Neetel Inside ニートノベル
表紙

インターネット変態小説家
砂上のモスク編

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「それぇ、どっか行くんすか。結構大荷物ですけど──」

尋ねたのは執刀医の何母 南雲(なにも なくも)だ。伸ばしっぱなしの髪は肩まで届きそうなほどで、黒で統一された服装は学生服を思わせた。暇そうにスティック状の栄養補助食品を口にしながら、荷造りを眺めている。

「遠征でね。亡代さんも一緒に、ある場所を調査しに行くんです。君も、何か用事がなければ一緒に来ませんか。別に強制はしませんけれど」

「はぁ、俺っすか。いや用事はないんですけど。急に抜けて大丈夫なんですかねぇ」

「僕から話は通しますよ。期間も、君がついてきてくれるなら早めに終わりそうですし」

優しい態度で仕事を勧める男は、精神科の不二村 良太(ふじむら りょうた)といった。
物腰柔らかな好青年に見えるが、年齢は不詳。いつからこの病院に勤めているのかなんて話すらはぐらかしているし、実際誰も彼のことを深く知るものはいない。

「えーとそれなら、俺は構いませんよ。今は暇なんでね。どこに行くかわかりませんけど、仕事ならばどこだろうが付き合います」

荷物を準備し終わった不二村が「じゃあ明日集合場所を知らせるから」と言ったことで、南雲はこの遠征が明日であることを知った。

「はい、わかりました……うおっ!」

返事をし部屋を出ようとしたところで、南雲はドアの隙間からこちらを覗く女に気づいた。
女は看護師兼、薬剤師の病海月だった。

「ふうん、君は……私に隠れて楽しくお出かけしようとしてるのか。別に、いいのだけれど。君が私を裏切るというのなら私にも考えはあるわけだし。君が私の知らないところで私の心を傷つけるのなら私も君が気づかないうちにその体をめちゃくちゃにする計画を練っててもいいってことになるよな」

「えーと、あの、仕事なんですよこれ。病海月さん、わかりませんかね。あと俺をめちゃくちゃにするのはどうであろうと理屈が通ってないでしょうが」

呆れたように、それでいて慌てた様子で南雲は弁明するが残念ながら病海月には理屈は通じない。目をジッと半分くらいしてこちらを見つめている時は、相手をどう苦しめる薬を作成しようかと、考えあぐねているときの所作だ。
彼女は他人に対し常に厳しい視線を向けており、ちょっとしたことで裏切りだの罰だのと責め立てては、配合した薬で苦しめて殺す。
そんな性格の犠牲になった男は数十人を超えるという。

「ああ、じゃあ病海月さんも来ますか?今手は空いてるでしょ。南雲くんも暇そうでしたし」

「うん!行くぴょん!」

不二村の提案でなんとか命の危険から脱した南雲は胸を撫で下ろしながらも、今から四人もいなくなって大丈夫なのか?と考えた。
この病院には正規の医者が院長含めた7人しか居らず、他にはナースが数人いるだけだ。
ここから四人抜けて遠征へと向かうのは許可が降りるのだろうか。
もし病海月だけお留守番となったら、理不尽にもよくわからない薬で殺されてしまうのは確実だろう。

「まあ、その時は俺も留守番しとけばいいか」

南雲は考えるのが不得意であった。




四人の遠征は、いとも簡単に許可された。
院長の朽桜 伸夫(くおう のぶお)によれば

「この先大きな仕事が控えとるのでのう、他の仕事があっても殆ど断るようにしておるんじゃよ。この遠征も、社員旅行のつもりで楽しんできなさい」

とのことだ。

社員旅行といっても当然全員で行くわけにもいかず、院長と、副院長でもある看護婦長の死贄田めるみはともかくとして、外科の烏間 白羽(からすま しらは)も用事があって同行できなかった。

なので南雲たち四人と新たにナース3人を加え、計7名で遠征社員旅行に赴くことになったのだ。
遠征先は北アフリカの聞いたこともない国だった。

1日目、露店を見て回った。
不二村がみんなに「少し準備に時間がかかるんで、仕事は夕方からにしましょう。外国とはいえ人目もあることですしね」と伝えたからだ。

南雲はとりあえず見て回ったものの興味を持てそうなものはなく、また食事も好みとは違うためホテルに戻り補給用食材を齧っていた。
病海月は怪しい食材や香料、日本では禁止されてるようなハーブまで買い込んでおそらく薬の調合に使うのだろう。
亡代は3人のナースを連れて色々な場所の観光をしていた。

不二村の準備が整い、いよいよ仕事を始める時が来た。
彼は荷物を全てホテルに預けたのか、一見手ぶらに見える。ニットのタートルネックの上に白衣を着込み、髪型も眉も清潔感ある様相で整えられていた。眠たげにも見える目元はその人間性の優しさを感じさせ、同時に隙を感じさせることにより怪しさをできるだけ印象から排除している。左手の中指に嵌めてある指輪にはチェーンが繋がっており、その先端には細くカットされた宝石がぶら下がっていた。それはまるで占いなんかで使うペンデュラムのようだった。

彼は目的地を完全に把握しているように、真っ直ぐ歩いていった。全員が彼に続く。
歩いて数十分経った頃、街の外れにジープのようなオフロード車が止まっていた。

「ここからはこれで移動しましょう」

いつの間に用意されていたのだろうか、そのクルマに全員乗り込むと舗装されていない道を駆けていく。やがて街から出ると荒野が続き、砂漠へと景色は移っていった。

走って一時間もしない内に、目的地に着いた。
見通しのいい砂漠でいつの間にかたどり着いていたその建物は特徴的な作りをしており、それはイスラム系の礼拝堂であるモスクと同じ建設様式をしていた。

「これが目的地ですか?」

「はい。中に入りますよ。そんなに難しくはないと思いますが、一応警戒はしておいてください。病海月さんも出来るだけ南雲君をよろしく頼みますね」

「ええ、彼は私がいないと駄目みたいで」

「あのー、赤い夜の件も手助けはあったとはいえ俺が切ったと思うんですけど」

「はいはいみんなこっちですよー。暴れずに仕事に取り組みましょうね。うまくいけばご褒美がありますよー」

亡代はナースたちをうまくまとめる。
それでも3人のナースはワタワタと暴れるまでないにしても、お互いを押し合ったり引っ張りあったりで忙しない。

不二村が左手を水平に突き出すと、指輪から垂れたペンデュラムが静かに輝き始めた。

「僕が先導するので、なるべく皆さんは他を片付けてください。このモスクは外見から想像するよりも中がとても広いです。探索に時間をかけられないので“なるはや”で終わらせましょうね」

返事を待つでもなく、不二村はそれだけ言うとさっさと中へと入ってしまった。
その後ろを6人が追う。




不二村の言葉通り、中は外で見たよりもかなり広い宮殿のような作りになっていた。
奥へと続く柱が合わせ鏡のように幾つも重なっている。壁や柱は白っぽい色を基調としているが、床はよくわからない色の幾何学模様をしていた。
内部では大きな手が蜘蛛のように指を使い、徘徊している。翼の生えた肉塊にびっしりと目が付いたものもいた。モグラのような鼻をした生物がカサカサと移動していて、体は哺乳類だが足は虫のような造形で、素早く動いた。大きな口だけがついた球状の何かが天井からぶら下がっており、体には触手がいくつも生えていて本体に繋がっていたり、また別の丸に繋がってたりした。

モスクの内部は化け物たちが蠢いていた。

病海月は鞄から大きな鉈を取り出した。
よく見ると、刃がびっしりとついたチェーンが側面に巻かれている。これは鉈風のチェーンソードだった。左手に鞄。右手にチェーンソードを携え一歩前に出る。南雲は腰に帯刀した日本刀に手をかけ周りを見張る。
亡代は3人のナースに囲まれ中心で何やら指示を出していた。「お願いね」と一番小さな紅姫(あかひめ)の頭を撫でる。彼女はあの赤い夜の中心にいた幼女だった。

ずんずんと進んでいく不二村へ化け物たちが襲いかかる。瞬間、南雲の刀が光り化け物たちを両断した。飛び散る化け物たちに巻き込まれ吹き飛ぶ化け物。逃れていた数体を病海月がチェーンソードで処理する。
翼の生えた肉塊は目をギョロギョロさせながらあたりを見張る。どうやらテレパシーで化物共に指示を出しているようだ。それを見た南雲が切断したが、辺りにはまだまだ『目玉コウモリ』が何匹も飛んでいる。
『口玉』が自ら繋がっている触手を引きちぎり、ポロポロ落ちてくる。『ゴキブリ土竜』は高速で移動し距離を詰める。『蜘蛛ハンド』も同様に壁や柱に張り付きながらこちらに襲いかかってきた。
それを南雲は切る。病海月も切る。不二村はとても早く歩き、それは競歩選手のようにまるで走るかのようになっていた。
亡代もついて行く。その周りにナース達がいて、たまに前衛二人の猛攻から漏れてやってくる化け物たちを薙ぎ払う。
十六夜 紅姫(いざよい あかひめ)は直接手で触れ、化け物たちを赤く染める。真っ赤になったゴキブリ土竜が化け物の群れに飛んでいくと、群れ自体が赤く染まり機能しなくなった。
東雲 惨鬼(しののめ ざんき)は両手を鋭い刃物に変えた。腕が見えなくなるほど素早く振り回し、魔物たちをグチャグチャに掻き回す。その両手の大刃に滴る魔物の躯液をベロリとやたら長い舌でおいしそうに舐めとった。
楠 危子(くすのき あやこ)は亡代にぴったりとくっつき、首元の匂いを嗅いでいる。たまにボソボソと何かを呟くと後方の化け物の群れが全て一瞬で真っ黒に変容し、煤のようになって宙に舞った。

それぞれがそれぞれの方法で化け物を蹴散らしていく。不二村は横へ曲がったり柱と柱の間を抜けたり、たまに引き返したりしながら進んでいく。床の模様を見れば段々と変化しているのがわかる。化け物たちの数も段々と増えていった。
新たに全身をドロドロの糸が覆い被さったような化け物が現れた。足が六本あるがそれから上の体型自体は人型で超猫背だ。
『糸かぶり』に触れたものには粘着性の糸がくっつき、絡まってやがて身動きが取れなくなるらしい。辺りには仲間の化け物を巻き込んだのか、天井壁床と引っ付いた糸に何かが包まっている繭など危なげな内装を作り上げていた。
ミミズのように長細いが体をくねらせ、器用に動き回り火を吹く『ミミズドラゴン』などというのもいた。
段々と膨れていきやがて爆発し弾けるネズミの群れが床を走り回っている。そのネズミの肉片に触れた者は同じように体が膨れて弾けるのだ。ボンッボンッと周りの化け物が被害にあってはじけていた。
その全てを彼ら医師団は処理しモスクの奥を目指す。

不二村はなおも歩行の速さを緩めない。南雲は完全に抜刀し刀を振りまわし続けた。
ぶった斬った『被曝ネズミ』の破片が体につきそうになって病海月がチェンソードで防ぐ。
守られた南雲は病海月の背後にいたミミズドラゴンを刀で縦に割ると「ありがとうございます」と礼をした。
病海月のチェーンソードに糸が絡みつき使い物にならなくなった。新しく刀身が赤いククリナイフを取り出し、糸かぶりを切ると炎上し炭となった。それを使いモスクの糸を焼き切っていった。
火は囂々と辺りに燃え移り、延焼していく。

ピタリと不二村が歩行をやめ、振り返って「ここからひとつステージが上がります」と告げた。

全身が真っ赤に発熱した筋肉の人体標本のような化け物が現れた。
腐ったフルーツの断面のようなモンスターが異臭を放ちながら液体を飛ばす。嗅いだり触れたりすると理性を飛ばされるのだ。
一反木綿が空を飛ぶ。よく見るとタオルケットであり、くるくると巻きつくと硬質化して二度と外れなくなった。
糸蒟蒻の束に似たモンスターが器用に歩いている。触手をどこまでも伸ばし、執拗に追いかけ、絡みついては締め上げて潰されるのだ

またひとつステージが上がった。

身体中にカラフルなブツブツのある化け物が現れた。しばらく見つめていると目が腐れ落ち、溶けて流れ出してしまうらしい。
氷像が動き、触れると生きたまま凍らされた。
魚人のような、女性型のモンスターがサイコキネシスで辺りを上からの圧力で潰しながら、ゆっくりと歩行していた。
シャボン玉の様なものがふわふわ浮いていて、もし触れて割ってしまうと強烈な催眠ガスが噴き出て、眠ってしまうのだ。

またひとつステージが上がった。

単純に筋肉量のすごい猛獣が解き放たれた。南雲の刀も僅かにしか入っていかず、しかも抜けなくなった。
不二村に化けて辺りを駆け回る怪物もいた。
水飴のようなドロドロとしたものが少しずつモスク内部を埋め尽くしており、触れると侵食され二度と取れなかった。
自生してある草からはひたすらにうるさい騒音が流れており、お互いの会話が聞こえなくなった。
体が際限なく分離し、増え、襲いかかる悪魔がいた。切っても叩いても燃やしても、驚くべきスピードで増え続けた。

またステージが上がった。

空中に浮いてある黒点はノンモーションで針のようなものを飛ばし、当たると死んだ。
蚊柱のようなものがマッハ5で飛び回り、重なると一瞬で喰らい尽くされた。
真っ白な細い女が立っていた。床から足が捩れるように生えており、移動はできないようだ。彼女は空気の流れを操りこちらの動きを阻害してきた。
直径1メートルくらいの綿玉が現れた。この玉が飛ばす綿に触れると、体が硬直し動かなくなった。
やたら手足の長い異形の獣が、縦横無尽に飛び回る。敵味方関係なく捕らえては口の中のダークホールに沈めていった。
透明な化け物がいた。たまに発光しその光に当たると石化した。
体から腕が十二本ほど生えたゴリラのような生物がいた。素早くパワーもあり辺りを殴り回るだけで震度5強の揺れが起きた。

先に進むにつれ、床の模様もやがて白い大理石の様な素材へと変化していった。柱も壁も、真っ白だ。ステージがまた上がり、全身が発光した人型の何かが現れた。この光を見ると死に、目を閉じている人間を見つけると光速で近づき体に触れてきた。光る体に触れられると一瞬で分子レベルに崩壊させられるのだ。

その全てを彼らは切り刻み、燃やし、染め、吹き飛ばし、灰にしながら誰一人も欠けることなく奥へ奥へと進んでいった。

やがて彼らはゴールへとたどり着いた。
最後は一つの部屋のようになっていて、不二村率いる全員が入ると一人の人間がいた。

「みなさん、よくぞお見えになりました。ここまで来るのは大変だったでしょう」

彼は現地の言葉で話した。中東辺りを思わせる顔つきはすっきりとした美形である。
古代エジプトでよく見るような装身具に身を包み、煌びやかな装飾は色素の濃い肌によく似合っていた。
堂々とした立ち振る舞いは、化け物蠢く迷宮の中でも王としての威厳を感じさせるものだ。

「このモスクには伝統があります。蓄えられたエネルギーがあり、それが内部の化け物を生み出しているのです。到底突破できるものではありませんが、実はここまで来たのはあなた方が初めてではないのですよ。いまこそ私の力をお見せしましょう」

彼が言い終わるか終わらないかのギリギリで、不二村は翳していたペンデュラムを光らせた。

「うおっまぶしっ!」

男が顔を逸らした一瞬、南雲は剣を振るい首を切断して殺した。

不二村は「ナイスです」と称賛を送った。
吹っ飛び、何度かバウンドした首を病海月が拾った。




モスクから出た時には日の出が近くなっていた。中にいた男の生首は病海月が皮を剥ぎ肉を削いで骸骨の状態にしていた。

「女だったらナースになれたのにな」

南雲は冗談めかした様子もなく、本気でそう呟いた。
車に乗り、来た道を戻る。
日が昇り始めると病海月は太陽に向かって頭蓋骨を投げつけた。骸骨はそのままの勢いでポーンと吹っ飛び太陽へと消えていった。もしかしたら本当にあのまま太陽まで飛んで行ったのかもしれない。

朝日に照らされた荒野は霜の煌めきに塗れて、幻想的な風景を映し出していた。




砂上のモスクは赤刀のククリナイフの火が燃え広がり、囂々と灰になるまでいつまでもいつまでも燃え続けた。

       

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