インドマン
第十五皿目 ゴーゴー ガンダーラ
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「キミはアクターを知っているか!?アクターとは新時代の旗手である中堅Youtubeのみに変身を許された人とは違う、特異なる存在。
その実態は今までSNSやネット掲示板など、一部界隈で都市伝説として扱われ、これまで世に明らかにされる事は無かった……!しかし今ッ!我々の前に7人のアクターが居るッッ!!
そしてその全国から予選を勝ち抜いたアクター達が雌雄を決するべく集まった裏ディズニーランド!本家のアトラクション配置を左右反転したこの遊技場にて繰り広げられる未知のヒーロー達による夢の祭典!
本日より時代が変わる。我々の常識、そう!アクターこそがッ!新たなる時代を切り開く希望の轍だッッ!」
――アクターズ・ロワイヤル開始直後、実況席に居る見覚えのあるMCがマイク片手に実況を盛り上げている。この戦いを観にこの地下に集められた約3000人越の観衆。誰もが夢に見た人の変身したヒーロー同士の戦いをその眼にすべく、尋常では無い熱気に否応無く盛り上がる観客席。
俺たちはその声を受けながら開門口であるワールドバザールから奥のファンタジーランドへと駆け出す――馬場会長は開戦前に『このロワイヤルのルールは最後の一人になるまで闘いを勝ち抜き、この会場のどこかに隠された鍵を見つける事が勝利の条件』だと言っていた。
あの目立ちたがりの会長のやりそうな事だ。設備配置を見れば何処に鍵を隠していそうかなんて予測出来る。少し遅れて後を駆ける白木屋のアクター態、イル・スクリーモが首を傾けて前方にそびえるアトラクションを見上げる。
「なんだよ、みんな考える事は同じかよ」
俺たちと同じくアクターに変身を遂げた千我、マスク・ザ・アレグロがそのプロレスマスク越しに俺たちに舌打ちを返す。「まずは鍵の奪取が先だ。連中に先を越される前に」インドマンに変身した俺を筆頭に3人が目指すのはエリア中央にそびえ立つシンデレラ城。
本家の姫が居住としているモノとは違い、黒と藍で配色されたその建築物は支柱を囲う電飾でイルミネートされ、妖しい輝きを周囲に放っている。手前の庭に足を掛けると突然俺たちの周りを黒い闇が取り囲んだ。
「な、これは!?」
「ワープ野郎の能力だ!」
俺の後ろでアレグロとスクリーモが広がるその闇に体を飲まれ始めている。「悪く思うなよ。これはチーム戦だ。俺の能力にてそちらの戦力を分散させてもらう」正面を向き直るとさっき聞いたサングラスの男の声――ネブラ・イスカがその能力で俺たちを包み込み、それぞれ会場の別箇所に体を運んでいった……
「で、俺さまの相手はおまえって訳か」
ウエスタンランド――トムソーヤいかだの前で闇から解き放たれたアレグロの前に立ちはだかったのは超最強学園のひとり、古流根 晋三。白銀の甲冑のようなフォームに身を包んだ参加者最年長の彼はすこし離れた位置から「その通りだ」という風に自分を親指で指した後、迎撃体勢に移り変わった。
「早々にバトんのかよ。火球を放てんだったよな?」
アレグロの問いに答える事無くコルネのアクターフォーム、『ナンバーナイン』は体の前に両手をかざし神経を集中。雪山での戦闘でインドマンを苦しめた火球を生成し、それをノーフォームで投げつけてきた。初手からの必殺技をうけ、悲鳴と興奮に沸き立つ観客席。
「馬鹿野郎。おまえの手は全てお見通しなんだよ」
臆する事無く火球に飛び込むビガーパンツがその円球を滑り込みで回避するとウエスタンショップに飛び込んだそれが小規模な爆発を引き起こす。粉塵が舞ったその一瞬を逃さずに相手の背後に周ったアレグロが太い腕を首に絡めて意識を締め落とさんとすべく強烈なヘッドロック。これには観戦に訪れたコアな格闘技ファンが歓声を挙げる。
「終わりだ。すぐにタップしやがれ……ん?」
抵抗なく、予想以上に早く腕に伸ばされた手甲越しの相手の指。忖度なき実戦のプロのリングであれば瞬時に青色吐息が浮かぶこの力技に『ナンバーナイン』は苦悶の表情どころか、余裕に微笑んでいるように見える。
「これで勝ったと思ったか?アーマーテイクオフ!」
「む、ぐぁ!」
首元のスイッチを起動し、自身からアレグロの腕と体を跳ね除けるようにナンバーナインの体から装飾が弾け飛ぶとその勢いに押されアレグロはホールドを解く。「くそ、くだらねぇ小細工なんかしやがって!」相手を見失った瞬間、何かが自分の頬を強く弾いた音が響いた。
不意の衝撃を堪え、その殴撃の先を見据えると目の前に逆立てた髪、額に鉢巻を巻き両手にメリケンサック型のナックルをはめた軽装のアクターが姿を現した。軽快なフットワークは見間違えど、前後の息遣いからして相手はどうやら甲冑を外したナンバーナインであるらしい。
「へっ、それが本当の姿って訳かい。第二ラウンドを始めようぜ!」
拳を掌で打ちつけた打撃音をゴングに見立て、相手に駆け出すマスク・ザ・アレグロ。その姿を見てナンバーナインの鉢巻の下の目が意思を持つ生き物のように不気味に蠢いていた。
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――おい、日比。なんでおまえ、そんな風になっちまったんだよ。
おい、日比。おまえ、早く仕事に就いてニートやユーチューバーなんて辞めて父ちゃん母ちゃん安心させるんだったよな?でもなんでおまえ、カード13枚集めてこの場に居んだよ?
おい、日比。おまえ最初会った時、俺や白木屋と目も合わせられないような青びょうたんだったじゃねぇか。そんな奴がなんで未だに諦めずにアクターやってんだよ。
おい、日比。なんでおまえ、そんなに俺の手が届かない所まで強くなっちまったんだよ……
度重なる衝撃に広がる傷口と真っ白く揺らぐ視界。これで何発相手の拳を受けた?殴り返そうと繰り出した腕はことごとくカウンターを取られてそのたんびに首がひん曲がりそうな強打が来る。
見よう見まねのピーカーブーもすぐにガードを下ろされて顔面にストレートを叩き込まれる。……畜生。テンプルに当たりやがった。片膝が音を立てて床に着くとヤツは拍子抜けたように俺を見下ろす。
「どうした?もう終わりか?貴様のアクター能力と今の俺の姿は相性が良い組み合わせだと思うんだがな」
「へっ、それが解っててロキって野郎が俺にアンタを充てたんだろうが。同じグループの、それも年下のリーダーに指図されて悔しくねぇのかよ?」
挑発目的の煽り文句だったが相手はそれに乗ったか、それとも余裕か。奴はひとつ間を置いて、両手のナックルを下げて話を始めた。
「俺はあのグループの正規メンバーじゃない。二年前に俺の方からロキに頼み言って仲間に加えてもらった。古流根という名前も偽名だ。以前はプロゲーマーとして海外を中心に活動していた」
プロゲーマー、ヤツの変身した格闘フォーム。俺の頭でふたつの点が線を結ぶ。中房時代、馬鹿な仲間とゲーセンに入り浸り、格ゲーに興じていた俺はある伝説的人物を思い浮かべた。
――松島淳吾。対戦格闘ゲームにおいて数々の大会を制した日本におけるe-sportsの第一人者だった男。数年前に突如として姿を消し消息不明という形で格ゲー界からは事実上の引退を取られている。
「そんな男がなぜ、あんな奴らと組んでいるんだとでも言いたい素振りだな」
見透かしたように目の前の男は俺に言葉を繋ぐ。
「技発動時の無敵時間の廃止。対空技の弱体化。固定キャラのモーションラグ。俺の功績を快く思わぬ海外の運営者による俺の得意技を殺すような事前報告無しの不可解なアップデート。
俺はその世界で戦い抜く事に嫌気が差し、同時に限界を感じた。日本に帰国したらYoutube界隈でゲーム実況が流行していて次はこれだ、と考えた。道化を演じ、奴らと一緒にゲームを盛り上げさえすればプレイングの質は求められない」
なるほどな。フン、と頷いたところで古流根、いや、松島淳吾が自分の行いに非が無かったと思い直るように口火を切った。
「何故、俺が貴様に自分の素性を話したか?人の足を引く事でしか注目を得られなかった貴様もせっかくこの夢舞台まで来たんだ。己の敗因を知らぬままこの地を去るのが不公平だと俺が考えたからだ」
「フン、俺にはただの不幸自慢にしか聞こえねぇけどな。世界から逃げて国内で女子供相手にセコい商売してるようにしか思えないぜ」
次の瞬間、頬に痛烈な右ストレートがぶつけられた。
「へらず口をっ!」相手のアクター、ナンバーナインによるラッシュの連打。「だったら貴様はどうなんだっ!?個の実績を組織に潰された俺の心が分かってたまるかっ!!」怒りで威力の上がった左ストレートに意識外からの右フック。肉を打つ重い音が辺り一面に響き、乱気に殴りかけるそのざまは自分に対する迷いを拳で振り切ろうとしているようにも見えた。
――ダメだ、淳吾さん。そんなヤワな拳、俺には全然効かねぇよ。俺はこの地に乗り込む前の出来事を思い起こした・・・
日比のヤツが俺に動画の再生数の伸ばし方を聞きに来た日から二ヶ月が立った11月の半ば。俺は部屋の荷物を畳んで地元に帰ろうとしていた。試合中の度重なる体たらくに所属する地下プロ団体を解雇され、配信業ではアンチ視聴者による運営へのチクリでアカウントが凍結。
何がレスラーと配信者の両立だ。俺の夢はどっちもダメになっちまった。俺のやってきた事なんてクソだ。クソ以下だ。投げやりな気持ちのまま駅前のジムを通ると一人の男が俺に声を掛けてきた。
「キミは…地下格闘技者の千我勇真くんじゃないか!奇遇だな。こんな所で遇うなんて」
…驚いたのは俺の方も同じだ。なぜなら俺に話しかけて来た相手は新人潰しで知られる元フライ級ボクシングの国内王者、柳下誠二。これまでに犯してきた“密室”での死角による暴行の数々は闘技者仲間でも悪評として知られている。
「ああ、警戒させてすまない。少し時間を取らせてくれないか」
頭を掻きながら俺に荷物を下ろさせると柳下は丁寧な態度で接してきてジムの中を案内した。「俺は心を入れ替えたんだ。あるアクターとの出会いによって」無意識に中央のリングに目が行く。ボックスの中では高校生くらいの若いボクサー同士がヘッドギアを着け、汗まみれのパンツを揺らしながら左右の拳を相手に繰り出している。
「カードは何枚持っている?」
リング脇に招きいれた柳下に俺は「チェック」と発声し手持ちのカードを浮かべる。…この柳下という男が善人を装って俺からカードを巻き上げようと考えいてもこの際構わない。俺はもうこの闘いを降りるんだ。
「カードは5枚か。大分苦戦しているようだね。おい、ちょっと」
そういうと柳下は手下と思わしき男を数人呼び寄せた。大人数で俺一人から奪い取るつもりかよ。そう考えていると柳下が先陣を切ってアクターに変身した。
「まずは俺から行かせてもらう。リングを開けてくれ」
青いグローブをはめた軽装のアクターがリングに飛び上がると奴は俺をその場に手招いた。…この町での最後の憂さ晴らしだ。やけっぱちで変身すると俺は奴の誘いのままにリングに助走をつけて駆け寄った。
「で、俺に何をさせたかったんです?」
闘いが終わり、人間態に戻ると健闘を称えるように手を叩きながら柳下は事情を俺に説明した。
自分は正義の心を取り戻し、真人間に生まれ変わった事。これまでの悪行により自分はアクター・ロワイヤルに出場する資格は無いと考えている事。話を聞きながら俺は彼の内情を知った。
そして柳下誠二は同じ格闘技者である俺に自らの想いを託したいという。関わってしまった以上、競技は違えど、先輩の顔は潰せない。
俺は彼の気持ちを汲み取ると彼のアクター、『ライ&カメレオン』やその仲間と乱取りを繰り返し、真剣勝負の中でカードを増減させ訓練から10日目にして13枚のカード取得を成し遂げたのだった。
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13枚目のカードを手渡す時、柳下さんは俺に言った。
「君がこのままアクターズ・ロワイヤルに出場するつもりなら、俺が改心するきっかけを作った日比野六実の兄、日比野英造の力になってくれないか。
俺が君の訓練に手を貸したのもこれまで壊してきた格闘者への罪滅ぼしと道を正してくれた日比野兄妹に少しでも恩を返したいと考えたからだ。清き瞳をその奥に秘めた君ならば彼らと協力して必ずアクターを良き道へ導けると信じているよ」
俺は気恥ずかしい思いを堪えて最後のカードを手にすると頭の中にカードコンプを知らせるナレーションが響き、10日間訓練に付き添ってくれた柳下さんとその仲間アクターに感謝の弁を伝えてジムを出た。
連中はジムの入り口から俺が見えなくなるまで「頑張れ」だの「やれば出来る」と言った熱意の篭もった声援を送っていた。…俺が心の中でベロを出しているのも知らずに。
少し考えてもみてくれ。俺みたいな半端もんのレスラーくずれが誰かの為に手を貸す訳がねぇだろう。このロワイヤル優勝のあかつきにはどんな夢でも叶えてやると主催者がのたまっている。この千載一遇のチャンスを逃す悪役が何処に居る?
柳下さん、あんた力を貸す相手を間違えたよ。俺は俺の為に手に入れた力を使う。かりそめの仲間意識や馴れ合いなんてまっぴらごめんだ。闘いにおいて勝者は常にひとり。数え切れないほどの乱取りの中で俺が手にしたチカラでこのロワイヤルを出し抜いてやる!
「な、貴様何を笑っていやがる!…この光は……!」
意識は再びウエスタンランド。猛烈なラッシュに俺がガードを固めると敵のアクター、ナンバーナインの攻撃が止んだ。俺は更に身を屈めると全身にチカラを入れ神経を集中させた。
「魅せてやる。これがマスク・ザ・アレグロの真の姿……ジーニアス!クラウザー!ストロング・スタイル!」
周囲のベンチや木々を吹き飛ばすほどの突風が体の芯から巻き上がり、マスクの頭部から二本の角が生え変わる感覚。新たに身に着けられた金色のチャンピオンベルトを煌かせ、足下に転がっていたパイプ椅子をたじろぐ相手の頭部目がけて振り下ろす。
「アレグロのォォォ…鐘ッ!!」
「ぐほっ!」迷いの無い一撃に掌の中でパイプはひん曲がり、勢い良くシートが剥がれ飛ぶ。体の内から脈々とチカラが湧き上がってくる。完全にバランスを崩した相手を見据えて拳を鳴らし、その指に意識を込める。
「なぁんだ。最初から相手に合わせる必要なんて無かったんだ」
この姿になった以上、こんな相手に後手に回る必要は無ぇ。「カブローン!」一回転の後に繰り出した鋭い水平チョップに相手がむせ込む。衝撃で前のめりに崩れると今度はカントリー・ベア・シアターのクマにロープワーク代わりの体当たりを食らわし、大きく助走をつけてシャイニングウィザード。
「ラ・コンチャ・デ・トゥ・マードレ!」
「っっっぐっ!戻れ、アーマー!」
全体重を乗せた浴びせ蹴りが相手の体を捉えようとした瞬間、剥がれていた敵の武装がナンバーナインのコールと共にその主の体に収束して行った……「どうだ、やったか?…!」砂煙が止み、回転草が通り過ぎるとマスク越しに俺は相手の姿を見据え、深く息をついた。
「…危なかった。アーマーを戻していなければ今の一撃でやられていただろう」
両の腕と脛から俺が破壊した甲冑の一部が崩れ落ちる。…敵の防御に俺の攻撃が間に合わなかった。対面する敵アクター、ナンバーナインは装甲の大部分を損傷しながらも俺の猛攻を耐え抜いた。
「ぐっ!」唐突に視界がぐんにゃり歪み始め、体にチカラが入らない。
「どうやら今のが貴様の渾身の一撃だったと言う訳だ」瓦礫と化した肩パットを払いながら悠然と近づいた敵の拳が顎を捉える。「死にかけの蝉が驚かせやがって」仰け反る俺のマスクを掴み鼻に膝蹴りを入れ、崩れ落ちる俺を踏みしだきながら勝ち誇った態度で奴は言った。
「貴様はここで終わりだが、俺にはまだ仕事がある。鍵を手に入れたあいつ…ロキを出し抜いて俺が頂点に登りつめるという仕事がな。雑魚にしては貴様は良く俺に抗った」
白目を剥き、体からチカラの抜けた俺に背を向けて奴は踵を返して歩き出す。…へ、馬鹿が。その雑魚を見下してるから足元を掬われんだよ。
「…貴様っ!何をするっ!?」
俺は残ったチカラを振り絞り相手の背後から腕をまわし、クラッチ。その場から大きく飛び上がった。何度かの壁蹴りを繰り返したどり着いたのはこのランド最長の到達点、ビッグ・サンダー・マウンテン。
「おい、止めろ!この高さだと貴様も助からんぞ!」
腕を通して伝わってくる早まる相手の鼓動。相手が自分を脅威の対象として認識しているこの感覚が好きだ。…柳下さん、どうやら俺は生粋の悪役のようだ。迷い無く飛び上がって空中で原爆固めを決める。
――後は頼んだぜ、日比。おまえだったらきっと、皆が言うようにアクターを正しい方へ導いていく事が出来るだろう。
組み合ったままの二人のアクターは落下する間にやがて一つの火球となり、大きなしぶきと火花を撒き散らしながらアドベンチャーランドのカリブの海賊の水底へ沈んでいった。
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――トゥーンタウンのガジェットコースターの上。ウエスタンランドにそびえるサンダー・マウンテンから零れる火花が消え落ちると会場にマスク・ザ・アレグロとナンバーナインのリタイアを知らせるアナスンスが響き渡った。
歓声と溜息が交差する観客席を眺めながら二人のアクターが別々のコースターからその腰を持ち上げた。
「向こうはケリがついたようだな」
「まさかああいう決着になるとはねー。さ、こっちも始めようかー」
立ち上がって互いに武器を構えた二人のアクター、イル・スクリーモと超最強学園のメンバーのひとり、白布 零が変身したアクター態。彼らが今までに一度も敵として拳を交えなかったのには理由がある。
ネブラ・イスカの闇によりこのトゥーンタウンに転送されたスクリーモは旧友であるマスク・ザ・アレグロ防戦一方のアナウンスに気を削がれ、見かねたフレイのアクターが一時休戦を提案したのである。
もっともこの提案は彼にとって好都合だった。超最強学園における彼の役割は他アクターの足止め。スクリーモがその提案を呑んだ為、彼はこのミニチュアコースターの上でこうして10分超の時間を稼いだ。この時点で彼はチームリーダーのロキが割り振った最低限の仕事を成し遂げていた。
「もともと鍵は手に入れたヤツから横取りするつもりだった。出来ればこのまま俺を通してくれるとありがたいんだがな」
スクリーモは鎖帷子を揺らしながら体の前で愛剣、スクリーマーブレイドの背を叩いた。今の彼の姿は初めてインドマンに現せたズタ袋に包まれた怪人のような姿ではなく、難敵オクタアンクを一撃で静めた黒い騎士の姿。
彼は新たに手に入れたこのチカラによって絶体絶命のカード一枚の状況から怒涛の13連勝を成し遂げ、ロワイヤル本戦出場を決めた。その実績はアクター界隈に広く知れ渡っており、警戒したようにフレイのアクターが距離を取ってコースターから飛び降りた。
そのまま中央の広場で手に付けられた鍵爪を構えなおし、アクターの姿でフレイは丁寧にスクリーモに対しお辞儀をした。
「改めまして自己紹介だ。俺のアクターは『ウォーマー』と呼ばれている。俺的には最後まで『名無し』で通したかったけど呼び名が無いのは確かに都合が悪い。
だからコレの名前はウォーマーでいい。そしてその能力!それはキミの目で確かめてくれ!」
「…そうかよ」掴みどころの無い相手の口ぶりにスクリーモはやりづらさ、というか違和感を覚える。この敵はなんなのだ?うっかり自分の能力を相手に話してしまいかねない馬鹿さ加減を秘めている。
ボイラースーツに目に当てたバイザー、手首に巻いた三叉の鍵爪が決して大きくは無い体躯の端で不相応に輝いている。こんな男にアクターバトルが出来るのか?会場の過半数がそう思い始めた途端、スクリーモの視界からウォーマーの姿が消えた。
「どこだ?何処へ消えやがった!?」
声を荒げて辺りを見渡すスクリーモ。すると肌色の地面が不自然に揺れ、雫を落としたように波紋が湧き上がったと思うとその中から現れた鍵爪が体に飛び込み、的確に三叉がスクリーモの顎を捉えた。
「危ないところだった。良かったぜ。分身を出しておいて」
不意の突撃にスクリーモの姿が消えると観客席の一部が安心したように息をつく。ウォーマーが貫いたのは声を武器として使役するスクリーモの『音像』。自身の周りの空気を振動させる事によって一体だけ自分の残像を作ることが可能だ。
何度も苦しい場面をくぐり抜けてきたその能力によって今回も難を逃れたスクリーモ。ひとつ危機を切り抜けた彼がこの場では若干優勢に見える。
「さて、これでアンタの能力がなんなのか、見えてきたぜ」
「さっすが、大学院生。頭がきれるねー。でもこのままあんたに俺の能力を話されるのは馬鹿みたいだ。双方に思い違いがあっても嫌だから、俺の口から説明させてくれ」
武器の重心に身を任せるように両手をぶらり下げたウォーマーがとつとつと自分の能力を語り始めた。「どういう事だ?」「敵に塩を送るつもりか?」と観客席がざわめき出す。
「俺のアクター、ウォーマーが使役する能力は『地熱』!自分が居る地形を熱で変化させてその中に身を隠すことが出来る。このお陰でさっきみたいに敵の死角から安全に攻撃できるって訳」
「なるほど、シンプルで理解しやすい能力だ。だがそれ故に、か」
相槌を打ちながらスクリーモは自分の認識と照らし合わせて相手の攻略法を練りあげる。そのうちに彼はそれが自分に対して相性の悪い能力だと思い知る。
「そう!あんたの声は届かない。地の底だったらね!」
言い終わると再び足元の波紋に身を沈めたウォーマー。今度はためらう事無くスクリーモの背後から爪を繰り出してきた。「ぐおっ」鎧の表面を切り裂いて帷子にまで傷跡を遺すたしかな威力。
「さ、次、次!どんどんいくよー!」
飛び込みの要領で次の波紋に飛び込んだウォーマーを尻目に剣を構えなおすスクリーモの死角から次の刃が飛び出してくる。「トイス!トイス!トェェェェイスゥ!」
自らのチカラによって造り出した地の海を泳ぐようにして連撃を加え続けるウォーマーに対し、観客席は盛り上がりを見せ、歓声が巻き上がる。
「180万、60万、40万、25万。これなんのすぅーじ?」
一方的な攻撃をウォーマーが仕掛ける度に、すれ違い様に歌うようにそう問い掛けてくる。戯言だと聞き流せばいいのに数字を並べられると規則性を問い質したくなるのは大学院生である白木屋の日頃からの癖だ。ひとつの数字が極端に頭抜けている。確固たる自信は無いが思い当たる答えを敵の攻撃越しに渡してみた。
「超最強学園の登録チャンネル数、の順」
一度は向けた爪を引っ込めてウォーマーは苦々しい態度を見せてスクリーモを素通りして再び地面に姿を消した。
「その通りさ。俺たちの中ではロキが圧倒的に数字を持っている。ちなみにロキ、テオ、コルネ、フレイの順だ。親しい間柄とは言え、こういった数字で序列は決まってくる。
…悔しいじゃんねぇ。なんだかその数をアクターの戦闘力と置き換えられてるみたいでむかつくんだ」
「その通りじゃないのか?」
「ふざけんな」
頬の辺りを強い斬撃が通り抜けてスクリーモは回避に意識を集中させる。波紋から全身を現したウォーマーが思いをぶちまけるように声を張り上げた。
「俺はッ!全然っ弱くねぇ!!あいつらが!世の中がそうやって俺を勝手に決め付けてるだけだ!なんだよ180万に対しての25万って!
ドラゴンボールのifストーリーでナメック星に降り立ったチャオズかよ!フリーザにダメージ1しか与えられない雑魚かよぉ!
…そんなワケねぇ。この舞台で、この大衆の面前で!俺こそがナンバーワンだって証明してやらぁ!」
思うように社会的衆知を得られないはぐれ物が仲間に対してまで振りかざした強烈なコンプレックス。その妄執こそが彼の行動原理にて理念。それがちいさな体を突き動かしていた。
「そうか、可哀想な奴だな。おまえ」
「そうだ、俺はかわいそうなんだ!誰でもいいから俺のチャンネルに登録しやがれ!なんでもいいからコメントよこせ!それこそが俺の承認欲求なんだよぉぉ!!」
見境無く波紋に飛び込んだウォーマーが食べ物のワゴンの隙間を動き回るスクリーモの死角を探す。
「ここだっ!臓物をぶちまけろォォ!!」
スクリーモの足元から這い出た波紋。その中から勢い良く飛び出したウォーマーの鍵爪がスクリーモの体の芯を捕らえた。「これは、勝負あったか!?」鎧を貫くほどの一撃に息を呑む観客席の反応を受けてスクリーモは静かに微笑んだ。
「この時を待ってたんだよ。確実に音を流し込める瞬間をな」
その身を貫いた腕を掴み、利き手で剣を握るチカラを強める。これでウォーマーの逃げ場は無くなった。たじろぐ相手を見下ろして待ちに待ったその剣を振り下ろす。
「さあ、お前の心音を打ちぬけ。『スクリーマー・ファズサラウンド』!」
空間歪ます程の大音声をその刃に纏った剣が袈裟切りに流れると全身が真っ黒に変色したウォーマーが前のめりに崩れ落ちた。決着に沸き立つ観客席。イル・スクリーモの覚悟がウォーマーの野心を打ち破った闘いだった。
「さ、残ってる日比野さんと合流しないとな…うっ…!?」
予想以上の負傷にその場に留まって身を屈めるスクリーモ。すると目の前の排水口に倒したはずのウォーマーがホラー映画のピエロのように顔を覗かせていた。
「白木屋さんよぉ。これで終わりなんて寂しい事言うなって。なぁ、俺たちは似たもの同士だと思うんだ。ここに居るチップとデールみたいによぉ!」
次の瞬間、意思を持った液体のように排水口を突き破ったウォーマーがスクリーモに抱きつく形で背後の波紋に体を流し込んだ。衝突による轟音からの長い静寂。しばらくすると辺りに浮かんでいた波紋が全て消え、歪んでいた地表が元通りに戻っていた。
「どうなったんだ?」
「あの二人は何処へ行った?」
闘いを繰り広げた二人のアクターが消えたトゥーンタウン。安否を気に留める観衆達の視線は未だ戦闘が続いているトゥモローランドに移された。
そして誰もがその闘いを忘れかけた12分後。ウォーマー、イル・スクリーモ両者敗退のアナウンスが発表された。熱戦の決着がどういったものであったか、その当事者以外に知る由は無い。
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