夜は消える事が無かった。
「そろそろ時間だ。覚悟はできてる?」
ログハウスのドアを開けると振り返ってガンソさんは俺に訊いた。ええ、と短く返して俺たちは雪の降りしきる山頂に続く道を歩く。
昨日果たし状がくくられた矢が打ち込まれた場所に出ると、その奥から渦が巻かれた闇が現れて中から金髪の男が姿を見せた。体格の良いその男が足元の雪を踏みしめると俺たちを見上げてこう言った。
「インドマン、俺を憶えているか?」問い掛けられて俺は男の顔をみつめて頷く。直接会ったことはないが俺はこの男を知っている。相手は以前ゲーム実況者アベピー救出の際に現れた戦士のアクターを持つアルスクのメンバー、古流根 晋三 。
「文面の通りだ。俺に二人分のカードを全部渡せ」そう言い放つとコルネは自身の変身アイテムと思われるバングルに指を置いた。
「友好的な話し合いは無理なようだ。やっちゃって」ガンソさんの合図で俺が前に立つと俺は腰のベルトを廻して体中を包み込む光に身を任せた。迷いは無い。変身が終わるとサングラス越しにアクターに成り代わった相手に腕を構える。
「インドマン参上!わざわざこちらの本拠地に忍び込むとは決闘上等!返り討ちにしてくれる!」気合充分のテンションで相手に駆け寄ろうとした途端、目の前から高速の火球が飛んできた。「ぬあっ!」紙一重のタイミングでそれをかわすと炎が酸素を纏いながら崖の向こうの夜空に消えていく。
「なかなか良い反射神経をしているな」甲冑を着た武士を彷彿とさせるコルネが変身した姿のアクターは頭の兜を揺らすように俺の姿を見て頷いた。手甲のはめられた腕を伸ばしてそのアクターは言った。
「俺のアクターネームは『ナンバーナイン』。能力は“核熱”。手から放った物質に熱を持たせて相手を攻撃する事が可能だ」「ほう、なるほど」敵の話を受けてガンソさんが杖の上に置いた肘の先の手で顎を撫でた。
「酸素を纏う時間、つまり放出した距離が長ければ威力があがるってこと。そうとなれば、どういった攻撃が効果的か、分かるよね?」師匠の言葉を受けて俺は日頃の訓練を思い出し、すかさず腰のケースから黄土色のガシャットを引き抜く。
「ほう、一気に距離を詰めに来たか」ガネーシャのフォームにチェンジして突進する俺を見てナンバーナインはバックステップを踏んでコインをふところから取り出してそれを俺に向けて指で弾いた。
すぐにコインが熱を纏って灰になり、その火球が大きさを増して俺に近づいてくる。「まさかレールガン持ちとはね。恐れいった」ガンソさんの軽口が冷たい風の合間を縫って俺の耳に届く。
火球が周りの酸素を取り込んで雪だるま式に巨大化して目の前に飛び込んでくる。俺は直前で立ち止まるとガシャットを引き抜いてインドマンのオリジンフォームに戻り、心を落ち着けて利き手を身体の前に掲げて深く呼吸をした。
「な、どういうことだ!?」身体に飛び込んできた火球が掌に弾かれるようにして身体の横に逸れていく。その様子を見て敵が感嘆の声を上げていた。薄目を開くと俺は深く息を吐き今の現象を奴らに説明してやった。
「インド古武術奥義、『サラサの流れ』。この構えの前では全ての攻撃は紙のように受け流される。紛れも無い、神の呼吸だ」星が瞬く冷たい夜空に鋭いSEが響きわたる。
「ふざけやがって、そんな事があってたまるか!」性懲りもなく相手が両腕でコインを弾いて同じように火球を打ち込んできた。軌道を読みきってしまえば相手の攻撃は恐れるに足りず。
今度はこちらの番だ。もう一つの赤色のガシャットを取り出して力強くベルトにはめ込む。
「釈迦力剣刃 !」剣を扱うムルガンにフォームチェンジし、独自に編み出した回転剣舞で周りの雪を掻き揚げるようにして剣を振るうと、その浮力で相手の背後目がけて飛び上がる。
「なに!?」「もらった!」振り返った相手の身体に振り下ろす完璧な袈裟斬り。しかし致命打に至らなかったのか、背後に現れた闇に身体を呑ませながらナンバーナインは俺に告げた。
「おまえのチカラを侮っていたようだ。少し距離を取らせてもらう」待て、と言い掛けた途端、奴を飲み込んだ闇の渦が収縮し姿が消え、俺はその場に残された。「どうやら敵は彼ひとりじゃないようだ」ガンソさんの杖が雪を食 む。
「くそう、このままでは死角から相手の攻撃を喰らってしまう」俺が身体を捻って相手を探していると「それはどうかな?」とガンソさんが口を横に開いて微笑んだ。相手はまだ遠くへ行っていないはず。俺は白黒柄のガシャットをベルトに差し込んで三度フォームチェンジ。
「使い魔よ!敵を探し出せ!」パールヴァーティーの大鷲が相手の姿を上空から探し出す…居た。敵は崖下の開けた場所で傷を押さえて呼吸を整えている。思えばさっき繰り出した斬撃は自分でも会心の一打。
それが直前に相手の身体が後ろに吸い込まれるように逸れたのはあの渦の能力を持つアクター、『ネブラ・イスカ』が潜んでいると考えていいだろう。
なら、回避不可能の超高速の一撃を打ち込んでやるしかない。俺は決意を決めて崖から飛び降りると相手の姿を見据えて青色のガシャットをベルトに捻じ込む。
『来たぞ!』ネブラの声を受けてナンバーナインが頭上を見上げる。カーリーのチカラを纏った俺の四本の腕が相手の両肩の自由を奪い、そのまま雪の地面に押し倒す。
「な、なぜこの場所が瞬時に判った!?」目を見開くナンバーナインの上から両腕で握り締めた曲剣を振り下ろそうと大きく構える。
「全身全霊、仏陀斬り!!」壊れ性能のカーリーによる全力の打ち下ろし。勝負が決まったと思ったその時、変身が解かれ、俺たちの頭の中にあのナレーションが響き渡った。
「この勝負、ディフェンサー側の棄権により、アタッカー側の勝利。ナンバーナイン、ネブラ・イスカにそれぞれ『隠者』のカードが与えられます」
「えっ?」「どういう事だ?」勝者側の二人が事態を飲み込めずに俺から離れて距離を取った。なぜだ、どうしてそんな事を!一歩ずつ近づいてくる杖が突く音を聞いて俺は拳を握り締める。
「今日のところはこの辺で勘弁してくれないか」
闘いの中で棄権を宣言したガンソさんが笑みを浮かべながらネブラの能力者だった昆 帝王 とコルネを見比べながら言った。「それで足りない、と言うのなら今度は僕から直接奪っても良いんだぜ?」
「退こう、カードを手にするという目的は達した」ガンソさんの冷たい笑みを受けてテオがコルネの肩を揺すった。退却用のネブラの闇に呑まれる途中でコルネは捨てゼリフを俺にぶつける。「フン、いい気になるなよインドマン。これが俺の全てのチカラだと思ったら大違いだ。本戦までせいぜい精進しておく事だな」
渦が消えると俺は振り返って静かに微笑むガンソさんに問い質した。「ガンソさん、あんなに簡単に相手に俺たちのカードを譲り渡すなんて…あんたもしかしてアイツラとグルだったのか…!」
言いかけたその途端、風を切る音が鳴り、喉元に杖を突きつけられた。「言葉に気をつけな」普段とは違う、シリアスな瞳。背筋が震え上がる恐怖を憶えると彼は杖を降ろしてその場から歩き始めた。
「こうでもしなけりゃまた仲間を連れてここに来るのが知れている。僕はこの平穏な場所が気に入っているんだ。ここがアクターの溜り場になるのは困るんでね。歩きながら話そう。キミが呼んでいるガシャットについてだ」
釈然としない気持ちを抱えながらガンソさんの後を付いて歩く。「キミが先代のインドマンから譲り受けたその変身アイテム。数百年前にインドから宝石商の船を経由して日本国に伝わった。その正式名称をジョイプールという…ここだ」
ガンソさんが立ち止まると目の前にぽっかりと口を開かれた洞窟が広がっている。「ジョイプールに封じ込めれたインドの魔人の魂。インドマンとしてそのチカラを真に引き出すためにキミはその魂ひとつひとつと向き合う必要がある。それがインドの魂を引き継いだ男としての責務であり、歴代所持者への贖罪だ」
天井から鍾乳洞がぶら下がる幻想的な景色の奥に小さな台座が置かれている。近づいて眺めてみると誰かが奇麗に研いだ跡があり、先代のインドマンはこの地において魔人たちとの対話を終えたようだ。
「いいかい?これが僕からキミに与える最後の修行だ」
上半身裸で台座に座り込んだ俺を見下ろしてガンソさんは告げた。期限はあと1週間。それまでに自分が持つ4つのガシャット、いやジョイプールに篭められた魔人の魂と対話してそのチカラと向き合うこと。
これが俺にとってインドの魂を受け入れる為の最後の試練。どんな無茶振りだろうが、生まれ変わるためにやってやる。入り口が大岩で塞がれると俺は目を閉じて深く息を吸い込んだ。
第十皿目 底辺ユーチューバーがオフ会を開いたら
-完-
ログハウスのドアを開けると振り返ってガンソさんは俺に訊いた。ええ、と短く返して俺たちは雪の降りしきる山頂に続く道を歩く。
昨日果たし状がくくられた矢が打ち込まれた場所に出ると、その奥から渦が巻かれた闇が現れて中から金髪の男が姿を見せた。体格の良いその男が足元の雪を踏みしめると俺たちを見上げてこう言った。
「インドマン、俺を憶えているか?」問い掛けられて俺は男の顔をみつめて頷く。直接会ったことはないが俺はこの男を知っている。相手は以前ゲーム実況者アベピー救出の際に現れた戦士のアクターを持つアルスクのメンバー、
「文面の通りだ。俺に二人分のカードを全部渡せ」そう言い放つとコルネは自身の変身アイテムと思われるバングルに指を置いた。
「友好的な話し合いは無理なようだ。やっちゃって」ガンソさんの合図で俺が前に立つと俺は腰のベルトを廻して体中を包み込む光に身を任せた。迷いは無い。変身が終わるとサングラス越しにアクターに成り代わった相手に腕を構える。
「インドマン参上!わざわざこちらの本拠地に忍び込むとは決闘上等!返り討ちにしてくれる!」気合充分のテンションで相手に駆け寄ろうとした途端、目の前から高速の火球が飛んできた。「ぬあっ!」紙一重のタイミングでそれをかわすと炎が酸素を纏いながら崖の向こうの夜空に消えていく。
「なかなか良い反射神経をしているな」甲冑を着た武士を彷彿とさせるコルネが変身した姿のアクターは頭の兜を揺らすように俺の姿を見て頷いた。手甲のはめられた腕を伸ばしてそのアクターは言った。
「俺のアクターネームは『ナンバーナイン』。能力は“核熱”。手から放った物質に熱を持たせて相手を攻撃する事が可能だ」「ほう、なるほど」敵の話を受けてガンソさんが杖の上に置いた肘の先の手で顎を撫でた。
「酸素を纏う時間、つまり放出した距離が長ければ威力があがるってこと。そうとなれば、どういった攻撃が効果的か、分かるよね?」師匠の言葉を受けて俺は日頃の訓練を思い出し、すかさず腰のケースから黄土色のガシャットを引き抜く。
「ほう、一気に距離を詰めに来たか」ガネーシャのフォームにチェンジして突進する俺を見てナンバーナインはバックステップを踏んでコインをふところから取り出してそれを俺に向けて指で弾いた。
すぐにコインが熱を纏って灰になり、その火球が大きさを増して俺に近づいてくる。「まさかレールガン持ちとはね。恐れいった」ガンソさんの軽口が冷たい風の合間を縫って俺の耳に届く。
火球が周りの酸素を取り込んで雪だるま式に巨大化して目の前に飛び込んでくる。俺は直前で立ち止まるとガシャットを引き抜いてインドマンのオリジンフォームに戻り、心を落ち着けて利き手を身体の前に掲げて深く呼吸をした。
「な、どういうことだ!?」身体に飛び込んできた火球が掌に弾かれるようにして身体の横に逸れていく。その様子を見て敵が感嘆の声を上げていた。薄目を開くと俺は深く息を吐き今の現象を奴らに説明してやった。
「インド古武術奥義、『サラサの流れ』。この構えの前では全ての攻撃は紙のように受け流される。紛れも無い、神の呼吸だ」星が瞬く冷たい夜空に鋭いSEが響きわたる。
「ふざけやがって、そんな事があってたまるか!」性懲りもなく相手が両腕でコインを弾いて同じように火球を打ち込んできた。軌道を読みきってしまえば相手の攻撃は恐れるに足りず。
今度はこちらの番だ。もう一つの赤色のガシャットを取り出して力強くベルトにはめ込む。
「
「なに!?」「もらった!」振り返った相手の身体に振り下ろす完璧な袈裟斬り。しかし致命打に至らなかったのか、背後に現れた闇に身体を呑ませながらナンバーナインは俺に告げた。
「おまえのチカラを侮っていたようだ。少し距離を取らせてもらう」待て、と言い掛けた途端、奴を飲み込んだ闇の渦が収縮し姿が消え、俺はその場に残された。「どうやら敵は彼ひとりじゃないようだ」ガンソさんの杖が雪を
「くそう、このままでは死角から相手の攻撃を喰らってしまう」俺が身体を捻って相手を探していると「それはどうかな?」とガンソさんが口を横に開いて微笑んだ。相手はまだ遠くへ行っていないはず。俺は白黒柄のガシャットをベルトに差し込んで三度フォームチェンジ。
「使い魔よ!敵を探し出せ!」パールヴァーティーの大鷲が相手の姿を上空から探し出す…居た。敵は崖下の開けた場所で傷を押さえて呼吸を整えている。思えばさっき繰り出した斬撃は自分でも会心の一打。
それが直前に相手の身体が後ろに吸い込まれるように逸れたのはあの渦の能力を持つアクター、『ネブラ・イスカ』が潜んでいると考えていいだろう。
なら、回避不可能の超高速の一撃を打ち込んでやるしかない。俺は決意を決めて崖から飛び降りると相手の姿を見据えて青色のガシャットをベルトに捻じ込む。
『来たぞ!』ネブラの声を受けてナンバーナインが頭上を見上げる。カーリーのチカラを纏った俺の四本の腕が相手の両肩の自由を奪い、そのまま雪の地面に押し倒す。
「な、なぜこの場所が瞬時に判った!?」目を見開くナンバーナインの上から両腕で握り締めた曲剣を振り下ろそうと大きく構える。
「全身全霊、仏陀斬り!!」壊れ性能のカーリーによる全力の打ち下ろし。勝負が決まったと思ったその時、変身が解かれ、俺たちの頭の中にあのナレーションが響き渡った。
「この勝負、ディフェンサー側の棄権により、アタッカー側の勝利。ナンバーナイン、ネブラ・イスカにそれぞれ『隠者』のカードが与えられます」
「えっ?」「どういう事だ?」勝者側の二人が事態を飲み込めずに俺から離れて距離を取った。なぜだ、どうしてそんな事を!一歩ずつ近づいてくる杖が突く音を聞いて俺は拳を握り締める。
「今日のところはこの辺で勘弁してくれないか」
闘いの中で棄権を宣言したガンソさんが笑みを浮かべながらネブラの能力者だった
「退こう、カードを手にするという目的は達した」ガンソさんの冷たい笑みを受けてテオがコルネの肩を揺すった。退却用のネブラの闇に呑まれる途中でコルネは捨てゼリフを俺にぶつける。「フン、いい気になるなよインドマン。これが俺の全てのチカラだと思ったら大違いだ。本戦までせいぜい精進しておく事だな」
渦が消えると俺は振り返って静かに微笑むガンソさんに問い質した。「ガンソさん、あんなに簡単に相手に俺たちのカードを譲り渡すなんて…あんたもしかしてアイツラとグルだったのか…!」
言いかけたその途端、風を切る音が鳴り、喉元に杖を突きつけられた。「言葉に気をつけな」普段とは違う、シリアスな瞳。背筋が震え上がる恐怖を憶えると彼は杖を降ろしてその場から歩き始めた。
「こうでもしなけりゃまた仲間を連れてここに来るのが知れている。僕はこの平穏な場所が気に入っているんだ。ここがアクターの溜り場になるのは困るんでね。歩きながら話そう。キミが呼んでいるガシャットについてだ」
釈然としない気持ちを抱えながらガンソさんの後を付いて歩く。「キミが先代のインドマンから譲り受けたその変身アイテム。数百年前にインドから宝石商の船を経由して日本国に伝わった。その正式名称をジョイプールという…ここだ」
ガンソさんが立ち止まると目の前にぽっかりと口を開かれた洞窟が広がっている。「ジョイプールに封じ込めれたインドの魔人の魂。インドマンとしてそのチカラを真に引き出すためにキミはその魂ひとつひとつと向き合う必要がある。それがインドの魂を引き継いだ男としての責務であり、歴代所持者への贖罪だ」
天井から鍾乳洞がぶら下がる幻想的な景色の奥に小さな台座が置かれている。近づいて眺めてみると誰かが奇麗に研いだ跡があり、先代のインドマンはこの地において魔人たちとの対話を終えたようだ。
「いいかい?これが僕からキミに与える最後の修行だ」
上半身裸で台座に座り込んだ俺を見下ろしてガンソさんは告げた。期限はあと1週間。それまでに自分が持つ4つのガシャット、いやジョイプールに篭められた魔人の魂と対話してそのチカラと向き合うこと。
これが俺にとってインドの魂を受け入れる為の最後の試練。どんな無茶振りだろうが、生まれ変わるためにやってやる。入り口が大岩で塞がれると俺は目を閉じて深く息を吸い込んだ。
第十皿目 底辺ユーチューバーがオフ会を開いたら
-完-