Neetel Inside ニートノベル
表紙

アイドルジョッキーと女騎手
四鞍目(H30.4.7)

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 まず、大きい。
「お待たせしました、山乃木騎手!」
 星野記者の声は、電話以上に通りが良く、応接室に響き渡った。
「いえ、それほど待っていません」
 客人に座って対応するのも失礼、と思い、内心焦って立ち上がった。そのまま、入口に向かい、挨拶しようと思った。
 思ったのだが--いざ川添騎手に近付くと、話そうとしていたことが飛んでしまった。いつも、映像で観ていた人。そして、大きい。
 見下ろされている。身長は、二十センチほど差があるのでは……
「…大きいですね、でも、減量には苦労していなさそう。細いし」
 素直に感じたことが口を突いて出てしまう。いけない、不遜に聞こえるか……?
「えっ? あっ、ああ、そうですね、食べても身にならないタイプっていうか……太らないので、それこそ四十八キロとかじゃなければ……」
 …良い方そうだ。それにしても、中央では、斤量四十八キロで乗らなければならないようなレースがあるのか……。私には、そんな経験はない。
 それにしても、身体は薄く見える。長身ゆえにあまり筋肉を付けては減量が厳しくなるというのは理解出来るが、もう少しバランス良く鍛えても良い気がした。
「…もっと鍛えれば、恵まれた体格を活かせるのに」
 いけない。初対面なのに、また失礼なことを……ッ!
 私はどうも、『オブラートに包む』というようなことが不得手だ。これでは今後苦労する。認識はしているのだが……緊張の余り、という言い訳を述べるのも、情けなく。
「一応、体幹トレーニングをしたり、ランニングはしてるんですけど」
「私だったら、もっと筋肉を付けます。体重の調整がきく範囲でですけど」
 後は野となれ山となれ。さながら、今の私はレールを外れた列車。
 それでも、なんとか、被害は最小限に食い止めなければならない。バランスを整えるのは大切なことである。
「…羨ましいですね」
 川添騎手の表情が、ぽかん、としているのが、痛いほど伝わってくる。流れとしては、無理矢理感があったか。
 だが、嘘はついていない。どれだけ望もうとも、身長だけは絶対に手に入らないのだ。私が成長期の子供ならともかく、もう二十二歳なのだから。


 インタビューでは、何を話したか覚えていない。とにかく、質問に対して、通り一辺倒の返答をした感じだった。
 だから、インタビューは苦手なのだ。そして、対談相手が中央競馬のスター騎手、川添さんなのだから、余計だ。
 確かに客観的に成績だけを見れば、私の方が川添騎手より遥かに勝っている。だがそれはあくまで名古屋競馬での成績だ。注目度の高さが名古屋とは比較にならない中央競馬でのいくつかの勝ち鞍の方が、よほど価値があるだろう。
 かつて、風岡先輩とこんなやり取りがあった。私にとっては、風岡先輩の表現は時に難解に感じるのだが。
『なぁ、山乃木。競馬場で、馬の上に騎手が乗って走っていれば競馬。そう思うか?』
『…は? ううん……そう、なのではないでしょうか』
『それは正解でもあり、間違いでもあるわ。場所が変われば競馬も変わるぞ。同じ競技なのか、これ? って呆気にとられることもある。特に中央は違う。F1とツールドフランスくらい違うな』
『…はぁ……』
『いつまでもノンビリ自転車漕いどったらイカンわ。もっとモンスターマシンに慣れんとな。それこそ、海外に行けば、もっと違う世界なのかもしれないしな。エアレースかもしれん、海外はな』
『…はぁ……』
 …と、よく分からなかったのだが、後から考え直してみると、それはスピード感の違い、という意味合いだったのかもしれない。
 名古屋と中央競馬の圧倒的な賞金格差は、そのまま馬のレベルの格差に繋がっている。言うまでもなく、賞金の高い場所に良い馬が集まる。
 中央競馬でまるで通用しなかった馬が名古屋に移籍してきて、移籍緒戦で圧勝する--そんな光景、何度観たことか。自分でそうした馬に乗ったこともある。ここまで馬の造りが違うのか、と驚かされた。
 だからこそ、数は少ないとしても、中央競馬で勝てている川添騎手のことは尊敬する。間違いなく私よりも稼いでいるだろうし……私が必死に積み上げた五十勝分の賞金を、川添騎手は二勝程度であっさりと超えていく。その差は、あまりにも大きい。
 それにしても、川添騎手は美しい。同性から見ても、そう思う。髪型もしっかりと整えられている。私はこれまで、起床した後に髪へ櫛を入れたことがあっただろうか?
 反省しなければならない。騎手は、ただ競馬に打ち込めばいいというものではないかもしれない。人様に見られている仕事だという意識が、私には欠けていて、川添騎手にはある。
 ただ。
 ただ、やはり、私には譲れないものがある。それは、自信を持つこと。自信が持てないとしても人に見せないこと。それだけは、胸に刻んできた。川添騎手には、その意識が薄い気がしていた。
 貴女はプロなのだ。そう自信なさげでは、馬券を買うファンに申し訳ないではないか。
 私は負けない。今の貴女には。NJCSの決勝でもし、ぶつかったとしたなら……全力でもって、勝たせてもらう。貴女だけではなく、他の全ての騎手達に--
 私は、さらなる高みを目指すのだ。風岡先輩に追いつき、追い越すために。そのためには、同じ若手騎手達に負けてなどいられないのだから。
 気づけば、私は川添騎手を睨みつけている風になった。元々目が細く、感情が昂ぶると、とても態度が悪く見えてしまう。でも、今日は構わないと思った。目の前の女性は、いずれぶつかることになるかもしれない、敵なのだから。
「…相手は山乃木さんだけではないですけど、わたしだって、誰にも負けたくない。山乃木さんに今日会えて、本当に良かったです。これからのわたしも、観ていてください。私も、あなたのことを観ています。お互い、頑張りましょう!」
 ハッとした。迂闊だった。
 私は、眠れる虎を起こしたかもしれないのだ。
 人に対して言葉や態度を示す時は、慎重に行うべきだ。ただ、いっときの感情に任せてはいけない。そうしなければ、後々自分で自分の首を絞めることになりかねない。
「…一緒にレースするのを楽しみにしています。川添彩華さん」
 精進せねば。

       

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