Neetel Inside 文芸新都
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吐き捨てられていく文字列
四角いスイカ

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四角いスイカ

 子供の頃、百貨店で見かけた四角いスイカ。
「食べたい」
そう父に言うと
「ああいうのは甘くないんだ」
と言われた。
 「何見てるの?」
と聞かれて、ふと我に返る。
「四角いスイカが懐かしくて、見入っちゃった」
と答えた。
「食べたい」
と言う彼女に対して
「ああいうのは甘くないんだ」
と言った。値段の高さが目に入ったからかもしれない。本当は食べたら美味しいのだろう。そう思っていたら、彼女は私の手をケーキ売り場の方へ引いた。
「どれにしよう」
と彼女はケーキを選び始めた。僕の誕生日なのだけれど。彼女のうれしそうな顔を見ると、自分のケーキなんてどれでも良かった。
 「ケーキは私が持つ」と嬉しそうに言った彼女のすぐ後ろにくっついて歩く。帰り道もフルーツ売り場の前を通った。
「やっぱり四角いスイカ買って帰ろう」
「しょうがないなあ」
と彼女はまるで親かのような眼をしながら言った。ケーキが手に入ってご機嫌なのだろう。
 「ただいま!」
家に帰るなり娘は妻の待つキッチンへと駆け出した。
「転ぶなよ」
と後ろから声をかける。
「お父さん、変なスイカ買ったんだよ」
と娘から妻への告げ口が聞こえた。まあ、この大きさじゃどうせばれるか。
「ただいま」
そう言ってリビングに入ると、娘は既に自分専用の皿を出そうとしていた。
「ケーキはご飯食べてからよ」
という妻に
「まあいいじゃないか」
と言うと矛先は四角いスイカと僕に向いた。
「誕生日なんだし許してよ」
そう言うとなんとか許してもらえた。
「しょうがないなあ」
と妻はまるで親かのような眼をしながら言った。娘の言い草は妻の影響か。そう思うと少し笑えた。
 夕食と一緒にケーキとスイカが並ぶ三人だけの誕生日会。娘がくれた「かたたたきけん」に成長を感じた。きっと「ん」は妻が手伝ったのだろう。美味しいに決まっていると思って口にしたスイカ。
「思ってたより甘くないな」
けど妻は
「思ってたより美味しいね」
と言った。娘も真似して、
「思ってたより美味しいね」
と言った。幸せな誕生日会だった。
 娘を寝付かせた後、
「今度実家に四角いスイカ送ろうかな」
と僕が言うと、妻に
「それはやめときなよ」
とたしなめられた。きっと父も思っていたんだ。食べたら美味しいのだろう、と。けど、食べるまでには至らなかった。あの日の帰り道、フルーツ売り場の前を通っていたら父も買っていたんじゃないか。妻と娘を見ていてそう勝手に確信めいた僕は、妻の言葉を無視することを心に決めた。父も母に言うだろうか。
「思ってたより甘くないな」
と。

       

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