それぞれの考えを述べて論じあうこと。また、その内容。 「 -をたたかわす」
依然、八人は困惑していた。口を真一文字に
小高い教壇の上から眺める景色は、実にシュールなものである。整然と並べられた机に座る八人の生徒。彼らは教室の前方に陣取っている。そしてそれを監視するように教室後方部に並ぶ、十のお面。ドラえもん、アンパンマン、仮面ライダー、ピカチュウ、プ―さん、ミッキー、ひょっとこ、キティちゃん、
「話を続ける」
私は教師よろしく、チョークで黒板に文字を記し、それを読み上げた。
「“必要悪”、という言葉を知っているか?」
私は眼下の八人に対して問うた。
【必要悪】ひつ ようあく -えう- [3]
ない方が望ましいが,組織などの運営上また社会生活上,やむをえず必要とされる物事。
知っているか如何に関わらず、八人の反応は皆同じである。つまり、誰も反応をしないということだ。私は構わず話を続けた。
「聞いたことがあるかどうか知らんが、この敬愛中学校では――言い忘れていたが入学おめでとう――この敬愛中学校はその昔、非常に“イジメ”の盛んな学校だった。」
【苛▽め・虐▽め】いじめ いぢめ [0]
自分より弱い立場にある者を,肉体的・精神的に苦しめること。 「陰湿な-」 「学校での-が問題になっている」
「学校中に横行する劣悪なイジメ。鬱病や不登校、あまつさえ自殺者も珍しくない凄惨な状態であったそうだ。そこで、当時の生徒会は考えた。“イジメが起きるのは仕方がない。もはやどうしようもない。そのかわり皆で相談して、ただ一人だけをイジメることにしよう。一人だけが泣くかわりに、その他の全員が笑って過ごせる法律を創ろう――”と」
八人の表情が、より一層強く深く曇っていくのを私は感じていた。
「入学から三ヶ月が経った。そろそろ同級生たちの人となりも理解できてきた頃だろう。つまり君たち八人の学級代表は選考委員というわけだ。誰をイジメるか。いや、“誰がイジメられるに相応しいか”」
相変わらず反応の薄い八人を尻目に、私はわざとらしく足音を立てながら教壇の上を右に左にと往復した。
「私は大真面目である!!」
拳銃に見立てた人差し指を、空気を弾くように高く掲げた。張り上げた大声が教室に響き渡る。
「現に、この法が整備されて以降、我が敬愛中学校での不登校者、自殺者の数は激減した。それが一人の不幸の上に成り立った見せかけの数字であることには異論を挟まない。だが、この学校にはそれが必要だったのだ。必要悪であったのだ」
教卓の前で足を止め、私は今度は静かに両手を教卓の上に置いた。
「申し遅れたが、私は今年の立会人を務める三年の本郷真紀だ。言うまでもなく、君たち八人は学年全員の命運を握っている。君たちの気分一つで地獄を見る生徒が決まるのだ。誰のことをイジメるか、数時間でも数十時間でも、気の済むまで熱い議論を交わして欲しい」
これは――
私が目の当たりにした、人がその感情を余すことなく曝け出した、少し非現実的な、とある議論の記憶である。
【議論】ぎ ろん [1]( 名 ) スル
それぞれの考えを述べて論じあうこと。また、その内容。 「 -をたたかわす」