◆ケーゴ
「あれ……?」
冷たい床の感触で、ケーゴは目を覚ました。
ぼんやりと霞みのかかった頭で起き上がり、薄暗い室内を見回す。
不意に後頭部にズキンと痛みが走り、ウッと呻いて顔を顰めて後ろ頭を探れば、血などは出ていないが熱をもって腫れている様子だった。
「痛てて……なんだこれ?」
「フッ……気が付いたか……」
声をかけられ、壁際に座した人影に初めて気付く。それは良く見知っているシルエットだ。
「師匠……あれ?俺何で……?」
コブを摩りながら胡坐をかいて一呼吸すると、じわじわと記憶が鮮明になってきた。
酒場で「私を買ってくれ」と言われ……路地裏でする流れになり……全裸になった女性が壁に両手をついて腰を突き出し……俺も鼻息荒く脱衣して……脱ぎかけのズボンに足を取られ……女の尻に顔から突っ込んで……そのまま後ろからガツンと……。
誰だ!?俺を殴ったのは!?ねーちゃんか!?アンネリエか!?
……いや、そうだ。あの女「ごめんね!」とか言っていた気がする。
つまり、仲間がいたんだ。最初から俺を嵌めるつもりだったのだ。
一体なぜそんな事をしたのか?
暗闇に慣れてきた目で、もう一度室内を見る。
コンクリートうちっぱなしの壁と床に囲まれ、天井は高く4メートル程もあり、鉄格子の嵌った窓がある。
窓の反対側には、猛獣を入れる檻を思わせる鉄格子が……そう。ここは牢屋だ。
なんで牢屋に??
師匠が一緒にいるのは何故だ??
改めてフォーゲンを見れば、彼は裸だった。
「うわっ!!」
ケーゴは己もすっ裸である事に気付いて、股間を両手で覆った。
身ぐるみを剥がされたのか!?魔法剣が狙われたか!?
現金6000YENも失ったに違いない!
「フッ……どうやら罠にかかったようだな」
「俺と……師匠が……罠に……?」
「フッ……通行人を人質に取られ、100人からに囲まれては、どうしようもない……」
これ絶対盛ってる。
って言うか、多分恐らくきっと師匠も色仕掛け(♀)でやられたに違いない。
まあいい、その話は止そう。
問題は、誰が何のために、こんな悪辣非道な罠を仕掛けたのかだ。
「でもなんで……」
ケーゴの疑問に、フォーゲンは己と反対側の壁際を指さして答える。
そこにはガザミが転がっていた。
腐ったザリガニの匂いが漂っているのかと錯覚する程に「この世の全てを憎む負のオーラ」を発散させながら、不貞寝している。
ガザミも……色仕掛け(♂)にかかったのか……。
「師匠に……ガザミに、俺……」
この3人が牢に囚われている。
男子相手に美人局を働く窃盗団の線は消えた。
こんな事をするのは、甲皇軍の連中に違いない……とは思うが、その理由がハッキリしない。
奴らが狙っていると考えていたねーちゃんが居ないからだ。ガモとホワイト・ハットもいない。
ゴォン……。
少し離れた所で、重い扉が開く音がする。気流が生まれて室内に風が流れた。
カツンカツンと靴底が床を打ち鳴らす音を響かせて、誰かがこちらに向かってきている。
緊張して身構える中、牢の前に現れたのは、甲皇軍の軍服を着た男性3名と、首根っこを掴まれ、プラプラと揺れながら寝入っている全裸のホワイト・ハットの姿だった。
奴らは銃を抜き、壁際に下がれと命じた後、格子戸の鍵を開けて子供をぺてっと放り込み、再び錠を施すと、踵を返して立ち去っていく。
「おい!なんのつもりだ!」
ガシャン!と鉄格子を掴み、ケーゴは彼らの背中に怒鳴り声をあげる。しかし、軍人達は足を止めることもせず、一瞥もくれずに立ち去り、重たい扉がゴォンと音を立てて閉ざされた。
俺達を的にかけた狙いは一体何なのか?
「フッ……俺達が「シャーロットの仲間」だからだろう。お前の考えは正しかったようだ……」
ねーちゃんの仲間だから的にされた。これが意味しているのは……。
「俺達の動きを封じて、ねーちゃんに何かをする邪魔をさせないためか!?」
「フッ……それも考えられる。だが、より最悪の想定をしてみろ」
「……俺達を餌にねーちゃんの動きを封じるためか!?」
「フッ……ありうる話だ」
俺達の命を取引材料にすれば、ねーちゃんは言いなりになる他なくなる。
「他にもあるぜ」
死に体となっていたガザミが、バリバリと髪を掻き毟りながら身を起こした。
夜目が効くようになった今、彼女がこれ以上ないくらいに荒んだ目をしているのが分かる。今のガザミなら神のちんちんでさえも噛み千切り、粉々に咀嚼して吐き捨てるだろうと思えた。
「アタシ等に何かをさせるつもりだ」
ガザミの言動に、フォーゲンは微かに頷いて、そのまま沈黙する。
重苦しい空気が牢内を支配し、聞こえてくるのはホワイト・ハットの天使の寝息だけとなった。
俺達が奴らの言いなりになって、ねーちゃんに酷い事をする?
有り得ない。そんな事は絶対に有り得ない。
奴らが何をしようとしているのかと不安に焦り、ケーゴは一人で牢を破ろうと四苦八苦するが、壁も鉄格子もビクとも揺らがない。
壁をよじ登ってなんとか格子窓に取り付いたが、そこにも付け入る隙はなく、努力は全て徒労に終わる。
「ジタバタしてもしょうがねーさ。チャンスがあったら動けるように体力を温存しておけ」
ガザミはまたゴロリと横になり、「くそっ。あのゴリ男め……」と呟いて壁を蹴とばしている。
ケーゴもバタリと身を投げ出して、暗い天井を見つめ、沸々と沸いてきた怒りにまかせて一度鉄格子を蹴とばしてから沈黙した。
再び扉の開く重音が響いて、物々しい靴音を反響させながら、高位の軍人と思える怪しい男が牢の前に姿を現したのは、それから半日は経った頃だった。
「ジャン=ピエール・ロンズデールと申します。皆様どうぞお見知りおきを」
10人ほどの部下を後ろに並べてから脱帽し、芝居がかった動作で頭を下げているロンズデールの顔には、負傷を隠す為の鼻全体を覆うようなレザーの装具が装着されていた。
しかし、ケーゴ達の目を引いたのは彼の異様な風体ではなく、その後ろに控えた2つの顔だった。
「ガモ……ボルトリック……」
彼ら二人の名を呟き、ケーゴは愕然となる。
ボルトリックは兎も角、ガモを仲間だと思っていた少年には、その裏切り行為は許しがたく、信じがたく、「なんでだよ!」と口に出して問う事すら悔しく思えた。
「無作法な招待になってしまって申し訳なかったね。ミシュガルド前線基地の甲皇軍人の間で、今最も有名なSHWの冒険者の皆様をお迎えするのだから、もう少しスマートに行きたかったんだがね」
ロンズデールが口を開き、意味不明な挨拶を始める。誰一人彼の言葉を理解できず、白けたムードが牢に漂った。
「いいからここから出せよ」とガザミが明後日の方向に向かって吐き捨てている。まったく同感だ。
「君。彼らに飲み物を振る舞ってやってくれ。そして映写の準備を頼みますよ」
取り付く島もない空気に、高位軍人は肩をすくめながら部下に指示を出し、軍人達が規律正しく動き出す。
上官のために椅子を組み上げる者。
牢内にグラスと水差し、そして軽食を差し込む者。
牢に面した壁に白布を張り、その手前に機材を並べ始める者。
「これからお見せするのは、とある冒険者達の記録映像なんだが……「映画」と言ってね、それらを物語仕立てに演出・編集したものだ。君らも神話や英雄譚の舞台を見たことくらいはあるだろう?そのようなものだと思って、楽しんでくれたまえ」
手前に置かれた機材が光を放つ。
白幕に動きのある像が映し出され、フォーゲンが「ほう……」と声を上げた。
生の動画機器を見たことが無かったケーゴは、目を輝かせてしまう。
原理は知っている、写真を何枚もとり、それらをスライドさせているヤツだ。
スクリーンには、半月前の皆の姿があった。
シャーロットを被写体の中心に添えた映像で、彼女が生き生きと動いている。
この視点は、立ち位置的にガモだ。
そうか、彼の担いでいた機械がこれを撮影していたのだ。
ダンジョン突入前の、まだまだぎこちなかった距離感が懐かしい。
自分が映るとちょっと嬉しかったりもした。
長く歩いた第一層だったが、映画の中ではあっと言う間に最奥へ到達し……ん?と言うことは。
「うわっ。マズいってそれは!」
ケーゴは声を上げ、フォーゲンとガザミを振り返り、二人の目を塞ごうとして、「ウルサイ」とガザミに怒られて半勃起のチンチンをデコピンされ、うっと呻いて内股になって、大人しく座り直す。
ローパー戦でのねーちゃんの痴態は、あの時とまた違って見えた。
その後の自分の大活躍ぶりを見て、「おお!」と声を上げ、ちょっとこの「映画」って奴が好きになってきた。
初日晩に、コッソリと自慰行為に耽るシャーロットの姿が記録されていて、ケーゴは勃起し、「フゥ……」とフォーゲンが声を上げた。
ロンズデールの解説によると、既に五万人もの兵士がこの映画を見たという……ねーちゃん……。
その後も彼女の人格を無視した、悪質な「隠し撮り」で組み上げられた物語が流れ続ける。
ガモの視線が良い具合にやらしく、劣情を催す。
映画は亀男達に劣勢を強いられる場面になり、ケーゴ達のみならず、男性陣は天を突くように勃起し、そんな中で紅一点のガザミは、身の危険を……感じるはずもなく、ペニスを見せつけられるだけのお預け状態にハァハァと呼吸を乱していた。
舞台は第三層へ。
撮影係のガモが動かなかったために、ケーゴ、ガザミ、モブナルドの3人が壁に飲まれる場面こそなかったが、シャーロットが起き出して以後は再び記録が開始される。
モブナルドが、そしてケーゴが壁から迫出してくる場面は、正視に堪えない圧巻のド迫力画像となっていて、その一生モノの恥に、少年は「殺せ!いっそ殺してくれ!」と叫んで不貞腐れるしかなかった。
「がぁあああああああああああああああああ!!!!」
それまでは笑って、ケーゴの馬並みの射精を弄る発言までしていたガザミだが、自分が迫り出してくる場面では盛大に取り乱して、フォーゲンとケーゴを「見たらマジで殺す」と脅し、二人は自発的に耳を塞いで床に伏せる。
問題の場面が過ぎれば彼女は大人しくなり、水を飲んでパンを食べ、宴会芸のシーンには、また画面を指さして大受けする程に回復する。
編集によりカットされた場面は多いものの、ケーゴが獣神将の斧を受け流すシーンはしっかりと記録されていて、英雄のサーガのように熱かった。
うん、さっきの醜態はこれで帳消しだな!今のところカッコよかったのはローパー戦とこの場面、情けなかったのは木馬の時と服毒自殺と壁の時……ケーゴは自ら指を折り、まあイーブンだと勝手に納得してウンウンと頷く。
半月前の冒険の記憶はまだまだ鮮明だが、より鮮やかにあの日々が蘇り、感動に心が震えた。
ねーちゃんには悪いが、これは良い映画だ!
あの壁の場面さえカットしてくれていたなら、自分で交易所の酒場に子供達を集め、上映し、「ケーゴの大冒険」として広めたいと思った。
一行は無事にダンジョンを攻略して、温泉へ……。
「くそがっぁああああああああああああああああああ!!!!耳を覆って伏せろやゴラあああああああああ!!!!」
ガザミは、自ら仕掛けたにも関わらずガモに屈してアヘりだす、超が3つ付くほどの情けない場面で再び大噴火する。
しかしカメラが廊下に切り替わりシャーロットの自慰が始めると、またのんびりとくつろぎ出した。
凄い人だ。
「しっかし。あのバカほんっとオナニー好きだよな」
たしかに。とケーゴは頷く。ねーちゃんはスケベがすぎる。
この、覗き見をしているような高揚感ある背徳感。ねーちゃんを隣に座らせて見て見たいような……なんだ?結構楽しいぞ??
「フォオオオオオオオオオオオオォォオオォ!!!!」
フォーゲンは宴会の間での己の脱童シーンで大いに暴れ出し、蛮声を腹から発して音声の聞き取りを阻害しながら、二人の眼前で全裸反復横跳びを繰り返した。
そして問題の場面が過ぎれば、「フッ……俺としたことが少々取り乱してしまったようだ。いやなに、シャーロットのアクメ顔を晒させるのは忍びなかったのでな……」といいながら座り、水を飲み、パンを食べ始める。
んん……?
なんか今の場面異常に短くなかったか?
映画の中のシャーロットは身体を洗って出直し、ケーゴの部屋をノックする。
「うああああああああああああああああぁあ!!!!」
「うるさい」
「フッ……観念しろ」
真っ赤になって暴れるケーゴをフォーゲンとガザミが二人係で押さえつけ、その後の全てを鑑賞した。
二人で食事する場面では左右から冷やかされ、ジタバタと暴れながらも、ケーゴは自らの晴れ姿を見てしまう。
「うわっ。オイオイ。ケーゴやるじゃん?」
「ぐぎゃああああああああああああああああああ!!!」
「フッ……若さとは尊いものだな」
「ふぎゃああああああああああああああああああ!!!」
正直最初の1回2回は見れたものではなかったが、3回4回と進むにつれて、人に見せても恥ずかしくない立派なSEXをしているように思える。
うん。やっぱり壁のシーンさえなければ俺的には全然OKだ!
軍人達の邪魔が入り、二人は引き離され、哀れな女戦士が広場に放置される所で、だっぷり6時間に及ぶポルノムービーは終了した。
怒りよりも性的興奮が勝り、ホンのチョッピリ自己嫌悪に浸る中、再び牢は闇に包まれ、カラカラと映写機が回る音も停止した。
スピー……スピー……と子供の寝息だけが聞こえる。
「……」
「……」
「……」
3人は無言のまま、明りの消えたスクリーンを見つめ続けていた。長い夢を見ていたような気分だ。言葉が無い。なんなのだこれは?
後味は最悪のはずなんだが……なんかこう……不思議と……アリな気がする……?
いや、それは俺の意見だからだ……ねーちゃんが見たら死ぬんじゃないかコレ。どうなんだ?
だが、シャーロットが狙われている理由は分かった。
こんな映像が出回っているのだ。彼女に対して「性的な悪戯をしても許される」「何をしてもいい」と勘違いをする輩が大勢生まれ、もっと残酷なことをしてやろうという空気が生まれ、広がっているに違いない。
あの女軍人の部下の男が「また会うぜ」と言っていたのは、その雰囲気を知っていたからだろう。
これは完全に「おもちゃ」を見る視線だ。
おもちゃは、飽きられるまで、玩(もてあそ)ばされ、壊れれば捨てられる。故に「玩具」と言う。
「いやぁ、何度見ても素晴らしい!皆さん、この映画を作り上げてくれたボルトリック氏に拍手を!」
ロンズデールは唖然とする冒険者達を満足気に眺めながら椅子から立ち上がり、喜声を上げて拍手する。
現に、こんなド変態野郎が喜んでいるのだから、ねーちゃんの身に迫っている脅威は想像を超えた範疇にあるだろう。
「男優が弱いとの声もあったが、君達は実に良くやってくれた。「後の事」は我々に任せてもらうよ。その成果は君達にもお見せすると約束しましょう」
映画の最後、シャーロットを広場に放置する軍人達の行いでさえ、優に許容範囲を超えた、凄絶な性的虐待であった。
「後の事」は、それすらも超えようとしているのだ。
変態軍人がボルトリック達と共に去ると、ガザミは、彼女がシャーロットの立場であったなら、自ら死を選ぶであろうという弱音を吐きつつ、両手を広げてバタリと倒れ込んだ。
「……いや。ゴメン。流石のアタシもアレは無理だわ。キツイわ。死ぬわ」
それ程の辱めだ。ただ殺すよりも質が悪い。それには嘘偽りなく激怒している。
しかし、勃起してしまっている手前、純粋100%で甲皇軍を怒れない、そんな変なテンションにもなる。
罪悪感を共有しているというか……あの映画の存在を完全に否定しきれないというか……共に股間を突き立ている師匠を見ると少し安心出来た。
「フッ……「後の仕事」とやらを、見過ごす訳にはいかんな……」
「でもどうすれば……!!」
「……機を待つ他、あるまい……」
そんな「機」があるのだろうか。
どっしりと構えているフォーゲンには、何か確信があるのかもしれないが、ケーゴは焦り、鉄格子を掴んで絶望に身を捩った。
◆ミシュガルド 骨統一国家軍駐屯所
私はベッドの上で目が覚めた。
まどろみ半分に天井を見つめ……見覚えのないそれにハッとなって身を起こした。
身体がグラリと泳いで、よろけて手を付く。
お酒とは違うが、何か陶酔を誘う成分に脳をやられている、そんな感じだ。
「……」
覚醒しようとして首を振ると、世界中がぐわんぐわんと揺れ、這う事も難しい程に平衡感覚が障害される。ベッドに身を沈め、伏せた顔を上げながら周囲を観察する。
物語に出てくる「お姫様の寝室」といった雰囲気の、白を基調にしたスイートな部屋だ。
照明は明るく、華美ともいえる装飾品に囲まれている。
今身体を支えてくれているシーツもサテン織で、ベッドにはレースの天蓋カーテンが掛かっている。
手を伸ばしてそれを捲ると、一層鮮やかに室内の光りが目に刺さる。
その向こう直ぐに、ゴールドで縁取りされた姿鏡があり、私の姿が映っていた。
ピンク色のドレスを着ている。それはまるで、男女が永遠の愛を誓い合う時の衣装の様だ。
左の足首に鎖が嵌められていて、それはベッドの足と接合されている……。
ベッドに腰を掛けたまま足を降ろす。
身が沈む程に柔らかな絨毯が敷き詰められている。
芸術性の高そうな調度品の数々を見れば、エロスを題材に扱った裸像が多い。
まったく状況が呑み込めない。交易所で仕事の話を伺っている最中に倒れ込んだ……するとこれは、あの依頼者である商人の家だろうか?
ガチリと部屋の鍵が開かれた音がして、スッと扉が開く。
「お目覚めかな?冒険者のお嬢さん」
見知らぬ……いや、知らない人だが、見覚えがある人物が入ってくる。
ダンジョンから帰還してきたときに、ボルトリックと会合していたあの軍人だ。
彼は貴婦人への礼儀だと言って恭しく頭を下げ、まったく興味が無い自己紹介をした。
「ジャン=ピエール・ロンズデールと申します。どうぞお見知りおきを。部屋とドレスはお気に召しましたかね」
お部屋は別として、自分には一生縁が無いと思っていた衣装に関しては悪い気はしてなかったのだが、目の前の男が何か意図をもって私に送ったと知った途端に、脱ぎ捨てたくなった。
デブ商人の話を信じるのであれば、彼が「遠隔動画記録装置実験」の黒幕ということになるが……。
「……ラスボス登場ってワケか」
私はロンズデールと名乗った、狂人の目をしている男と、その隣にいるボルトリックを思いっきり睨む。
「結構結構。生命力に溢れた女性は美しい。それでこそ我が芸術の素材になりうるのです」
芸術?素材?
猛撃に嫌な予感が全身に走り、肌を泡立たせる。
こちらの顔色が曇ったのを見て、軍人は表情筋を邪悪に歪めた。コイツ、そーとーにヤバイ奴だ。
「フフフ。知りたいですか?貴女がこれからどんな運命を辿るのか」
「運命、ときましたか。もしかしてソレ、神気取りってヤツ?女一人を捉えて鎖につないで万能感に浸られてもちょっと困るんですけどね」
「いいですよぉ。その調子でお願いします。期待していますよ。恥辱を乗り越え!痛みや恐怖に屈することなく己の尊厳を守り!一分一秒でも長くヒトとして生きてください!」
「お前は人ではなくなる」と、そう言っているのだ……なんて酷い脅し文句だろうか。
肉体的にか、精神的にか、あるいはその両方で責め苛まれる。
そんな想像をしてしまえば情緒が乱れ、背中に冷たい汗をかき、決して弱気になった訳ではないが、相手との対話を試みた。
「……もう、あの「カメラ」と「モニター」の実験は終わったんでしょう?私はその協力者だった訳で……なんでこんな事をしようとするのか、説明くらい欲しいんだけど?」
「おやおや。そんな事を言ったのですか」
ロンズデールは両手を広げてボルトリックへと驚きの視線を向ける。動きがイチイチ大袈裟で、見ていてなんだか腹が立つ。
「この女は何も知らんのですよ」
「それは哀れだ!彼女の「自らの運命を知る権利」を冒涜するわけにはいかない。今すぐ映写の準備を!」
私の知らない真実があるぅ?
ボルトリックの顔を睨むと、奴はやや居心地悪そうにしながら、私から目を逸らしている。そんなに後ろ暗い事なのか。
兵士達が「スクリーン」なる白幕を組み上げ、「エイシャキ」なる機械を設置して、反対側の壁際に整列した。
部屋の明かりが落とされる。
「……?」
白壁が光る。映写機から発した明りを受け止めているのだ。
─ボルトリック・フィルム プレゼンツ─
文字が浮かぶ。
曲が流れ出す。
風景が……動画が流れ出す。
交易所だ。通りを抜け、酒場へ。
私がいる。ボルトリックに依頼をもちかけられている……過去の私だ。え?コレは……?
私はここにいるのに、過去の私がそこにいる。
驚きを隠せない私の顔を見て、ロンズデールがヒャヒャヒャと甲高い声で笑った。
「ちょ……やめて……」
狼狽して中止を求めるが、私を完全に虐め抜くと宣言している相手が嫌がらせを止めてくれる訳がない。
映像の中の私は、ケーゴをまだ君づけで呼んでいて、ローパーとの戦いで最初の恥態を晒していた。
ロンズデールが手を叩いて喜んでいる。
室内の男性陣が一斉に勃起しているのを見てしまい、体温があがって汗をかく。
「いやあ、実にいい表情をしますねぇ!死を感じながらも、快楽に負けて、魔物に尻を擦り付ける!なかなか出来ることではないですよ!」
私は火傷しそうな程に熱っぽい頬を押さえて固まるしかない。
その先に自分が何をして来たのかよく分かっているから、羞恥を先取りしてしまう。
身体の芯から震えが止まらない。暑いのに悪寒がする。
パーティーは1層を攻略し終えて、眠りにつく。
私がこっそりと起き出してキャンプから姿を消すと、カメラ……つまりガモがその後を追って動き出した。
心臓を一掴みにされた心地がした。
「も、もうダメだから!!!」
映写機から出ている光が諸悪の根源だと見切って止めに走る。
素早く軍人たちが動き、私の動きを阻止した。
スクリーンの向こうの私は、オナニーを始め出す。
『あっ……ふぅ、ん!ひゃ!う!あっあ!ああんっ!そ、そんなのダメっ!』
「SHWの女性には慎みというものはないらしい。それはそれで素晴らしい事だと思いますよ」
自ら妄想の中で「誰か」に身を任せ、夢中になって陰部を弄る自分の醜態が公然と暴かれたのを皮切りに、痴態の一つ一つに対してロンズデールが余計な一言二言を付け加え始めて、死体に鞭を打つような言葉責めに嬲られ続けた。
ボルトリックの迷宮に仕掛けられた罠の数々、それによって曝け出されてしまった痴態醜態を、たっぷり6時間かけて公然と晒される。
何度も失神しそうになり、また目が泳ぎ、挙動不審者となり、周囲の男子達の様子や顔色を伺ってしまう。
最後はあの忌まわしい広場で、カタリと映写機は止まり、部屋は闇と静寂に包まれた。
恥ずかしいなんてもんじゃなかった。
ショックで言葉が出てこない。
目はずっと見開きっぱなしだ。
下腹は痙攣して、それが全身に広がり、吐息が震える。
部屋に明かりが戻る。
「この映像……「映画」と言うんだが、どうかね?」
「え……?」
どうかね?って言われても、脳が痺れていて、自分の感情を整理する事も出来ない。
「良く出来ているでしょう?これを見るだけで、恋人だって兄弟だって、そう、親でも知り得ないほどに、君の事が分かってしまうんだよ」
ロンズデールはググッと顔を寄せてきて、そのギョロリとした瞳の中に、真っ青になって震えている私自身の姿を見た。
あまりにも哀れな姿だった。
「既に、甲皇国兵50,000人程が、君を親よりも見知っている事になる。そしてもうすぐSHW交易所でも上映して差し上げます」
ビク!と身体が震える。
事態が異常すぎて全然理解できない。でも、身体はその意味を理解していた。
吐き気がこみ上げてきて、うっと口元を押さえた。
変態軍人は、既にケーゴ達を人質に捕えていることを告げて、私の間合いに悠々と踏み込む。
その腕が私の首を撫で、頬まで上がり、髪を梳く。
殴る事も拒否する事も出来ず、自由にさせるしかない。
「この部屋の全ては記録されている。これからの君の姿も、衆目に晒され続けることになる。一瞬一瞬が永遠だ。そのつもりで耐え忍んでくれたまえ。君はまだ正気を保っている、今のうちに愛しい「彼」に言葉を残すと良い。その為の衣装なのですから」
やっぱりドレスには彼の変態的な意図が隠されていた。
せめてもの情けとか、仏心ではなく、私の想いを踏み躙るための小物として、この神聖なドレスを選んだのだ。
もうすぐ私は私ではいられなくなるかもしれない。どれほど惨めに尊厳を失った姿となるのだろうか。
その姿は、後世にずっと残る。ケーゴ達が目にするかもしれない。
絶対に嫌だ。
彼が言うように、最高に着飾ったこの姿でケーゴに愛の言葉を残そうかと考えてしまったが、それが虚勢でも、嘘でも、「私らしい私」であり続ける演技をしてやると奮い立った。
「さあ、君が人として話せる最後の機会かもしれないんだ。勇気をもって!」
「……ぁ」
立ち向かってやる!負けてなるものか!と心を決めているのに、悲しい程に震え掠れた声が喉から漏れた。
ロンズデールは「ん?」と耳を寄せてくる。
「……アンタ。ロクな死に方しないでしょうね」
「おお……!おお……!!」
何が嬉しいのか、ロンズデールは歓喜に身を震わせ、天を仰ぎ、彼の「主」に「この勇敢な女戦士に祝福を!!」と祈った。
ただやみくもに反抗しても、勝ち目はない。何でもいい、何か手を打たなくては。
「……わ、私はこんなんじゃ揺らぎもしないから。勝負しましょうよ」
「勝負!ああ勝負ですか!いいですね!勝負!一体何の勝負でしょうか!楽しそうだ!貴女の条件を伺いましょうか!」
彼は勃起し、顔面を紅潮させ、唾を飛ばしながら早口に捲し立ててくる。
ケーゴ達が捕まっていなければ、今すぐにでも殴り倒して絞め殺してやるのに。
「ダラダラやってもしょうがないでしょ、こんなの。30日の間、私が正気でいられたら、負けを認めてケーゴ達を開放しなさい」
勿論、そこに勝算があるわけじゃない。性的にせよ、肉体的にせよ、拷問にかけられたら、一週間と持たないに違いないのだ。
ケーゴ達の為と思えば、責めに耐えられる……などという浅い考えでもない。
私が耐えている間、ケーゴ達の安全は保障される──それが狙いだった。
「イイですね!命乞いでないところが実にイイ!では、明日の朝から勝負を開始しましょう!」
ロンズデールは高らかにゲームの開始を宣言した。
◆拷問前夜
何をするにも記録されていると知らされた部屋に留め置かれた私は、その心理的圧迫感に神経をすり減らされ、イライラしたり悲しくなったりと、安定しない情緒の中、面白い事など何一つしてやるものか、と意地になって己を押し殺し、人形のように座り続けていた。
ケーゴ達が捕まっている間は、逃げるという選択肢はない。
夜になると入浴係と名乗る兵士がやってきた。故意に選ばれたものだろうか、ケーゴと同じ年頃の若い男の子だ。
ニマニマと口元を緩ませながら、しかし、照れたように顔を紅潮させている彼に裸にされる。
何がゲームは明日から、だ。大ウソつきめ。
「すっげ……」
彼は裸の私をじっくりと視線で犯して、ボソボソと感想を吐き、ズボンを盛り上げている。
なんだろうこの、汚れてるんだけどそれなりにピュア、みたいなリアクションは。
そして、手にソープを垂らし始めた。
震える手を伸ばして、私を洗い出す。
最初に触れたのは肩だけれども、遠慮がちだったのは片腕を洗い終える前までで、直ぐに大胆になり、乳房と尻臀を揉む。
私は怒った顔をしながら、懸命に身を固くしていた。
ハァハァと息を荒げた新兵は、堪えきれなくなったのか、ベルトを外してズボンを降ろした。今まで着衣に押さえつけられてたペニスがビン!と反り返る。
ケーゴのより、ちょっとだけ大きい。
「抵抗したら……ウッ……人質の命は……ハァハァ……無いぞ……」
なるほど。そう言って脅せと言われたか。
私は彼を睨んで無言の圧をかけ続けた。
彼はまだまだ軍人の世界に浸っていないのだろう。当然の心理として一線を越える事を躊躇している。
これはきっと甲皇軍の新兵訓練なのだ。
亜人捕虜への虐待を命じて、次第に罪悪感を失わせる……噂に聞いたことがある。
それを私でやらせようというのか。
「……あ、足を開け!」
「それでいいの?」
少年からの恫喝にまったく怯まず、彼を睨みながら言葉を発する。少年兵の目が泳ぐ。
「ウ……は、はやくしろ!SHWの売女め!」
「SHWの女」で「売女」だから何をしてもいい、そんな歪んだ倫理観が見え隠れする。
彼は性的な欲望故か、それとも顔を殴打するのが憚られたのか、私の乳房にビンタした。
痛みはさほどではないが屈辱感は強い。
「おっぱいぶたないでよ!」
言い返してやると、少年は真っ赤になった。おっぱいという言葉にも羞恥する年頃なのだろう。
そんな子に何をさせようというのか。
「私がね、SHWの女でも、変な映像で知ってる女でも、君が踏み躙っていい理由にはならないの、分かってる?」
「黙れ!」
「あっ!?」
良心の呵責に訴えた正論は逆効果となり、彼はその手を私の下腹に滑り込ませ、兎に角強く激しく滅茶苦茶に弄り始めた。
これで喘いでしまったら、この少年の罪悪感は消し飛び、彼の中で捕虜虐待は正当化され、この子は笑いながら亜人を遊び殺すような、立派な甲皇軍人になってしまうのだろう。
「はっ……う!」
快楽に喘ぎそうになって震える私を見た彼が、顔を悦に歪める。
彼は手にソープの為でないぬめりを感じてるに違いない。
このままでは彼が自分の行為を肯定してしまう。
くっ!と叫んで乳房がはねる程に仰け反る。全然上手くもなんともない拙い手業だ。耐えられないはずがない。
奥歯を噛みしめ、ぐ~~っと自分を抱き、ドンドンと踵で絨毯をスタンプする。
もう駄目ーっ!と叫びそうになった時、寸での差で男の子のペニスが爆発して、目の前でビュッビュッと精を噴いた。
その手が止まる。
はぁはぁと二人で乱した呼吸を整える間、私はここぞとばかりに彼に冷ややかな視線を送り続け、少年兵はそのままバツが悪そうに部屋を出て行った。
何が入浴係ですか、と悪態をつきながら身体を拭き……気に入ったわけではないけどドレスを着る。
一息つく間もなく、また扉が開かれた。
今度は何?まさか眠らせないつもりではないだろうか。
顔を上げて見れば、そこにいたのは……食事を載せたトレーを持っているハーフオークの戦士だった。
「ガモ……!」
最初は「助けに来てくれた!」と思った。でも直ぐに、ガモはボルトリックの仲間であり、つまり拷問を仕掛けている側であると思い出す。
自分で勝手に喜び、そして落胆したのだが、これが予想以上にかなりのダメージで、自然と涙が溢れてしまった。
それは無意識のうちにどんどんと頬を濡らす。
メソメソとした私を鼻で笑い、ガモはトレーをベッドサイドのテーブルに置く。
「夕食だ。強力な催淫剤が入っている。フンっ……餓えに負けて食べてもいいが、その後が見ものだろうな」
憎まれ口に憎まれ口を返す気力はない。そのまま視線を外し、彼が出ていくのを待ていたが、ガモは立ち去らない。
そのまま私の傍らに来て、涙を拭ってきた。
「ガモ……?」
「発狂したお前になぞ用は無いからな。お前がヒトである内に、借りを返してもらう」
言うや否や、彼は私をベッドに押し倒した。
その手がスカートの中深くに差し込まれ、直に下腹に触る。
「あぁん!ガモ!!ダメっ!!」
既にぐっちょりだったソコに触れたガモが驚いたように一度手を離す。
それから彼は、そこには触れずに、太腿を優しく撫で始めた。
時に、内腿を抓り、痛みを与えてくる。
それがガモのやり方なのかもしれない?
一風変わったそれに、私は顔を赤くしてスカートを押さえ続けた。
そのまま完全に上を取った彼が、顔を寄せてきて、キスをした。
大きく口を開け、私の口をすっぽりと覆うような、変なキスだ。
そのまま顔を擦り付けるように……そう、恰も激しい情熱的なキスをしているかのような「動き」をした。
その実、彼は舌も絡めてこない。
事実上、ただ口を開けて押し当ててるだけで、何もしてないに等しい。
ちょんちょん、とスカートの中の手が、太腿をつつく。そして、私を擽る。
「!?」
これは演技だと気付いた。
監視されているから、私を襲う演技をしながら、スカートの下で指文字を書いているのだと。
パッ!と心が晴れ、涙は止まり、身体に気力が戻ってきた。
指文字に集中すると……ちゃんと演技しろとばかりに、クリトリスを嬲られた。
「あぁんぅ!!」
上に載っているガモごと跳ね上げる程にリアクションして、また驚いたガモが私を落ち着かせるように太腿を撫でる。
そうか、最初の時も、私を落ち着かせようとしてくれていたのだと理解して、かあっと赤面した。
『いいか、これはボルトリックさんの指示だ』
『この建物の地下にガザミ達もいる』
『軍内の協力者とも連絡がとれている。3日後に皆で抜け出せる』
『それまでは耐えろ』
あんあん言いながら指文字を解読する。
あと3日!それなら私でも……!
ガモは再び顔を寄せてきて、そして……口の中に血の味が広がった。自分で口を噛んだのだ。
惚けていたら、また太腿を痣になる程抓られた。
「んっ!!」
ビクンと震えた私に押され、ガモは顔を離し、口元の血を拭った。
「フン……気が変わった。いいだろう……お前が堕ちるのが楽しみになってきたぞ……」
あ、そうか。「私が彼の舌を噛み、拒絶した。そしてガモは怒って行為をやめ、出ていく」そーゆーシナリオなんだ!
その為に自分の口を噛んで……!
最初とは違う意味でウルルと涙ぐむ。
その不意を突いたように、彼の指が私の尻肉を開いて何かを挟んだ。
ひゃん!と声を上げてしまい、ガモが薄く笑うのを見た。
ひんやりとした金属の感触。多分、鍵だ。足枷の鍵に違いない。
「ロンズデールさんにたっぷりと可愛がってもらうんだな……」
ガモはギンッギンに股間を怒張させたまま私から降り、捨て台詞を残して部屋を立ち去った。
余韻にベッドに伏せて、お尻を数回振る。
軍内部の協力者とは何者だろうか?
あと3日で、ケーゴ達が助かる。そして、私も。
ぐぅう。となったお腹をさすって起き上がる。
脱出に備えないといけない。それが媚薬入りの御飯であっても関係ない。
出来るだけお上品にそれらを平らげると、身体が熱に浮かされ始める。
この感じは、ダンジョンで食べた御飯にあったのと同じだ。
胸を押さえて10回は深呼吸し、出来るだけ昂って行為に囚われないように強く自分に言い聞かせてから、私は自慰を始めた。