ぼくらはマンガで欝になった
『3月のライオン』
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こんちゃーす!混じるバジルと申しますー。
突然始まった『ぼくらはマンガで欝になった』第一話、いかが…どうでしたか?
今回第二話目ということでねー、ビックネーム用意しましたよー。皆さんが気軽に手に取って読める作品がレビュー対象ですからねー。
えー、今回レビューしていくのはアニメ化でバンプ、YUKI、米津玄師等の大物ミュージシャンがタイアップ曲を務め、印象的演出に定評の有るシャフトが贈る王道青春将棋作品、 NHK土曜深夜の大枠で現在二期が放送され、いまや国民的大ヒットアニメに成り上がった『3月のライオン』!
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↑ちなみに最近書店でよく見かける彼とは特に関係が無いです。
青年雑誌ヤングアニマルで現在も連載中のこの作品、実は欝展開が多い事でも知られています。
その回のタイトルは原作マニアなら“そら”で言えるはず!皆さん行きますよ~。声を合わせて…せぇの、
『Chapter.10 カッコーの巣の上で』。
はい、良く出来ました。この回は不慮の事故で天涯孤独になった主人公の桐山零が引き取られた「将棋の家」を出て行くといった話なのですが、彼を取りまく義理の家族とのすれ違いや衝突により、零が自分の存在理由さえも疑い出すという、悲しくも切ない欝回なのですが そのあまりにも重い話の内容にアニメ放送当時、生放送である後番組『ケータイ大喜利』のメインMC三名が感極まって言葉が出てこなくなり、放送事故を起こしかけたのは有名な逸話。
今回はその伝説級の欝回をあえて避け、別の回をピックアップ。
●Chapter.10のアンサー回です。
本作の魅力といえば作者の羽海野チカが女性作家とは思えない熱量で描き出すプロ棋士としての盤上での火花散る攻防や、3姉妹を中心とした川本家との心温まる交流が取り上げられますが、筆者が選び出したのはそのどちらの要素も含まれていない比較的地味な回です。
なに?前書きが長い?文章が煩雑すぎて内容が頭に入ってこない?そんな事を言うヤツは裸で木に止まって虫でも食ってろ。
『Chapter.97 もうひとつの家』
――プロ棋士になり数年目の春、主人公の零は昔住んでいた「将棋の家」、幸田家を訪れます。
物語は前後の流れをぶった切って、あまりにも唐突に、突然現れたエアポケットのように何の前触れもなく静かに始まります。
電話口で零からの連絡を受けた義理のお母さん(まさかの名前無し)は零とはソリの合わない自分の家族がバッティングしなかった事に胸をなで下ろし、玄関で「こんにちわ」と挨拶をする零を出迎えます。
この家、実はペットを飼っていて出迎えたその犬の名はタロウ。単一飼育の為、南極大陸の影響は受けていないと思われます。タロウはもうおじいちゃんと言われる歳になり、最近は寝てばかりだと義母さんはいいます。零が訪れた時はずっと起きてましたが(笑)
タロウを撫でながら零は「歩くんや香子さんは元気ですか?」とここに居ない兄妹の健康状態を訊ねます。ちなみに零は歩くんと同い年です。一つ屋根の下で年の同じ義理の兄弟と生活していたというのは変な感じですね。
義母さんは適当に話を合わせながら零から菓子折りを受け取り、食卓に零と一緒に着いてお茶を啜ります。
義母さんは零を結果的にこの家から追い出してしまった事に負い目を感じているのか、気まずいと言って終始目を合わせません。
そして現役高校生プロ棋士としてたった一人で自立し、勝負の世界で生き抜いている零をちらりと見て家に居た時より雰囲気がやわらかく、大人になったと言います。
すると義母さんは虚空を見つめながら湯飲みを持ったままの状態で長めの回想モードに入ります。その中で彼、零は居候だから「いい子」を演じているだとか、本当は全部解っていて私達の事をばかにしてるんじゃないか、と独白します。
すいません。正直いらいらします。
Chapter.10でのとっちらかった事情があったとはいえ、自分の子供と一緒に暮らしてきた零に対してあまりにも他人行儀です。その上、零を「育てていた」では無く「預かっていた」とまで表現しており、この辺りのニュアンスに零は自分達と違う世界の人間、と自分から寄り添うでは無くむしろ突き放しているという「区別を付けている」フシを感じ取れます。
預かっていたなら、ちゃんと元に返した先がある筈です。それは川本家でしょうか?それとも零が間借りたタワーマンションでしょうか?それとも零が仕事場としている将棋会館でしょうか?
違うでしょう。義母さんよ、と。
回想の途中で前述の言葉を訂正するように「零はただ本当にいい子だった」と釈明していますが、本当にそう思っていますか?それならちゃんと目の前に零に向かって声に出して言って欲しいものです。
少し取り乱しました。感想に戻ります。
回想の締め括りで義母さんは私達家族は「いい子」の零に甘えていたと胸の内で謝罪し、数年前のあの日、零は「自分がいるとみんながどんどんギクシャクしていくから」という思いを抱いて静かにこの家を出て行きました。
そして零の乗るバスは六月町の大橋を越え、川沿いの三月町へとたどり着き、そのまま本作の第一話に繋がっていきます。
零が出て行ったあの日とオーバーラップするように五時の鐘が鳴ると零は席を立って家を出る支度を始めます。
近くに居た愛犬の頭を撫でながら零は言います。
「じゃな、タロウ。長生きしてな?元気でな?」
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俯瞰で描かれたその顔からは感情を読み取る事は難しく、愛犬の長寿を願うようにも、もう二度と訪れぬであろうこの家の年長者への今生の別れの様にも見られます。
気持ちを押し殺して零は玄関に立ち、振り返ってこう告げます。「また来ます」と。義母さんも「また来てね」と答えます。
だってそれ以外に言える言葉が無かったから。余計な言葉は別の意味を持ち、それが重さとなってしまうことを互いに理解した上での空白がコマ間となって広がっていきます。
零が再び家を出て行ったその晩、義母さんは夢を見ます。
夢と言うのは一般的にそれを見ている人の深層心理を現しており、漫画作品では主に願望や欲望が断片的に組み合わされ、羽海野チカ作品ではそれが顕著に描かれています。
たった1ページの締めの独白。初めてそれを読んだとき、ゾッとしたのを覚えています。
●ラスト1ページでの家族としての断絶
その夢は零がお母さんの本当の子供だったら、という夢で、その中で零は他の子供と同じようにだらしなくお菓子を食べながらテレビを見て「うるさいなぁ」などと口応えをしています。
お母さんは「なぁんだ、コレじゃ歩や香子と同じじゃないか」とがっかりしながら心からほっとしていた。と独白してします。
最後のコマで零はお菓子やマンガにゲーム機に囲まれ、眺めているテレビにはロボットが映っています。
このロボット、作品の至るところに出現して登場人物の心情を表しています。
たとえば、本作のスピンオフ『灼熱の時代』に登場する黒田琢磨八段は銀座のBARで酒に酔いながらこう語っています。
「将棋…大好きです。でも…人間が大嫌いですぅ…(中略)あぁ…相手が人間やのうて機械やったら…電子コンピューターならメッサ大好きな将棋…死ぬまで指し続けたるのになああ~~」と。
インターネットが無く、パソコンが一般家庭に無かった時代、黒田八段は将棋の対戦相手としてロボットを所望し、義母さんは零が自分が行動原理を想定できる、ロボットのように操縦できる子供だったら、と胸の内で思ってしまっています。
義母さんのその『想定』から外れてしまった零は結果的に幸田家をギクシャクさせ、プロ棋士としてのチャンスを掴んで三月町のライオンとして「将棋の家」を旅立って行きます。
なぜこのページを読んで欝になるのか?それはせっかく里帰りをした零とのやりとりを根底から覆されてしまうのに加え、義母さんが零とはまったく向き合っていないとまざまざと見せ付けられるから。
零が本当に認めて欲しいのは普通の男の子としての自分ではなく、棋士である桐山零、もとい幸田零として、だから。
すいません、めっちゃ長くなってしまいました。ラストの夢のくだりは何気なく読み込める1ページでもあるのですが裏のメッセージが隠されていました。まるで将棋の駒のように。
温かい絵柄で表面的にいい空気感で終わる17ページの一話完結のお話。読み返して気付く、人と人のすれ違いによる残酷さ。こういった作者の裏テーマを見つけるのも欝漫画の魅力のひとつでもあります。
『3月のライオン』総評価
おススメ度
★★★★☆
欝度
★★★★☆
読みやすさ
★★★★☆
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↑アニメ公式の零は目がイカレてて、少し怖いです。
今回はこの辺りで失礼します。
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