Neetel Inside ニートノベル
表紙

インターネット変態小説家
怜染の歩き方

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一、

怜染総合医院でのとある1日。
真っ白な廊下から少し奥に入った休憩所のような場所で一人、ぐでーと机に突っ伏しているナースがいる。
服装は黒いチャイナ服……いや、よく見ればそれは看護服に近く改造されている特殊な造りのワンピース型ナース服だ。スリットの入ったスカートからチラチラと覗く生足は、すらりと長く、素足そのまま白いヒールを履いている。また髪は長髪で、黒く、後ろ髪は綺麗にまとめているが側面は長く、胸元まで垂れっぱなしだった。顔立ちは端正で、目鼻の通った中華系美人といったところか。鋭く射抜くような瞳は百万ボルトと評されるが、どこか虚で焦点が定まっていない。身長はヒール込みで180センチに届くか届かないかといった感じだ。
殃 冥淵(おう めいえん)は退屈だった。ナースは単独での活動を認められていない。それは怜染の施設内であっても、レベルによって立ち寄れる範囲が限られているのだ。外に出るにしても、職員による許可と同伴が前提となる。

「あーマジ退屈ですヨー。こんなに退屈なのって死んでる時以来デスね!ぴゃおーあんあんおんおん♡」

一人で喘ぎ倒してはみるものの、当然誰も反応を返してくれる訳もない……と思いきや、突然、ふと背後から「おい」と乱雑な声がかけられる。
振り返ると、そこに居たのは同僚のナースだ。彼女の表情には不詳にも明らかな怒りが滲んでいるのが見てとれた。

「あれれぇ?えっとぉ、何か……怒ってマス?」

「おこってます?じゃねーよゴミシナ人がよォ!お前また問題起こしやがったらしいじゃねぇか!」

「いやぁ~それがちょっとワタシにも分からないというか……んー?問題とはなんの事でショウか……」

声をかけてきたのは、東雲 惨鬼(しののめ ざんき)という冥淵と同じ『ナース』だ。性格は非常に粗暴で、口が悪い事で有名だった。白く長い髪は全く整えられてないため、所々でむやみに跳ねまくっている。それと対比するようにすらりとくびれのあるボディは、筋肉質かつ均整が取れていて美しい。着ているナース服はどちらかというと手術着によく似ているが、赤黒いシミが所々ついており、そこはかとなく不気味だ。足は、こちらも素足のまま白いスリッポンを履いている。鋭い目つきは他者に対する嗜虐的な愉悦が滲んでおり、ギザギザの歯からは長い舌がはみ出していた。

彼女は所謂『古参』であり、長い期間を怜染へと勤めている。そしてナースにとってこれは、それだけの間生き残れる能力を有しているという証でもあった。有栖川の昇格により亡代派と有栖川派で荒れているナース界においても、悠然とした様子で、当然のように亡代側へとついている。彼女はその残虐な性格によって、ナース間での苛めや殺しはしょっちゅうなのだが、それら問題をナースカースト上位故に周りへと牽制をし、反故にしてきた。冥淵自身も、彼女にいくらか絡まれた事がある。まぁ、そもそもここにいるナースなんて、大半碌な奴がいないのだけど。
彼女は確か、体から刃物を出す能力があったはずだ。正しくは結晶化させ纏わせるとかなんとかいう理屈なのだが。それがとても綺麗だったので冥淵が「もっかい見せて見せて」とねだっているとイラつかれて腹を掻っ捌かれてしまったという思い出がある。ナースとしてのレベルは両者とも同じ『2』だ。彼女は冥淵の顔を覗き込むように見てくる。その視線の意味を察した冥淵は、彼女に問いかける。

「あぁ……もしかして、これですかネー?」

冥淵は懐から包装に包まれた幾つかの、イチゴミルク飴を取り出す。

「お前……それは!」

東雲は一瞬、何かを取り出す彼女に警戒態勢を取るが、冥淵の手にある物を見て反射的に目を輝かせる。そう彼女は、と、いうか怜染のナース達はみんながそうだが、何故だかこの『イチゴミルク飴』が大好物なのだ。彼女らは給料をもらう代わりにその飴をもらって生活している。もらった飴はナース達の間で通貨と化しており、その飴のために体を売る者までいる。たまに殺人にも発展するケースもあるが、基本そういうのをチクることでより多くの飴がもらえるので、ナース達には一応の相互監視による秩序が保たれていた。
斬鬼は涎を拭いながら言う。

「いや、そ、それじゃねぇよ……飴のカツアゲや盗みってのはナースの間でも踏み入れちゃいけねェ絶対的な禁忌だ。私でも流石にそんなことをしたらトぶッ!……問題ってのは研究チェンバーでのことだよ。あそこで暴れたんだろ?」

「ああー……あれデスかぁー……。確かにやり過ぎた気もしますけどぉーでも、しょうがないですよねぇーん?だってぇへぇー……あの人らがぁん先に喧嘩売ってきたんですからァー」

「お前!さっきから語尾伸ばし過ぎなんだよッマジ叩っ斬るぞラァん!」

斬鬼はいつものごとく突然激昂し、手のひらから刃物を伸ばして冥淵へ突きつける。冥淵は瞬き一つすることなく、不動のまま斬鬼を見つめていた。

「別に……私は死なないし切ってもイーですよ。でもぉ、私のお腹を掻っ捌いた時は、そのせいであなた飴玉没収されて泣いてましたよネぇ。ワタシ、もうあんな可哀想なコトさせたくありませんし見たくもないですヨ?それに研究チェンバーの件、あの人らをけしかけたのも斬鬼センパイですよネ?チクったりはしませンけど、メンドいんでモウやめてください」

「うぐっ……」

斬鬼は図星を突かれ口を詰まらす。もちろん彼女にとっても飴玉は命の次に大切なものだ。イチゴミルク飴の減給はこれからの生活に関わる。持っている飴がナースのコミュニティ内での地位にも関わってくるし、もしまた没収をされればいよいよ体を売るしかなくなるかもしれない。ナースは全員女なので、口での奉仕が中心になるのだが、そんな惨めな存在にまで堕ちたくない。

「お、オメーらが暴れてしまったせいでまた活動可能地域が狭まってしまったんだぜ!反省しろよな!」

斬鬼は捨て台詞のような言葉を吐くとその場を立ち去ろうとした。
しかし冥淵はとある考えにより、それを止める。

「あっ、待ってください。斬鬼センパイ!私ィ、この病院には慣れてなくってェ?またこんな問題が起きないヨーに案内をシてくれませンかァ?」

冥淵はウルウルのチワワ然とした瞳で苛めっ子の斬鬼に頼み込む。しかし、斬鬼は心底こちらに対する嫌悪の表情を浮かべ、ボロクソに口汚く罵った。

「ハァ?……なんで私がそんなことしねェといけないんだよ!アホが。あーん?ボケ女、自分を鑑みろよ。タコ!ガラクタのゴミを連れ回してたら、私がまるで浮浪者だと思われちまうだろ?フッ、アッハハハ!……わかったらもう二度と話しかけてくんなよ。人工ビッチ!虐め殺すぞ!他の有栖川派のクソナースみてェにな?!」

「これ、いちご飴3個あげますカラ」

「!まったくしょうがねぇなあ。……私らが行ける範囲までだぞ!」

こうして、二人で怜染の建物内を散策することになったのだ。


二.

「あー……んじゃ、まず一階だが、行ける範囲が狭すぎるのと危険度が高いことから説明だけで済ますぞ。エントランス付近には当たり前だが近寄れねぇし他に寄れるところもないからな。階段横の資料室がギリギリ許されてる範囲だ。それにその辺りはデッドラインって言って超えることがイコール処刑の地帯があるから、好き好んで訪れるナースもいねェ。レベル3になれさえすれば、もう少し猶予もあるし、活動範囲も広がるんだがな」

冥淵は吹き抜けになっている2階から柵を乗り出してエントランスを覗く。ガラス張りの入り口ドアや受付カウンターも含め、普通の病院の作りと変わらないように見えた。

「一階に関しては私もよく知らねーし知っててもお前に教えるようなことは何も無い。それでも知りてーっていうならお前を蹴り出してやるよ。そうなりゃ警報が鳴って、お前は一発処分だ」

そう言うと、彼女はケラケラ笑いながら今いる二階の廊下に目を向ける。

「そしてここ、二階には手術室等に集中的にエリアが設定されてるぜ。これは医療器具を扱う部屋や実験室が多く集まってるっつーこったな。まぁここも、お前みたいな奴がわざわざ来るところじゃない」

「ふーん……」

チラチラと部屋の中を探る冥淵をシカトし、斬鬼は腕を組んで壁に背を預けながら話を続ける。

「あと、そっちの、向こうっからは立ち入り禁止だな。レッドゾーンってわけじゃないが、それに準ずる規定でアウトだ。特に入る用もないけど、何があるかは私も知らねー。まぁこの病院はそんなとこばっかだけどな」

そう言うと説明する身分でありながら、自分勝手にステステと階段を登って上の階へと移動する。

「んで、三階だが、ここは研究施設が集まってるとこなんだ。あそこに見えるでっけえ扉とその隣にある小っせえ装置が特徴だな。ナースになる時に入ることになる部屋だし、今ここにいるってことはお前も行ったと思うから分かるだろうけどな」

斬鬼は巨大な両開きの扉による入口と、少し離れたところにある謎の装置を指差す。

「あそこの研究所は能力の研究をしてるんだ。私はよく知らないが、なんかすごいことをやってるとかなんとか聞いたことがある。あんまり関わらない方がいいぜ。お前もあんなのと関わるとろくなことねーだろ。まぁもしお前がレベルが3とかになることがあれば別なんだろうけどよ、まぁ……それはありえないか」

冥淵は、そうですネーと適当に返事をしておく。彼女の話を要約すると、ここにはあまりいい印象がないようだ。まぁ、当然といえばそうなのだろう。冥淵はふと自分がここに来るまでの境遇を思う。怜染へは成り行きで連れて来られたのだ。

(まあ、ワタシにとっては都合のよい展開になりましたケドね……。)

冥淵は斬鬼の話を聞いて一つの考えが思い浮かんだ。その答えはすぐにとある計画へと結びつく。彼女はそれを今のところはひっそりと心の中にしまった。

「んでー、次は4階だな。普通病院ってのは4って数字をを避ける傾向にあるらしーが、怜染はそんまんま4階ってなってんな。音無のヤツがこのしょーもねー雑学をやけに自慢げに語ってたぜ。4階には職員専用の研究室と自室があるんだ。だからレッドゾーンみたいに禁止されてはねーが誰も入ることができないらしい。そのせいか、他のどの階に行けども誰かしらいるっていう私らナース達もここにはあまり寄り付かないみたいだな。まあ私には関係ないんだけどな」

そう言って斬鬼は奥の事務室を指し示す。

「あっちは病海月共の自室になっている。あんまり近寄らねぇ方がいいぜ。あいつは粘着質だからな。一度目をつけられると一生ネチッこく対立してきやがる」

ふと、上の階からナースが降りてくる。冥淵は一瞥してその様子を探る。が、なんでもない、ただの一般ナース、通行人のようだ。

(あれは……たしか柳生 幽世〈やぎゅう かくりよ〉さんでしたかね)

柳生幽世は確か、世界そのものを隔絶できるような力を持っていたはずだ、と冥淵は記憶を辿る。真っ黒で艶が一切ない長髪は揺らめき、まるで生きているかのように辺りを探る動きをしている。前髪も長く目が隠れ、服装は白装束に近いナース服だった。彼女はどこかおどおどした態度で廊下を歩く。何かを隠してたり怯えているというより、それが彼女の基本スタイルなのだろう。

「おい根暗!オメェどこ行くんだよ」

スタスタと幽世へと向かって歩いていく斬鬼。彼女の足を引っ掛け転ばせると、体を支えるため、床へとついた手を踏み躙る。

「あいかわらず辛気臭ェ女だなあーん?その前髪ぶった切ってやるよ!」

ゲラゲラと笑いながら斬鬼は手のひらから刃を生み出すと、幽世へ向かって振りかざす。幽世は前髪を切られるのは嫌なのか、手で必死に隠して蹲る。スパッと何度か刃が彼女の体を擦り、ズタズタと髪の毛を切り刻んでいく。そして、前髪を隠す手の指が何本か落ちた。

「あ……あっ」

「は!ボケやろーの汚ねェ指なんてこうだ!」

斬鬼は切れ落ちた指を蹴り上げ柵の向こう、下の階へと落とす。

「ううう………」

幽世は急いで拾いに行く。ナースは丈夫なので縫合すれば大抵の怪我は治るが、自分の指でないと、変な違和感が残ってしまうのだ。

「ギャハハ!どうせドブみてぇにクセー穴弄ることにしか使わねェんだから、どうせなら次はもっとゴツい指つけてもらえばいいなァオタクソビッチがよぉ!」

流れるように鮮やかないじめを行い、斬鬼はふてぶてしくそう言い捨てると、4階を早々に飛ばして5階へと上がっていく。冥淵も、幽世を心配そうに眺めながらも、それに続いて上へと向かう。

「5階は当然知っての通り私たちの宿舎だな。ここには私たち以外住んじゃいねえし、まぁ入ってくることもないな。でも、たまに監視がやってくることもあるから油断はできねぇんだ。……てか、まあ正直こんなこと言われなくても、ここのことは大体わかってんだろ?」

冥淵は、案内を頼んでおきながら斬鬼の語りをどうでもいいと言うふうに聞き流し続ける。彼女はその電脳化された死体の脳で、何かの計算に耽っていた。

「うし次、6階は最後だが、私たちナースは立ち入りが全面的に禁止されている。つまりナースが遊んでられるのは5階と3階、あと2階の一部ってことだな。デッドラインは一階と6階にだけ配置されてるからルールの中で最低限考えるならそこには近寄らねぇことだ」

「フムフム、なるほどですねー。ありがとうございます。大体わかりました」

「ああ、ったく。めんどくさかったぜーッ。……それでよぉ、約束のブツは……」

「ええ、もちろんあげますよ。はい」

東雲斬鬼はニヤニヤ嬉しげに飴玉三つを受け取る。よだれが彼女のギザギザの歯の隙間からとめどなく溢れており、汚い。
冥淵は考える。暇ということは仕事が少ないということだ。職員はそれぞれの仕事に当たっているが、わたしたちに構えないほどではない。斬鬼……彼女がわりかしエバってない、わざわざ案内を引き受けてまで飴を集めているのも監視の目があるからだ。
普段ナースを連れ回る勘のいい職員だけが席を外し、程よい距離感がナースと職員の間に漂っている。これは望んでいた展開そのものだ。できればあとはナース1人の協力が必要なのだが、それはこのまま頼ることしよう。粗雑な性格を考慮しても案内に関しては最低限の丁寧さはあった。
やはり諸々のことを考えれば、斬鬼でいいだろう。冥淵は思考を行動に移すことにした。

「それでェ、あと一つ追加で少しだけお願いがあるんですがぁ……」

「あぁん?そんなん知るかよ汁女!腐乱した匂いがきついんだよ死体ヤロー!お前みたいな死体とスる奴ってのは余程の変態だろうなぁ。ケケ!そこまで落ちぶれたくないもんだぜ腐れ汁マンコ!」

「飴玉3個ってのは寂しくないですか?ちょうど5個にしちゃいましょうネ!ここに2個追加でありますから……」

「…….ったくしゃーねーなぁ!何がしてぇんだ?言ってみろ!」


三、

二人は三階の実験エリアへ行くと、謎の装置の前へとたどり着く。

「おい、それに何のようだ?触るのは禁止だぜ?」

「ワタシはですね。死体となる前の記憶は何もないンです。人間だった時のワタシはどうやって生きていたのでしょうか」

「いきなり何の話だよ。人間だった時のことなんて私だってほとんど覚えてねェよ!」

「命が……心が私の体に宿った時、『愛』だけがどこかに取り残されたような感覚を抱いたのです。そして今に至るまでそれは確認されていません。きっと、私が生きてる時に置き忘れてしまったのでしょう。そんなことはどうだっていいのですが、諦めるだけの人生ってのも虚しいじゃないですかぁ。欲しいものには手を伸ばして届かなければ飛んでみなきゃ楽しくありません」

「おい、おまえ、やめろって!それに触んな!」

冥淵は複雑な操作を難なくこなすと、装置を作動させた。大きな扉が、音を立てて開いていく。

「おいお前……なんだよ。なんでそれを動かせるんだ?何を知っている?」

冥淵は無視をしてその扉の前へ立つ。そして、扉が開き切ると同時に躊躇いなくその奥へと侵入する。

「おい!待てよ!そっから先はイエローゾーンだぞ!殺されはしないがマジで怒られるんだって。なぁ!また活動可能範囲を狭めるつもりかよ……!」

斬鬼は仕方なく彼女の後を追う。
扉の先は怪しげな研究室と図書館とが一体になったような不気味な様相だった。デタラメに生えた草木には自然感なんて全くなく、人工的にも関わらず思うままに部屋を侵食していた。これらははたして部屋の装飾のためか、はたまたそれら自体が実験対象なのか。もしくは暴走した『何か』の成れの果てか。冥淵は研究室内の薬品や器具を探り、そして膨大にある本をいくつか取り出して捲ると、まるでいつもそこに入り浸っているかのように、手慣れた態度で資料を読み耽る。

「おいおいおい……冥淵!マジでここから出ろって!あんた何を……マジで自分に繋がるデータを探してるってのかよ!」

「正確には、『一尺二寸』と呼ばれるワタシの製作者についてですね。彼女のデータからワタシの製造にあたっての詳細な情報が辿れると思います」

「ああ、クソ!テメェ!もうこうなったら力ずくに、ここから出してやるぜええええええ!!!なぁ、おい!飴ならお前を仕留めてその報酬として亡代から貰えばいいーッ!どうせ没収されんだからお前のも奪っていいかもなぁ?バラバラにされても、元々ここは危険なイエローゾーンだ。事故ってことにしとけよなぁ!下手にチクリやがったらただじゃおか……」

パシュ……と斬鬼の首筋に注射器を打たれる。そこには、なぜか既に背後へと回っていた冥淵がここにあった器具で、薬品を斬鬼へと打ち込んでいた姿だった。

「ふぇ……おま、」

「先に言っておくわ。あなたは何が何だかわからなくなるでしょう。マァそれも、仕方がないことなんですけどネー!この注射器はあなたのようなナースと呼ばれる状態の人間をハイにする薬のようですし。デモ、副作用が強すぎて実用にはまだ至らない試薬らしいですケド!……記憶が混濁して、なぜここにいるのかわからなくなるわ。ワタシのことも、忘れる。だけど能力だけが暴走して、気分としては『イイ感じ』になることは最後に伝えておくわね」

「くっ……ひっ、ギャハ?」

「…………」

「キャッ……キャハハハハー!なにこれェ!すっげえ!すっげえ気持ちいい!サイコー!全身が刃物になっちまうヨォおおおおおおおおおおおお!!!!」

斬鬼はハイになり暴れ回る。冥淵はいくつかの資料を研究室から抜き取ると、そそくさと研究室を後にしようとして……

「あっ、そうだ。これ……あげとくね。飴ちゃん2個。約束だったから。まぁ全部没収されちゃうと思うけどォ……今回は案内ありがとうございましたァン!こんなに暴れて揺動までしてくれて、センパイ、本当に優しいんですね!もっかい!ありがとうございマス!」

冥淵は、ラリってよくわからない植物をむしゃむしゃしている斬鬼にそう告げると秘密の研究所を後にする。
そういえば、監視カメラも対処しないとな、二人でいるところが映ってるのはマズイ……と思案しつつ研究室を出ると、廊下の右の壁、モジャモジャの頭がはみ出した幽世がジィっとそのザンバラになった髪の隙間から暗黒の瞳で見つめていた。

「大丈夫、よ。カメラ……この世から隔離しておいたから……心配しなくていいよ。あなたの姿は映らない。あのクソ女だけしか映ってないから……」

「幽世さん……えっとォ、あ、ありがとうごさいます?」

「ふ……フフフッ……あの女……マジウザイビッチだったから……いつか誰かが処すの待ってたんだ……ヒヒッ……ヒッ……大丈夫……あんたのこと見てないから……ほら、私……前髪長いから……フヒヒヒヒ……」

「……どもー……」

冥淵は今度こそ立ち去る。残された斬鬼は笑い声を響かせながら素っ裸で暴れ回る。幽世の報告で駆けつけた職員によって沈静化させられるまで……


四、

5階、ナースの寄宿舎の最奥。掃除道具等が詰め込まれた用具室の角に、ボロボロになった斬鬼がいた。取り押さえられた際に切り取られた両手は、お仕置きとして数ヶ月はこのままだ。彼女が暴れたことによる皺寄せは他のナース達のところにもきたため、その報復として残された足やお腹がボロボロに苛め抜かれていて痛々しい。イチゴミルク飴も全部没収されたため、寄宿舎ではシャワーを使うことさえ許されない。そんな汚く、臭い彼女は使用するものがいないため、売春婦としても、客が取れていない状態だった。

「ヤホー、斬鬼センパイ。大丈夫ですかぁ?」

「え?……ああ、冥淵?な、何の……用だよテメーが」

「いやーセンパイ色々大変みたいですから、助けてあげようと思いまして、今回利用しに来てあげたんデスよ!えっと飴玉は、一つでよかったですね?」

「え!?……あ、ああ、もちろん。ほ、本当にくれるのかよ……?」

「当たり前じゃないですかぁ!私たちサイコーのコンビでしょ?ん?あれ?まぁ、何言ってるかわかんないと思いますけど。じゃあセンパイ、とりあえず舐めてくださいよ。私ィ、あんま拭かない主義なんで……汚れとか気になるかもしれませんが、まぁそもそも死体なんで!最初から腐ってるし気にならないでしょ?ほら、お願いします」

「あぁ、えっとご利用ありがとうございます……」

ナース社会の上下関係は厳しい。一度性処理まで堕ちて押された各印はもう二度と取れないことが多い。しかし、それは途中で諦めてしまった場合の話だ。努力して……頑張りさえすれば、この地獄のサイクルから這い上がれる可能性はある。頑張れ斬鬼!少なくとも、今現在、死体とはいえ客が一人でもついているのだから……

       

表紙

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Neetsha