「おお勇者死んでしまうとは情けない」
目覚めていきなり罵倒される。
「は。死んでねーし。なんだよ勇者って」
ざっくばらんに話す俺に目の前のペスト医師みたいなヤツはマスクを外して苦い顔を見せた。
だいだい色の短髪にふてぶてしい三白眼、親の顔より見た顔だ。
「俺! 俺と同じ顔!」
混乱する俺に拍車をかけるようにペスト医師は言った。
「俺はホロヴィズのコスプレをしているメゼツだ。案内人と思ってもらっていい。女世川メゼツ、君が並行世界でトラックの事故にあったため急きょ召喚した。ここは次元のはざま。各並行世界のメゼツが一堂に会し、メゼツオブメゼツを決める大会の選手控室だ」
何を言ってるのかちょっとわからない。
俺は家に帰ろうと控室のドアから外に出た。
かすかに聞こえてた歓声がドアを開けた瞬間、最大ボリュームに変わり爆発した。それも聞き覚えのある同じ声ばかりだ。
船形闘技場は立ち見の客で溢れかえる。大型船のドックを流用して造られた闘技場は、選手も観客もメゼツだらけだった。
「どういうことだ?」
後ろから追ってきた案内役のメゼツが説明する。
「まあ見たほうが早いな。見ての通り全員メゼツだ」
説明になってない。
俺は納得がいかずかみついた。
「おかしいだろ。あの観客の中でも浮いている白いハンプティダンプティみたいなヤツとか、幼女とか、不死鳥みたいなヤツとか絶対俺じゃないぞ」
「受け入れろ。あのウンチダスも幼女も不死鳥も全部メゼツだ。あのヒゲ生やしてるヤツはローパーと結婚したメゼツで、腕がサイボーグ化してるヤツがメタルメゼツだ」
「メルタ×メゼツ?」
「気持ちはわかるがメタルメゼツだ」
案内役のメゼツが指さすほうを見るとすでに試合は佳境を迎えていた。
「さあ一回戦、メゼツ対メゼツ。これは勝負が決まりそうだ!!」
アナウンサーのメゼツが熱くシャウトする。
観客の中でも訳知り顔のメゼツが預言めいたことをつぶやいた。
「この勝負、メゼツが勝つ!」
その言葉通り厚手の軍用コートを着たメゼツがエプロンを着たメゼツを組み敷いて、ダウン後10カウントで勝った。
どのメゼツも基本ギブアップしないので10カウントで立ち上がらなければ敗北というルールである。
一回戦で勝ち上がったメゼツは次はシードのメゼツと戦うまで、休憩にした。そのままの姿では熱かったようで片袖を脱いで汗をぬぐっている。
二回戦の準備が整い、陽光に照らされて燃えるような髪のメゼツと燃え尽きたような白髪のシャーレが対峙する。これは好カードだ。
メゼツは左手一本だけで身の丈を超える一振りを支えている。魔紋のある左胸を大きくはだけ、顔は嬉々としていた。
シャーレは本当に同じメゼツかと思えるほど、戦いに不慣れのようだ。右手にロングソードを握り、斜に構えている。包帯で右目は隠れているが、左目にはいつにも増して闘志が宿っている。
メゼツは余裕の表情で、大きく腕を広げてシャーレの攻撃を誘う。
シャーレはこれに乗って不用意に近づいてしまった。その瞬間、大剣がきらめく。自分にも容赦なくメゼツは左から胴なぎに大剣をあびせる。その動きに合わせるようにシャーレは右からロングソードで払う。
こらえた。シャーレがメゼツの大剣を弾いた。
メゼツは右に流れた大剣を引き戻すが、大剣の重さで時間を食ってしまった。軽いロングソードのシャーレは圧倒的チャンスだったが、先にしかけない。
メゼツは両手に持ち直し、大剣を掲げた。今度は全力と大剣の重さを乗せて打ち下ろす。シャーレも両手持ちでロングソードを振りかぶった。火花を散らすほど激しくぶちかまし、シャーレの体ごと吹き飛ばした。
1、2とカウントが入るがシャーレはすぐに立ち上がる。ケガはしていない。
予想以上に善戦するシャーレに観客席のメゼツたちから拍手が巻き起こった。
メゼツも心底楽しそうな顔をしているが、余裕の態度ではない。
「そうか! 鏡合わせだ。シャーレは経験不足を補うために、メゼツと左右反転した行動をしてカウンターを狙っているんだ。戦闘センスでは絶対にかなわない。けれど膂力腕力はメゼツ同士同じはず」
僕はオタクが急に多弁になるときみたいな早口で、誰に言うでもなくつぶやいた。
隣で立ち見していた案内役のメゼツがうなずく。
「見事な推察だ。さすがメゼツ。だが解説のためにわざわざ召喚したんじゃないんだぜ。女世川、お前は次の第三試合に出るんだ」
俺は理不尽な戦いに巻き込まれたというのに、その言葉を待っていた。俺もメゼツなんだ。どうしょうもねえな。