ミシュガルド大陸。
名前だけしか知られていない新しい大陸だった。
大交易所。
刈っても刈ってもすぐに生えてくる生命力の高い原生林を切り開き、大陸に初めてできた町だった。
南に開けた海からひっきりなしに貨物船が行き交い、荒くれ者の船乗りたちが目指したあの港はもうない。
街を東西に横断する大通りに響いていた子供たちの笑い声はもう聞こえない。
極相林がすでに街を北から飲み込み始めていた。
動く森とも言われるローパーの群れが街を襲ったのだ。火の魔法で焼いて対処していたが無数に湧き出し続けるローパーに先遣隊は追い詰められていった。苦しみながら燃えさかるローパーが暴走し、返って街は延焼するばかり。三日三晩燃え続け、すべてが灰になることでようやく鎮火した。
僕は先遣隊の最後のひとりとして、生きのびねばならない。
生き抜くことが生き残ってしまった者の役目なのだから。
生きのびなければ誰がこの悲劇を本国に伝えるのか。
幻聴が聞こえる。
僕は折れていた心をむりやり奮い立たせた。
幻覚まで見えてくる。
僕はまだ狂っちゃいないはずだ。
右目をこする。
右手の甲が黒く汚れた。
目がすすけていたせいでも幻覚でもない。人がいる! ちょうどかつての表門があったあたりだ。
僕は最後のひとりではなかった。体が軽くなるようだった。重荷から解放された僕は、生き残りの少女のそばに歩み寄った。
三つ編みにした金髪、とがった耳、緑色の素朴な服。これはすべてエルフの特徴だったが、種族なんてどうでも良かった。
少女は繰り返し同じことしかしゃべらない。心が壊れてしまっているのかも知れないが、そんなことはどうでも良かった。
僕が近づくと少女はまるで待っていたように両腕を広げる。僕もつられて両腕を広げ、自然に抱き合っていた。白かった頬が熱を帯びて紅に染まっていく。少女は微笑んで泣いていた。
もう一度やり直せばいい。
街が燃えたのなら今度は不燃の都市を創ろう。
森が侵食するならば何度でも切り開こう。
ローパーに奪われたらば奪い返すまでだ。
僕の言葉を肯定するように少女は繰り返し言う。
「ミシュガルドにようこそ!」