Neetel Inside ニートノベル
表紙

インドマン
第十三皿目 インドの米と嘘と真実を混ぜ込んだカレー

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 何も無い真っ白な空間に彼らは静かに佇んでいた。鶴のような仮面をつけた痩身の剣士に、顔の中心から伸びた長い鼻が揺れている大男。

 その場に大きな黒い翼を羽ばたかせた狩人風の人物が降り立つと彼らの足元から禍々しい色をした渦が生成され、その中から顔中に民族化粧を施した煌びやかな装飾を纏った美しい女性が現れた。

「集まったようじゃな。皆の者」

 彼らの中で中心人物であろうその女性は他の三人の顔を眺めると口角を上げてしたたかな笑みを浮かべた。

「ああ、俺たち全員が顔を見せたのは二千年ぶりだ」
「みんな元気そうでなによりだぞぅ」
「まさか再びワタシ達とココロを通わせようとする人間が現れるとは思いもしなかったヨ」

 三人の態度を見比べると女性は手に持った杖の石突をこん、と一度打ち鳴らした。すると空間に石造りの円卓と椅子が出現し、彼らはそれに腰掛けていく。

 どうやらこの四人は俺がインドマンとして手に入れたガシャット、もといジョイプールに篭められた魔人達の魂。その彼らの会話を俺は俯瞰で眺めていてる。

「今回皆に集まってもらったのは他でもない、私達の魂の保有者である人間の事。インドマンの若者、あやつを信用してよいものか。皆の忌憚の無い意見を聞かせてくれ」

 石卓の上に肘をつき、顔の前で手を組んだ妖艶な女性。彼女が狂気の人斬り魔人、カーリーの真の姿であるらしい。

「意見も何もあったものではないだろう」憮然とした態度で足を組んだ仮面の男、理知的な発言が目立つ彼は曲剣シャムシールの使い手、ムルガン。
「ぼくたちはもう、彼の所有物なんだぞぅ。今更ぼくたちにはどうする事も出来ないぞぅ」くぐもった声でたどたどしい語り口の彼は怪腕の持ち主であるガネーシャ。

 彼らの言動を見かねたように鞍馬天狗を髣髴とさせる外見のパールヴァーティーが口を開いた。

「我々が封じ込められていたジョイプールは元々世界中、別々の場所に散らばっていたハズなんだヨ。それがあの若者がインドのチカラによってひとところに呼び寄せた。
だが本来魔人は群れあわず、単独で永遠の時を生きる人間共の神なる象徴。一人の人間の器の中に納められるなんてワタシはまっぴらごめんだヨ」

「しかしあの若者が秘められしチカラのよって私達を呼び寄せたのも事実」冷静な言葉を浮かべカーリーは席を立って真っ白な闇の先を見つめている。
「今我らがチカラを貸す事を拒めば我々は再び互いの魂の置き場を機会を失ってしまう」ムルガンが足を崩して深く息を吐いた。
「彼にはぼくらのチカラが必要だぞぅ」ガネーシャがパールヴァーティーを諭すように立ち上がって力強く両拳を握り締める。
「ま、こうなってしまった以上、ワタシにはどうしようもないがネ。お嬢の決定に委ねるとしよう」皮肉屋のパールヴァーティーが観念したように両手を広げると杖を突いて歩き出したカーリーが闇の先に掌を差し向けた。

 無の空間から様々な色が混じり合った渦が生まれ、それは次第に大きさを増し、彼らの姿を飲み込んでいく。

「チャクラベルトに選ばれたインドの血脈をその身に宿した呪われし男よ。わらわは長らくこの世界に飽くていた。しかしおぬしの手によって数千年ぶりに面白い光景が見れそうぞ。己が欲の為、我らのチカラを存分に遣うが良い!」

 聞き覚えのあるケシャケシャとした笑い声を濁流と化した渦が音を立てて消し去ってゆく。視界の全てを黒色が包み込む、やがてそれを引き裂くように真っ白な光が広がると俺ははっと意識を取り戻した。


「あ、やっと目覚めた」

 目のピントが合うとそこは修行の場として訪れた鍾乳洞が天上からぶら下がる洞窟にある祠だった。箒で辺りを掃いていた俺の師であるガンソさんが垂れ下がる長い前髪の間から俺の姿を眺めていた。

 次第に意識が蘇ると組んでいた脚の痛みを思い出し、胡坐をかいていた台座の上で姿勢を崩す…あばら骨がすっかり浮き出てしまっている。どうやらかなり長期に渡ってこの場で瞑想を続けていたらしい。

 体を起こそうとすると全身に鋭い痛みが走り、目の前が急に真っ白に切り替わる。「落ち着いて、ホラ、その場で英雄のポーズ!」近寄ってきたガンソさんにゆっくりと体を起こされて手を伸ばし頭の上で掌をくっ付ける。立ち上がって足を開き、腹式で呼吸を繰り返すと頭が正常に今の状況を把握し始めてきた。


――俺はこの場所でインドマンとして手に入れた魔人の魂、ジョイプールに封じられた彼らの真のチカラを引き出す為に所有者として心を通わすべく瞑想修行に入ったのだった。

「その調子だと上手くいったようだね?ずいぶんと時間がかかったようだけれど」

 微笑むガンソさんに俺も引き攣った笑顔を返し彼の後をついて祠を出る。修行の間にずいぶんと体力を消耗しているようで腹の虫が騒がしい。吹雪が止んだ直後と思われる鋭い日差しが差し込む雪道を踏みしめながら俺は師匠のガンソさんに訊ねる。

「さっきずいぶんと時間がかかったと言いましたが、俺、どのくらいあのカッコのままだったんですか?」

 俺の問いに前を歩くガンソさんが杖を突きながら抑揚の無い声で答える。

「うーん、だいたい一ヶ月程度じゃない?」「一ヶ月!?一週間の予定だったじゃないですかっ!なんで途中で起こしてくれなかったんですかっ!?」

 俺の大声にガンソさんはさすがに振り返る。「だって途中で修行を打ち切る訳には行かないだろう?それに精神系の修行の中断は脳へのダメージが大きいんだ」「で、でも!…それじゃアクターロワイヤルは……!?」

 乾ききったこめかみに汗の変わりに溶けた氷の粒が伝う。ガンソさんはいたずらな表情で俺を見て微笑んだ。

「そう、今日。今日がアクター・ロワイヤル開催日」

 それを聞いて俺はがっくりと膝を折った。…終わった。このアホ師匠、なんでこの土壇場まで俺にあんな修行をさせていたのか…「立ちなよ。まだ時間はある」ガンソさんに差し出された手を握って俺はふらついた体を持ち上げる。

「大会が始まるのは今日の正午だ。今はまだ9時過ぎだから今からカードを集めて現地に着けば大会には間に合う」
「このアホ師匠!そんな事が今から出きるわけ…!」

 行き場の無い怒りをぶつけようとして俺ははっと口ごもった。ガンソさんがいつか俺に見せた狂気を孕んだ人斬りのような目を背けたくなる、凍りきった冷たい笑み。彼は一瞬にしてその顔から普段どおりの表情に戻ると俺に向かって片腕を伸ばした。

「いや、間に合うさ。チェック!」

 発声が終わるとガンソさんの周りにホログラムのカードが宙に浮かんでいる。「君が眠り込んでいる間に忍び込んできた輩からカードを取り上げておいた」ガンソさんが所持しているカードの中には俺がまだ所持していないカードが二種類含まれていた。それを見て俺は彼の真意を理解する。

「これが最後の修行だ。新たに手に入れたチカラで僕から二枚のカードを手に入れること。つまりはアクターバトルで二勝続けて僕に勝てばいい。それでアクターロワイヤルの出場権を得られる」

 このオフ会、もとい修行の立会人であり師匠であるガンソさんの提案に血が沸き立つ感覚を得る。そうだ、まだ何も始まっちゃいない。少しずつ強くなる北風を受けながら俺とガンソさんは雪原の中で向かい合っていた。

     

「僕を倒せばアクターロワイヤルの出場権を得られる」

 師匠であるガンソさんに決闘を言い出され、ひとりベースキャンプとしているログハウスに戻った俺。最終決戦まであと数時間という土壇場に疲労と緊張で足腰は震え上がり、ぼんやりとした視界は滲み出し、意識は澱んだ渦へと攪乱されていく…今はとにかく体力を戻さなければならない。

 冷蔵庫を開いて2リットルの水をがぶ飲みする。すると体が水を得たサボテンのように一気に元通り膨らんでいく。干上がった肌も潤いを取り戻し、鍛え上げた上腕の筋肉が唸りを上げ、浮き出たあばら骨も精神修行前に元通りだ。

――驚くことも無い。チャクラベルトに導かれたインドマンとして俺は既にある特殊な呼吸法により常人を越えた回復能力を手に入れていた。祠での長期間による瞑想中の無意識による深い呼吸。幾度と無く繰り返し行われてきたその行為が俺に新たなチカラを与えていた。

 水を飲んで体を回復させると俺は柱に括られた時計に目をやった…時間が無い。一刻も早く13枚のカードをコンプリートする為、ガンソさんが待っているという林に向かわなければ。

 俺は身支度を済ませ手荷物を握るとログハウスの扉を閉めた。――師匠、2ヶ月間世話になりました。俺はあなたを倒して決勝の舞台へ進みます。新雪を踏みしめて鳥影の見えない枝だらけの木々をくぐりながら歩くとその奥でやせぎすの男がこっちを睨んで妖しい両の目をぎらつかせる。

「始める前にひとつ、話しておきたい事があるんだ」

 ふたりの間を吹き抜ける突風がわずかに残った枝葉をざわつかす。ベルトに指を掛ける俺を見上げてガンソさんが杖を突いて立ち上がる。彼も変身アイテムであるペンダントを握ると俺に向き直っていつもの抑揚の無い声で話を始めた。

「どうして俺が他人である君にここまで手助けをしたんだと思う?」師の言葉を受けて「さあ?」と俺は交わす。「不全な回答コミュニケーションだな。少しくらいは話に付き合ってくれないか」声色は笑ってはいるが長い髪で覆われた奥で光る目は依然としてにぶい輝きで俺の体を射抜いている。

――早く始めたい。こんな闘いはすぐに終わりにしなくちゃならない!足元の雪をじりじりと踏みしめるていると手に持った杖を放り投げるようにして腕を開いたその男は声を荒げた。

「君の修行に手を貸したのはインドマンを成長させ、その最上の能力を手に入れた君を倒すことで更に自分のチカラを伸ばすため。所詮お前はこの俺のかませ犬でしかないんだよ。さっさとカードを二枚、俺によこしな」

 肌を刺す凍える雪原でむき出しになった感情と言葉。師と崇めていた人物の独白に恐怖ではなく、武者震い。握る掌にも不思議とチカラがこみ上げてくる。俺は半身で構えを取ると再びベルトに指を掛けて相手に向き直った。

「俺は修行によって誰にも負けないチカラを手にいれた!どちらが負け犬になるか分かっているはずでしょう?」
「言うようになったな!それじゃあ血戦を始めようか!」

 同時にアクターへと変身を遂げると辺りを六角形の支柱が包み込み、ドーム型のアクター空間が生成される。インドマンのオリジンフォームで身構えると黒い霧の奥から菅笠を被った着流し型のフォームを纏ったアクターが足袋を踏みしめて一歩、その霧から先へ出た。

「一度しか言わない。俺のこのアクターの名はタタン・タタ。すぐに終わらせて刀の錆にしてくれる!」

 そう見栄を切るとタタは口元に当てたキセルから煙を吐き出し、体をその雲のように大きく広がった煙の中に潜めた。修行中によく見せていた死角から相手の間合いに入って刀の居合い抜きで勝負を決める腹積もりだ。

 俺は心を落ち着かせ、片手に二本ずつ、ジョイプールを4つ手に取った。精神世界で魔人達が俺に見せた光景が本当ならば…彼らは俺に力をくれるはず。それぞれの宝石が強い光を放っている。俺はその石に封じ込めらた魔人に誓うように強く念じた。

「創造の神、梵天ブラフマンよ!再び俺にチカラを授けてくれ!」

 閃光が体を貫くような鋭い感覚。俺の祈りが天に通じ、元はバラバラに散っていた4つの魔人の魂がひとつに収束されていく。4つの魔石はひとつのジョイプールへと姿を変え、俺はそれをベルトのバックルに捻じ込む。

「超変身!インドマン:虚式シューニャ
「何っ!?…このチカラは……!」

 俺の周りを包み込んでいたタタの煙が光によって照らし出され、背後に近寄っていたタタの体が旋風によって吹き飛ばされる。体を包んでいた光が止むと凍った水鏡で自分の姿を確認して感嘆の声が零れた。

 修行によって手に入れた新たなインドマンの姿。神の使いである蛇を模った黄金の髪飾りに白を基調とした格調の高いフォーム。歴史上初めて“0”の概念を発見した祖国の先人達の意思を汲み、ボディフォームに紫色の0のラインが描かれている。新たに手にはめたグローブを握ると途切れる事無く体中からチカラが込み上げてくる。

「新たにゼロのチカラを手に入れしインドマン、ここに見参!貴様の野望もここで阻止してくれる!」
「それがインドマンの最終フォームか。それを退ければこの俺の格も上がると云うもの。参る!」

 鞘から抜刀し、一直線にこっちに突っ込んでくるタタン・タタ。俺は背中から二本の剣を引き抜いてその柄を合わせて体の前で構える。

『ヒンズー剣舞踊、其の三の剣、空無クゥーム…!』

 飛び込んでくる相手に対して刀を回転させて円を描くようにして斬りかかる、奇しくも数字の0のようなその太刀筋はタタの刀を巻き折り、発せられた衝撃波で一気に体を切り刻んだ……。

「勝者、インドマン。このバトルにより、『隠者』のカードを手に入れました」

 すれ違いで崩れ落ちる相手に残心を決めて剣を仕舞い込む。不可能を可能にする計算が成り立たない常識外れの能力。それは果敢に相手へと立ち向かう勇気、敗北による“無”を忌避しないゼロスタイル。

 長きにわたる修行によりそのチカラを手にした俺はこの日初めて師匠であるあの人から一本を取ったのだった。

     

 雪原のバトルフィールドで火花を散らすふたりのアクター同士による闘い。一戦目は新たなチカラを手に入れたインドマンが制し、敗北して変身が解かれたガンソが乱れた髪をかきあげる事無くその場から素早く体を起こした。

「まだ星をひとつ落としただけだ。ここから3つ勝って巻き返してやるよ」

 ペンダントを握り煙が辺りを包み込むと再び俺の前に姿を現したタタン・タタ。「さっきはシンプルに行き過ぎた。今度は慎重に仕留めてやる」俺に対しての攻撃を予告し、発生させた煙に身を預けるタタに対抗すべく俺は体の前で剣を構える。

「無駄だ!どこから斬りかかっても返り撃ちにしてくれる!」

 体の周りを囲う煙に意識を集中させて飛び込んできた刃に握った剣を合わせる。「もらった!」弾いたと思ったその刃は実体を持たず、別の方向から現れた刃が俺の体に向けられる。

「くそっ、煙で作った分身か!」反対側に握った刀でその刃を跳ね返す。相手の最大の武器は脇差しによる『居合い抜き』。このように周りから注意を散らされて深い踏み込みで相手の一撃でもくらったら終わりだ。

「梵天よ、俺にチカ…くっ」

 チャクラベルトに指を置こうとしたその時、体に電流のような強い痛みが湧き上がる…あと少しなんだ、魔人たちよ。俺にチカラを授けてくれ。すると頭の奥に聞き覚えのある声が鈍痛と共に意識に響いた。

「インドの魂をその身に宿した若者よ。オマエでは我らを支配する事など到底出来ない。その程度の器ではお嬢の役者不足ダヨ」

 精神世界でのやり取りにて俺に対しあまり協力的でなかったパールヴァーティーの見下すような態度。その裏で俺の姿をせせら笑うようなケシャケシャとした女の声。


――分かってる。お前達も好きで俺にチカラを貸してくれている訳じゃない。俺はお前達にとって永い生涯の中で偶然乗り合わせた呉越同舟の器。でもこうなった以上、俺はお前達のチカラを存分に使いこなしてやる!

 お前らが俺にチカラを貸すしかない、なんて消去法じゃダメなんだ!俺のチカラをお前らひとりひとりに認めさせて『お前に一生憑いて行く』って言わせてやる!

「どうした!それで終わりか?」

 何度目かの突きで体勢を崩した俺に対してタタが煙を解除し剣の間合いに入るようにして正面に立ち、脇差しに手を伸ばした…このタイミングしかない。わざと隙を見せて相手が柄に指を掛けたその瞬間に俺は背中から剣を振り下ろした。

 前のめりで踏み込んだその一撃は俺の体に差し込まれた刃が内部に到達する前に相手の頭部を破壊した。4種の魔人によるチカラを集結させた常識を超越した加速する剣撃。激しい打ち合いになりながら辛くも俺はこの闘いに勝ち残った。

「勝者、インドマン。このバトルにより、『塔』のカードを手に入れました。そしてこの瞬間にアクターロワイヤルへの出場権を手に入れました」

 ナレーションが止むと俺の周りを13枚のカードが囲み出しそれらがひとつの光となってどこかへ飛び去っていった……春にチャクラベルトを手に入れてインドマンになってからようやく手に入れた本戦への出場権。

 俺は昂る気持ちを押し殺して変身を解除し、木の陰で身を屈める師に手を伸ばした。

「ガンソさん、あんた芝居が下手だな。インドマンを倒して最強のチカラを手に入れるなんて」俺の掌を見上げてここまで俺を引き上げた修行の師匠が伸びきった髪の下で目を輝かせ、大きく口を開いて笑う。

「そうかい?ヒーローモノの特撮やアメリカ大衆映画を見て勉強したつもりだったんだけどな」

 ガンソさんは軽口のようにそんな事を言って体を起こしながら俺の手を握り返す。「ともかく、本戦出場おめでとう」「あんたは出場しないのか?あれだけのチカラを持っていながら」訊ねると近くに転がっていた杖を拾い上げてガンソさんは言う。

「他にやる仕事があるんでね。それに今から山の麓に下りて必死こいてカード集めるのも恥ずかしいだろ?」
「この見栄っ張り。体裁ばっか取り繕ってからに…」

 俺が笑うとガンソさんはその時初めて俺と目を合わせて心からの笑みを見せた。

「ああ、俺の願いはもう既に叶っちゃてるから」「プロの歌手になるという夢?」「半分正解。でももう半分は教えてあげない」いたずらな表情で会話を切り上げるとガンソさんは俺が来た轍を通るように一歩ずつログハウスへと引き上げていく。

「カードを全部集めたんだ。会場まで早く行きなよ。行き先はナレーションが教えてくれる」雪道を踏みしめるガンソさんの背中に俺は声を振り絞る。

「ガンソさん、俺の修行に二ヶ月間付き合ってくれてありがとうございました!」「うっさい、雪崩で道が崩れるわ」師匠の笑い声を背に手荷物を握る。「あ、それと」

 以前から感じていた、ガンソさんの姿にどこか懐かしさを覚えて俺は振り返る。

「ここに来るまで、俺たちどこかで遇った事、ありました?」

 視線の先にガンソさんの姿は無かった。カードをコンプリートした感慨に浸る暇も無く、次の闘いが始まる。俺はまだ誰も触れていないまっさらなその雪の処女地へ挑戦者としての次の一歩を踏み出した。

     

 アクターロワイヤル本戦への出場権を手に入れ、会場へと急ぐ俺。パールヴァーティーの使い魔のチカラを借りて雪山を降りると頭の中に例のナレーションが響き、俺はその指示通りに新幹線に乗って東京駅のホームへと降り立った。

 その後は京葉線に乗り換えて電車で会場入りするらしい。エレベーターから覗いたホームは師走の週末でごった返し、丸い耳のヘアバンドをつけたカップルや家族連れが増えてくる。

 本当にこの場所から流血飛び散る本会場に辿りつくのか?不安を抱えながらナレーションの通りに改札を抜けホームの奥に立つ警備員に声を掛ける。唇の上に大きな切り傷のあるその男は警帽の下から俺を見下ろして低い声を落とした。

「インドマンの日比野英造だな?約5分後に電車が出る。人目につかない様に早く降りろ」

 警備員はそう告げると後ろの地下へと続く階段への鎖を外した。「一両編成の電車だ。この事はくれぐれも他言するなよ」俺の前で一人分のスペースを空けたその男に頭を下げると俺は暗がりの階段を駆け下りた。


 人気の無い工具用具がホームの脇に置かれているような雑多とした乗り場。その奥に電気が灯る列車を見つけた。押しボタンで扉を開けて列車に乗り込むと見覚えのあるふたりの人物が先客としてシートに座り込んでいた。

「久しぶりだな。日比野さん」
「ふん。最終日まで掛かるとはな。途中で逃げ出したと思ったぜ」

 イル・スクリーモの白木屋純也とマスク・ザ・アレグロのアクターである千我勇真。彼らも13枚のカードを集めてアクターロワイヤル出場を決めた有力者だったのだ。

「ふたりとも残ったのか!他の参加者は?」電車が軋んだ音を立てて動き出し、俺は辺りを見渡す。しかし俺たち以外の乗客を見つける事が出来ず、見かねた千我の口から衝撃の事実が語られた。

「なんだ知らねぇのか。本戦出場者は俺たち以外は超最強学園の連中だけだ」
「な、それじゃ突破したのは7人だけ?」
「そ。アクター同士みんなで潰しあってコンプリートまで辿り着かなかったってわけ」

 白木屋が俺の向かいのシートにどかっと座り、千我は暗闇の窓の向こうを見つめている。俺が視線を向けるとそれを外すようにして千我は俺に言った。

「言っとくがな。相手がチームだからって俺はあんたに手を貸すつもりはねぇ。100億の夢が掛かってんだ。こっからは個人の勝負だ」

 千我がみせた地下格闘技者のヒールとしてのフェイクではない勝負師としての目。その圧力に負ける事無く「そうか」と頷くと俺はシートに体を背中を預けて列車に行き先を委ねた。


「お、そろそろ着くみたいだぜ」しばらくして減速した車輪の音に気付いて白木屋が声を出す。時折見えた警備灯が消え、地下に景色が広がるとその奥に寂れた観覧車のようなものが見える。

「ここは何処だ?」
「おい、マジかよ!ホントに存在してたのかよ!都市伝説だと思ってた!」
「子供じゃねぇんだ。落ち着け白木屋」

 列車が止まり先頭を切って千我が扉から降りる。俺と白木屋もその後に続いて電車を下りた。辺りを見渡しながら俺たちは無人の改札をくぐり抜ける。

「時の権力者が秘密裏に賭博場として利用する裏ディズニーランド。本当にあるとはな」
「場所もちょうど舞浜駅の直下だ。どうだ、夢の国としての風情があるだろう?」
「誰だ!?」

 不意に声を掛けられて訊ねるとパークの入り口に取り付けられた大きなアーチの下に立った黒スーツの男。その人物が俺たちに向かって笑顔を見せると丁寧な仕草でお辞儀をした。

「紹介が遅れた事を詫びよう。私は馬場コーポレーション社長、馬場 雅人ばばまさと。この度、キミ達がアクターとして競ったVRシステムを構築した第一人者だ。
タロットカードを13枚集めておめでとうと言いたい所だが大会開始時間が差し迫っている。超最強学園のメンバーとは反対側の待合室を用意した。私は大会責任者としてアクター同士での闘いに尽力したキミ達の夢が叶う瞬間が見たい。チカラを合わせて優勝を目指してくれたまえ」
「だから俺らは協力しねーっつの。小賢しく談合してカード集めたあいつらと違うんだわ」

 白木屋が小言を漏らすと馬場社長の背後の階から銀色の車椅子が現れ、それに乗る異国の老人が俺たちをハゲタカのような目で見下ろした。馬場社長はその人物を見るなり微笑むと俺たちに向き直った。

「紹介しよう。本大会のメインスポンサー、ラ・パール会長アル・サティーヤさまだ。アクターシステムの世界的な先駆けとしての今回の日本大会という事で多忙な中、特別に観覧なさってくれる」
「なんだかうさんくせー爺だな」
「よせよ白木屋。権力者に悪口を言うと後で粛清されるかも知れないぜ?」
「脅かすなよ日比野さん」

 軽口を叩きながらも俺は老人の口元の意識を集中させる。どうやらインドマンとしてチカラを手に入れた事により、ヒンディー語が聞き取れるらしい。

「ほう、あの若者がインドの魂の後継者。それに伴うふたりの従者。本戦出場が叶ったのは百名以上いたアクターの中でたった七人か。さっきの連中も顔を見たが、どうにも盛り上がらんメンツじゃのー」
「分かっております。あの件でしたらこちらで手配済みです」

 サティーヤ氏と馬場社長のやりとりを盗み見ながら俺たちはアーチを抜けてアクターの控え室となっている『待合室』を目指して歩いて行く。辺りに見えるアトラクションを見て白木屋が声を弾ませる。

「すげぇービッグサンダーにカリブの海賊もあるぜ!」
「あの乗り物なんかはバブルの頃にタレント共が逢引に使ってたんだ。乗ってみたとは思わねぇがな」千我の視線が向けられたアトラクションを見て俺は目線を正面に移した。

 俺は地方住みだし、恋人が居た事がないからこういう浮かれた観光名所に来たことが無い。もっとも今時分が居るのは地の底である死闘が行われる闘技場の檻の中であるのだけれど。

「おーい、日比野ー!」

 暗がりの奥から俺の名字を呼ぶ声が聞こえる。「こっちだよー。日比野くんー。」辺りを見回すとどこらから聞き覚えのある間延びした声が届く。取り付けられた背の高い照明灯に少しづつライトが点き始め、その奥にスポーツ競技場のような観覧席が見えた。

「日比野ー!応援してるからねー!」

 立ち上がって声を張る気の強そうな女性の声。薄暗い空間に映えるブルージーンズを穿いた長谷山さんを見上げてはっと息を呑んだ。

「元、3年A組!インドマンであるお前の晴れ舞台を見に、ここに終結ー!」高いテンションで声を張り上げるお調子者の元クラスメイトが笑いの輪を広める。その中には運動部だった田原の姿も見える。俺は彼らの下に歩み寄ってから笑いを浮かべていると首謀者であろう長谷山さんが俺を見て「うふっ」と笑った。

「中学の同窓会会場、ここにしちゃった!日比野がこの大会に出るっていうからヒゲのおじさまに招待してもらったの!」
「日比野くんー。君なら絶対優勝出きるよー。頑張ってねー。」
「おい、俺がインドマンだってみんなに伝えたのか?」

 熊倉を睨むと奴は俺に手を合わせて頭を下げた。…くそぅ、にたにた笑ってやがる。

「でもさー、日比野がまさかユーチューバーでこんな面白そうな事やってるなんてねー」
「優勝したら何か買ってもらおうよー」

 名前を失念した女の子ふたり組がケータイ片手に俺を見て笑う。「ったく、おまえらは本当に…」こいつらの厚かましさに呆れてうな垂れているとランド中に鋭いハザード音が響く。

「開始十分前です。出場者は準備を始めてください」

 その声に従って声援を贈ってくれるクラスメイトに別れを告げ、千我と白木屋が先に向かっている待合室に向かう。…思い起こせばあの日、謎の老人からインドの魂を譲り受けここまで来た。数々の困難を乗り越えてカードを集めた今はもう、やるだけだ。

「準備はいいな?それでは始めるぞ!」

 待合室から続く会場への扉が開き、俺たちはそれぞれのアクターに変身する。この闘いの末に何を見るのか。俺はグローブのはめられた拳を強く握り締めた。

       

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