ニートな日々
その2
パソコンの向こう側で煽るあいつへの苛立ちを募らせながら、俺はとりあえず外へ出ることにした。髪をくしで少し整えてから、部屋着そのままの姿で赤いスニーカーを履いて家の外に出る。
灰色のアスファルトの感触を足で確かめながら、俺は一歩ずつ駅の方へと歩いていく。
目の前に気忙しく歩くスーツ姿のサラリーマンが歩いている様子がみえる。だけど歩くスピードはサラリーマンより俺の方が幾分早い。だからニートの俺はサラリーマンにその内追いつくだろう。そう思っていた矢先、俺がサラリーマンを抜かす直前にサラリーマンが駅の方に走り始めた。
何事か、と思っていると電車が駅に乗り入れてくるのがみえた。なるほど、もうすぐ電車が着そうだからあのサラリーマンは走っていたのか。
てっきりニートの俺に抜かされるのが嫌で、あのサラリーマンは走り出したのかと思っていたけど、そんなことはなかったのだ。というか、俺がニートかどうかなんて、一目見てわかるわけがないか。
駅の方へとゆっくり歩を進めていくと、佐々木の家が目に入った。佐々木は中学校の頃の同級生で、中学校の時は友達の友達としてよく遊んでいた。中学校を卒業してからは疎遠で、今は何をしているのかも知らない。だけど俺を見かけると佐々木のお母さんがよく話しかけてくれる。最近はあまり出会わないけど、佐々木のお母さんは出会えば大体お菓子をくれた。だから俺は佐々木のお母さんが好きだった。……っていうとすごい利己的で嫌な奴だと思われるかもしれないけど、現に俺は嫌な奴だった。
俺には知らないことがまだまだたくさんある。きっと俺が知っていることなんて、身の回りの5%もあれば十分な方だろう。
「俺より強い奴に会いに行く」という名言が、某格闘ゲームのゲーマーの間で囁かれていた時代もあったらしい。
それにならって、俺も「まだ知らないところに行ってみる」ことにした。
SUICAをかざして改札口を通り抜ける。
俺は宛てもなく電車に乗り込んだ。
電車内はがら空きで、俺以外に乗っている人はおじいさんが二人、おばあさんが二人だった。だから席も迷わず見つけることができた。
ホーム側の青いシートの、一番右端に腰を下ろしてた。
しばらくするとホーム側のドアが閉まって、電車が左の方向に走り出す。
電車に揺られて、向かいのシートからみえる車窓に目をやると、見慣れた街並みが高速で左から右へと流れ去っていく様子がみえる。その過ぎ去っていく街並みに太陽の光が夕焼け色のグラデーションをかけている。
車窓からみえる流れ去っていく街並みを見ながら、俺は少し考え事をしてみることにした。
まずは身近なところで、俺をtwitterで頻繁に煽ってくる憎くて憎くてたまらないあいつの人生について。
きっと、四六時中、昼夜構わずtwitterに常駐して人を煽っているところをみると、恐らく彼はニートなのだろうと思う。あるいは夜勤のシフトが中心の週2のアルバイターかのいずれかだろう。
いや、もしかしたら働かなくてもいい正真正銘の高等遊民なのかもしれない。
あいつの正体はわからない。でも、おおよそ尊敬できる奴じゃないということだけは確かだ。もう金輪際、インターネットをやめてしまおうかと思った。たくさんの時間を費やしてきたインターネットは、その特性上どうにも駄目な奴ばかり集まるのか、インターネットに時間を費やせば費やすほど、ろくな奴にマッチングしなくなっていることに気付く。
インターネット、やめようかなぁと考えながら、俺は電車に揺られている。
電車に揺られている内に、ふとある情景が思い浮かんだ。
がたんごとんと電車に揺られながら、車窓を見つめる俺。車窓には青色の海が広がっている。恐らく電車は海にかけられている頑丈な橋の上を走っている。窓を開けることはできないが、どことなく潮の香りが電車の中に立ち込めていくような気がする。
とっくに読み終えてしまった文庫本の小説をカバンにしまって、俺は座っていた青いシートからすくっと立ち上がる。立ち上がって、ドアの方へと向かう。閉ざされたドアの向こう側には、青い海とぽつんぽつんと点在する島々が広がっていた――という情景。
そんな情景を頭に浮かべながら、俺は電車に揺られながら人知れず物思いにふける。俺の隣の席に座る人は、一駅か二駅ごとに代わっていく。忙しそうなサラリーマンや、リクルートスーツに身を包んだ就活生が俺の席に座ったかと思うと、一駅か二駅するとすぐに立ち上がって、電車から降りていく。俺は彼らが電車から降りていく様子をぼんやりと見つめる。もちろん、物思いにふけながら。
まだ知らないまちに、まだ会ったことがない人がいて、まだ目にしたことがないきれいな景色がそこには広がっている。
つまり俺が駄目人間なんじゃなくって、俺はまだ自分が活躍できるような場所に巡り合っていないだけ。だから俺は悪くないし、かといって世の中が悪いわけでもない。単に俺の巡り合わせが悪かっただけなのだ。
だから俺は、まだ知らないまちを見に行くために外に出る。
……という壮大な物語を頭の中で組み立てておきながら、結局今日も俺は何もしない。
それもまた美しき人生かな。明日はもっと充実したニートライフが遅れればいいのになぁ、なんてね。
<終わり>