世界中を襲う厄災の中で、イエスがその膂力と行動力で救えた命は約二百五十人。イエスが救えなかった命は二億五千万人ほどいた。救助活動の最中に見せた、人間離れした腕力も、見る人によっては恐怖を感じさせた。それは本当に偶然だったのだが、イエス達が「白虎野の娘」を休火山で演奏した後に、火山活動が再開してしまった過去の事実も、今回の厄災に結び付けて考えられてしまった。
誰かが言った。「あいつのせいじゃないのか?」
誰かが言った。「あいつのせいかもしれないな」
誰かが言った。「あいつのせいだ!」
世に沸き起こり始めた、イエス憎しの声に気付かぬまま、ある避難所でイエスは体を休めていた。災厄前よりもずっと街の明かりが減ったおかげで、星空の美しい夜だった。ユダの伴奏がないことに、マリアのダンスがないことに物足りなさを感じながらも、イエスはMUSEの「Starlight」を歌い始めた。ヨハネが拙いながらも軽く床を叩き、リズムを刻んだ。しかし歌は長くは続かなかった。
「ねえ、『きらきら星』歌って」と近くの子供が言った。素直にイエスは歌い始めた。
「やかましいわぼけ!」とどこかから大人の男性の声が聞こえた。
違う場所からも「静かにしてくれ! 寝させてくれ!」という声が上がった。
イエスのすぐ側で寝ていた老人からも懇願するような響きの声が漏れてきた。
「あんたの歌声は、寝てる者も起こしてしまう、死にかけている者も生き延びてしまう。だが今のわしらは休みたいのや。死にかけているのならそのまま死なせて欲しいのや。あんたの歌は好きやで。だが少しばかり良すぎたんや。人にあってはならん歌声やったんや」
老人の声は途切れた。暗くてイエスにはよく見えなかったが、ひょっとしたら息絶えているのかもしれなかった。不自然なほどの静寂が訪れた。星の瞬きの音すら聞こえてきそうだった。
誰かが撮影した動画が世界に流れた。
インタビュアーがイエスに訊ねる。
「今回の災厄の原因があなただという噂がありますが」
「そうかもしれません」とイエスは言った。
「全て私が悪いのかもしれません」
イエスは全ての罪を背負い始めた。