Neetel Inside 文芸新都
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生きた者たち/生きる者たち
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生きた者たち/生きる者たち


 そこにはもうなにもない。
 あるのはただ、吹き抜ける空しい風のみだ。


 仲のいい3人組だった。
 小林ユマはヘビースモーカー。
 小平イクミは潔癖症。
 そして春原エリは、ユマとイクミの写真を撮るのが好きだった。


 彼女達は3日前、海に来ていた。
 海に人影はなく。しかしもう秋に差し掛かっていたころで、とても服を脱ぎ捨てて泳ぐわけにもいかなかった――ユマ以外は。
「あー、あの子バカだよもー! 絶対カゼひくじゃーん」
 心底あきれた様子でイクミは言った。
「いいんじゃない? もうさ、どうでも」
 寝転がっていたエリは、のんびりした口調だった。
「うーん、でもさあ……」
「こうしてられんのも、あとちょっとっしょ」
 エリのこの一言が、イクミを黙りこくらせた。
 イクミは泣き出した。エリは何も言わずにイクミの頭を撫でた。
「怖いの?」
「…………」
 こくり、と頷くイクミ。
「…そうだよね。あたしだって、怖いわあ」
 エリはカメラを取り出して、海を撮った。もちろん、ユマを捉えて。
「信じられないよね。こんないいモンが撮れなくなるなんて、さ」
「…とって」
 言って、イクミは立ち上がり、服を脱ぎ捨てていった。
「あたし達の姿も、この海の砂も、波も、雲も――全部、全部さ、エリのカメラの中に閉じ込めちゃってよ!」
「…おう」
 ユマの元へ犬みたいに駆け寄って行くイクミの後姿を、一度写した。
「閉じ込めるのはフィルムの中だよ……全く」
 イクミはいきなり、ユマにバックドロップをお見舞いされていた。
 海水が鼻に入り、年頃の少女とは思えぬ声で咳き込むイクミ。そしてそれを見ながら大声で笑うユマ。
 イクミの反撃の脇腹突き刺しを喰らい、かひゃひゃと笑いながら海に埋没していくユマ。
 勝利者面をした瞬間に足を取られ海に引きずり込まれるイクミ。
 海でもつれる2人。
 それを照らす太陽。
 なにもせずただ流れる雲。
 熱を冷やしていく風。
 音として空間を支配する波。
 エリは次々と、次々と、対象を見定めることなくシャッターを切っていった。
 ユマもイクミもエリも、知っていた。あまりにも痛切に。
 最期が近いのだと。
 それより3日後――戦争という名の破壊が、彼女達を飲み込んでいった。


 3日前が3年前に、3年前が30年前になる。そうして彼女達の記憶も思念も体温も、いつしか二度と戻ってはこない時の流れの中に押し込まれていった。
 今では、語る者もない。
 語るのは、ただこの一枚の写真のみだ。
「母が生きていた頃、いつもあなたと春原エリさんの話ばかりしていました……そして最後には必ず、会いたい、と……母は去年の秋、亡くなりました。あなたも去年の秋に亡くなったと。春原さんは戦争が始まってすぐに亡くなられたので、皆秋なんですね、亡くなったのは――」
 僕は、墓を綺麗にした――といっても、元々がよく手入れされていたので、ほんの少しだけど。墓を見ると生前のその人が見えるというけど、本当なんだなと思う。
 そして、百合の花をそっと置いて、僕は墓に背を向けた。
「もっと早く見つけられたらよかったと思うけれど――天国で、母を宜しくお願いします。小林ユマさん」
 僕は、名乗らなくてもいい気がしていた。きっと、彼女は、僕が小平イクミの子供であるということを分かっている――そう思った。
 戦争は知らない。戦争が奪い取っていったものも、授業でしか知らない。しかし、微弱にでも、繋がっていったものは、確かにあるのだ。
 写真が証明している。僕が見つけた中で、3人とも写っている唯一の写真。この笑顔は、今に繋がっている。

       

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