人間の肉は、わりと美味しいと聞いたことがある。
「マジで食う気かァ?ンなマズい物。こっち食えって、オイ」
オルガーは、丸太のように太い筋骨隆々な腕で、焚火に添えていた串刺し肉を取った。
赤黒くぶよぶよした肉で、表面からは脂が滴っている。
「いや、いい。俺はこっちで」
焚火を挟んで対面に腰かけるユリウスは、真っ黒で歪な肉を手に取った。
オルガーに何か言われる前に、間髪入れずかぶりつく。
口の中に染み出る肉汁は、泥を彷彿とさせる苦みに満ちていた。
ユリウスは思わず頬を引きつらせる。
「だから言ったじゃねェかよォ、大トカゲの肉はマズい上に栄養もねェんだぜェ?」
オルガーはギヒギヒと卑しく笑い、手にしている肉に喰らいついた。
汚らしく咀嚼しながら、満足そうな笑みを浮かべる。
「人間の肉はどうしても食えねェってかァ?ンなこと言ってる状況じゃねェんだぞ」
「うるせえな……」
ユリウスが仏頂面で苦い肉を噛み締めることしかできないのは、彼の言うことに一理あると感じているからだ。
あの日から7日が経った。宿の備蓄は払底しかけており、食料は自給自足な生活がこれからも予想される。
生きるためには、例え人間の肉だろうが、食べる必要がある。わかっていても、まだユリウスにそれを実行する勇気はなかった。
「これ、皆にあげてくるわ」
ユリウスは大トカゲの肉を数本手に取ると、逃げるように立ち上がった。
庭の雑草を踏みしめながら、ユリウスは歩き出す。
ふと、立ち止まって、空を見上げてみた。
真昼間でありながら血の如く赤い空に、どす黒い雲が散らばっている。
視線を下げれば、眼前に広がるのは倒壊した家屋。かつて交易都市として栄えていた街の面影はどこにもない。
ああ、本当に、世界は終わってしまったのだろうか?
ユリウスは一人、焦燥に駆られるのであった。