Neetel Inside ニートノベル
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それぞれの日常
時間さえ経てばどうにかなると思っていた

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「あー、クソみてぇな毎日だな」
 と高校二年生、一条君春は自嘲する。
 唯一の生きがいと言えば、週刊少年漫画雑誌を立ち読みすることくらいしかない。
 月曜にジャンプを読んで水曜にサンマガを読んで木曜にチャンピオンを読んで、大体一週間はそんな感じだ。
 運動系の部活動には所属しているが、顧問にやる気が皆無なために自分を含めた部員にはあまりやる気は感じられない。よって一番の生きがいと言えば、やはり立ち読みすることくらいなのだ。なんといってもコストパフォーマンスが最高だ。
 家に帰ればゲームくらいはするが、バイトもしてない高校生の小遣いなど限られているので、ゲームのバリエーションもなく、となれば同じゲームを延々とするしかない訳で、当然の如く飽きる。
 一時期は狩りゲーに夢中になったものだが、今となっては友人たちと遊ぶ時に一緒に嗜む程度だ。
 よって、やはり立ち読みくらいしか生きがいが無いと言える。
 日本というサブカルチャー最前線の娯楽を真っ先に楽しむことができる。それが立ち読みという行為だ。これ以上にコスパのいい娯楽がこの世に存在するだろうか。いや無い、と一条は思う。
 立ち読み以外にやることが無い身ではあるが、かといって勉強の方にも身が入らない。
 うちの高校は内部進学で大学に進めてしまうため、通信簿で平均三・五くらいの成績を修めていれば、まぁ進学はギリギリ可能だと言われている。素晴らしきかなエスカレーター式。とは言ってもそこまで楽な学校ではないため、塾に通わないにしても予習復習の自主学習くらいは必要となるが、その程度だ。
 で、漫画雑誌の立ち読みくらいしか楽しみが無いと、一週間というものが、これがもう異常なほどに遅く感じられる。
 退屈極まりない田代による数学の授業もかなり時空の歪みが生じていて、五十分の授業が五時間くらいに感じられるが、これが一週間どもなると一ヶ月くらい経ってんじゃないとかと言いたくなるほどに一週間というものが遅いのだ。
 そろそろ次のジャンプが読めるかなと思っていたらまだ火曜日だった時は、冗談ではなく絶望を感じたものだ。

 年を取ると時間が経つのが早く感じるなるなどと言われている。
 実際に十年後、一条が社会人となって働くようになってからは、一ヶ月が一週間くらいに感じられてしまう。半年が一ヶ月くらいに感じられてしまう。一年が三ヶ月くらいに感じられてしまう。
 高校の頃の一週間より、社会人になってからの一年の方が絶対に短い。
 大人になった一条は思う。
 あの頃は……高校の頃はさっさと時間なんて過ぎてしまえと思ったものだが、今となってはそうは思えない。
 なんせアホみたいな速さで時間が去っていくのだ。
 まだまだ若いつもりではあるが、もう二十七歳。立派なアラサーで、四捨五入してしまえば三十路だ。オッサンだ。自分がそんなものになるだなんて、思ったことも無かった。
 いや、社会的な目で見ればまだまだ若いのだろう。まだまだ若造なのだろう。それは分かっている。でも、高校生のあの頃の自分は、今の自分をオッサンと呼ぶだろう。それがたまらなく……たまらなく、無力感を覚えるのだ。失意、失望と言ってもいい。
 仕事に追われるだけで時間が溶けていく。高校生の頃はあんなにも時間が過ぎることを願っていたというのに。あの時間感覚はどこに行ったのだろう。
 時間が経てば立ち読みができるということでもあるが、今の一条は社会人で、もう高校生ではなかった。
 あの頃はコンビニで五時間くらいかけて週刊少年漫画雑誌に週刊青年誌、月刊誌まで読破し悦に入っていたものだが、いい大人が五時間も立ち読みなどできるはずがないし、やろうとしてもそんな時間などないし、そもそも長時間立ち読みする気力すらない。というか、立ち読みする気すら起きない。ただの一冊もだ。
 立ち読みをしなくなってから、もう何年が過ぎただろうか。
 ネットなどを通して当時から読んでいた漫画の情報は知ったつもりでいるが、最後に手に取って読んだのは何年前だったか。
 人は変わる。それは分かっている。何も知らずに無駄に時間を消費していたあの頃よりも、今の方が多少はマシな時間の使い方ができている。出来ている……と思う。思いたい。そうじゃないといけない。
 だけど当時の生きがいを捨てて生きている自分は何なのだ? と思う。
 じゃあ今の生きがいは何だ?
 知らない。分からない。
 ただただ社会の歯車となって人生を溶かしている。
 仕事に打ち込んでいる自分は偉い、とでも思っているのか。趣味に金をつぎ込んでいる――例えば今でいうところの、ソシャゲに金をつぎ込んで、いい歳してゲームしてる奴よりマシだとでも?
 違う。そいつらを馬鹿にして自分を上に置いておきたいだけだ。違う。いい歳してゲームに夢中になれている奴らが羨ましいんじゃない。奴らを羨ましがっているんじゃない。そうじゃない。そうじゃないんだ。
 結婚していたら、彼女がいたら、好きな人がいたら、また違ったのかもしれない。
 自分にやりたいことはなくても好きな人のためなら、家庭を作るためなら、自分に頑張る理由が作れたのかもしれない。とりあえず生きる意味を見出せたのかもしれない。そうでなくても子供を作ればひとまず生物として、人間としての役目を達成できたと安心できたのかもしれない。
 でも今の自分はそうじゃないし、そうなるビジョンが見えない。

 煙草を一服しながら一条は思う。
 あの頃は時間さえ過ぎれば何とかなると思っていた。
 立ち読みができるし、そして立ち読みさえできれば未来の自分が何とかしてくれると、無責任にも責任を丸投げしていたのだ。
「あー、クソみてぇな毎日だな」

       

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